森のかけら | 大五木材


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モミジバフウのブルーステインからビーチのスポルテッドに話が広がりましたが、もともと言いたかったのはブルーからこの季節に連想するもの。そう、『ブルー』と『12月』という2つのキーワードから私が連想するのは『ブルークリスマス』です。毎年このぐらいの季節になったら書こう書こうと思っていて、つい書きそびれてタイミングを逸するという醜態を曝け出してきましたが、今年は間に合いました。もう随分古いのと、内容が地味なので知っている方も少ないかもしれませんが、1978年公開の東宝映画です。

脚本は『北の国から』や『前略おふくろ様』で知られる倉本聰のオリジナルシナリオです。メガホンを撮ったのは、最近また評価が高まってきている奇才・岡本喜八。この映画が製作された当時は、ハリウッドから鳴り物入りでやって来た『スターウォーズ』によって全国でSF映画ブームが巻き起こり、それに対抗して様々なSF映画が作られていました。そういう状況にあって、『ゴジラ』など日本におけるSF映画の元祖東宝が、あえて『特撮を一切使わないSF映画』として取り組んだ野心溢れる意欲作なのです。

物語のあらすじは・・・1978年の京都国際科学者会議において、UFOの存在について語った兵藤博士は何者かに拉致される。同じころにテレビドラマのヒロインに抜擢された新人女優が麻薬不法所持の濡れ衣を着せられ逮捕される。彼女は絶望し自殺するが、切った手首からは青い血が流れていたとの証言が。折しも世界各地でUFOの目撃情報が相次ぎはじめ、UFOを目撃した人の血が青く変質する。そんな青い血を持つ人間たちに政府の秘密機関からの魔の手が迫る。街が純白の雪に覆われるホワイト・クリスマスの夜、青い血が雪を染めていく・・・という話。一切特撮は出てこない不思議な雰囲気のSF映画です。

私はリアルタイムで観たわけではなくて、大学生の頃にレンタルビデオで観たのですが、当時は倉本聰のシナリオ集などを読んでいたので、地味な内容ながら星新一とか藤子不二雄的な、ドンパチの無いSF(少し不思議)映画としてとても興味深く観ました。しかし製作陣の意気込みに反して、興行成績は散々たる結果だったようですが、時代が速すぎたのかもしれません。UFOや地球以外の生命体の存在が当たり前のように論じられるようになった今こそ、もう一度再評価されるべき作品ではないかと思っています。

映画の中には、恐ろしいエイリアンも登場しませんが、エイリアン以上に怖いのは人間だという、今でこそ手垢のついた結論ですが、自主製作映画を撮るのに常に金策していた当時の私にとっては、お金はかけずともSF映画が撮れる見本として、また雪の中に流れる竹下景子の青い血とともに、強く心に残った映画となりました。なので、クリスマスというと私にとってはホワイトよりもブルー。残念ながら木材にはブルーの木はありませんが、ブルーステインを眺めながら、もしやこれも異星人からの謎のメッセージなのではないかと・・・




今年の夏にその本が出版されていたことは知っていました。このブログでも何度も登場していますが、JFKやUFO、雪男、ネッシーなどミステリーや未確認生物などの話は大好物な私(霊的なモノNG)。それらをひっくるめていわゆるオカルト好きと呼ばれたりもしますが、ちょっとその言葉には抵抗があります。それはさておき、そういう嗜好なのでその手の本や映像は結構こまめにチェックしています。なので、その本が出版されたことは勿論知っていましたし、近くの本屋でも本棚に並んでいるのを見ました。それでもあえて買わなかったのは、その話がオカルトの世界の中では超有名な昔の未解決事件であり、今までに何度も読んできたし、映画にもなり観てきたのと、決して解決されることの無い謎だと言われていて、どうせまた誰かが推理した解釈を書いたものだろうと思っていたからです。本のタイトルは、『死の山』。

事件の名前は、世界一不気味な雪山の遭難事件と呼ばれる『ディアトロフ峠事件』。今からおよそ60年前の1959年の米ソ冷戦時代、ロシアがソ連と呼ばれていた頃。ソ連のウラル山脈に冬山登山した9人の若者が不可解な死を遂げていたというもの。登山チームのリーダーの名前にちなんで「ディアトロフ峠事件」と呼ばれているのですが、なぜこの事件が60年もの間、謎とされているのかというと、遺体の状態が普通ではなかったから。極寒の雪山にも関わらず、発見された遺体は考えられないほど薄着で、靴も履いていない!

そのうちの3人は頭蓋骨骨折などの外傷があり、女性のメンバーの一人は舌を失っていたのです。またテントは内部から切り裂かれていたり、更に遺体の衣服からは放射線が検出されたことで、その原因については様々な説が浮上しました。登山途中で遭遇した地元の先住民による犯行説、雪崩や獣による襲撃説、近くに軍の施設があった事から軍による秘密の実験説、はたまたエイリアン説などなど。しかしそのどれもが決めてを欠く中、捜査当局が出した結論は、「未知の不可抗力によって死亡」。これが一層謎を深めました。

というのがこの事件の概要で、事件発生から60年経った今もその真相は解明されていないという事で、未解決事件などの本には必ず掲載されるため、私も幾度となく読んできました。また、2013年には『ダイ・ハード2』や『クリフハンガー』などのアクション映画で知られるレニー・ハーリン監督によって映画化もされ(タイトルは『ディアトロフ・インシデント』)、当然私はDVDも買っています。そこでは、この事件の真相を探りに雪山に向かうというモキュメンタリー風の設定でその真相に迫るという仕上げになっていました。

丁寧に彼らの登山ルートを追う前半から一転、後半はいかにもレーニンらしい謎説きをしていてそれなりに楽しめました。そのようにこの事件については銘々が勝手な解釈を結論としているのですが、結局そのどれにも疑問が残っていて、この新書もその類だと思っていたので購入しなかったのです。そしたらこの本の著者ドニー・アイカーが導き出した結論を映像化した番組をたまたま観たのです。その結論が意外や意外!嗚呼、そういう内容だったら本も買っとくんだったと後悔したものの、結論は冬の山はとにかく怖いということ




以前に大学で大学生相手に木の話をさせていただく機会があって、その中でたまたまモミアスナロの話になったので、イメージしやすいかなと思って、ちょうどいずれもが文学に登場する木ということで、山本周五郎の『樅の木は残った』と井上靖の『あすなろ物語』を引き合いに出したのですが、そこにいた数十人の学生全員が無反応。後から先生に聞いたのですが、最近の学生はそういう昔の本や映画をほとんど読んだり観たりしていないので、授業でそういう例えを使っても理解できないですと聞かされました。

私は本を読むのが好きなインドア派の子供だったので、子供の頃結構本は読んだ方だと思います。買って読むのはほとんど漫画で、本はもっぱら学校の図書室。当時、どれぐらい本を借りたか(読んだか)をグラフにしていて同級生と競うように本を読みました。意味も分からず読んだ(文字の羅列を眺めていた?)本もありましたが、紙をめくる感覚と古い本の独特の匂いは今でも大好きで、どうしても電子書籍には馴染めない昭和40年代男です。山本周五郎も井上靖も遠くになりにけり・・・

いつものように枕が長くなりましたが、今日書きたかったのは節の所でバックリと欠けたゼブラウッド。長さも短く家具材としては使いにくいので本来であれば【森のかけら】にするところですが、現在『ゼブラのかけら』はたっぷりあるので、オンラインショップの『ちょこっと銘木端材コーナー』で販売することにしました。もともと大きな節のところで豪快に欠けていたのですが、そこを飛ばして綺麗な板にしてもよかったのですが、こういうものって使い勝手もあるので、あえてそのままのサイズで削りました。

ゼブラウッドとしては、正直なところ縞柄は今ひとつ。節の周辺にうねりが出るので、欠けた節の周辺がいい感じになっているので惜しいのですが、まあこれはこれで個性。割れも逆目もありますが、購入された方が自由に割ったり削ったりして使っていただければ。粗削りしたサイズで440 X290X62mmですが、仕入れから15年も経過していますので、ゼブラウッドとしてはかなり軽い方だと思います。それでも収縮したりするやんちゃぶりがゼブラの怖いところでもあり愛おしいところでもあるのですが

そんなやんちゃなゼブラへの愛を、名作の台詞を使って表現しようと思っていたため、冒頭のような話になったのです。ある人が私に「世界中の木の中でどの木がもっとも好きかと」尋ねます。私は答えます、「どの木もそれなりに素晴らしく、木に貴賤などあるべくもなく甲乙つけがたくとてもどの木が一番好きなどとは・・・」と、ここまで型通りの優等生発言を続けた私でしたが、その時私の目にザックリ欠けたゼブラウッドが映ります。感極まって私は思わず本音を吐露してしまうのです。

どの木もそれなりにすばらしい・・・・・・いえ、やはりなんといってもゼブラです! 私はゼブラが大好きだ!割れていようがかけていようがゼブラが大好きなのだ~」。そう往年の映画ファンなら誰もがご存知の『ローマの休日』の名場面。アン王女こと妖精オードリー・ヘプバーンが記者に囲まれてつい本音を漏らしてしまう場面です。映画では「どこの国もそれなりにすばらしかった・・・・・・いえ、やはりなんといってもローマです! 私はローマの思い出を生涯心に抱き続けることでしょう!」と訳されました。そういう話も若い人には通じないとしたら切ないなあ・・・




いかん、戒めの他者への攻撃になるのでもう止めときます。すっかり横道に逸れてしまいました。言いたかったのは、思い込みや決意表明も含めてとにかく前向きな内容のブログにしようということ。そして最後が、毎日書くという事。これが本当は一番大切な事で、最初の5、6年ぐらいは数日の遅れはあったもののほぼリあるタイムで更新できていたのですが、ここ数年は遅れに遅れてしまっています。しれっと書いているので気づいていらっしゃらない人もいるかもしれませんが、このブログの日付は6月で、現実とは3か月近く乖離しているのです(汗)

そんなにずれているなら飛ばしてリアルタイムで書けばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、ライフワークとして考えている『今日のかけら』も含めて、中途半端にしたくないので(それなら毎日書いとけと言う話なんですが)、はじめの誓いを何とか死守したく、遅れに遅れながらも365日分埋めようと必死に時間を追いかけております。戦艦ヤマトのように誰かに期待されたり求められているわけでもないのに、自身の妄想の中ではこのブログを書き続けることが『かけらの神』へのサクリファイスなのだと・・・危ない人間ではありません。

最初のテーマからあまりに脱線しすぎて、これって本来は何について書くつもりだったのか自分でも見失いかけていました。今そのことには気づいたものの脱線ついでに、先に出した『サクリファイス』について少しだけ。サクリファイス(sacrifice、直訳すれば『生贄』という意味ですが、私が初めてこの言葉を知ったのは、1987年に公開された映画『サクリファイス』によってです。難解で知られる映画監督アンドレイ・タルコフスキーの作品で、当時の私にはただひたすらに退屈で内容もほとんど覚えていません。

今そのスタッフを見てみると、ウディ・アレンノーマン・ジュイソン、ルイ・マルなどの錚々たる顔ぶれの監督を支えてスウェーデンの名カメラマン、スヴェン・ニクヴィストがカメラを回していて、映像はきっと素晴らしかったはずなのに、記憶にも残っていません(恥)、先日リアルタイムで映画を観ることの喜びについて書きましたが、リアルタイムで観るにしてもそれに相応しい年齢というものがあります。54歳で亡くなったタルコフスキーの歳に近くなった今の自分が観れば、何か感じるものがあるかもしれません。たまには難解の海にも飛び込もうかしら。更に明日に続く・・・




2008年の12月にこのブログが始まったのですが、ブログを書くにあたって、自分の中でいくつかの誓いを立てていました。1つは、趣味や遊びにしない。どういう内容を書いても木や森や自然、または建築・家具、ものづくなどに関連付ける(今日OO を食べました、OOに行って楽しかった的な内容にはしない)。映画とかスポーツの事を書いてもどこかで(かなりの力技で強引に)関連付けているつもりです。2つ目は、他人を攻撃したり誹謗中傷しない。ひとの悪口を書いたり、怒りのはけ口にしない。書いてはないつもりですが、受け取り手次第では悪口に聞こえることもあるので慎重に書いているつもりですが。

3つ目は、ネガティブな事は書かない。2つ目と少しかぶりますが、必ず前向きな内容にして読んでいただく方を暗い気持ちにさせない。それは自分自身への「必ず出来る」という自己暗示でもあるのですが。そのため「やらねば」とか「使命なのだ」的な物言いが多いのですが、自分の中では常に宇宙戦艦ヤマトの2番目の歌詞が頭の中でリフレインしているのです。「誰かがこれを やらねばならぬ 期待の人が俺たちならば~♪」男の子は自己犠牲の使命感という思い込みと淡くも切ない浪漫で生きているのです。

ちなみに宇宙戦艦ヤマトの主題歌には3番、4番もあって、ほとんど放送されていませんが、コアなファンには周知の事実。歌詞だけ読むと、SFの色彩の濃かった1番からはかなり印象が変わって、何の曲か言わずに最初と最後のお決まりのフレーズを隠したら軍歌と言われても疑わないかもしれません。3番の歌詞『さらば地球よー 緑の星よー 宇宙戦艦ヤマト!花咲く丘よ 鳥鳴く森よ 魚棲む水よ 永久に永久に 愛しい人が 幸せの歌 ほほ笑みながら 歌えるように 銀河をはなれ イスカンダルへ はるばる望む 宇宙戦艦 ヤマトー!♪』

更に3番の歌詞は、『さらば地球よー 再び遭おうー 宇宙戦艦 ヤ・マ・ト!戦いの場へ 旅路は遥か 命の糸が 張りつめている 別れじゃないと 心で叫び 今 紫の 闇路の中へー!銀河をはなれ イスカンダルへ はるばる望む 宇宙戦艦 ヤマトー!♪』何でもかんでもすぐに「軍国主義に傾倒している!」、「軍靴の音が聞こえる!」と感情むき出しでヒステリックに叫ぶ野党の人だと、もしこれがテレビで放送でもされていたら大騒ぎするかもしれませんが、もうそれは愛国主義のはき違えではないでしょうか。どんどん話が思わぬ方向に広がっておりますが決してヤマトが主題ではありません・・・明日に続く。




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