森のかけら | 大五木材


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マニアックな映画秘宝の読者といえども、その事を気にする人など誰もいないだろうと思われる着眼点。そう、キングギドラが今にも踏みつぶそうとしているのは、材木小屋!ちょうどのところで画像が見切れているので、全体像が分からないので、これが製材工場の材木置き場なのか、材木屋の倉庫なのか詳細は不明ですが、いずれにしても木を扱う店の一角である事に間違いはありません。キングギドラが初めて登場したのは1964年、私の生まれる2年前の事。表紙のキングギドラが何年の作品か分かりませんが、いずれにせよ今から55年ぐらい前の一場面。板塀の純和風の家々の奥には防火水槽の櫓が見え、手前には積み上げられた原木や板材が崩れかかった様子が垣間見えます。田舎によくあった住居と仕事場が併設したスタイルだと思われます。この材木小屋もこの後キングギドラに踏みつぶされたのでしょうか・・・

ミニチュアの丸太や板の1本1本まで精巧に作られた職人の仕事ぶりは素晴らしく、丸太もただの寸胴の円柱ではなくて、枝があったり、剥いだ樹皮まで転がっているなど精緻!今ならCGで簡単に作ってしまうところでしょうが、この時代ひとつひとつがすべて手作り。時代考証とかいった難しい話でなく、木が身近にあって、よく分かっているスタッフも沢山いて、迷いもなく再現されたのかもしれません。当時ですから高層建築物なんてあまりなくて、怪獣が踏みつぶすのは一般的な和風建築の民家。

 

材木屋に限らず、今は見る事の少なくなった各種専門店なども当然のように怪獣たちに踏みつぶされてしまいます。今DVDで昔の怪獣映画を観返すと、怪獣に足蹴にされ破壊される町の風景は、昔あったであろう古き良き日本の街並み。製材所や材木屋だって怪獣に踏みつぶされるぐらいの頻度で存在する当たり前の存在だったのです。ゴジラが公開された当時まさに国産材の原木供給量は全盛期を迎えていました(1967年5,274万m3がピーク)。林野庁の森林・林業白書によると、『旺盛な木材需要に支えられ、また、小規模なものであれば高度な技術を必要とせず、比較的少額な投資で機械設備の購入が可能であったことから林業が盛んな地域を中心に全国的に増加した。(中略)戦後の製材工場数は、昭和24(1949)年の38,912をピークに漸減傾向となり、需要拡大期においては25,000前後で推移した』とあります。

現在の全国の製材工場の数は5,000を切っています。最盛期から比べるとおよそ1/8になってしまいました。しかも多くが大型集約化され、住宅地からは離れた木材団地などの場所に移っているので、一般の人が製材所や材木店を目にする機会はますます減ってきています。そういう環境の中で育った人が映画やテレビの製作に関わった時に、彼らがイメージする街には当然ながら製材所や材木屋は存在しません。怪獣が破壊しようにも見たことも無いのですから当然です。

昔、『前略、おふくろ様』という大好きなテレビドラマがあって、それは深川の料亭が舞台でした。1969年に新木場に移ったのですが、ドラマでもその移転に伴う問題が取り上げられていました。材木屋の集まる街が舞台という事で、よく材木屋の旦那衆がよく料亭に来ていました。子供心に材木屋って儲かるんだと羨望の眼差しで観ていました。もしかしたら怪獣も儲けていた製材所を庶民の敵として踏みつけていたのかもしれません。材木屋もゴジラに踏みつぶされるようになってこそ一人前!踏みつぶされたいッ!




『木を語る』ために大切な事は始終アンテナを張り巡らして情報を収集することが大切です。昔の日本の暮らしの大部分は『木のモノ』でまかなっていたのですから、暮らしの傍には木のモノが当たり前のように溢れていました。それが次第に金属やアルミ、プラスチティックなんどの石油化学商品、または無垢ではないが木質系の商品に取って代わられるようにようになり、見かける事が少なくなってきたため、こちらが意識していないとなかなか木のモノに巡り遭えない時代になってきました。

なので、なるべく普段の暮らしの中でも木のモノを見つけ出しては、こういう用途があるとか、こういう使われ方が出来るという情報収集をするように心がけているつもりです。それは物質としての木ではなくて、小説や歌謡曲に登場する樹木の名前でもそうです。いつかそんな蜘蛛の巣アンテナに引っかかった情報がきっとどこかでいつか役に立ちはず・・・立たなくてもいいのですが。例えばNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で「 材木を抱いて飛べ」というタイトルの回がありました。

確かドラマの中盤頃の話だったと思いますが、柴咲コウ扮する直虎が材木を集めて気賀に売るのだがそこで思わぬトラブルが・・・という話だったと記憶していますが、そうやってテレビドラマのタイトルにでも「材木」という言葉を見つけると触角が反応してしまいます。それでやって、4日前の話に繋がるのですが、マニアックな映画雑誌『映画秘宝』の11月号はゴジラ特集で、表紙は私の大好きな怪獣・キングギドラでした。何故今頃ゴジラ?と思われるかもしれませんが、来春新作が公開されるのです。

といっても本家の東宝版ゴジラではなく、2014年に公開されたアメリカレジェンダリー・ピクチャーズ製作のゴジラの続編です。マニアの間では、「レジェンダリー版ゴジラ」と呼ばれているもの。ゴジラだけでなくキングギドラやモスラ、ラドンなどの怪獣総出演の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』、例年5月公開でその関係で映画秘宝も特集を組んだのですが、力の入った予告編を観ると公開が待ち遠しくて仕方ありません。さてそれで、問題は映画秘宝のキングギドラの表紙です。明日に続く・・・




モミジバフウのブルーステインからビーチのスポルテッドに話が広がりましたが、もともと言いたかったのはブルーからこの季節に連想するもの。そう、『ブルー』と『12月』という2つのキーワードから私が連想するのは『ブルークリスマス』です。毎年このぐらいの季節になったら書こう書こうと思っていて、つい書きそびれてタイミングを逸するという醜態を曝け出してきましたが、今年は間に合いました。もう随分古いのと、内容が地味なので知っている方も少ないかもしれませんが、1978年公開の東宝映画です。

脚本は『北の国から』や『前略おふくろ様』で知られる倉本聰のオリジナルシナリオです。メガホンを撮ったのは、最近また評価が高まってきている奇才・岡本喜八。この映画が製作された当時は、ハリウッドから鳴り物入りでやって来た『スターウォーズ』によって全国でSF映画ブームが巻き起こり、それに対抗して様々なSF映画が作られていました。そういう状況にあって、『ゴジラ』など日本におけるSF映画の元祖東宝が、あえて『特撮を一切使わないSF映画』として取り組んだ野心溢れる意欲作なのです。

物語のあらすじは・・・1978年の京都国際科学者会議において、UFOの存在について語った兵藤博士は何者かに拉致される。同じころにテレビドラマのヒロインに抜擢された新人女優が麻薬不法所持の濡れ衣を着せられ逮捕される。彼女は絶望し自殺するが、切った手首からは青い血が流れていたとの証言が。折しも世界各地でUFOの目撃情報が相次ぎはじめ、UFOを目撃した人の血が青く変質する。そんな青い血を持つ人間たちに政府の秘密機関からの魔の手が迫る。街が純白の雪に覆われるホワイト・クリスマスの夜、青い血が雪を染めていく・・・という話。一切特撮は出てこない不思議な雰囲気のSF映画です。

私はリアルタイムで観たわけではなくて、大学生の頃にレンタルビデオで観たのですが、当時は倉本聰のシナリオ集などを読んでいたので、地味な内容ながら星新一とか藤子不二雄的な、ドンパチの無いSF(少し不思議)映画としてとても興味深く観ました。しかし製作陣の意気込みに反して、興行成績は散々たる結果だったようですが、時代が速すぎたのかもしれません。UFOや地球以外の生命体の存在が当たり前のように論じられるようになった今こそ、もう一度再評価されるべき作品ではないかと思っています。

映画の中には、恐ろしいエイリアンも登場しませんが、エイリアン以上に怖いのは人間だという、今でこそ手垢のついた結論ですが、自主製作映画を撮るのに常に金策していた当時の私にとっては、お金はかけずともSF映画が撮れる見本として、また雪の中に流れる竹下景子の青い血とともに、強く心に残った映画となりました。なので、クリスマスというと私にとってはホワイトよりもブルー。残念ながら木材にはブルーの木はありませんが、ブルーステインを眺めながら、もしやこれも異星人からの謎のメッセージなのではないかと・・・




今年の夏にその本が出版されていたことは知っていました。このブログでも何度も登場していますが、JFKやUFO、雪男、ネッシーなどミステリーや未確認生物などの話は大好物な私(霊的なモノNG)。それらをひっくるめていわゆるオカルト好きと呼ばれたりもしますが、ちょっとその言葉には抵抗があります。それはさておき、そういう嗜好なのでその手の本や映像は結構こまめにチェックしています。なので、その本が出版されたことは勿論知っていましたし、近くの本屋でも本棚に並んでいるのを見ました。それでもあえて買わなかったのは、その話がオカルトの世界の中では超有名な昔の未解決事件であり、今までに何度も読んできたし、映画にもなり観てきたのと、決して解決されることの無い謎だと言われていて、どうせまた誰かが推理した解釈を書いたものだろうと思っていたからです。本のタイトルは、『死の山』。

事件の名前は、世界一不気味な雪山の遭難事件と呼ばれる『ディアトロフ峠事件』。今からおよそ60年前の1959年の米ソ冷戦時代、ロシアがソ連と呼ばれていた頃。ソ連のウラル山脈に冬山登山した9人の若者が不可解な死を遂げていたというもの。登山チームのリーダーの名前にちなんで「ディアトロフ峠事件」と呼ばれているのですが、なぜこの事件が60年もの間、謎とされているのかというと、遺体の状態が普通ではなかったから。極寒の雪山にも関わらず、発見された遺体は考えられないほど薄着で、靴も履いていない!

そのうちの3人は頭蓋骨骨折などの外傷があり、女性のメンバーの一人は舌を失っていたのです。またテントは内部から切り裂かれていたり、更に遺体の衣服からは放射線が検出されたことで、その原因については様々な説が浮上しました。登山途中で遭遇した地元の先住民による犯行説、雪崩や獣による襲撃説、近くに軍の施設があった事から軍による秘密の実験説、はたまたエイリアン説などなど。しかしそのどれもが決めてを欠く中、捜査当局が出した結論は、「未知の不可抗力によって死亡」。これが一層謎を深めました。

というのがこの事件の概要で、事件発生から60年経った今もその真相は解明されていないという事で、未解決事件などの本には必ず掲載されるため、私も幾度となく読んできました。また、2013年には『ダイ・ハード2』や『クリフハンガー』などのアクション映画で知られるレニー・ハーリン監督によって映画化もされ(タイトルは『ディアトロフ・インシデント』)、当然私はDVDも買っています。そこでは、この事件の真相を探りに雪山に向かうというモキュメンタリー風の設定でその真相に迫るという仕上げになっていました。

丁寧に彼らの登山ルートを追う前半から一転、後半はいかにもレーニンらしい謎説きをしていてそれなりに楽しめました。そのようにこの事件については銘々が勝手な解釈を結論としているのですが、結局そのどれにも疑問が残っていて、この新書もその類だと思っていたので購入しなかったのです。そしたらこの本の著者ドニー・アイカーが導き出した結論を映像化した番組をたまたま観たのです。その結論が意外や意外!嗚呼、そういう内容だったら本も買っとくんだったと後悔したものの、結論は冬の山はとにかく怖いということ




以前に大学で大学生相手に木の話をさせていただく機会があって、その中でたまたまモミアスナロの話になったので、イメージしやすいかなと思って、ちょうどいずれもが文学に登場する木ということで、山本周五郎の『樅の木は残った』と井上靖の『あすなろ物語』を引き合いに出したのですが、そこにいた数十人の学生全員が無反応。後から先生に聞いたのですが、最近の学生はそういう昔の本や映画をほとんど読んだり観たりしていないので、授業でそういう例えを使っても理解できないですと聞かされました。

私は本を読むのが好きなインドア派の子供だったので、子供の頃結構本は読んだ方だと思います。買って読むのはほとんど漫画で、本はもっぱら学校の図書室。当時、どれぐらい本を借りたか(読んだか)をグラフにしていて同級生と競うように本を読みました。意味も分からず読んだ(文字の羅列を眺めていた?)本もありましたが、紙をめくる感覚と古い本の独特の匂いは今でも大好きで、どうしても電子書籍には馴染めない昭和40年代男です。山本周五郎も井上靖も遠くになりにけり・・・

いつものように枕が長くなりましたが、今日書きたかったのは節の所でバックリと欠けたゼブラウッド。長さも短く家具材としては使いにくいので本来であれば【森のかけら】にするところですが、現在『ゼブラのかけら』はたっぷりあるので、オンラインショップの『ちょこっと銘木端材コーナー』で販売することにしました。もともと大きな節のところで豪快に欠けていたのですが、そこを飛ばして綺麗な板にしてもよかったのですが、こういうものって使い勝手もあるので、あえてそのままのサイズで削りました。

ゼブラウッドとしては、正直なところ縞柄は今ひとつ。節の周辺にうねりが出るので、欠けた節の周辺がいい感じになっているので惜しいのですが、まあこれはこれで個性。割れも逆目もありますが、購入された方が自由に割ったり削ったりして使っていただければ。粗削りしたサイズで440 X290X62mmですが、仕入れから15年も経過していますので、ゼブラウッドとしてはかなり軽い方だと思います。それでも収縮したりするやんちゃぶりがゼブラの怖いところでもあり愛おしいところでもあるのですが

そんなやんちゃなゼブラへの愛を、名作の台詞を使って表現しようと思っていたため、冒頭のような話になったのです。ある人が私に「世界中の木の中でどの木がもっとも好きかと」尋ねます。私は答えます、「どの木もそれなりに素晴らしく、木に貴賤などあるべくもなく甲乙つけがたくとてもどの木が一番好きなどとは・・・」と、ここまで型通りの優等生発言を続けた私でしたが、その時私の目にザックリ欠けたゼブラウッドが映ります。感極まって私は思わず本音を吐露してしまうのです。

どの木もそれなりにすばらしい・・・・・・いえ、やはりなんといってもゼブラです! 私はゼブラが大好きだ!割れていようがかけていようがゼブラが大好きなのだ~」。そう往年の映画ファンなら誰もがご存知の『ローマの休日』の名場面。アン王女こと妖精オードリー・ヘプバーンが記者に囲まれてつい本音を漏らしてしまう場面です。映画では「どこの国もそれなりにすばらしかった・・・・・・いえ、やはりなんといってもローマです! 私はローマの思い出を生涯心に抱き続けることでしょう!」と訳されました。そういう話も若い人には通じないとしたら切ないなあ・・・




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