森のかけら | 大五木材


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長らくの間、松山市民の待ち合わせ場所として親しまれてきた大街道入口のファッションビル「ラフォーレ原宿・松山」が閉鎖されて数年。新たなビルが建つとか何度も話が挙がりながらも立ち消えになっていましたが、閉鎖からおよそ8年近く経ってようやく松山の新たなランドマークが完成。東京の森ビルが運営主体となって、鉄骨13階建ての商業施設とブライダル、ホテルで構成された複合施設『アエル 松山(AEL MATSUYAMA)』が、8月26日に正式オープンしました。

 

「アエル」とは、「Art(芸術)」「Eat(食)」「Life(生活)」の頭文字を取ったもので、1~2階は商業ゾーンで、四国初のセレクトショップ「パリゴ」やイタリアンレストランなど物販・飲食の計5店舗が出店。3~4階はブライダル施設、5~13階は客室215室を擁する「カンデオホテルズ松山大街道」で構成されています。2階には今治タオル専門店「伊織」他を展開するエイトワンさんの新業態「ブランチコーヒー バイ エイトワン(Branch Coffee by 81)」さんが入居。

 

同店の前には大街道から移転された明屋書店さんが入られているのですが、新たな試みとしてブランチコーヒーに本を持ち込めるようになっています。そのブランチコーヒー店内の什器の一部を弊社で制作させていただきました。素材はすべて北米産の『ホワイトオーク』、雄々しい木目で力強さがある木で、カフェなどでは圧倒的な人気を誇っています。アイアンの脚との組み合わせで、大小合わせて10数台。開店準備の邪魔にならないように、日が沈んでからの納品です。

 

制作してくれた善家雅智君(ZEN  FURNITUREと一緒に現場へ。一部は現場で脚を取り付けたりする必要があるため、約1時間半ほどかけて現場作業。テーブルなどを並べてアジャスターで高さを調整して完成。什器の仮並べに時間がかかったのは、木目を合わせていたため。木取り等の関係ですべてがそうだというわけではありませんが、什器の幾つかは隣り合う者同士で木目が繋がっています。つまり2mの板を幅剥ぎしておいて、長さをカットしたため、完成後に並べると木目が連続するのです。

 

20150829 4そうして下さいと言う依頼があったわけではないので、制作サイドの勝手な自己満足ですが、そのあたりが職人・善家智雅の矜持。分かる人にだけ分かってもらえばいいと、密かな愉しみに頬を緩めながらの作業。それがオープン数日前の事で、それからまだ客としては行った事がないので、いずれ近いうちにお邪魔させていただいて、まだ数日ながらも経年変化の様子なども確認させていただくつもり。最近カフェでも『本物の木』を使っていただくケースが増えてきて嬉しい限り~!




先日飛行機の乗った時に何気に読んでいた機内誌に、気になる記事がありました。記事全体の内容は失念したものの、そこに掲載されていた1枚の写真と、文章が私を引き付けました。「伊達政宗が戦の際に道しるべとして、北斗七星と同じ位置に配したとされる木。」木の名前は載っていませんでしたが、映っていた写真から察するにスギだと思われます。これって東北や歴史好きには恐らく有名な話なのだと思うのですが、私は恥ずかしながらこの事を初めて知りました。

 

2 自宅に帰ってから調べてみると陸奥の国玉造郡(現・宮城県大崎市)に伊達政宗が岩出城を構えた時に、作戦の目印として川渡の地に7本の木を植えたのですが、その際に北斗七星を模して植えさせたというのが、政宗という人間の粋を感じて非常に興味を抱くのです。その7本というのが、薬師田の杉.榎和田八幡の杉、横山の千本杉、玉の木の千本桂、住吉の杉、白山権現の松、熊野杉。上の写真は住吉の杉で、左の写真は樹齢200年を数える薬師田の杉・榎です。

 

3右の写真が『玉の木の千本桂』。7本あるというなら全部見てみたいとネットでも探したもののすべては見つからず。今でもすべてが現存しているのかどうか分からないのですが、こういうものを知ってしまうと全部見てしまわないと気がすまない性分。身近にあると意識する事もなくなるのかもしれませんが、歴史マニアの間ではそれを求めてこの地を訪れる方もいるというぐらいなので、知る人ぞ知る存在んなのかも。政宗公に限らず、当時の大きな目印としては木は多いに役に立った事でしょう。

 

4森のしるし・戦国家紋』のような商品を作ったりしていると、こういうネタは持っておきたいエピソードの1つ。出来る事ならこの『北斗七星の木』をテーマに商品を作りたいぐらいなのですが、その視点で勝手に考えれば、惜しむらくは樹種がかぶっている事。どうせなら7本の木の種類を全部変えていてくれたら・・・。現在の宮城県の県木でもあるケヤキとか、クルミイチョウあたりを加えてそれぞれに逸話や伝承なぞを添えていていただけていたらなあと・・・傲慢妄想。




弊社ではウッドデッキに、アイアンウッドの別称を持つアマゾンの高耐久木材『マニルカラ』をお薦めしていますが、現地で加工したものが輸入されます。4方プレーナー加工し、4方面取り加工した(S4S・E4E)状態で日本に入ってきます。弊社でマニルカラを取り扱うようになってもう10年以上経過しましたが、当初は『硬い、重たい、反りがある、値段が高い、微粉が痛い!』等々、散々の言われようでした。それ以前はオーストラリア産の『ハードサイプレス』が主流でした。

 

更にその前は、軽軟なSPFヒノキ、加圧防腐処理した木材、時にウエスタン・レッドシーダーなどを使うといった感じでしたが、弊社だけでなく当時は松山周辺でも同様だった思います。マニルカラは、『アマゾンジャラ』とも呼ばれていますが、それはその特徴が本場のオーストラリアのジャラによく似ているためで、覚えにくい『マニルカラ』よりも『アマゾンジャラ』の方が認知されつつあります。そのマニルカラですが、ウッドデッキの束や大引、床板だけでなく格子にも使われます。

 

輸入されるサイズはほぼ決まっていて、格子のような小さなものは自社で再割して作ります。本日もご注文に合わせて、床材サイズ(105X20㎜)を製材。30X20㎜程度に挽き割って、プレ―ナー加工をして仕上げるわけですが、マスクでもしていないと微粉が鼻から喉から入ってきて大変な事になります。そうなるのは分かっていても、メガネをかけていると曇るのを嫌ってノーマスクで挑むので、そのたびごとに必ず撃沈。

 

今回は100本以上のご注文でしたので大鋸屑やプレ―ナーの削り屑も結構な量に。デッキ材も周囲は経年変化でやや褐色を帯びた色合いになっているものの、製材すると内部はミディアムレアのように血が滲んだような鮮烈な緋色が現われます。最終的には紫外線影響で落ち着いた風合いになっていきます。加工が終われば大量に残った淡い赤身の削り屑、結焼却炉の灰となりわけですが、それすらも愛おしく感じてしまうのです。嗚呼、モッタイナイ、使える道はないものか・・・




20150828 1企業のノベルティなどを中心に地味~に売れている『森のしるし』(木のマグネット)ですが、ブログなどで取り上げないと、もう発売止めてしまったのですか?なんて言われたりしますが、まだまだ頑張って発売中であります!そんな『森のしるし』ですが、最近は樹種を指定してご注文いただく事が増えてきました。一応、スタンプとの相性のいい滑らかで白系の木(ヨーロッパビーチ、ハードメープル等)を台木として、「戦国家紋」や「動物・植物・文様」などの規格商品を揃えています。

 

20150828 2最近増えてきたのは発注先の地域に合わせた樹種で揃えて欲しいというご要望。例えば愛媛県であれば、愛媛県産のヒノキ、東北地方であれば東北産の木、関西圏であれば関西圏産の木といった具合。細かく樹種まで指定される場合もあれば、その地域産出の木であれば構わないなどケースバイケースですが、そういう要望が増えてくると、問題となるのはそれぞれの地域産出の木を持っているかどうかという事。また地域の木であれば何でもいいというわけではなく、スタンプとの相性も考えねばなりません。

 

20150828 3別に在庫に無くても、指定される地域が決まってからその材を取り寄せればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、材料の手配から加工・磨き・印字・包装等のすべての工程を自社で完結しているわけではないので、それなりに時間と手間もかかります。少しでも時間に余裕のある時に作り置きしておかないと、一度に5000個とか10000個とかの大量注文が入ると(通常業務の合間を縫っての作業ですから)大変な事になります(過去に何度も大変な目に遭ってきました)。

 

20150828 4そもそも企業のノベルティなんていうものは、時間的余裕が無いという事が当たり前みたいなもので、決まるまでは相当時間がかかるものの、一旦決まってしまえば「いつ出来る?間に合うのか?」という矢のような催促が来ますので、後はスタンプさえ押せばOKという状態でスタンバイしておくぐらいで丁度いいのです。そういう事もあって、最近は愛媛のヒノキをはじめ、ザックリした地域限定の台木も少しずつ増やしている最中です。準備整えど注文来ず、というのがもどかしいところですが・・・




今日のかけら・#209【ペルポックPerupok  ニシキギ科・広葉樹・東南アジア産

 

最近はすっかりご無沙汰している木ですが、たまたまこの木を貼りあわせたモノが手に入ったのでここでご紹介します。昔は愛媛でもかなり流通していて、弊社の倉庫にもペルポックの平板が沢山ありました。ちょっと幅の広い枠が必要ならペルポックで、というぐらい普通に使われていました。乾燥が容易であるという事と塗装の仕上がりが良い、薬剤の注入処理が容易などという事もあって、ペンキ下地材や枠材、家具、彫刻材、挽物材、箱材、合板などに利用されました。

 

この木は、インド、ミャンマー、インドシナ、マラヤからニューギニアや東南アジアの島々に分布している小~中径木で、普通は胸高直径で200〜600㎜程度らしいのですが、太いもので有用なものになると樹高が40mを越えるものもあるとか。全体的に淡黄色~淡黄褐色で、板目部分にまるで針葉樹のような緻密な笹杢が現われます。かつて取り扱った記憶としては、ペルポック=軽軟という記憶なのですが、かつてこの木は重硬な木として分類されていた事もありました。

 

20150827 3というのは、の重さには相当幅がありました。というのは、昔はマレーシアのサバ州、サワラク洲では気乾比重0.72以下のニシキギ科の木材をペルポック、これより重い木材を『Mata ulat(マタ ウラット)』あるいは『Balan(バジャン)』と呼んで区別していたのですが、その後これら重硬なものを分類学上、ニシキギ科のKokoona属に入れる事になったため、Lophopetalumに属するペルポックに相当する材は、比重が0.48〜0.64のより軽軟なものになったのです。

 

20150827 4それらを合わせると18種ほどがあるらしいのですが、もともと蓄積量が多い木ではなくて合板などの材料として、『M.L.H(Miscellaneous  light  hardwood)』の1種として『雑軽軟広葉樹材』扱いで輸入されてきたのですが、南洋材らしからぬジグザグした笹杢が人気となって家具業界からの要請で、個別の輸入量が増えて、ペルポックとして認知されてきたのですが、南洋材合板の減少に伴い昨今は市場からも徐々に減少。見かけなくなったらなったで使いたくなるもの。

 

20150827 5今になって【森のかけら】を作るにあたって、少しでも置いておけばおかったと後悔しているところです。久々にペルポックに遭遇して「こんなに杢目が綺麗だったかしら?」と驚くほど。私の周辺では板材でこそ見かけなくなったものの、積層ボードとしては今でもその名前を聞きます。かつてはその軟らかさも気にならなかったものの、数々の広葉樹を経て今改めてペルポックを見れば、時代時代で感じてきた自分の体感硬度や美意識の変化に驚きすら感じるのです。




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