森のかけら | 大五木材


 

今日のかけら076

トサツガ

土佐栂

マツ科マツ属・針葉樹・高知~徳島産

学名:Tsuga sieboldii

別名:トガ、二ホンツガ、ホンツガ

 英語名:Japanese hemlock(ジャパニーズヘムロック)

気乾比重:0.45~0.60

 

土佐栂、その美しきもの①*

今日のかけら・#076【土佐栂/トサツガ】マツ科ツガ属・針葉樹・日本産(高知産)

本当は、昨日の『母の日』に合わせてアップするつもりだったのですが、ちょっと慌しいことがありましたので1日遅れで本日この木を取り上げさせていただきます。木偏に母と書く【】の木です。弊社で毎月発行している『適材適所』でも、今までに何回か取り上げてきましたので、一部内容が重複する部分もありますがご了承下さい。私が本格的に【】に出会ったのは、『木童』の木原巌さんと知り合ってからです。もう何年前のことになるか正確な数字はいま思い出せませんが、かれこれ前のことです。木原さんは当時、全国各地のこだわった産地の内装材を広めんと『木童』を立ち上げて間もない頃でした。初対面の印象は、火傷しそうなぐらい熱々の情熱の塊が、関西弁でまくしたてる!という感じでした。そういうタイプの材木屋さんに会ったのは初めてだったので、正直圧倒されました。

しかし、話をしているうちに、今まで自分の中でモヤモヤして今にも喉から出てきそうなのに、空気に触れると途端に萎縮してしまう「何か」が、これだったのかと目から鱗が落ちていくのが実感できました。心もモヤモヤが吹き飛び、雲ひとつない晴天のような心境になり、その後はどっぷりと『木童教』に入信することになるのですそんな木原さんに連れられて全国各地の工場を訪ねました。北海道から九州まで各地で熱い親父さんたちの話を聞きつつ酒を飲みつついろいろな衝撃を受けました。その頃の事が今の私の血であり肉であることは間違いありません。

その中で灯台下暗しだったのが、徳島県の伊原製材所さんの挽く【土佐栂】!東日本では「つが」と発音しますが、西日本では「とが」と発音するところもあります。このあたりでも、年配の大工さんや宇和島など南予の辺りでは「とが」の方が通りが良い地域もあります【】という木は非常にデリケートな木で、環境汚染に弱いとされています。そのため空気が清浄なかなりの高地でなければ生息しません。また成長も非常に遅く、立派な大木になるまでには100年以上も要します。つまり林業の対象としては適さない木ということになります

しかしそれが良いとか悪いとかは、勝手な人間の評価で【栂】には何の責任もありません。伊原製材所さんはその栂にこだわる数少ない製材所のひとつです。全国的にみても、栂にこれほど執着する工場はないと思います。地栂が今でもある程度供給できるところと言えば、四国の徳島~高知の剣山~魚梁瀬周辺、九州の霧島一帯、長野の一部ぐらいだと思われます。それぞれに土佐栂霧島栂信州栂という名称が冠されて取引されたりもするほど、価値のあるものですが、どの産地ももかつてのようには産出されてはいないようです。

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土佐栂、その美しきもの②*

全国的に伐採可能な【】の木が少なくなったこともありますが、今の住宅事情を考えると希少で高価な高齢木が市場に出てくる可能性は自ずと限られてきます。また出てきたとしても、ほとんどが高地で育った高齢の天然林のため、【】や【ウロ】、【目回り】、【腐れ】などが多く、製材ところで割ってみないと、中身が分からないリスクの大きい木でもあります。高地の荒々しく険しい傾斜地で育つことが多いため、ある一定方向から強い力が加わり続けることで、成長の過程でキャラメル色の強い「クセ」がつくことをアテと呼びます。このアテがあると、製材したり加工した時に、その部分から急激に反ったりねじれたりします。何十年も強い圧力を受けていたのが一気に開放されるのですから当然といえば当然でしょう。

ウロ/洞】は、木の生長が終わりに近づいたり外部からの影響などで、中心部分が朽ちて空洞になってしまい事です【】のウロは半端ではありません。大きな穴がすっぽり開いているものもあります。年輪に沿って出切る割れ目の事を【目回り】といいますが、これは建築材料としては致命的で、深く目回りが入っていると製材時に破断してしまいます。【腐れ】は読んで字の如し。他にも外部からの傷などで雨などに晒され、腐朽菌によって青色に変色する【アイ】(地域によってはアオ)の影響も受けやすい木でもあります。

ここまで読むと、良いことがひとつもないような木に見えるかも知れませんが、栂とてもデリケートな木です。成長が遅いという事は、しっかり目が詰まっているという証です。実際に見てもらえれば分かりますが、【土佐栂】の年輪はとても緻密です。そのためとても硬く締まっています。粘りもあり、かつては梁材としても大いに利用されました。また【アテ】や【ウロ】などの出やすいために、製材すると想像もしないような野趣溢れる杢が現れることも多くあります。【土佐栂】の魅力は何と言っても、引き締まった硬さとこの杢目の妙味です。とりわけ、厳しい環境で育まれた杢目は芸術的ですらあります。欅や高齢の杉など銘木として味わい深い杢目を生み出す物もありますが、個人的には【土佐栂】の杢の美しさには遠く及ばない気がします

アテ】や【ウロ】がある物は、業界では『欠点』と呼ばれ、著しく低い評価を下されますが、【】の場合、超個性的な杢といわゆる『欠点』は、背中合わせです。そういう木ですから、大きく無傷の板は望むべくもありませんが、傷や【アテ】などの周囲には非常に珍しく、面白い個性的な杢が現れます。それも珍しいことではなく、そういう表情がバンバン顔を出します。しかし従来の価値判断ではそれらも全てふるい落とされ、消費者の手元に行くことはありません。例えば6尺(約1.8m)の床板で、まったく節のない物を、【栂】に求めても無理な相談です。もしそういうものが揃ったとしたら、坪10万円を超えるようなフローリングになってしまうかもしれません。

【アテ】も【ウロ】も節も全てがその木の個性であり、生きた証です。使えるものは短くカットしてでも大事に使う。木の特性を認め、許容できるところは譲る。そういう姿勢がなければ【栂】は使いこなせません。普通のヒノキやスギと同じ感覚で考えられると到底無理です。【木童】スペックのフローリングしっかりと【栂】の個性が取り込まれています。弊社でも扱わせてきましたが、結構通好みのお客さんが選ばれる事が多いです。そんな【栂】にこだわる伊原製材所、恐るべし!心から敬服いたします!まだまだ【土佐栂】明日へと続きます!

 

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土佐栂、その美しきもの③*

栂(ツガ)はとても奥深い木で、エピソードも多彩です。まずその名前の由来ですが、葉が並ぶ時に下側に長い葉、上側に短い葉が並ぶ様子が「継ぎあう」とか「番(つが)う」ところから、きているといわれています。これによく似ているのが樅(モミです。同じような生育環境を望み、よく一緒に混じって生えていることから【モミ・ツガ】としてまとめて市場に出される事もあるほどです。立木の時の見分け方のポイントは、葉の先が二股に鋭く尖っているのが【樅】で、葉の先端が丸みを帯びているのが【栂】

材木屋といっても実際に山に入って立木を見て、これが何の木かを言い当てれる方は多くありません。樹皮や葉に特徴のある桜や、建築材として利用される事の多い杉、桧、松などは誰にでも分かりますが、広葉樹は似たものも多く難しいです。材木屋は大体が板にした状態の特徴しかが頭に入っていないので、立木は案外分からない物です。私も立木はさっぱり分かりませんでした。愛媛大学農学部が毎年実施している『樹木博士養成講座』に参加して、大学の先生方にいろいろ教えていただきほんの少し分かるようになりました。

これが分かると実に楽しいものです!山を散策していて、これが何の木、あれが何の木と分かれば楽しいです。しかし真の樹木博士の道は厳しく遥かに遠いのであります!【栂】の話に戻ります。木偏に母と書く漢字の由来は、諸説あるのですが私が聞きおよんで気に入っているのは、①ちょうど母指(おやゆび)ぐらいの大きさの実がつくから ②樹皮から白っぽい樹液が出ることがあるが、その様子が母親のお乳に似ていることから 栂の葉は落ちると堆積しちょうどよい肥料となり母のごとく豊穣な大地を育むからの3点です

勿論異論反論もあるでしょうが、もともとアカデミックな話をするつもりはありませんし出来もしません。【栂】という材の特徴を考えた時、上記のどのエピソードも実にしっくりときます。この種のエピソードは、語り伝えられるうちに尾ヒレ背ヒレがつくものです。小さな話が大きく膨らんで、全然違う木の話も巻き込んで転化して伝えられたりすることも少なくありませんが、それはそれでいいのではないでしょうか。今のネット時代、調べようと思えばキーボードひとつで簡単に検索できます。しかし、だからこそ真実かどうかも分からないあやふやしたエピソードが人の記憶や心の中に生き残ってもいいと思うのです。木という媒体を通じて、人は自分の人生や思いを投影し、納得してり心の支えとするのではないでしょうか。私はアカデミックな話はまるっきり弱いですが、こういうエピソードは大好きです。

偏屈者の私としては、全てが理路整然と解明されてしまっては面白くないのです。「え~ホント?」と思わせる遊び心もあっていいと思うのです。自然は偉大で何でも分かると思ったら大間違いです。謎あるからこそロマンがある!【栂】という木は日本固有の木で、学名は『ツガシーボルディー』といいます。これは幕末の頃に活躍したドイツ人の医師、博物学者シーボルトを讃えてのことだといわれています。学名に個人の名前が使われているのは非常に珍しい事。シーボルトは、長崎に鳴滝塾をつくった事や、日本における妻お滝さんにちなんでアジサイの学名を「ハイドランゲア・オタクサ」と名づけたことでも有名です。

よく【米栂(ベイツガ】と混同されますが、こちらは本来は【ウエスタン・ヘムロック】という木で、ツガの名前がついているのでややこしいのですが、材質としてはかなりの差があります。輸入された時に、その特徴が【栂】によく似ていることから、アメリカのツガという意味で【米栂】と名付けられたというのですが、正直比べるのは酷な気もします。確かに【栂】も【米栂】もどちらもマツ科ツガ属で色目は白っぽくて似ていますが時間が経つとその差は顕著になります【栂】は時とともに渋い艶がでて鈍い光沢を放ちます

 

植物性油を塗っておくと、まさに黄金色の趣きになります。対して【米栂】は、挽きたてこそ淡いクリーム色で美白ですが、経年変化でややくすんで黒ずみます。また強度の、粘りがあって硬く締まった【栂】に比べて、【米栂】は軽軟でただしこれはそれぞれの木の特徴ですから、だから【米栂】が劣っているとかという事ではありません。木にはそれぞれの特徴があるという話。最近【土佐栂】のフローリングに、【アオ染み】や【小傷】のある物に植物性油塗料で黒っぽい塗装を施し店舗などに使われるケースが増えています。

黒く塗ると一層杢目の妙味が際立ち、通常B品扱いされる材が低価格でより魅力的に使えます。黒は黒でもどの配合の黒がいいのか、試行錯誤しました【土佐栂】は、冬目と夏目の年輪差が明瞭で、黒く塗ると反発して白くなります。そのため白と黒とのコントラストがくっきりと浮き上がってくるような表情が生まれます。店舗以外にもシックな雰囲気を求める空間で使われると面白いです。【アオ染み】も全然気になりません。これだけ立派な木を、ただアオ染みがあるから使えないなんて言ったら罰があたります。骨までしゃぶるつもりで大切に使い、木の醍醐味を堪能しましょう!

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海とCAFEと双子と土佐栂・・・②*

さあ、北条・鹿島のカフェ『海とCafe』へ!どうしてここへ来たかったというと、このお店で弊社の床材を使ってもらっているからです。お店のオーナーは、こちらのお方。その日も、お店の前で汗をかきながら自ら材を加工されていました。演劇や役者、講師などマルチな才能を発揮する謎多き男・梶原剛その人。以前にも拙ブログでもご紹介しましたが、ラジオなどにもお招きいただきご縁があり、今までにもいろいろ『木』を使ってもらう事がありました。それで今回もお店開店に際して床材をお求めいただきました。

もともとそこには無機質な建物はあったのですが、今はご覧の通り。開放的過ぎる窓から見える海の借景も渾然一体となって、よほど意識しないと床材にまで目が行くことはありません。いろいろな面白い調度品やインテリアが雑多な賑わいを見せて、不思議なおもちゃ箱のような雰囲気を醸し出しています。窓からは潮の香りと爽やかな風が吹き込んできて、いつまでもいつまでもそこに佇んでいたくなるような心持ちになります。

最初にこのお話をいただいた時に、どういう素材がいいのかいろいろ悩みましたが、梶原さんのリクエストで、1枚ものでなるべく幅も広く、節があってもいいから雰囲気のある材(味わいのある木)をという事。最終的には、以前梶原さんの事務所でも使っていただいてとても気に入っていただいていた『』に決定。生憎、幅は105mmしか用意できなかったのですが、樹齢50~60年以上もある濃密な土佐栂の大きな節には、命のエッセンスが詰まっています。画像では分かりにくいのですが、実はこれ土佐栂は土佐栂でも、割れがあったり、軽微な虫穴、青染み、小傷、節穴などが含まれるB品なのです。製造過程でどうしても発生してしまうB品ですが、それなりにB品としての事情があるわけですからどこでも使えるというものではありません。

使われる方がその材の出自と特徴をよく理解していただいていないと、クレームを作る事になりかねません。器用な梶原さん自ら施工された床の土佐栂、よく見ればB品の由来はしっかり残っているものの、このお店の中では傷や節すらもごくごく当たり前の趣き。むしろ節や傷のないような床では、全体の雰囲気の中で浮き上がってしまそう。一応スリッパは置いてあるものの、誰に言われるまでもなく、こどもたちは自由に素足で無垢材の心地良さを体感中!

当日は、朝こそ島に人影が少なかったものの、昼前にもなると驚くぐらい多くの人が島に渡って来られました。その数、数百人!梶原さんに聞くと、週末とか休みの日になるといつもこれぐらいの賑わいがあるとか、恐るべし鹿島!既に『海とCafe』の常連さんも沢山いらっしゃるようで、来島された方が次々と気さくにお店の中の梶原さんに挨拶に来られます。その会話を聞いていると、ああ、こういうやり取りのできる空間を作りたかったんだなあと実感。ここは無人島ですが、人の笑い声は無数島。

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母なる木・地栂と塩野商店①*

先日、大阪から地栂の造作材が届きました。最近、若い現場監督から「ツガってベイツガの事だと思っていたけど、日本のツガってあるんですか?」と質問を受けましたが、そう思ってしまうのも仕方がないぐらいに日本のツガは建築現場においては幻の木となっています。私の場合は、たまたま若い頃に運良く『土佐栂』との出会いがあったお陰で、日本のツガ(日本栂とも地栂とも呼ばれます)に馴染みがありますが、今だと余程こだわりや知識のある人でなければ使われない木となってしまいました。

今回、地栂の造作材を挽いていただいたのは大阪の塩野商店さん。自社の会社紹介から引用させていただくと、『主に柱や造作材に使用されている、内地栂の挽き材を中心に、欅松杉桧などのあらゆる銘木を販売を行う。内地栂は、主に柱や造作材、縁甲板に製材。特殊な注文にも対応できるように厚盤も扱っており、また、自社製材所にて賃挽製材も手掛ける。一般の利用も可能で、古木の再利用なども積極的に受け入れている』という大変貴重で頼りになる製材所。

大阪の『なぐり王子』こと橘商店橘明夫に紹介してもらって知り合ったのが、塩野商店の塩野和貴専務。橘君と同世代で、彼が『栗屋』ならば、塩野君は『栂屋』。かつてはそういう特定の樹種にこだわった専門店的な製材、材木屋もあったのでしょうが、昨今は何でも浅く広く扱うスーパーマーケットのような店ばかりになってしまい、特定樹種にこだわる矜持を聞けなくなって寂しく感じていますが、若い世代が専門性を持った店を継承されているのは心強いことです。

専門性が強いと言ってもツガそのものの産出量が限られていて、さすがに今はそれだけで商売が出来るレベルにありません。全国的に見てもある程度の天然の栂林が残っているのは、高知~徳島一帯木童木原巌さんが『土佐栂』と命名したのがこれにあたります)と、九州の霧島栂』、長野の信州栂』と、紀伊半島の和歌山~三重一帯などごく一部。塩野さんのところは大阪という立地から、和歌山周辺から産出されるツガを仕入れられることが多いそうです。明日に続く・・・

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母なる木・地栂と塩野商店②*

ツガ(栂)の木は環境汚染に敏感で成長も遅く、高地を好むことから、ほとんど植林はされておらず、現在産出されるのもそのほとんどが天然林。そのため量も少ないのですが、ツガを挽く製材所そのものもほとんど無くなっているので、いい原木が出れば塩野商店さんに声がかかるそうです。挽いたところでそれを売るルートがなければ意味がないわけで、そこはやはり永年の経験とネットワークが大切。恐らく塩野商店さんにも全国のツガフェチから問い合せや注文が届いているはず。

私は、徳島の井原製材所さんからツガを分けていただいていたのですが、久し振りにお電話させていただいくと、やはり原木の供給が不安定で、今は主力をスギなどにスライドさせているとの事。原木供給だけでなく、使う側も安定的にオーダーしなければ、製材の軸には出来ないのは当然の事で、そういう意味では困った時だけ相談して私自身も猛省しています。こういう貴重な材に関しては、挽く側(製材)だけに委ねるのではなく、売る側(材木屋)も相応の努力をして、固定ファンの構築をしていかねばならないと思います

そのためにもまずは、地栂(内地栂)の存在を知ってもらうことが肝要だと思います。存在そのものが幻となりつつあるものの、小さな木であれば愛媛からでもいくらかは出てきます。そういう小さなツガの丸太にもそれなりの価値を与える事が大事。弊社はそのひとつとして『木言葉書』で母親に贈る木として物語を組み立てています。栂の実が親指(母指)ぐらいの大きさであること、樹液が白くてお乳のようであること、枯葉に栄養分が多くて腐葉土となり森を育てるマザーツリーであることなどがその由来

木篇に母の字が充てられるツガは、色目も美白でフローリングとしても最高の素材で。かつては武家屋敷など相応の地位の人でなければ使えなかったというのも分かるほど品格を感じる木でもあります。ツガの木言葉は『堅固』ですが、名は体を表す言葉通り、冬目は驚くほど固く堅牢で、レーザーすらも反発するほど。弊社にはかつて仕入れた『霧島栂』、『土佐栂』の角材、板材、テーブルサイズの耳付きの一枚板などが残っていますので、少しずつそちらも公開させていただければと思っています。母なる木・栂、まだまだ幻にしてしまってはいけない!

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堅牢な石の城に古栂あり*

 

急勾配の坂道を登ると、櫓と見まがうぐらいの可愛いサイズの3層3階の丸亀城の天守が現われます。この天守は江戸時代から現存する12天守のうちもっとも小さい天守という事でも有名です。天守は小さくとも総高60mの日本一の石垣に鎮座しており、天守からの眺めは絶景!丸亀市内が一望できます。私も以前は勘違いしていましたが、この丸亀城は平山(ひらやま)城に分類されます。山城というのは険しい山に建てられた防御・戦闘を最優先に建てられた城の事で、安土城や兵庫の竹田城、岡山の備中松山城などが該当します。

名古屋城や駿府城など平地に建てられたのが平城(ひらじろ)。戦闘などの軍事的拠点といいよりも政治や経済などを優先して利便性を確保するため、交通の盛んな町の中心部の開けた平地に建てられました。そして平地にある小高い山や丘に建てられたのが平山城。大阪城や姫路城、熊本城などがこれに該当し、松山城や丸亀城もこれにあたります。丸亀城は標高66mの亀山の上に築かれており、別名亀山城とも呼ばれています。小高い丘を亀に見立てて亀山と呼ぶ地域は多く、亀山城の別名を持つ城は結構あります。

わが松山城の別名は『金亀城(きんきじょう)』で、ここにも亀が登場しますが、松山城が建つのは標高132mの勝山で山の名前が由来ではありません。松山築城の際に山麓の内堀のところが深い淵になっていて、そこに金色の亀が住んでいたことが金亀城の由来となっています。長命の象徴ともされる亀の縁起の良さが、城造りという一大事業の成功を願掛け的に使われたのかもしれません。天守で他の観光客が窓からの景色に魅せられる中、私の目を引いたのはその床板に使われていた木。よく目の詰まったツガ(栂)の木です。

資料によると、「丸亀城の天守にはツガ(栂)、マツ(松)、ヒノキ(桧)が用材として使われた」とありますが、天守の床材はすべてツガでした。城の床材って数百年の時間の中で経年変化と退色摩耗して何の木が使われているのかよく分からない事もありますが、丸亀城の床は見事な高齢木のツガが使われていました。あれだけふんだんに木を使っている建築物に関わらず、使用された木材に対する資料や情報が少ないのがいつも不満で、せめてあらわしで使っている木ぐらいは何の木なのか解説をつけてもらいたい。

それにしてもこのツガの目込みっぷりは素晴らしい!松山城にもツガは使われていて、当時は四国にも立派なツガの木が多く自生していたようで、格式の高い寺社仏閣や武家屋敷にはツガが利用されてきました。環境汚染に敏感なツガは、尾根筋など高地を好み、四国だと四万十川上流域や剣山周辺に自生していました。人目に触れにくい山中で年輪を刻んだツガは緻密で、人の足で摩耗され浮造りとなって冬目がくっきりと浮き上がり、節周辺の野趣溢れた杢は一層鮮明になり、その風格は他の針葉樹の追随を許さず

 




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