レヴェナント:蘇えりし者の〔樹〕④

20160520 1主人公ヒュー・グラス並みの執拗さでもう1日だけ映画『レヴェナント:蘇えりし者』の話。この映画のテーマは、愛する息子を殺された男の復讐譚であって、映画の宣伝コピーにも「愛は死んだ。憎しみだけが生きている。」とあります。鑑賞後、決して晴れ晴れしい気持ちになる映画ではありません。徹底的に自然光にこだわった撮影監督エマニュエル・ルベツキの映像の美しさも、完全にタイタニックの呪縛を解き放った鬼気迫るディカプリオの演技も胸に迫る大傑作であることは間違いなし。

 

20160521 2にも関わらず何かひっかかる事がいくつかあったのは、先住民(ネイティブ・アメリカン)の描写。史実ではヒュー・グラスには先住民の妻やその間に生まれた息子はいなかったそうです(グラスはアメリカではかなり有名でいくつもの本が出版されています)。映画ではその妻はかつて白人たちに村を焼き討ちされ殺され、生き残ったのが混血の息子という設定になっています。にも関わらず、グラスたちを襲撃する先住民はまるで白人を襲って「獲物」を奪い取る略奪人のような描かれ方。

 

20160520 3根深い樹種問題を抱えるアメリカでは私などのうかがい知れぬ複雑は歴史的背景や複雑な事情があるものと思われますが、先住民たちは「言葉も通じぬ未開の野蛮人」のごとく銃の標的となって倒れていきます。先住民の襲撃を受けたという形ですが、本来はグラスたちこそが先住民のテリトリーを荒らす侵入者で無法者。自分たちのルールを強引に持ち込んでアメリカ大陸の中で領土拡大を図った時代。先住民の妻の遺した言葉は、白人たちの暴力的支配に対抗する心の教えでもあります。

 

20160520 4グリズリーとのとてもCGとは思えない迫力の死闘(一方的ですが)や、生魚を捕らえてそのまま食ったり、死んだ馬の腹を裂いてその中で寒さを凌いだりとディカプリオの迫真の演技には目を奪われながらもそんな事が気になっていました。元々ここは誰の土地で誰のものだったのか?映画に深みを与える壮大なあの森だって、極寒の川だって。開拓時代にはもっと壮絶な略奪や殺人が繰り返され森や川に持ち主の名が刻まれたのだと思うと、簡単に面白いとは言えない映画なのでした。★★★★1/2

レヴェナント:蘇えりし者の〔樹〕③

20160519 1本日も映画『レヴェナント:蘇えりし者』についての話。本作は不屈の男ヒュー・グラスの凄まじ復讐の物語という事だけではなくいろいろと考えさせられる事の多い映画でした。亡き先住民の妻が遺した言葉、「強い風が吹くときに木の前に立つと、枝は折れそうになる。けれど地面にしっかり根を張った木は、風でも決して倒れることはない。」は、文字通り先住民たちが自然との暮らしの中で学んで知恵ではあるものの、人生の中で多くの事を示唆する意味深な言葉でもあります。

 

あるゆる事象置き換えられ、受け取る人によってその対象が変わるでしょうが、強い向かい風を受け進むこともままならない時に忍耐強く辛抱し、エネルギーを貯めて逆境を乗り越えていく。言葉の受け取り方はさまざまながら、実際に大木は大雨や台風に見舞われようとその場を動くことなどできません。激しい風にもっていかれそうになる根や枝を踏ん張り、重い雪で折れそうになる枝を支え、それでも悠然と耐え続けます。その格闘の記憶は、伐採後に枝の周辺に如実に現れます

 

20160519 3その痕跡から激しく枝が揺さぶられた様子を思い浮かべるとき、樹という巨大で無口な生き物が内に秘めた生への強い執着と尊厳を感じずにはいられなくなるのです。そういうこともあって、映画の冒頭でグラスたちのハンターチームが林の中で、全住民の襲撃を受けて木々が荒らされ火が放たれる場面では、撮影終わったら早く消火してやれよとか、簡単に傷つけてるけど結構大きな木だそモッタイナイとか、雪の影響でロケ地がカナダからアルゼンチンに変わったそうだけどこれは何の木?

 

20160519 4等々、職業的な視点が飛び出してなかなか集中出来ず。どこまでがカナダロケでどこまでがアルゼンチンか分かりませんが、いずれにしても雪をかぶった大森林地帯を見ていると、日本とは比較にはならない森のスケール感に圧倒されっぱなし。大きな木の元では、大きな物語やドラマ、大きな夢が膨らむなんて言ってしまえばそれまでですが、これを林業とか森林資源なんて同じ物差しで語るのはあまりに空しいということは間違いない。映画のスケールは風景が作る要素が大きい。