その他 |
2016/07/18 PM7:08
★今日のかけら番外篇・E027【タイサンボク/泰山木】 モクレン科モクレン属・広葉樹・石川産
| さて、兼六園の話に戻ります。兼六園は大まかに見たとしても1時間~1時間半はかかるといわれていますが、この後もスケジュールがビッシリ詰まっていますので、この辺りで出口の真弓坂に。真弓坂は兼六園が一般開放されるにあたって作られた坂だそうですが、当時は『マユミ(真弓)』の木があって、それが名前の由来となったとか。今はマユミはありません。その代わりクルミやツバキ、サクラ、マンサク、など多数の木が植えられています。その中に『タイサンボク(泰山木)』の姿がありました。 |
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この木は【森のかけら240】には含まれていないものの、庭木や街路樹などに植えられていて日常生活でよく見かける木です。成長すると樹高30mにもなる常緑高木ですが、建築用材として利用された話は聞いたことがありません。タイサンボクは漢字では、『泰山木』と表されるのですが、泰山とは中国の山東省中部にある標高1524mの山で、中国五岳のひとつとされ、地元では霊山として信仰の対象となっています。1987年に世界遺産(複合遺産)にも登録され、『岱宗』とも表わされます。 |
| タイサンボクには純白で芳香のある大きな花が咲くのですが、その花の高貴で美しいさまを、霊山たる泰山に例えたのが名前の由来だとされています。また花は直径が150~300㎜にもなるほど大きく葉も同様に大きいことから、大山(タイサン)のようだという意味から『大山木(タイサンボク)』とか、花弁を盃に見立てて『大盞木』などと表わされることも。『ホオ(朴)』と同じモクレン科モクレン属の木であることから、白蓮木(ハクレンボク)や常盤木蓮(トキワモクレン)の別名もあります。 |
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学名も、花の特徴を表したMagnolia grandiflora(マグノリア・グランディフロラ)。マグノリアは人名(18世紀のフランスの植物学者ピエール・マニョルの英語読み)で、グランディフロラは「大きな花の」という意味です。英名は、Southern magnolia(サザン・マグノリア)。「南部のマグノリア」という意味で、ミシシッピ州とルイジアナ州の州花であり、アメリカ南部を象徴する花木とも言われています。日本には、明治6年(1873)に北米南部原産のものが輸入されました。 |
| 特にミシシッピ州は、州内にタイサンボクが多いことから、Magnolia State(タイサンボクの州 )という愛称もあるほど。明治12年(1879)に、アメリカのグラント将軍(後の第18代アメリカ合衆国大統領、ユリシーズ・グラント)が来日した際に、夫人が上野公園に植えたことから、『グラント・ギョクラン(玉蘭)』とも呼ばれます(当時は綺麗な花にランの名を冠する習慣があった)。今では東北以南の各地で街路樹などに植えられ、すっかり日本の木の風情すら漂いますが出自は北アメリカ南部。 |
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5~7月の初夏に花をつけ、季語にもなっているほど(泰山木の花は、夏の季語)、日本の風景に溶け込んでいて、和歌や俳句にも詠まれています。「がつちりと花を葉を持つて泰山木」種田山頭火、「昂然と泰山木の花に立つ」高浜虚子、「ゆふぐれの泰山木の白花はわれのなげきをおほふがごとし」斉藤茂吉など俳人や歌人たちも泰山木のある風景を詠んでいます。まだこの木の材は手に入れたことがないものの、目をつけている樹はあって、どうにか入手できないものか思案しているところ。 |
| 話は戻って、兼六園のタイサンボク。ここまで書いていて間違っていたら恥ずかしいのですが、木の名札が付いてなかったのでその葉からの判断です。そのタイサンボクの根元に目をやると、根が気色悪いほどに瘤々に膨れ上がっていました。兼六園は前田斉泰(なりやす)が、万延元年(1860)に造ったのが元とされているので、明治12年(1879)に渡来したタイサンボクは、その後の整備工事で植えられたもののはず。外来樹なので、あまり重要視されていないのか、こんな奇怪な姿にも関わらず解説無し。 |
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あるいはこれが何か特殊な状態の根なのか、病気なのか、もしかしたらこういう性質なのか、悲しいかな知識が無くてよく分かりませんが、かなりインパクトがあります。今まで見てきた整った美しい兼六園を表の顔とすると、長い歴史の中ではこういう奇特な木も育つという裏の顔もあるといえば、言い過ぎかもしれませんがこれも兼六園の懐の深さかと。もっと時間があればいろいろ探索できたのでしょうが、後の行程を考えてとりあえず兼六園はこれにて終了。明日からはお隣の金沢城に移動~。 |

【ヒメコマツ】
姫小松
マツ科・マツ属・針葉樹・岐阜産
学名:Pinus parviflora
別名:ゴヨウマツ(五葉松)、キタゴヨウ(北五葉)
英語名:Japanese White Pine
気乾比重:0.36~0.45
兼六園の樹木④ 姫小松Ⅰ
1. 今日のかけら, かけら日本紀行 |
2016/07/14 PM11:06
★今日のかけら・094 【姫小松/ヒメコマツ】 マツ科マツ属・針葉樹・岐阜産
| 少し先に進むと、そこには『初代姫小松』の看板がありました。その解説によれば、そこには枝ぶりが立派で、兼六園内一とも言われた推定樹齢500年を越えるという初代姫小松が生えていたそうなのですが、度重なる台風などの影響と老衰により、主幹の一部を残して平成7年に伐採されたそうです。なので、今そこにあるのは『二世姫小松』であるということ。『ヒメコマツ(姫小松)』は、【森のかけら】にも含まれていますが、実はその際にも混乱がありどうしようか悩みました。 |
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というのは、『ヒメコマツ』の呼び名によるもの。さや状の短枝に5本が束生している(5針葉)ことから『ゴヨウマツ(五葉松)』と呼ばれています。ちなみに2本が1束になっている2針葉は、アカマツやクロマツなど。3本が1束になっているのが3針葉は、テーダマツやダイオウマツ。そして5針葉は、ゴヨウマツの他にハイマツ(這松)やチョウセンゴヨウマツ(朝鮮五葉松)などがあります。愛媛では、ヒメコマツの蓄積量が少なく(主な分布域は本州中部以南)、建築用材としてはほとんど使われません。 |
| 主に庭木や盆栽として愛でられています。なかでも、松山の東に位置する四国中央市では園芸農家や盆栽業者が長い時間をかけて改良を加え、『赤石五葉松』として名を馳せています。その歴史は古く、安土桃山時代より600年以上の歴史があるとか。愛媛では標高700m以上の尾根筋や岩石地などに分布するとされていますが、四国中央市では西日本最高峰となる石鎚山系の亜高山帯である、標高1700mの東赤石山(ひがしあかいしやま)の山頂付近にゴヨウマツの原生林が広がっています。 |

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現在では天然記念物に指定されているので伐採は出来ないようです。そういうこともあり、愛媛では『ヒメコマツ』は『ゴヨウマツ』として知られていますが、どうやら全国的には『ヒメコマツ』の方が認知度がある(特に盆栽としてではなく、建築用材や家具用材などとしても)ということから、【森のかけら】では『ヒメコマツ(姫小松)』の名前で掲載することにしました。ちなみに愛媛の郷土芸能である伊予万歳(いよまんざい/松山を中心に行われる祝福芸で、太夫・才蔵・次郎松に三味線・太鼓の囃子がつき歌い踊る)の中には、「五本目には五葉の松、七本目には姫子松♪」と歌い分ける『松づくし』という題目がありますが、これは樹種の区別というよりも言葉の響きから、単に語呂合わせによるものではなかろうかと言われていますが真意は不明。この話、明日に続く・・・ |
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兼六園の樹木⑤ 姫小松Ⅱ
1. 今日のかけら, かけら日本紀行 |
2016/07/15 PM11:45
| 『ヒメコマツ』の話の続きです。松の付く地に住んでいながら、松山ではマツに対して愛着が薄いというか、マツに固執することが少なく、そもそも脂分が多いことから建築などには適していないということもありますが、建築では使われることはほとんどありません。一方、地名にもなったぐらいですから、マツの生育環境には適しているようで、あちこちにマツの木は植えられていて、その光景は空気にように、そこにマツがあって当然と思われるほど松山の風景には馴染んでいます。こちらは金沢・兼六園のヒメコマツ。 |
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ヒメコマツがゴヨウマツ(五葉松)と呼ばれる理由は昨日説明しましたが、では『ヒメコマツ』の名前の由来はどういうことかというと、ゴヨウマツの中でも特に高地に生えているものは、群生せずにぽつりと生えていて、しかも背丈も低くコンパクトになるため、その見た目からまるでお姫様のようだと、『姫』という漢字が当てられたと言われています。私はずっと子どものお姫様おのような松という意味で『姫子松』とイメージしていましたが、兼六園では『姫小松』と表記されていました。 |
| 地域的に『小松』という地名があるからかもしれませんが、どちらにせよイメージしているのは幼く小さなお姫様という女性的な木ということでしょう。それで実際の材としての実態はどうかというと、目はそこそこ詰まっていてもアカマツやクロマツに比べるとかなり軽量級。癖も少なく素直で加工も容易です。サンダーの目詰まりはあるものの、他のマツに比べると脂っ気も少なく扱いやすいのですが、絶対量が少ないのと、弊社にあるのは木が小さいので節が多く、用途は限定されます。 |
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昔はその特徴を生かして欄間の透かし彫りや仏壇の飾り彫りにも使われたり、鋳物などの木型にも利用されたそうですが、今は滅多に見かけることはありません。材質が軟らかいのと供給が細いことから建築材としては適してないようです。それで、私もヒメコマツを仕入れたはいいものの、何に使おうか迷ったまま長い間放置しておいたら、たまたま『ヒメコマツ』指定の注文が入ったので、奥から引っ張り出したのですが、それも何かの縁だと思うので、ちょっとご提案してみようかと考えているところ。 |
※補足解説・・・高山市では、かつては構造材にされてました。現在では、出材激減して杉の桁へとシフトしました。木曽でも、昔は大径材があり、建具や造作材もありましたが、20年以上前の話です。
〔株式会社ムラモト 水野 斉さん〕