森のかけら | 大五木材

アカメヤナギ

赤芽柳

ヤナギ科・ヤナギ属・広葉樹・滋賀産

学名:Salix chaenomeloides

別名:マルバヤナギ(円葉柳)

 英語名:****

気乾比重:****

 

余呉湖の天女の羽衣伝説*

豊国神社」を出る頃にはすっかり日も落ちていて、宿に向かう事にしたのですが心配は。雪マークが出ていなかったことから過信していたのですが、琵琶湖の北部に向かって車を走らせば、すれ違う車の屋根には白いモノがドッサリ!まだ雪はチラチラで積もるような雰囲気ではないのですが、ノーマルタイヤなもんで恐る恐る。しかもナビでガソリンスタンドが沢山あったので油断してたら、そのほとんどが正月休み。雪とガス欠の恐怖の中、ナビの指し示す道は離合も出来ないような田舎道に案内される・・・大丈夫なのか?!

と心配していたら、どうにかガソリンスタンドも見つかり、ほどなく宿に到着。宿の人に「このあたりも雪降るんですね。明日とか凍結したりしませんか?」と訊くと、「このあたりは豪雪地帯でこんなのは幼稚園レベル。ひどい時は2m近く積もるよ~」とサラリ。通常だとノーマルなどでこの時期ここに来るのは無謀以外の何者でもないと言われて肝を冷やしました。翌日のお天気も雪ではなかったので、ようやく落ち着いて館内を歩いているとやたら天女の絵画が飾ってありました。湖、天女の絵・・・これはもしやと思い検索してみるとやはり『天女の羽衣伝説』がありました!

大きな湖がある場所には天女の羽衣伝説がよく残っているのですが、そのほとんどは同じような物語で、ある日天下ってきた天女が池(湖)で水浴をしていると、それを見ていた人間の男が天女の衣を隠してしまい、天に帰れなくなった仕方なく男と夫婦になるというところまでの大筋は大体共通。ここから先が地方によってさまざまで、子どもが出来たり、出来なかったり、見つけた羽衣を見つけて独り天女が天に帰る、男も天女を追って昇天して七夕の星となるなどさまざま。一説には、かぐや姫の『竹取物語』の原型だとも言われています。

しかもこれって日本だけでなくヨーロッパやアジアなどにも同様の話が残っています。海外では『白鳥処女説』として伝わっているようです。話の大筋は一緒ですが、海外の場合は白鳥が人間の処女の女性に姿を化して地上に降りて、水浴中に衣を隠されるというもの。その後、結婚した女性がその家にさまざまな形で恵みをもたらすという豊穣神話として伝えられています。細部はどうあれ、同じような話が世界各地に伝わっているという事は、各地で何かしら同じような現象が起きて、それを目撃した人が語り伝えたという事。

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1200年前に天下った天女*

この話の起源はギリシア神話にあってそれがアジアに伝播したとも言われています。その昔、鉄が武器としても非常に重要な時代に、地球の磁場を頼りに方角を決めるとも言われる白鳥などの渡り鳥の跡を追うと、鉄鉱石や砂鉄などが見つかると、渡り鳥の姿を目印に鉄を追った民族がいて、彼らに大きな恵みをもたらす渡り鳥たちを天女のように崇めたのだとしたら・・・あるいは水辺を求める渡り鳥の跡を追えば水辺に辿り着けることから地獄で仏のような感謝の気持ちが、天女伝説へと昇華していったのかもしれません

私が初めて天女の羽衣伝説を意識するようになったのは、子供の頃に読んだ手塚治虫先生の『火の鳥・羽衣篇』から。羽衣篇は他の話に比べると非常に短いのですが、手塚先生らしい実験的な手法で描かれていて、舞台を観ている感覚を漫画で表現されていて、読んだ当時は演出の意図も分かりませんでした。そんな事より背景がずっと同じなので、背景をコピーして手抜きしてるんじゃないかと荒さがしに夢中になった記憶があります。当然1コマ1コマ手書きだったのですが。当時から手塚漫画では実感的な試みは多かったので何となく構図が面白いと思った程度でしたが、後に羽衣伝説が能舞台でよく演じられていることからそういう設定にされたのだと知りました。

ところで泊まったのは琵琶湖の北湖にあたる、余呉という場所で目の前が余呉湖。実はそこに伝わる羽衣伝説こそが日本で最古のものらしいのです。最古というのは、文献に残っている中でという意味で、今から1,200年以上前に書かれた『近江国風土記』という書物に『天女の羽衣伝説』が記されているのだそうです。宿に向かった時は真っ暗で湖も見えなかったのですが、翌朝窓から見れば本当に目の前が余呉湖で水鳥がせわしそうに飛び交っていました。よし、それならば是非とも天女が羽衣を掛けたという木とやらを見に行こう!(しかも子供たちの次のポイントの通り道)

ナビで見ると宿からはほんの数分。まさかこんないいポイントに宿を見つけるとは娘たちもなかなかやるじゃないかと(たまたまなんですが)独り悦に入ってたら、大木らしきものの見当たらない畑の中でナビが「目的地に到着しました」・・・「えっ?!」。よく見ると切株と石碑が。もしやと思って車から降りて確認すると、間違いなくそこが伝説の場所でした。なんと、2017年の台風21号による強風で倒れてしまっただとか!嗚呼、来るのが少し遅かった~!しかし、今このタイミングでお会いできるのもご縁というもの。

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衣掛ヤナギの悲哀*

★今日のかけら番外篇・E039アカメヤナギ/赤芽柳】 ヤナギ科・ヤナギ属・広葉樹

こちらがお元気だった頃の在りし日の『衣掛の柳』。実に堂々としたものです。記録によるとこのヤナギは『マルバヤナギ(円葉柳』という事でした。四国にも生育する『アカメヤナギ(赤芽柳』の別名らしい。解説によれば「日当たりのよい湖畔や河畔などに自生する落葉高木で、高さは20mにもなる。新葉が赤褐色を帯びる事から赤芽柳の名が付いた。芳が楕円形で丸みがあることから円葉柳の別名がある」との事。往時は樹高18m、目通り幹囲3.9m、推定樹齢150年

ん?推定樹齢150年!推定という事なので多少の誤差はあるとしても風土記に書かれているのは1,200年前の事、あまりに開きがあり過ぎではないでしょうか!まあこれがその当時の何代目かの子孫かもしれないし、早速の切株の傍からひこばえが生えて来ていたので、またそれが大きくなった頃にかの木の子孫として伝説を受け継いでいくのかもしれません。倒れてはいたものの遭えてよかった。ところでこの余呉がいろいろな物語があるところだとは調査不足(今回はほぼ雇われドライバー状態)でした。帰ってから本を読んだりしていろいろ気づいたが後の祭り・・・。

余呉湖の別の場所にはこんな立派な天女の像もあったらしいのに存在に気づかず。琵琶湖から隔てられた事で波静かで、風の無い時は水面が鏡のようになって周囲の山々の景色を湖面に映し出すことから『鏡湖』とも『日本のウユニ湖』とも呼ばれるんだとか。そういえば風の無い翌日の朝の湖は美しかった。ただ私はそれよりも雪は大丈夫だろうかとそっちの事で頭が一杯だったので、天女も見惚れて思わず水浴びをしてしまったほどの余呉湖の美しさはそこまだ伝わっていなかった・・・その気持ち誰にも伝わらず、切なし。

ま。、という事で余呉湖ではいろいろありましたが、それから車を走らせて娘たちが選んでおいた次の目的地に向かいます。琵琶湖の周囲を車で運転したのは今回が初めてでしたが、湖沿いを走ればどこまでもどこまでも左右どちらかにお琵琶湖が見えていて、どれぐらいの距離走ったのか感覚が麻痺してしまいそうになりました。この感覚どっかであった気がする思っていたら島根の宍道湖に行った時に感じたような湖周辺を走る感覚。そんな事を考えながら運転していたら次の目的地に到着しました。滋賀紀行まだまだ続く・・・

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※ 残念ながら余呉湖の衣掛柳は2017年の台風で折れてしまいました。「衣掛柳」の在りし日のお姿は、タイ在住の巨樹探訪家山東智紀さんの巨樹写真コレクションからお借りしました。
〔補足解説〕
このヤナギ、かなり腐朽が進んでいたようですね。これからの大木・老木の時代は、健全なら折れるはずのない幹が折れたり倒れたり、になります。「台風が大きくなった」以外の事情が加わりますが、大抵は大風のせいにされます。
ヤナギは一般に短命です。でも、個体差がありますし、植栽場所の環境にもよります。シダレヤナギは長寿と書いている人がいますが、私の実家周りのヤナギ並木は、枯れや幹損傷などで30年でほぼ姿を消しました。カミキリムシの加害もあったのを覚えています。京都高瀬川の枝垂柳は平成8年植栽ですが、そろそろ老齢かもです。材が柔らかくて腐朽の進行が早く、折れやすいでしょう。

https://ja.foursquare.com/…/5083c749e4b0e24bb3e0f6af…

 

京都鴨川の河原のヤナギ倒木。昨年9月5日の台風の時ですが、根元が完全に腐朽して折れていました。ずっと残したい気持ちはよくわかるのですが、危険防止のために鉄柱の支柱だらけなのを見ると、痛々しいです。ヤナギは挿し木しやすいので、早め早めに跡継ぎを作っておくのが良いと思います。

神戸大学大学院農学研究科黒田慶子教授

※黒田先生から補足解説情報をいただきました。




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