森のかけら | 大五木材

今日のかけら041

クリ


ブナ科クリ属・広葉樹・愛媛産

学名:Castanea crenata

別名:シバグリ、ヤマグリ

 英語名:Japanese  Chestnut(ジャパニーズ・チェスナット)

気乾比重:0.60

大きな栗の木の框♪*

★今日のかけら・#041 【栗/クリ】 ブナ科・広葉樹・日本産(愛媛産)

今週納品させていただく玄関框が仕上がりました。フローリングには、無垢の1枚板のオークのフローリングを使っていただいています。1820x90x15㎜のソリッドタイプです。1枚物の木取りなので、必然的に柾目が多くなります。柾目と追い柾中心で、素性のよい木目が加わります。そのため、1枚ものでありながらシャープで上品な雰囲気です。無塗装品を、オスモのワンコートオンリーウォールナット色で塗装しました。オークは、木目のくっきりした環孔材なので、オイルがしっかり染みこみ、木目が一層際立ちます。重厚で落ち着いた調子に仕上がりました。これだけのフローリングに合わせて見劣りしない玄関框(かまち)としてを用意させていただきました。2mと3mの90x150㎜の迫力ある大きさですが、国産です。岩手産の無垢の框、かなり立派な物です!

オークに比べると、同じ環孔材でも栗の方が杢目が緩やかで素朴な印象があります。不器用ですが・・・、男は黙って縁の下で耐えてます、みたいな雰囲気があって私は好きです。栗は耐久性も強度もあり、枕木として重い電車を陰で支えています。東北の方では家の土台としても使われています。派手さはないものの、信頼の置ける手堅い木です。よく、栗の節はピンホール(虫穴)に間違われることがあります。大きな節は、節と分かりますが、鉛筆の先で突いたような大きさの節は、パインやヒノキ、スギと違ってまん丸で道管が開いているので、虫穴のように見えるのです。左の画像の黒く丸く見えるのが節です。端節(はぶし)という言い方もしますが、一見虫穴のようにも見えます。

とはいえ、やはり甘い果実をつける木はどうしても虫も惹きつけます。端節と並んで虫穴が開いていることもあります。これは栗や胡桃、楢などの植物としての使命です。虫や鳥たちのために、自らの実や体を捧げ終の棲家を提供しているのです。栗を使う場合、小さな虫穴も受け入れてください。木が大きくなればなおさらです。虫穴といっても、その中に、シロアリが潜んでいるわけではありません。多くはキクイムシの仲間ですが、ほとんどは巣立っています。弊社では何年も乾燥させた物を使うようにしていますので、まだ中にいるようであれば、粉が出てきますので発見できます。見落としもあるかもしれませんが、加工の段階でほぼ見つけれます。

それでも見落としがあることもあります。その時は素直に申しわけありませんと言うしかありませんが、もともと虫や鳥たちの住処を材料にしているのですから、あまり神経質に考えても仕方がないと考えています。虫を完全に殺してしまうような毒性の塗料を塗布してまで、虫を死滅させたいと言われるのならば、もう木は使わない方がいいと思います。私もそういう事はしたくありません。木は温かく、肌さわりも心地よく加工性もよい循環型の貴重な資源です。ただしそれは人間のためだけのものではありません。木の魅力を感じるとき、合わせて木の育ってきた環境の事も受け入れていただきたいと思います。虫穴も節も、立派に生きた木の勲章として認め、そのうえでありがたくその恵を使わせていただくという風に考えています。大らかな気持ちで「木」を受け入れていただけると、更に木が楽しめると思います。

特に栗は、強く粘りもある木です。岩手には大きな栗があるとはいえ、やはり3mのしっかりした框が取れる栗は貴重です。杢目の美しさもいいです!ただし栗はタンニンを含んでいますので、無塗装のままだと水分と反応して赤茶になってしまうので注意が必要です。この框もフローリングと調子を合わせるため、同色で塗装しました。栗もオーク同様、塗り映えする木です。いい感じに仕上がりました。我ながら満足です。お客さんの新しい家にうまく馴染んで、末永く家族の皆さんと一緒に過ごしてもらいたいと思っています。もうすぐ旅立っていきます!

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癖になる触感*

今日、【】のダイニングテーブルを納品させていただきました。家具の納品日は天気が気になりますが、今日はいいお日和で安心しました。松山市内のワンズ㈱さんの現場です。岩手県産の【】の幅剥ぎダイニングテーブル、製作は『白菊木材工作所』の太田菊則さんです。ゆっくり座れるようにシンプルでどっしりした脚も全て【】で作らせていただきました。脚ぐらいと思われるかもしれませんが、テーブルの場合だいたい高さは700㎜前後ですから、それぐらいの長さの材が必要になります。

700㎜サイズとなると、あるようでありません。端材の域を越えています。こういう時に今までの集材が役に立ちます。しっかり乾燥したちょうど良いサイズがありました。というか、あるのが分かっていたので提案させていただいたのですが。注文があってから揃えていたのでは、とても高額になるし間に合わないことも多々あります。運がいいという事ではなく、用意周到に揃えておかないと対応出来ません。テーブルなどを決めていただく場合、天板から選んでいただきます。

お施主さんが強いこだわりをもたれている場合はご希望の木からサイズの合う物を探すことになります。しかし、特別ご希望がない場合はお施主さんの好みを聞き出し、こちらから幾つか提案させていただきます。といってもいきなり倉庫の中で材料を見るわけではありません。まずは事務所2階の展示室で、木のいろいろな話を交えてお施主さんの家族構成やら生活スタイル、お好みなどをいろいろ話していただきます。私が喋っているのを聞いていただいている時間の方が多いともいいますが・・・反省!でも・・・折角ですから、木の事がお好きでから木のテーブルや座卓にされるわけでしょうが、更に一層木の事を好きになって欲しいので、使われる木の事を少しでも知っていただきたいのです。まあ脱線する事の方が多いのですが・・・こういう性格なのでご勘弁を。

今回は「是非、栗で」ということでしたので、材を選ぶことよりも、どの木を組み合わせるかが重要でした。国産の栗であれば何でもいいという訳ではありません。同じ樹種でも、山が違えば雰囲気も色も木目も変わります。なるべく同じ時期に入荷した木で揃えるように心がけています。ただ弊社の場合は、原木を仕入して製材する訳ではありませんので、すべてにおいて共材が揃うという事はなかなかありません。むしろ共材ですべてが揃うという事の方が稀です。

天板と同じ材がない場合は、天板の雰囲気と世界観を損なわないような、天板よりもやや色の濃い物で合わせます。今回は、総栗で綺麗に収まりました。それにしても【】の触感は独特です。導管が開いているので、いくら削っても表面にわずかな凹凸が残りますが、逆にそれが『癖になる』触感を生み出します。俗に「手にしっくりくる」といわれる感触です。僅かに黄身色を帯びた【】の素朴な雰囲気は何故か落ち着きます。メリハリの利いたホワイトオークの乱尺幅のフローリングとの相性もバッチリでした。

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岩手の栗に刻まれし*

先日の「薫風の似合う100%無垢の家」の続篇です。相当に無垢材を使っていただきましたので、まだまだご紹介したいところがあります。竣工した時は、まだHPもブログも無く、ましてやメールさえ出来なかった頃なので、一眼レフのフィルムで撮影させていただきましたが、現像代も考慮してかなり遠慮した枚数しか撮影できませんでした。また撮った画像をお披露目する場も、『適材適所』ぐらいしかありませんでしたから、折角の画像も引き出しの中に眠ってしまっていました。今回このような形で再び撮影する事が出来て、お施主さんには申し訳ないのですが、正直とても嬉しかったのです。なにしろ、ここまで内装材、家具に至るまで徹底して無垢にこだわった現場は、そう滅多にあるものではないからです。その徹底振りは、玄関のポストにまで及んでいます。こちらもご依頼を受けて、和風の外観に合わせて作ったオリジナルデザインのポスト。

5年の間、風雪を受けて、ブラック・チェリーのポストはかなり白銀化・・・いや、渋~いロマンスグレー!に変貌しておりました。ポストとして使うにあたって、何も問題はありませんが、少し御色直しをして欲しいという事でしたので、持ち帰って磨かせていただくことになりました。外壁から外そうとよく見ると、ポストの上に緑色のものが・・・アマガエルでした。鮮やかな緑色が、ロマンスグレーの中で異彩を放っております。この辺りは自然も豊かで、庭にもいろいろな小さな来訪者がいそうです。

アマガエル君には申し訳ないのですが強制撤去していただき、工場へ持ち帰りました。ポストの設置してある部分に上屋根は無いのですが、植物性油を何度も重ね塗りしていたので、これでもよくもってくれたと思います。開閉するのに少し窮屈になっているぐらいで、使用に支障はありません。サンダーで磨くと徐々に元の色合いが蘇ってきました。至る所に積み重ねた年数が顔を覗かせます。丹念に磨いて再び植物性油で塗装すると、酸いも甘いも噛み分けたような渋みと風格のあるポストに変身しました。

万事がこの調子で、生まれた時の表情に戻るのではなく、5年という年月を刻み込んだ証しをしっかり残して、上澄みの埃が少し取れて、歳相応の姿がよりはっきりとしてきたという感じです。折角ここで、家族に愛され、撫でられ、共に生きた歴史を抹消するためのお色直しではありません。傷や染みはそれなりに味わいが出てくるものであります。元の姿に復元するのではなく、使用するに際して支障のありそうな傷だけお化粧直しをさせていただきましたが、正直その扱い具合には感心しました!

お子さんが女の子だった事もあるのでしょうが、我が家のような白壁にマジック!とか、柱におもちゃの豪快な投げ傷!などは見当たりません。家具では、上の画像の栗の座卓ヨーロッパビーチのキッチンの作業台を削り直して再塗装したぐらいです。どの家具とも久し振りの再会で、当時の事が思い起こされ、ひとりで妙に胸を熱くしておりました。栗は枕木に使われる事から、堅い・強いという印象があるかもしれませんが、鋭利な刃物にも耐える硬質な堅さとは違い、押しつぶしてつぶす鈍器の鉈(なた)にも耐えるような堅さが感じられます。まさに忍耐の象徴です。この栗は、岩手県産のもので、当時大量に岩手の栗の板を購入したのですが、その中の1枚でした。また、隣の部屋の床には栗のフローリングを貼っていただきました。こちらも岩手産。この床はお色直ししていません。5年住まれた家の床とは思えない美しさ!

栗は、楢と違って木目が甘く、素朴で優しい雰囲気があります。タンニンを含んでいる事から、塗装直後から歳を重ねるごとにドンドン色味が変化していきます。中には少し緑色っぽくなったりするものもあり、竣工直後の写真から比べると、その色の深みに驚くほどです。私は、この緊張感から解き放ってくれるような栗の緩やかで開放的な木目が大好きです。この辺りでは良質な栗材の入手はほとんど不可能ですが、岩手には驚くような良質な栗材がまだまだたくさんあります。

初めて岩手に行った時には、山の土場に延々と巨大なの原木が積み上げられた光景は、初めて目にする驚愕の世界でした。国産のこんな大きな栗が・・・!それがさも特別な事では無いように語る地元も製材所の親父さんたちの誇らしげで頼もしい顔は今でも決して忘れられません。資源が豊富だからドンドン使えばいいというものではなく、無駄なく有効に使って、誰かに喜んでもらえるものにするという事が我々の使命。随分昔に書いた物ですが㊨、懐かしくなったのでアップさせていただきます。今、東北は東日本大震災の影響で大変ではありますが、先日、尊敬する岩手の大先輩・日當和孝さん(マルヒ製材から「心配掛けたけど復活するから大丈夫だよ!」と明るい声でお電話をいただきました。寡黙で粘りがあって忍耐強い栗のような東北の木材人のそのお言葉を信じます。ああ、また岩手に栗を見に行きたくなりました!

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石見銀山を支えた3尺栗*

それでは念願の石見銀山坑道を初体験!ここ石見銀山には大小600もの坑道があるそうなのですが、そのうちのひとつがこの「龍源寺間歩」です。「間歩(まぶ」とは、銀鉱石を採掘するために岩を削って作った坑道の事です。この「龍源寺間歩」も本来は600mもある長い坑道らしいのですが、現在観光用に公開されているのは157mのみ。平成元年に観光用としての新坑道が掘られ、全体の1/4のところから屈折して外部に出られるようになっています。

閉所恐怖症とまではいきませんが狭いところは決して得意ではありませんので、これぐらいの距離が私にはちょうど「楽しめる」距離です。以前観た映画「サンクタム」のように、身を屈めギリギリ通れるかどうかのような狭くて暗いスペースを進む勇気は持ち合わせていません。こんな所でもしも眼鏡にハプニングでもあったら大変な事になってしまいます!眼鏡が割れたりして、こんな所にひとり取り残されて夜が更けて獣たちが目覚めたら・・・!なんて考えると狭い洞窟探検は生きた心地がしません・・・。

そんな腰抜けには鉱山の仕事など出来ようはずもありません。新坑道に繋がるところが少し開けていて、新坑道はコンクリートで斜めに下界へと繋がっているのですが、本来の坑道はそこから先が急に細くなっていて、観光客は立入禁止となっています。その狭い坑道が本来作業に使われた大きさという事ですが、大人ひとりが通るのがやっとの狭さ。解説によれば、横幅2尺(約600mm)、高さ4尺(約1200mm)の坑道を、1日5交代で、なんと10日で10尺(約3m)も掘ったとか

今は坑内にも「文化の光」が輝いていますが、当時はさぞ薄暗く、換気もままならない中でも息苦しい作業であったんだと思います。自然石の壁面に残るのゴツゴツしたノミの跡がある旧坑道と、コンクリートで整然と作られた無機質な新坑道のコントラストがあまりに対照的で、私には急勾配で出口へといざなう新坑道はどうみても、「エイリアンVSプレデター」の南極に掘られた地下通路にしか見えませんでした!このままここから一気に飛び出す貨車はどこにあるのか~?

そんな妄想に逃避したいほどに、ここでの作業の過酷さがひしひしと伝わってくるのです。出口付近には、当時の様子を物語る絵巻が展示されていましたが、それによると、坑道の入口を「四つ留」と呼び、丸太を組んで落石を避けていたそうです。ここでは直径900mmの『栗の丸太』を組んでいたとか!900mmの栗の丸太、さぞ強靭で多くの人の命を託された事でしょう。栗は枕木にも使われるほど粘りと強度のある木ですが、いつもその活躍の舞台は黒子役。こういう木が華やかな鉱山文化の屋台骨を支えていたのでしょう。お疲れ様でした。

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桃栗三年、1枚板何年?*

建築用の木材は「乾燥材」が絶対必須条件となっておりますが、乾燥の方法はいろいろあります。時間さえ許されるのであれば、材の艶や光沢を失わない「天然乾燥」こそがベストの方法だと思っていますが、3~4ヶ月もすれば完成してしまう昨今の建築スピードでは、なかなかそれも許してもらえないのが現実。そんな中にあって、弊社では一部の商品はいまだに「天然乾燥中」。通常であれば長時間有する「天乾」も、この暑さでドンドン乾燥が進行。20数年前には想定もしない夏の暑さ!

急激な乾燥の進行によって、芯持ち材が「パリッ、パリッ!」と激しく音を立てて表面割れする現象もあちこちで聞こえてきます。化粧として「現わし」で使うわけではないので、そこまで心配はないものの、決して聞いて楽しくなる音ではありません。音が聞こえるたびにドキッとしてしまうのは悲しい材木屋の性(サガ)。連日30℃も過ぎる酷暑が続く昨今の夏、「天然乾燥」においても「過乾燥」が発生してしまうのではないかとさえ思ってしまいます。干される柱や間柱、ひたすら忍耐の夏を体験中・・・。

その土場の敷地の一角に栗の木を植えているのですが、文字通り三年目にして実が付きました。本当は、2、3年目くらいは、実を付けさせない方が良いらしいのですが、植えているとはいってもほぼ放置状態ですから、気がついたら実が成っていたというレベル。小さな幹ですから、栗の実も小さなものが3つぐらいの事なのですが、それでも何だか実がつくと嬉しい気持ちになります。別に食用にするために植えたわけではありませんが、ささやかな喜び。これは是非とも味見してみたいものです。

まだ3年の若木、直径はわずか50㎜にも満たない大きさですが、これとてあと50年もすれば立派な大木になるかしら?資材置き場の土地の一角という事で、栗の栽培に造った肥沃な土地でもありませんので、50年経っても幼い姿のままかもしれませんが、愛おしさは募ります。こんな立派な1枚板が取れる栗の大木になるまでには、どれだけの四季を乗り越えることでしょうか。当然、用材として植えたわけでもありませんが、あまりに感情が入ってしまうと商売にも支障が・・・「生き物」を手にしている自覚と責任はしっかり持っておかねば!

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10月の誕生木の出口/波栗膳①*

後手後手に回ってしまっておりますが、『誕生木』先月だけで終ったわけではありません。試作に手間取り今月もすっかりご紹介が遅れてしまいましたが、この取り組みは今年1年間だけで考えているわけではありませんので、ひと回りもすればきっちり12ヶ月分の誕生木商品が出揃います。まあ、それぐらい気長にお付き合いいただければ・・・。という事で、10月の誕生木は、食べても美味しい秋の味覚『』です。栗は食べるだけではなく、用材としても非常に有用です。

日本人との関わりも深く、青森県の三内丸山遺跡の直径1mものクリの巨木を使った大型掘立柱建物跡が発見され事から、縄文人とクリの深い関係が証明されています。縄文時代といえば、今から4000~5500年も前の事ですから、いかに人間とクリの付き合いが長かったことかお分かりいただけるでしょう。調査研究から、当時から既に食料としてのクリの栽培も行われていてことも分かっており、クリは食と住の両面で縄文人の暮らしを支える重要な存在でした。

「大きなクリの木の下であなたと私~♪」と、童謡でも詠われたように、かつては大きなクリの木があり建築資材、主に土台などとして利用されてきました。派手な木目ではないもの耐久性、耐水性に優れて性質を有しており、コンクリート製に替えられるまでは、鉄道の枕木として欠かせない存在でもありました。虫害や腐食にも強いものの、あくまでも赤味部分の話で、むしろ辺材の白太部分は甘い実をつける木の宿命として虫害に侵される事も少なくありません。

そんなクリの表面を手斧(ちょうな)で波型に削って仕上げる『名栗(ナグリ)』という工法があります。これは、今でもクリの産地として有名な丹波篠山に住んでいた鵜子久兵衛という人が編み出した技法で、クリの木を殴って削る工法との語呂合わせ感覚からこう呼ばれるようになったと言われています。この技法は現在でも和室や茶室、商業店舗などでも使われております。大阪にある橘商店さんは、創業明治43年の名栗専門の老舗で、その技術を連綿と継承されています。

名栗専門店『橘商店さん』詳しくはこちら⇒http://www.naguri.co.jp/

橘商店・橘明夫社長のブログはこちら⇒http://ameblo.jp/naguriya/

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10月の誕生木の出口/波栗膳②*

 

10月の誕生木である『クリ』の特徴などについては昨日説明させていただきましたので、本日はその出口商品について。太古の昔より、貴重な食料としても我々のご先祖様のお腹を満たしてきてわけですから、出口商品としても「食」にまつわる身近なものとして考えました。そして出来上がったのが、こちらの『波栗膳(なみくりぜん)』です。これは『名栗』加工ではなく、『鎌倉彫り』風に表面を削り凹凸をつけて、海の中でさざ波が起きているイメージを表現したつもりです。

栗は枕木として使われている印象から、非常に重たいと思われている人も多いようですが、しっかり乾かせば案外軽いものです。この波栗膳は小ぶりなサイズですが、持ってみるとその軽さに驚かれるかもしれません。在庫にある兵庫県産の栗を使いましたので、幅の小さなものは2枚で幅剥ぎにしてから削っているものもあります。仕上げは、鎌倉彫りに習って漆でとも考えたのですが、まずはクリの柔らかい素顔を知ってもらいたかったので植物性オイルのクリアー塗装で仕上げました。

サイズは、長さ300mmx幅200mmx厚み22mmで、デザインは9月の『ホオのカッティングボード』に引き続いてJUNE STUDIOの佐伯勇樹さんにお願いしました。緩やかで大味なところがクリの素朴な味わいだと思ってはいるのですが、表面を削り凹凸による変化を与える事で、地味なクリの木目が一変します。立ち木としてのクリや食用としてのクリは馴染み深いでしょうが、建築資材を含め「材」としてのクリは今では決して身近なものではなくなってしまっています。

大きなクリの木でなければ役に立たないという固定概念からは生まれにくい商品もあります。小さなクリの木でも工夫して使えば、生活の身近なところで充分役に立つということ分かっていただきたいと思います。今回作っているクリは兵庫県で伐採されたものです。名栗技法の発祥の地が兵庫であるという事も何かのご縁でしょうか。愛媛の地にもクリの木は沢山あります。それらは小ささゆえに建築資材として見過ごされてきましたが、今後は小さなクリを生かす出口の1つに出来ればと考えています。

波栗膳(なみくりぜん)・・・¥4、000(消費税・送料別途) ※サイズは1種類のみ 誕生木解説書付き 右写真挿入

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クリに生きる矜持・中川原商店①*

ノルトヴィンさんの工場の次は、岩手は八幡平にあるクリ材のメッカ中川原商店」さんの工場へ。中川原繁社長㊨の所には10数年前にもお邪魔させていただきましたが、今回はそれ以来の訪問。前にご訪問させていただいた時にも圧倒的なクリの在庫量に驚かされましたが、当時はまだクリという素材の森林背景や、森林資源に占める割合、商品価値などについても知識が乏しく本質は理解できていなかったものの、眼前に広がるクリのボリュームにただ漠然と圧倒されただけでした。

あれからクリのフローリングも数々経験し、家具や内装などにもクリを使い、原木の仕入れもしてみて、少しはクリというものがどういうものか、少なくとも当時よりは理解も進み場数も踏んで、改めて中川原さんの土場に並ぶクリを見ると、以前とは違う思いが込み上げてきます。この周辺では愛媛とは比べ物にならないほどの膨大な広葉樹の森林資源が広がり、考えられないような通直で巨大なクリの木が入手できる環境です。にも関わらずクリの専門店は中川原さんのところだけ。

今でこそ広葉樹の内装材などに見直しの機運が広がってきていますが、それだけ潤沢な資源のある岩手においてさえ、広葉樹専門でいく業者が他にいないということは、相応のリスクがあるということでしょう。広葉樹の場合、スギやヒノキなどの針葉樹のように通直で素直なものは少なく、変形や凹凸、ふた股、極端な元張りなど、木の個性が色濃いために、製材技術はもとより原木を見る『目』が非常に重要になります。目利きができない者にクリは扱えません。

クリに限らず、カキやナシ、ミカンなど甘い実をつける木は虫にも好まれます。虫が穿孔した穴の事を『ピンホール』と呼びますが、とりわけクリは虫害を受けやすく割ってみると小さなピンホールが無数に・・・という事も珍しくありません。クリは、ケヤキと並ぶ代表的な環孔材(大きな導管が年輪に沿って並ぶもの)で、よく見ないとピンホールなのか大き目の導管なのか分からない場合もあり、私の経験不足から昔はそれで随分トラブルになったこともありました。明日に続く・・・

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クリに生きる矜持・中川原材木店②*

そんな難しいクリの原木の見極めも、中川原社長にかかれば造作ないことのようで、厳選された大量のクリの原木の在庫を見ればそれも納得。それでも針葉樹の構造材のように汎用性が高いわけではないクリを扱うに際しては、販売先の確保からして、理解ある取引先と巡り合うまでにもかなりのご苦労や困難があったと思われます。そういうクリの木への思いも錯綜し、岩手の広葉樹、特にクリ、ナラにこだわり取り組んでこられたその先見性と覚悟に圧倒されるのです

ちょうどその時にも大きなクリの現場を抱えられていて、柾目のクリの板などを大量に保管されていましたが、『クリで柾目』って通常考えられない感覚です。しかもそれが3mや4mの長ものでも対応できるなんて・・・唖然!中川原社長が貴重な時間を割いて、細かく説明してくださったのですが、その口から発せられる言葉は豊富な在庫に裏打ちされた揺るぎない自信とクリの製材として意地を貫き通したという矜持に満ち溢れています!これぞ広葉樹にこだわって生きる材木人!!

中川原商店さんの土場にあるのはクリばかりではなく、ナラの原木も大量に在庫されていました。ナラは現在全国的に慢性的な材不足傾向にあり、弊社でもナラから代替材のホワイトオークに切り替えていますが、うず高く積み上げられたナラの原木と製材された大量の挽き板の山を見ると、あるところにはあるものだなあと感心させられます。大手の家具屋さんとも取引をされているという事で、決して材を切らさないというメーカーとしての供給責任の心意気を感じました。

少しの時間お邪魔するつもりが、話が盛り上がりすっかり長居してしまいました。クリに関しては、中川原商店さんは間違いなく日本一に規模だと思われますが、後継者でもあるご子息の中川原壮一さん㊨も熱心で、岩手の広葉樹の文化は今後もしっかりと継承されていくようで頼もしい限りです。こうして産地で直接生産者の方の声を聞き、商品背景を知ることで、モノを売ることからモノガタリを売ることが出来るようになるのですそれぞれの木にそれぞれのドラマがある

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よすがらや  花栗匂う 山の宿*

クリといえば、弊社の敷地に植えたクリの木にも青い実がついていました。まだまだ食用になるようなレベルではありませんが、直径100ミリにも満たない小さな木にもしっかり実がついている様子は何とも健気で可愛らしいものです。数年前から実がつき始めたようですが、『桃栗3年柿8年』の言葉通り3年ぐらいかかるもの。気にしていなければあっという間の3年も、まだかまだかと期待して待っていれば長い年月。事務所側に植えたトチには今年も実がつかず・・・。

クリの花が咲いたり、クリの実がつくのは6月頃なので、クリの花は夏の季語とされていますが、クリの実は秋の季語とされています。それで弊社としては、秋の味覚としてより身近でクリを感じられる秋、10月をクリの誕生月に設定しました。つい最近まで白いクリの花が咲いていたと思っていたのにもう実がついていて、木とのつき合いは長いようで短く、短いようで長いものです。まあ、いくらこのクリが大きくなっても伐採して床材にしようとは思いませんが。

中川原商店さんの土場に積み上げられていた大きなクリの原木を思い出すと、弊社のクリの木のなんとつつましいことか!そこで思うのが、クリの木言葉。いくつかあって代表的なものは『公平』ですが、一方で逆説的な『贅沢、豪奢、満足』などの言葉もあります。恐らくそれは、クリのように大きく立派になる木(贅沢、豪奢)は、そこに集まる鳥や虫や周辺の木々たちにも公平であれという意味があるのではないかと思うのです。それは木だけでなくひとの世界でも同じこと

よすがらや 花栗匂う 山の宿』という正岡子規の俳句がありますが、わが愛媛県には岩手のような巨大なクリこそないものの茨城や熊本と並んで食用のクリの産地なのです。なんとその3県だけで、全国の収穫量の約50%を占めるというのです(ちなみに愛媛は1位の熊本の約3分の1の3位)。愛媛は気候が温暖でもともと野山にクリが自生していたこともあり、昔からクリを食用としてきましたが、南予を中心にクリの栽培が本格化するのは明治時代以降のようです。

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将軍家御献上の愛媛の栗*

言い伝えによると、徳川三代将軍家光の時代に、大洲地方を収めていた大洲藩主加藤泰興が江戸への参勤交代の際に、中山町で採れたクリを献上し喜ばれたとされています。そういえば、実家付近にある「栗田」や「栗の木」などの地名も栗栽培と関わりがあるのかもしれません。しかし、京都の丹波栗や高知の栗焼酎『ダバダ火振り』などと比べても知名度は低く、PR下手はもはや愛媛のお家芸。ならばせめて愛媛のクリを「食」ではなく「材」の立場から応援してみると・・・。

数年前から取り組んでいる愛媛の広葉樹への取り組みですが、初期に引いた材がすっかり乾燥してようやく使えるレベルになってきました。樹種や個体差もありますが、原木を耳付きのまま挽いて3、4年じっくり天然乾燥で寝かせてから使う予定でいたので、思惑よりも1年ぐらい早いのですが比較的材が、小さいのと風通しのいい場所に保管していたこともあって使用に際して問題ない状態です。樹種としてはケヤキサクラクルミ、ミズキ、クリなど。ナラはもう少し寝かせます。

どれも直径300~400ミリ未満の小さな原木ばかりで、愛媛の広葉樹の1枚板のダイニングテーブルが出来るようなレベルではありません。ですが、幅剥ぎすれば地元の広葉樹の家具も作れます。その中で、クリは原木自体も少なく、岩手の通直で立派な丸太の面影もありませんが、それでもクリはクリ!全国第三位の収穫量を誇る愛媛のクリ産業ですが、食用のクリと用材としてのクリは根本的に異なります。野山に自生しているクリは、ヤマグリ、シバグリなどと呼ばれています。

一応クリの実はつくものの、極めて小さいものばかりで食用には不適。その野生のクリを長い時間試行錯誤して改良したのが栽培用の大きな実のつくクリの木です。有名な品種としては、丹沢、国見、石鎚、筑波、利平などがあります。実際に栽培用のクリの木を製材したことが無いので、比較のしようがないのですが材質的にはあまり変わらないと聞いたことがあります。ただ私のイメージでは、木の栄養分をすっかり実に絞り取られてしまってスカスカになった感じがして仕方ありません。

というのも、実でも精一杯人間に恵みを与えてくれているのに、そのうえ体まで使われてしまってはなんだかクリに申し訳ない気になって・・・。食べるか使うか、どちらかだけでも人の心を満たしてくれれれば充分という変は心境になってしまいます。ところで久万のクリですが、木も小さく曲がりくねっているため用途は絞り込まれますが、天然乾燥のため色艶、光沢が損なわれていません。あたかも実にいくはずだった養分がすべて残って材中に閉じ込められたように!

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庭栗の収穫祭*

事務所の裏に植えている1本の栗の木に実がついていると思っていてから数日後のこと、木の幹もとに幾つかのクリが落ちていました。植えてからまだ5、6年ぐらいのものですから、枝先がようやく私の背丈を越えるぐらいの小さな木ですが、それでも20個近い実がついていました。ただし食べれるサイズのものは6~7個で、家族5人のお腹を満たすにはまだまだですが、それでも子供たちは大喜びで、庭からの得た小さなめぐみを大切そうに分け合って食しておりました。

食糧を得ようと思ってクリの木を植えたわけではないものの、実のなる木にはこういう恩恵もあるので嬉しいところです。クリは食べて美味しいだけでなく、その材も線路の枕木に代表されるように、建築や家具材としても有用な部材として有名です。弊社でも、久万高原町の山から出材されるクリの原木を仕入れ、天然乾燥させて家具材などに使うつもりで在庫しています。クリの朴訥とした表情は、懐かしさを覚えるような安心感を与えてくれる素朴さがあり、ファンも多いのです。

クリを使った新商品の構想もあるのですが、今はまだ言えません。クリは枕木だけでなく、家の土台に始まり、床材や格子や見切りなど装飾材としても用途が多いのですが、日本だけでなく北半球の温帯にはおよそ12の種があり、世界各地で食材として広く利用されています。しかし、材としての海外のクリの話をあまり聞かないのは、クリの木が育つ環境ではオークもよく育つことから、クリよりもむしろオークを植えて、用材として利用しているのだという説もあるようです。

キリスト教では、善良さや貞節のシンボルとされるクリですが、もっぱら食材として恩恵を享受しているのでしょうか。たまたま弊社には、旧ソビエト連邦の構成国のひとつで、西アジアの北端、南コーカサス地方に位置する共和制国家グルジア産のクリの板が数枚あります。たまたま見つけたのでは仕入れたのですが、日本のクリに比べると随分スマートな印象があります。このクリも、かつてはグルジアの人々に美味しいめぐみを与えていたのでしょうかなどと妄想してみたり・・・

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国産栗のウッドデッキ*

国産の栗を使ってウッドデッキを作りたいというご要望に応えて、以前にお邪魔させていただいた秋田県角館の『田鉃産業』さんから、クリのデッキ材を分けていただきました。通常は高耐久性木材として信頼度の高い中南米産のアイアンウッド『マニルカラ(別名アマゾンジャラ)』をご提案させていただいておりますが、ご要望さえあればクリをはじめとした国産のデッキ材もご用意させていただいております。このクリのウッドデッキ材は、もともと1900×90×24mmサイズで、4面プレーナー加工したものに、面取り加工が施してあります。

愛媛では用材としてもより食材として認知されているクリですが(ちなみに食用としてのクリの収穫量日本一は茨城県ですが、愛媛県は熊本県に次いで堂々の3位!この上位3県で、全体の収穫量の1/3を占めていて、4位以下を圧倒的に引き離しています)、タンニンを含んでいる事から水にも強く、虫にもよく耐える、腐朽しにくいなどの特徴を持っていて、ウッドデッキだけではなく、家を支える土台にも利用されてきました。ただし水触れるその部分が赤茶の染みとなりますので、内装などに使われる場合は注意が必要です

弊社にもクリの耳付き板の在庫はいくらかあります。またフローリング材も今までに結構取り扱わせていただきましたが、デッキ材としてはあまり経験がありません。今回は1500mmサイズが必要でしたので、1900mmの長さをカットさせていただきました。完成現場の施工写真は機会があれば紹介させていただきますが、今回はメインのデッキ材よりもカットした残りの材について。そもそも外部に使うデッキ材ということなので、大き目の節(小節)やピンホールなども含まれるという規格になっています。

わずか長さ1800mmで幅90mmぐらいと思われるかもしれませんが、決して通直ではないクリ材で材質が安定したモノがこれだけ短期間で揃うという事は驚異的な事で、東北の森林資源の豊饒さに改めて驚かされます。ただし、マニルカラなどに比べるとどうしても強度や耐久性はやや見劣りしますし、毛羽立ちやササクレなどに配慮する必要もあります。カット材の長さはおよそ380mmですので、デッキ材としては短いでしょうが、枚数的には200枚ほどありますので、使える用途さえ思いつかれたらオモシロイものが作れるかも?

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照り雨や茂りの中の栗の花*

この雨ですっかり落ちてしまいましたが、少し前まで倉庫の裏で強烈な異臭を放っていたクリの樹白くて大きなトゲトゲの毛虫のように、長く垂れ下がったクリの尾花が満開に咲いて、傍まで行かずとも事務所の中にすらその匂いを届かせていました。この季節の風物詩的な光景とすらなってきましたが、この匂いばかりはどうにも馴染めません・・・。近づいてよく見れば、その匂いに魅かれたのかいろいろな虫がクリの樹に集まっていましたが、虫たちには好まれる匂いのようです。

そういう姿を『木は人間のためだけに生まれてきたわけではない』という思いを強く実感させられます。そのクリをはじめ植えている木々は勿論建築用材にしようと思って植えているわけではありません。人は、これは庭木に、これは街路樹に、公園樹に、観賞用に、山に植えて将来の建築用材に、などと勝手に用途を決めてその樹の運命を定義づけてしまいますが、そんな決められた運命にあがらうように樹々は美しい花を咲かせ、虫を惹きつけ、すくすくと成長し生命を謳歌します。

樹の仕事をしていても、製品の流通小売業の場合は原木に接する機会は決して多くありません。魚に例えれば、漁師が釣った魚が浜に運ばれ、魚市場で競りにかけられ、大問屋が入札で仕入れて、更にそれを小問屋に流し、それを小売店が飲食店や一般消費者に売るという図式だと思いますが、木材の世界も似ているものの、大きな違いは小売店のところに届くまでに製材所で丸太から製品に大きく姿を変えているという所。なので魚のように元の姿をマジマジと見るという機会はほとんどありません。

私も昔は丸太を見る事なんてほとんどありませんでしたが、最近は地元の木を丸太で購入して製材所で賃挽きしてもらうという流れで県産の広葉樹を集めたりもしているので、丸太にも触れる機会が増えました。よく『材木屋の建築知らず、建築屋の材木知らず』なんて言われたものですが、自分の職種に固執し過ぎるあまり、それ以外の事を知ろうとすらしなくなり意固地になってしまうと随分世間が狭くなってしまいます。丸太の事を知れば、庭の樹ですら妙に親しみを感じるもの。

正直今までは立木に対しては製品ほどの興味も関心も持てませんでした。それは自分の仕事ではない、という思いもありましたし、食わず嫌いな面もありました。ゆえに木の仕事をしていても製品にだけに興味を感じる偏った木フェチで、咲いた花の匂いに足を止める事もなかったのですが、恥ずかしながらこの歳になって少しだけ視界が広くなってきたようで、知れば知るほどに木の世界の奥深さに驚きおののき、もっと早く気づくべきであったと悔いるばかりなのであります。

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モンゴルラリーと栗の表彰楯*

昨日の台湾に続いて海外ネタでもうひとつ。今年の2月に松山市内にオープンしたイタリア料理店『IL Banco(イルバンコ)』さんを手掛けられた手掛けられたグローブコンペティション山田徹さん、もうひとつの顔(まだまだ他にも多彩な顔をお持ちですが・・・)はモータースポーツ競技の主催者。生憎私が車というものにほとんど興味がなくて疎いので、カーマニアや方などにはもどかしいと思います。ご興味のある方は山田さんのブログなどからその全容を探っていただきたいのですが。

山田さんは、愛媛県松山市に拠点を置くモータースポーツ競技団体エスエスイーアール・オーガニゼーション(略してSSER)の代表もされていて、1995年からモンゴル国内で二輪・四輪自動車を使用するラリー競技会を開催されています。一時中断されていた事もあったそうですが、2005年からは再開され現在も続けられています。日本に本拠地を置く団体がモンゴル国内で行われるラリーを主催するのはこのSSERが唯一という事で、その道に方々にはとっても有名な話。日本人が主催者という事で、日本からも多くの参加者がエントリーされていて、マニア垂涎の有名な方もいらっしゃるらそうです。これを書いていて、木の中でも杢目がどうの、バラ科のローズがどうのとマニアックな話をしている自分たちをポカーンと眺める「木に興味の無い方」の気持ちが少しは分かった気が・・・

さてそんな車に疎い私ですが、木にちなんだものであれば大歓迎!今回その山田さんからモモンゴルラリーで入賞者に授与される表彰楯を木で作ってほしいとのありがたいご注文をいただきました。ラリーにはいろいろな部門があるらしく、表彰楯の数も結構なもの。しかも薄~い木では無く肉厚のしっかりしたものを、という事でしたので私も調子に乗ってまな板ぐらい厚めのものでも揃いますよと言ったらそのまま採用~。という事で、国産のクリを使った木取りさせていただく事に。

広葉樹には『導管』といって水分の通路となる円筒形の細胞があるのですが、その配列によって大きく3つのグループに分類されます。樹齢に沿って環状に並んでいる環孔材 』(かんこうざい)、ケヤキなど。道管の配列が不規則な散孔材 』(さんこうざい)、サクラなど。導管は中心から放射状に並んでいる 放射孔材 (ほうしゃこうざい)、カシなど。その中でクリは環孔材にあたり、触ると分かりますが環孔材のような滑らかさはありません。

最終的にはレーザーで文字を彫るという事でしたので少し心配もありましたが、それでもあえてクリをご提案させていただいたのは、丁度適した材があったという事以上に、誰にも理解されずとも、モンゴルから遠く離れた日本で車に疎い材木屋なりに考えた事・・クリの木言葉は『公平』縄文時代より日本人と深く繋がり、枕木などに使われ風雪に耐えるクリこそが、過酷で危険なモンゴル砂漠のラリーに挑んだチャレンジスピリットを讃える表彰楯に相応しい木である。参加した誰もが勝者であり仲間であるとの、思いを込めて!

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創業明治43年・名栗屋4代目*

明石を立ってもう何日も経ったように思われるかもしれませんが、この間実はわずか数時間の出来事。明石から数えても2日。ようやく目的地である橘商店さんに到着しました。工場では明夫君が汗びっしょりになりながら、急ぎの出荷品の梱包中。明夫君のところは、先日このブログでも紹介した大阪木材産業発祥の地でもある西区において明治43年に創業全国的にも珍しい名栗の専門店として、現在4代目の明夫社長まで連綿と社業を継承している老舗の材木店です。町の中にあるとは聞いていたものの、本当に都会の中過ぎてビックリ。

田舎の愛媛の弊社です昨今は周辺にビッシリと家が立ち並び、加工機の音ですら苦情が出ないかと過剰に心配せねばならないほどに材木屋は肩身が狭いのに、明夫君のところは本当に街の中。土地の坪単価を聞いたら、安価な並材などを置いておけるような場所ではありません。それこそ昔は材木屋が軒を連ねる材木の町だったのでしょうが(記録によれば昭和7、8年の最盛期には500社を超える材木屋が集まり、西日本はもとより旧満州、朝鮮にまで商圏を広げていたとか)、戦後の区画整備などで多くが平林に移転されたそうです。

今では当地に残る数少ない材木屋のひとつが明夫君のところだそうです。名栗加工という特殊な仕事がメインなので、間断なくプレーナーや帯鋸が唸りを上げるような事はないようですが都会の中で木の仕事をするというのはそれなりに苦労も多い事だと察します。1階に保管されている材を製材した後は、2階で名栗加工されますが、2階には材をロープで引っ張り上げ下げ出来る滑り台が設置。決して大きな工場ではないものの至る所に工夫がなされていて、効率よく仕事ができるように整備されていているのには感心させられました。

残念ながら花紀京似の親父さんは当日は体調がすぐれないという事でお休みされていたので、伝説の名人芸は次の機会のお楽しみとなりましたが、明夫君の仕事ぶりが拝見できただけでも来た甲斐がありました。木に対する思いや木の仕事に対する姿勢など、電話やメールだけではどうしても伝わりにくいものってあるものですが、それも実際に仕事場を見させていたければ一目瞭然。愛おしそうに栗の話をする彼を見ていて、嗚呼、明夫君もすっかり木の魔力に魅せられてしまった哀しき同種であるのだという事を強く納得したのです

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御栗大黒柱*

ささやかながら毎年、事務所の裏の土場に植えたクリの樹から秋のめぐみをちょうだいしていたのですが、油断していたら今年はもらいはぐれてしまいました。決して食用のために植えたわけではありませんが、実がつけば欲しくなるのが人情。まだまだ小さなクリの樹、しかも1本だけですから、その恵みも僅かなのですが、それを狙っているのは私ばかりではなく、鳥や子どもたちなどライバルは多数!今まであまり気にもしていなかったのに、なければないで何となく寂しいもの・・・

ところでそれは秋の風物詩としての楽しみであると同時に、身近で樹が日々成長している姿を見るというのも貴重な体験です。クリの樹以外にもエンジュニレクヌギなど数種類の木を植えているのですが、最初は自分の胸元ぐらいまでしかなかったモノがいつの間にか自分の背丈を追い越し、一寸足らずだった心もとない幹もすっかり逞しく成長。通常『材』、あるいは大木となった状態でしか目にしないモノの『はじまりの姿』を見守り続けるというのは、特別な感覚があります

それは、長い時を経て大きく成長して伐採された『最後の姿』を見続けている者として抱く、身勝手な感傷なのかもしれませんが・・・。さて、そのクリが大きく成長した姿がこちらのクリの大黒柱です。弊社の倉庫の奥の奥の方で牢名主の如く、長きにわたり君臨してきた彼等にもついに光が当たる時がやってきたのです!狭い倉庫ですので、その体の大きなるモノは奥へ奥へと押しこめられ、お呼びがかかるまでひたすら耐えるというのが弊社の倉庫に身を置く者のしきたり。

引っ張り出したるその身につもる埃の多さに、万感の思いあり涙が頬を伝う・・・。「よッ、建さん待ってました~!」と、ひと声かけたくなるほどの苦節10年、痛みに耐え(上に材を重ねて置くので)よく耐えた!以前は構造材としてだけでなく、お飾りとしてもよく使われた大黒柱ですが、その姿はめっきり減ったうえに、スギやヒノキなどにその座も奪われ、広葉樹の大黒柱が活躍する場面はドンドン少なくなってきていて(あくまでも私の周辺では)非常に寂しい。

成長に時間のかかる広葉樹で7寸角や8寸角(写真のモノは200〜250㎜角)に製材できるモノとなると相応な価格にもなりますし、更にそこから乾燥の時間まで考えれば、決してお手頃な値段で手にはいるというモノではありません。しかしそこには、広葉樹ならではの深い趣き、味わいがあります。今はまだ詳細を言えませんが、既にこの中の1本は、その身を綺麗に削られ、晴れ舞台の中で屋根を力強く支えています。いずれその活躍ぶりについてはご紹介させていただきます。

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門前の小僧、習わぬ「栗磨く」*

6年間ご使用になったクリ(栗)には多くの戦歴が刻まれています。輪染みも白熱した議論の末にコースターの存在すら忘れた結果に違いありません。ペン跡も急いでメモしなければならず下敷きを敷く間もなかったためでしょう。こぼれたジュースも、煙草の跡も、マジック跡も・・・でもご安心。無垢材ですからこの面を数ミリ削れば美しい元の姿に蘇ります。協議の結果、槍鉋仕上げには目をつぶり、表面を薄く削り直すことにしました。ここからは、門前の小僧(私)が腕を振るいます。

どこかで技術を習ったわけではありませんが、必要に迫られて仕方なくベルトサンダーを使い続けて20数年。自分なりにコツを会得して、簡単な加工なら自分でやってしまうようになりました。勿論鉋やホゾなんてことは無理ですが、ベルトサンダーならどうにか。それでベルトサンダーで番手を変えながら磨く(削る)こと数時間。元の新鮮な表情が板全体に現れてきました。槍鉋仕上げといってもそれほど深く削って凹凸をつけていなかったので、サンダーでどうにかなりました。

導管に粉が入ってちょっと分かりにくいのですが、かなりの美白です!木粉を丁寧に吹き飛ばして、この上に植物性オイルを塗り込んでいきます。元々オイルを塗っていましたが、ほぼオイルが切れた状態になっていたのでサンダーがほとんど目詰まりすることなく磨けましたが、オイルがまだ残っているとサンダーをかけてもすぐに目詰まりしてしまうのでご注意ください。オイルを垂らすと、黄金色にキラキラ輝くオイルがクリに染み込んでいって濡れ色になり、一瞬で表情が変わります

化粧して女優になる瞬間とでも言うか、まったく別人(木)になっていきます。テーブルなどの板を見てもらう場合に、材の一部を削ってオイルで試し塗りするのですが、その瞬間に施主さんの口から思わず洩れる「おお~っ!」という感嘆の言葉を聞くのが何よりも快感なのです!さあそうして全身をキッチリ塗装させていただき、最後に蜜蝋ワックスで仕上げとなります。槍鉋の跡がなくなったことで、随分印象も変わってきました。門前の小僧、どうにか習わぬお経を読み終わり。

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栗の実は残った*

お隣さんがすっかり更地になってしまったので、日々新鮮な風景を見ているのですが、お陰で国道から自宅も丸見えになってしまって、我が家では普段から変な格好はできないねとちょっと自意識過剰な子どもたち。もともと我が家を建てた頃は、家の西側一帯はただただ田んぼが広がるだけで人家も無い殺風景なところだったのですが、今では新興住宅地となって、バイパスが通って、スーパーは出来るわ、ホームセンターは出来るわ、次々にお店は出来るはわですっかり周辺環境も様変わり。

以前はその古びた看板しか見えなかった事務所も、今では遠くからでもよく見えるようになって何だか気恥ずかしいくらい。やや斜めに角度がある国道に並んで建っているため、端の方が少し鋭角になっているのですが、実際はこの写真で見るほど三角な建物ではありません(この写真は煽り気味に撮っているので)。こちらもお隣さんがなくなったので、風がまともに当たるようになって、ここってこんなに風が強かったのかと今更認識するほどのプチ環境変化?!に驚いたり楽しんだりしているところ。

そうやって風とかがまともに当たるようになって、庭の木の葉の揺れ具合も以前よりだいぶ強くなったように思います。わずかに枝に残っていたクヌギの葉っぱも吹き飛んでしまいました。しかし、そんな中でもいまだに枝にしっかりとしがみついているイガグリがひとつ。食べるためだけに植えているわけではないのですが(勿論、食べもしますが)、数年前から実がつくようになって秋も過ぎると勝手に落ちてしまうのですが、この1つだけはしぶとく枝にしがみついたまま歳を越えました

オー・ヘンリーの『最後の一葉』ではありませんが、さすがにここまで残っていると、頑張れと応援したくもなってきます。イガの中身がどうなっているかも興味のあるところですが、もうこのままずっと次の世代と共存して欲しいと思ったりも。そういうことってあるのか分かりませんが、普段の仕事は伐ってしまって板になった中身ばかり相手にしているので、その母体たる「樹」については知らないことばかりで、特に実や花についてはほぼ知識も無く、こんなことひとつでも驚いたりしてしまいます。

毎朝、出社(といっても勝手口から1分もないのですが)する時に薄暗い中で、この栗が今日も無事残っているかどうかの確認をするのが日課になって、無事な姿をみると、よしよしと安堵したりして、気分はすっかり『樅の木は残った』の原田甲斐のような気分に。余談ながら山本周五郎先生のこの名作も、今の子供たちの多くは読んでいないどころか名前すらも知らなくて、出張木育などの際に『モミ』の説明をする時に、環境汚染などに弱く高地を好むモミの特徴を伝えるのに最適な教材なのにガッカリすること多し。作品の中で、遠く江戸から仙台は伊達藩の安泰を守り抜いた忠臣・原田甲斐の姿を、残った樅の木になぞらえて、「凛と力強く、昏れかかる光の中に独り、静かにしと立っていた。」と描かれています。このイガグリ、何を思ふ・・・

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君の名は楢か栗か?*

決して救荒植物として植えているわけではないのですが、倉庫の裏の敷地に植えているの木に今年も沢山実がつきました。クリと人間の関わりは深く、古来より用材としても、食料としても人間の暮らしを支えてくれた大変有用な材ですが、実が食べられる木というのは何だか得した気分になったりするもの。しかしその分、栄養は実にとられてしまうのか、クリの木の隣には同時に植えたものの、樹高はおよそ倍以上もあろうかという槐(エンジュ)が天に向かってすくすく伸びています。今日はそんなクリの話です。

先日ナラの幅広のフローリングの塗装をしていた時のことです。弊社では基本的には無塗装のフローリングを購入して、自社で塗装して納品しています。塗装賃でも儲けたいのかと思われるかもしれませんが、実際には自社で塗装するよりもメーカーで機械塗装したものを仕入れる方が安いのです。ただそうなると箱を開封することもなく右左で商品を動かすことになってしまうため、何だか『関わりしろ』がなくて寂しいというかモッタイナイ。勿論塗装賃(人件費)で少しでも利益を出すという狙いもあります。

材木屋としてそれで少しでも関わりたくて塗装をしているのですが、塗装する前に梱包を開けてまずは検品をします。一枚ずつばらして、節やジョイント部分などに問題がないかを目視で確認します。何か問題があれば塗装前に補修して、それから塗装するのですが、その工程で女性スタッフが発見したのが、ナラのフローリングの中に混入していたクリのフローリング。通常ではまず考えられないことですが、確かにそこにはクリのフローリングが!しかも1枚や2枚ではなく、数えると20数枚も混入していました。


もともとはナラが入っていて、ほおっておいたらいつの間にかクリに変身していましたなんて話はないわけで単純な仕分けミスだと思います。たまたま在庫量と納期に余裕があったので事なきをえましたが、あってはならないミス。納期がタイトな現場ならメーカーに怒りの電話のひとつでも入れるところですが、120幅の無節のクリのフローリングってナラの節ありよりもある意味貴重だったりするので、まあよしとするか・・・で結局出番がなかったりするのですが、これもご縁。

恐らくその工場ではナラやクリなど多くの広葉樹のフローリングを作っているので、本来あってはならないことですが、選別する工程で混ざってしまい気が付かなっかのだと思われます。選別されていると思い込んでいると、無塗装なので色目は似ているため見過ごしてしまったのかもしれませんが、困惑よりも女性スタッフがめざとく見つけてくれた事に感心。【森のかけら】などの商品の塗装や検品にも関わってくれているので、知らず知らず目が肥えてきたのだと思うのですが、これも日々の地道な作業の成果!

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小さなクリの波栗膳*

無塗装だとちょっと分かりづらいですが、クリには節の赤ちゃんのような『葉節』があるのと、『キング・オブ・フォレスト(森の王様)』の異名をもっつ雄々しい表情のナラに比べると、クリは木目の雰囲気がやわらかく年輪幅も大きいです。迫力という意味ではナラに軍配があがるものの、肩の力が抜けたようなクリのゆるい表情は日本人好みではなかろうかと思っています。一方で線路の枕木や家の土台にも使われるなど、縁の下の力持ちでもあって、フローリングとしても通な方には人気があります。


詳しくは後日改めて紹介しますが、現在弊社が加工しているものの中にマッチ箱ぐらいの小さな商品があります。広葉樹の面白さはこれぐらいのサイズになってもその質感、存在感がしっかりあるということ。こんなに小さくしてもクリはクリ。写真は無塗装なので分かりづらいかもしれませんが、オイルを塗ると濡れ色になって、ナラトと混ざっていても識別しやすくなります。ただし注意しないといけないのは、クリにはタンニンが含まれているため、水や鉄に反応して染みになるので塗装前には極力濡らさないよう注意が必要です

そんなクリの木は、10月の誕生木で、木言葉は『公平』です。誕生木の出口として作ったのがこちらの『波栗膳(なみくりぜん)』。クリの板の表面を凹凸に削って『鎌倉彫り』風に仕上げ、凹凸のデザインは海の中でさざ波が起きているイメージを表現しています。サイズは、長さ300mmで幅200mm、厚み22mm。凹凸に削り出すことで、平凡で変化のなかった木目の表情が豊かになっていることが分かると思います。クリには数寄屋造りの床柱や茶室などにも重宝される『ナグリ』という独特の技法があります。

それにインスパイアされて作ったのが『波栗膳』です。東北あたりに行くと、童謡の『大きなクリの木の下で』で、歌われたような信じられないぐらい大きなクリの巨木に出会うこともありますが、この近隣ではそんな巨木に出会えることは望み薄。しかし小さなクリでも活かせる出口はあるはず。しかも凹凸をつければクリは驚くほど表現が広がる木でもあるので、その技法の力を借りて作り上げました。誕生木の出口のひとつとしてオンラインショップでも販売をしています。¥4,000(税・送料別)

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函館の栗と七飯町の一本栗伝説①*

造作に国産の『クリ(栗』を使いたいというご要望があり、北海道産のクリの耳付板を仕入れました。今までクリといえば、主に東北からいただいていたので、北海道産のクリは久し振りでした。私の中では、若い頃に出会った福島会津栗(クリ材でフローリングが作れるのかという衝撃)、岩手で見た圧倒的スケールのクリの丸太(カメラのファインダーに収まりきらない膨大な量に対するたじろぎ)、整然と管理され極めて製品精度の高い角館クリ(ものづくりの姿勢に対する尊敬)のイメージが強くありました。

北海道産のクリは昔、一枚板の板材などで仕入れていましたがそこまで印象は強くありませんでした。実物が入荷して見てみると、想像以上に大きなモノもあり大満足。木取りに苦労する事もありませんでした。そのクリから、特厚のフローリングをはじめいろいろなモノを作らせてもらったのですが、それはいずれご紹介させていただくとして、今回は北海道のクリという事で、以前から気になっていた話について。入荷したクリは北海道は函館産のものでしたが、函館のクリというと、その隣町にある『七飯町の一本栗』が有名。

存在は知っていてもまだ行ったことはないのですが、パワースポットや都市伝説好きな人には有名な不思議な巨木伝説が残っています。七飯町(ななえちょう)は函館市に隣接する人口3万人足らずの小さな町です。明治3年にプロシア(現ドイツ)人、R.ガルトネルが 洋種農作物の栽培を行ったことが、当町農業の契機となり、日本における洋式農法を基盤とした近代農業発祥の歴史を持つ町なのですが、その町に一本栗地主神社という神社があり、その境内に生えている巨木の御神木こそが七飯町の一本栗

樹高約15m、胸高直径1.5mあまりの巨木。クリとしてはかなりの巨木、のようですが実はこれ2本の木が支え合うように絡み合っていて、もう1本の木はハリギリ(センノキ:栓)。専門家の鑑定によるとクリの樹齢は1000年(!?)だそうですが、数年前に枯れてしまったそうです。果たしてクリの木が1000年も育つものなのか分かりませんが。ちなみに記録によると、山形県の西川町にある『大井沢の大栗』が樹高15m、目通り幹囲8.5m、推定樹齢800年で日本一のクリの巨木とされています。七飯町のクリは北海道の中では最大と言われています。明日に続く・・・

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函館の栗と七飯町の一本栗伝説②*

さて『七飯町の一本栗ですが、様々な伝説・伝承に彩られた木でもあります。この木に刃物を入れると赤い血が出ると信じられてきたそうです。またこのクリの実を食べると不吉な事が起こるとされてきました。それを裏付ける話として語り継がれているのが、「コシャマインの戦いの悲劇」。1450年代半ばにこの地で、和人とアイヌの首領・コシャマインとの間で起きた争いで、口論をきっかけにアイヌが武装蜂起し、一本栗周辺が激戦地となり多くの血が流されました。争いが終結したのち、クリの木の傍らに沢山の遺体が埋葬されました。

その中に河野加賀右衛門政通(河野加賀守)という武将がいました。河野政通をはじめ亡くなられた多くの人の魂がクリの木に宿り、その無念をクリの木を通して世に伝えるためさまざまな怪異現象を起こしてきたとされています。更にこの地は函館戦争の激戦地でもあり、引き取り手のない戦死者がここに埋没されたも。後年、台風で折れたクリの枝から血が流れなかったことから、迷信を信じない若者が焚き火をして後に亡くなったとかで、伝説はますますまことしあやかに語り継がれていくことに。

またこのクリの周辺では何を植えても育たないとされてきましたが、昭和43(1968)年に北海道開拓の基礎となった英魂を顕彰しこの土地を鎮めるために一本栗地主神社を建立。それ以来怪異現象は収まったそうです。しかしそれとともにクリの樹勢は衰えはじめ、それと入れ替わるようにハリギリとクワの木が伸びて、それはまるで弱ったクリの木を守り支えるかのようでもあるとか。函館産のクリが入荷したことで、そんな伝説のある『七飯町の一本栗』の事を思い出しました。この七飯町のクリに限らず、老木になるとそういう鎮魂にまつわる話はつきものでよく耳にします。

こういう話をすると、怖いとか薄気味悪いという方もいますが、人の数倍も生きて、その周辺で生まれ死んでいった人々を見守り続けた高齢の木には魂が宿り、死者の霊を鎮めてきたというのは、自然に対する畏怖から生まれた日本人的な発想で先祖代々受け継がれてきた死生観だと思います。それは高齢木だからというわけではなく、木に限らず命あるのモノを利用する際にはそれなりの敬意と感謝をするべきで、こういう巨木伝説はつい忘れがちになるそういう戒めを思い起こさせてくれます。ところがその一本栗に悲劇が!?

今日のかけら084

ニッケイ

肉桂

クスノキ科ニッケイ属・広葉樹・宮崎産

学名:Cinnamomum sieboldii

別名:ニッキ

 英語名:Cinnammon Tree(シナモンツリー)

気乾比重:0.61

ほろ苦き肉桂の味・・・④*

今日のかけら・#084 【肉桂/ニッケイ】クスノキ科ニッケイ属・広葉樹・宮崎産

近所の方から、庭の木を伐るけど要りませんか?のお電話がありました。町内の方々には、機会あるごとに『変わった庭木』や実のなる木(この辺りは宮内ミカンの産地ですのでミカンをはじめ、モモ、ウメなど植えてる方が多いのです)を伐採する時にはお声をかけて下さいとお願いしているので、ときどきこういうお電話をいただきます。それで今回伐られる木というのが、『ニッケイ(肉桂』の木。なんと、こんな身近でニッケイの木が得られるとは考えてもいませんでした

やはりアンテナは立てておくものです。今回伐られるニッケイは、数十年昔に庭に植えたニッケイですが、根元から伐るのではなく、塀を越えて伸びた枝部分なので、それほど大きなものではありません。しかも湿度の多い場所だったようで、多少腐りもありますが、『骨までしゃぶって使い切る』を身上としている材木屋としては、そんな事は気にしません。何に使うんですか?と質問されますが、いちいち事前に完全な『出口』が見えているわけではありません。とりあえず、手に入れる!

どう使うかは後で考えればいい事。持っておけばアイデアも湧いてこようというもの。どうせ自然乾燥させるわけですから、伐るのは枝だけとはいえ、かなり枝葉が伸びていたので、伐った枝葉だけでも軽トラック1車分ぐらいはありました。その中からめぼしい大きさのものだけいただきました。以前は葉っぱも全部落として持ち帰っていましたが、こういう場合はその木が何の木であるかの確認作業を自分でせねばなりませんので、必ず大切に持ち帰るようにしております。

確認作業といっても、数冊の木材図鑑を引っ張り出して、葉の特徴を照合するわけですが、葉っぱも見慣れてないと微妙は特徴の違いが分かりにくいものです。似たような葉が2枚並んでいれば、その差は分かりやすいのですが、単独の1枚見るだけでは、書いてある特徴がどれもあるような、ないような・・・。答えを探し求める木に限って判断がつきにくいもの。今回のニッケイは葉の特徴が分かりやすく、ヤブニッケイとの区別ぐらいでいけるので助かります。この話、明日に続きます。

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ほろ苦き肉桂の味・・・②*

それこそ今まさに伐ったばかりの木というものは、水分をたっぷり含んで生々しいのでその樹皮も簡単に剥くことができます。外皮がついたまま乾かしておくと、虫にやられる危険があるためなるべく早い段階で剥くのですが、今回の『ニッケイ』については、それだけではない理由で早く皮を剥いておきたい理由がありました。うちの倉庫には『ニッケイ』の耳付き板が幾つかあって、お客さんが材を来られた時に、文字通り五感で木を味わってもらう時に活躍しています。

名前は伏せておいて、ニッケイの樹皮を少し取って手渡し、匂いをかいでもらいます。木に詳しくない方でも、ほとんどの方が「どこかで嗅いだことのある匂い」と言って、『シナモン』あるいは『ニッケイ』(あるいは、ニッケ)の名前を挙げられます。それまで高級銘木とか、大きな一枚板みたいなものに気後れして遠くに感じられていて木の世界が、途端に身近に感じていただくきっかけになるので、とても重宝しています。やはり木は、いろいろな感覚で味会わなければなりません。

そのニッケイの板は、長さが2m、幅が300㎜前後の小幅なものですが、それでもニッケイの木としたら相当な大物だと思います。ご存じの方も多いとは思いますが、ニッケイの木が匂うのは樹皮の裏部分のみで、材そのものには匂いはありません。なので、お客さんが来られるたびに、そのニッケイの樹皮を取る(実際には、皮も乾いて硬くなっているのでパキンと小さく折るようにして取ります)のですが、あまりに樹皮を取り過ぎて、そろそろ丸裸になりつつありました。

そのニッケイとて、いつまでも匂いを楽しむためだけに倉庫にあっても仕方がないので、いずれ巣立っていくことになるので(これがなかなか巣立たないので、ありがたいような困ったような・・・)、代わりのニッケイを探さねばならないと思っていたのですが、木材市場に行ってもニッケイなんて見かける事はありません。伐採したとしても、かなり早い段階でその筋の関係者に回っていくのでしょう。樹皮は生薬にもなるそうなので、材そのものよりも皮や根が金になるのでしょう。

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ほろ苦き肉桂の味・・・③*

私が小学生の頃は、ニッケイの根っこをよく噛んでいたものです。私たちのところでは、『ニッケ』と呼んでいましたが、何とも言えない清涼感のある味が好きでした。でも自分でニッケイの根っこを採った記憶はありませんので、いつも誰かにもらっていたのだと思うのですがよく思い出せません。当時は、木の事などに一切興味もありませんでしたが、専門的な知識などなくとも、あれがトリモチの採れる木、これがニッケの採れる木、などと妙に詳しい友達がいたものです。

料理にスパイスに用いられるシナモンは、ニッケイはニッケイでも外国産の『セイロンニッケイ』という同じクスノキ科の別類のもので、日本のニッケイにはそこまでの香ばしさはありません。セイロンニッケイの樹皮を剥がして、内側のコルク層の部分を薄く削って乾燥させると、皮が丸まりスティック状になるそうです。また、京都の八つ橋などに含まれるニッキ油も、『シナニッケイ』という別種の根から作られるそうで、用途によって細かく樹の使い分けがされているようです。

しかしそれも最近では、シシャモと呼ばれて流通しているもののほとんどが、カラフトシシャモこと「カペリン」であって、その味にも舌がすっかり馴れてしまい、本家の味の混乱が生じているようにニッケイの世界でも混乱があるようです。本来はセイロンニッケイにしか含まれていないオイゲノールという成分があるため、よりマイルドな香りが得られるセイロンニッケイがシナモンの原料であったはずなのに、最近日本で販売されているものにはシナニッケイで作られたものもあるとか。

安さや供給の安定ばかりを望んでいると、自分たちがそうだと思って使っているものが実は全然違うものであったということは少なくないと思います。もともと供給が細いものが、ある日突然廉価で市場に大量に出回るようになったら、その正体を怪しまねばなりません。特に自然素材の場合は。徐々に慣らされてしまえば、五感の記憶もあやふやになってしまうもの。食べ物の分野については『本物』に出会えることがこれからドンドン難しくなってくるよう感じて不安です。

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ほろ苦き肉桂の味・・・④*

ニッケイについてはどうしてもその葉や樹皮にばかり注目が集まり、材そのものについては顧みられることが少ないように感じます。用途としては、器具材や家具材、造作材、彫刻材、薪炭材などに利用されているそうですが、葉や樹皮に対していまひとつ特徴的な出口が定まっていないようです。今回伐採したニッケイの木肌は淡いクリーム色でしたが、これから乾燥工程を経てかなり色調が変わっていくのだと思います。在庫のニッケイは、ミズメザクラのような淡い紅褐色です。

ニッケイの材そのものの在庫をわずかしか持っていないので、実際に使用実績も少なく、どういう用途が適しているのかもよく分からないのですが、気乾比重が0.70ということなので、そこそこの重量感もありますし、触感も滑らかです。それでも材が市場に出回らないのは、樹皮や葉の採集を目的として植えられていることもあり、なかなか伐採しないからでしょうか。初めてニッケイ材を手に入れて以後まったくご縁がないので、在庫の板は『非売』扱いにしようかな・・・

そんな事を考えだしたらもはや商売人としては失格なのですが、こういう事がきっかけになってまたご縁が巡ってくることを期待しつつ。ところでそのニッケイ、材としては今一つ認知度が無くとも、樹皮や根などから作られるものは昔から大人気。地域によってニッキと言ったり、ニッケと言ったりするようですが、私たちは子どもの頃からニッキと言っていました。関西ではニッキ、関東ではニッケと呼ぶことも多いようですが、いずれもニッケイから転じたものだと思われます。

ニッキを使ったものとしては、前述した八つ橋をはじめ、ニッキ水やらニッキ飴、ニッキ茶、ニッキ酒などがあります。お隣の高知でニッケイの栽培が行われているようで、ニッキを使った商品が数多く作られていますが、前に木材を仕入れに岐阜に行った時にも、売店などでニッキ飴が売られていましたので、岐阜でもニッケイの栽培が盛んなのでしょうか。無邪気にニッキの根を齧っていたのはもう40年近く前のこと。今ではニッキの根を齧る子供はいないのかもいれません。

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