★今日のかけら・#043 【欅/ケヤキ】 ニレ科ケヤキ属・針葉樹・宮城産
今まで多くの種類の木について材木屋の視点で書いてきましたが、日本の広葉樹を代表する『ケヤキ(欅)』について触れてこなかったのは、そういう機会がなかったわけではなく、あえて避けてきたのです。街路樹や公園などにも広く植栽されているケヤキの名前と姿を知らない人はいないでしょう。日本人にとっても馴染みの深い木のひとつです。建築業界においてもその存在感は別格で、古来よりあまたの社寺仏閣建築に用いられてきました。
ケヤキが使われるようになった時代背景は後術しますが、材としての利用は社寺仏閣にとどまらず一般住宅でも広く使われてきて、木としても材としても『日本における広葉樹の王』の地位を揺るぎないものにしてきました。なので、その性質や特徴、魅力などについては多くの書物に書かれで、口伝としても語られてきました。それほど広く認知された木を今更という気持ちもありましたし、それとは別にケヤキに対しては特別な感情も。
それは、私がこの仕事に就いた20数年前の話。その当時もケヤキは銘木中の銘木の存在でした。今ほどいろいろな種類の外材も流通していませんでしたので、木材市場においても立派なケヤキが出材されるとそのコーナーは異常な盛り上がりで、市場の華というべき存在でもありました。そんな銘木のケヤキを、ベテランの材木屋たちが数十万の値段で競り落としていく様は颯爽として威勢がよくて、私には眩しすぎる光景でした。
ケヤキの銘木は上手に仕入れれば、数倍に化けることもあるハイリターンの魅力がある木です。ところが、材の癖や素性を読み切れないと在庫している間に大きく反ったりねじれて暴れたり割れたりしてまったく使い物にならなくなってしまう事もあるハイリスクの側面も持っています。つまりケヤキは『目が利かなければ買えない木』なのです。経験も浅く、ノウハウもない当時の私にとってケヤキの銘木は手の届かない高嶺の花でした。
2014年 1月 20日 月曜日 at 7:13 AM 1. 今日のかけら
そんなハイリスク&ハイリターンの材を百戦錬磨のベテラン材木屋たちの皆さんと競り合う度胸も資金もありませんでしたし、身近なところでケヤキの教えてもらう人もいませんでしたので、銘木としてだけではなくケヤキそのものが次第に遠い存在になっていったのです。そこで、私は王道から逸れ、当時まだ手掛ける人の少なかったアフリカやヨーロッパ、中南米、東南アジアなどの特殊な木の世界に舵を切ることになっていったのでした。
生来、偏屈でひねくれ者なところがあって、圧倒的な力も持つ者やNO.1と呼ばれるものにはことごとく逆らってしまうのです。そんな事で、銘木の王様に背いた罪として、徐々にケヤキとの距離が開くようになり、祖その後自ら進んでケヤキを仕入れることも無くなったのです。当時はまだ銘木屋さんが幾つも健在でしたので、立派な銘木を購入するチャンネルも多く、自ら距離を置いた事により、次第にケヤキとのご縁も減っていきました。
自ら撒いた種でもありますが、一種のトラウマのようなものだったかもしれません。そのことが結果的に苦手な樹種を作ることになってしまい、ケヤキに対する無知でその後長らく苦労することになりました。やはり木は実際に取り扱って、見て触れて担いでなんぼのものです。しかしその反省が、木材に貴賤なしの精神で、すべての木に同じ価値を持たせる【森のかけら】の開発へとつき動かしていくわけですから世の中皮肉なものです。
いつまでも不得意な材を作っていては仕事にも支障が出るという事で、数年前からは少しずつケヤキも仕入れることにはしましたが、やはり貧乏性な性格が災いして、1枚で数十万もする高級銘木のケヤキの大黒柱や床板にはなかなか手が出ず、久万高原町産の小さな丸太のケヤキあたりから徐々にリハビリを始めているところです。という事が、弊社にケヤキの在庫が少ない事の理由でしたが、明日からはケヤキの特徴についてたっぷりとお話します。
2014年 1月 21日 火曜日 at 11:14 PM 1. 今日のかけら
ケヤキは、ニレ科ケヤキ属の広葉樹で、本州から四国、九州にかけて広く分布しています。とりわけ関東地方に多いのは、上州などの空っ風対策として屋敷林に多く植えられ、関東の黒土という土壌によく適したことがその理由ではないかと言われています。樹形の美しさ、雄々しさ逞しさもケヤキの特徴のひとつで、竹ぼうきを逆さまにしたように四方八方に枝葉を広げたさまは、まさに広葉樹の王様に相応しい貫禄が満ち溢れています。
漢字では「欅」あるいは「﨔」と表わしますが、少し離れたところからこの木を見ると、枝のひとつひとつが一斉に空に向かって伸び、あたかも拳を天に突き上げているように見えることが名前の由来とされています。またその枝葉の多い姿形を表現しているとも。中国ではこの「欅」という漢字は「シナサワグルミ」を示し、ケヤキは「欅楡」と表わされるようです。いずれにしても欅という漢字は、木の特徴を端的に表わしていると思います。
私の生まれた昭和41年、東京では「東京の木」を決めるための都民投票が行われました。選定委員会があらかじめ決めておいた3つの候補の木の中で1つを選ぶというものです。その候補は、イチョウとソメイヨシノとケヤキ。イチョウもケヤキも街路樹として多く植えられ、都会の中のオアシスとして親しまれてきた木です。委員会では圧倒的にケヤキを推す声が多く激しいデッドヒートになりましたが、投票の結果はイチョウに軍配が上がりました。
明治時代に発刊された国木田独歩の随筆『武蔵野』は、武蔵野(昔の関東地域)の風景美を謳ったものですが、それは独歩の実体験に基づいているとされています。独歩が、もはやどこまでも続く武蔵野の原野は遠い過去の話で、今そこには広大な林(雑木林)が広がると述べていますが、明治時代の武蔵野の地にはケヤキをはじめとする雑木林が群生していたようです。ケヤキは関東に根づき関東人に愛され続けてきた木なのでしょう。
2014年 1月 22日 水曜日 at 9:15 PM 1. 今日のかけら
さて本日もケヤキの話。ケヤキはその木目が美しい事から、『けやけき(際立った木、尊く秀でた木)』が語源とされています。他にも『槻』(つき)という別名もありますが、これは万葉の時代に材が強い事から強木(つよき)と呼ばれていたことから、それが転じてつき(槻)になったとされています。つまりツキはケヤキの古名にあたります。また地域によっては「イシゲヤキ」とか「アオゲヤキ」という呼び名を使うこともあります。
これは年輪幅が不揃いな粗目のケヤキの俗称で、石のように硬くて加工しにくいものや全体的に青みがかっていて材質の劣るものを指していて、別の樹種があるというわけではありません。ただし、地域によっては同じニレ科の『ニレ』の極端に硬いものを「イシゲヤキ」と呼ぶ地域もありますので(私の知るところでは愛媛の南予や高知の西部)明確な線引きはないようです。これは、今一つ知名度の低いニレへの助け舟的効果?
このケヤキが本格的に建築に使われるようになったのは桃山時代からだといわれています。この頃に、縦挽きの鋸が使われるようになり、堅いケヤキを縦に挽く事が出来るようになったからです。ちなみにもっとも古いとされるケヤキの建築物は、大和当麻寺の西塔、薬師寺の東塔といわれています。関西は公家の文化で、あまり堅いものは無粋なものとされたが、関東は武士の文化ではったりや見栄や張るためにケヤキが使われました。
堅くて敵の攻撃にも強い面も武士の好みに触れたのでしょう。特に大木を必要とする門や城などにもよく使われました。派手な木目を生かし、木の大きさが権威の象徴であるかのように、門の扉や床の間の一枚板、大黒柱などに使われました。ケヤキは、関東の土壌とだけでなく関東の資質ともうまく合致したのでしょう。その流れからケヤキ=高価で贅沢というイメージが固定化したのでしょうが、うまく使えば空間を引き締めてくれます。
2014年 1月 23日 木曜日 at 10:17 PM 1. 今日のかけら
ケヤキは確かに堅牢で強い木ですが、400〜500年で材のピークを迎え、それ以上になると材質が劣化してパサパサになりやすいと言われています。ケヤキの場合は、ヒノキの5倍の速さでセルロースが崩壊するからなのだそうです。とはいえ、それだけの長い年月を耐え忍ぶ城や塔など特殊な事例に使用される場合においてのことで、通常の一般建築に使う場合においては何ら問題がありません。是非ドンドン活用していただきたいものです。
材のピークは400〜500年とはいえ(それでも十分に長いのですが!)、その後突然折れたり腐ったりするわけではありません。耐用年数は800年も1000年もあるとの研究もあるようです。ただしケヤキは個体差が顕著で、色あいひとつとっても黄色っぽいものから赤や茶、褐色等々、実に千差万別。数百年もその姿を保たせようという城や塔などの建築物にはそれなりの樹齢の、それなりの材質の木が選ばれていることをお忘れなく。
またケヤキは栄養分を吸い上げる力が強いので、土壌や水質の影響を受けやすい木としても知られています。そのため環境の良い場所ですくすくと素直に育ったケヤキは、素性もよく狂いにくく加工もしやすいのですが、その反面年輪も粗くなりがちで木目の妙味を楽しむにはもの足りません。むしろ決して恵まれてはいない環境で成長に苦労した木の方が、年輪が詰まり、苦労の跡が面白い杢となって現われ、材も長持ちする傾向にあります。
ただしものには程度があり、あまりに性の悪いものだと、加工後も大暴れして手に負えなくなってしまうのでそう意味でもケヤキは材質を見極める目が求められる木なのです。ちなみに本当の銘木と呼ばれるケヤキになると、小口から息を吹くと3尺(約910mm)通るものが最高などと言われています。弊社においてはそんな立派な高級銘木はありませんが・・・。こうして改めて書けば書くほど、ケヤキの魅力、奥深さが再認識させられます。
これからもケヤキの高級銘木を買い集めるつもりはありませんが、一方的な対抗心からかつて疎遠になってしまった「広葉樹の王様」に敬意を払い、地元のケヤキあたりをこれから少しずつ集めていこうと思っています。ケヤキは大きな木ではなくとも十分に楽しめる素材です。部分的に使うだけでも雰囲気の漂う木ですし、小さいなりに杢目の楽しさにも出会える木だと思います。ちなみにケヤキは8月の誕生木。その木言葉は、「崇高」であります。
※「今日のかけら/ケヤキ」は、「適材適所NO.110」に加筆したものです。