★今日のかけら・#121 【アガチス】 Agathis ナンヨウスギ科・針葉樹・東南アジア産
南洋材といえば、そのほとんどが年輪の不明瞭なラワンに代表されるような広葉樹の木ばかりだと思われている方が多いのですが、種類は少なくとも南洋材の中にも針葉樹の木もあります。しかもその木が決して珍しいものではないというと、意外に思われる方もいらっしゃると思います。それが、「アガチス」です。この木は、フィリピンなどの東南アジアからニューギニア、ニュージーランド、ニューカレドニアニアなど広域に分布しており、分布域が広いため各地でその呼び名も多岐にわたっています。
わが国においてもかつては、「南洋杉」や「南洋桂」などの名称で取引されてきた「実績」があります。「杉」や「桂」の名を冠せられる通り、材そのものは軽軟で癖がなく建築、家具、建具分野などで幅広く利用されてきました。なにしろ科名が『ナンヨウスギ科』になのですから、一体どこの国のどんな種類の木なの?と戸惑われるかもしれません。ちなみに南洋材の中で針葉樹というと、このアガチス以外にはマキ科の『ポドカルプス』という木があるぐらいです。
確かに年輪は不明瞭で、ヒノキやマツ、スギなどの針葉樹からイメージする趣きは感じられませんし、茶~灰褐色の色合いは一見するとカツラのような雰囲気も漂います。一時は、彫刻の材料や廉価な碁盤や将棋盤として使われた事もあったようなので、皆さんカツラの代替材として意識さえていたのでしょう。ただし、雰囲気は似ていても経年変化で落ち着くというよりも妙なテカリが出たりするので、実際に使ってみると違和感があり使用量が減ったのかもしれません。
昔は弊社でも、何かあれば「とりあえずアガチスで・・・」と言われたぐらい多用してきましたが、なにしろ愛媛は元来輸入広葉樹のルートが細い地域ですので、合板工場の閉鎖や輸入商社の材の絞り込みなどによりアガチスの流通量も激減。弊社では乾燥した材を仕入れしていましたので、乾燥工程による収縮の問題は実感がありませんでしたが、材により色調の差、材質の差は顕著で、乾燥工程により割れや収縮がかなり発生することもあります。
昨日の続きで、アガチスの話です。アガチスは。『青染み』が入りやすい事でも知られており、外見は問題ないように見えても、割ってみるとアイ(青染み)が入っていて使いものにならなかった事もありました。素直そうに見えても案外『アテ材』の含有率も多く、割ってみると反り返ったりする事もしばしば。恐らくこの木についての印象は、巡り合った材質の状態によって大きく印象が異なるのかもしれません。ここで話が少し反れますが、『アテ』について少しご説明。
アテというのは、木材業界独特の用語で辞書などには掲載されていないと思います。簡単に言うと、傾斜面などで育った木は自分が倒れるのを防ぐために、地面に接地した部分を強くて丈夫な筋肉質にして強くして、倒れまいと抵抗します。すると成長に伴い、その部分には他の正常な部分とは異質の、硬くて癖のある「肉」が付きます。つまり傾斜面に育ってしまった木が生きていくために防衛本能が働いたもの、それが『アテ』という高繊維密度状態なのです。
立っている時に相当に頑張った「筋肉」ですが、それが伐られ製材され、板状にされると、長年相当に強い負荷と戦ってきた「筋肉」は、長い呪縛から解き放たれ自由を手に入れようとして暴れます。何十年もの間、意に反して重荷を背負わされてきたのです。「俺は自由だ~!」天に両の拳を突き上げて、大声でそう叫びたくなる気持ちもわかります。しかし、真っ直ぐで素性のよいものを求める建築業界においては、『アテの開放の叫び』を認めてはくれないのです。
つまり、アテは正常ではない『欠点』とみなされてしまうのです。アテのある部分は、製材直後はじっとして周囲の様子を伺っていますが、しばらくするとアテは手足を自由に伸ばして自由を謳歌し始めます。使わずに済むのであれば、リスクの高いアテ材は使わないのは材木業界の常識です。製品の中にアテが含まれていたりすると、いくら高齢木で年輪が詰まっていても、美しい杢目を持っていようとも、その材の価値は著しく低下してしまうのです。この話明日に続く・・・
しかし、厳しい環境に耐えた証でもある『アテ』に対してこういう仕打ち、いやこういう評価で判断してしまって本当にいいものなのでしょうか。確かにアテの含まれた木はやかいで、苦難の時代に叫び声はどう共鳴するやら知れず、加工した後からもねじれたり、反ったりと大暴れを繰り返します。それはあたかも、『欠点』という不当な評価を与えた我々人間に対する反乱でもあり、アジテーションでもあるかのように。アテを使いこなすのは至難の技なのです。
しかし、考えてみれば何十年にもわたり、重たい木を支えてきた筋肉ですから平面的な用途には適してなくとも、立体的に考えれば相当の負荷に耐えられる力があるという事です。昔の大工さんは、そういった木の癖を読みきる鑑定眼を持っていて、アテの強い木は丸太のままで、育った向きとは上下を逆さまにして、屋根を支えるための棟木に使うなどして、材の特性を最大級に生かしていたのです。まさにアテの木ならではの使い方なのです。
そんなアテですが、日本の木の等級付けの基本となる日本農林規格によると、アテを欠点として取り扱う項目は、青森ヒバ以外に無いのです。寒冷地で育つ青森ヒバには、アテの木が非常に多く、等級付けの際にアテを欠点とみなすという項目が明記してあるのです。では、青森ヒバ以外の木では、アテは欠点ではないのか?というと、そうではありません。それ以外の木においては、むしろアテは「あって当然」という判断なのです。つまり、アテの無い木など無い!
それが木材業界の常識なのです。成長過程に一種の癖であるアテをいちいち欠点とみなしていたら仕事にならないぐら大変なので、そこはあって当然のアテではあるが、材木のプロとして目利きしないさいねという事だと思うのです。アテの部分は、正常な部分に比べると色調が濃く、独特の木柄に変化しています。ヒノキやマツ㊧のアテの場合は、アテの部分が濃いキャラメル色になったりするので割りと分かりやすいです。触ってもそこだけ異常に堅く締まっています。
本日もアガチス外伝・アテの話。アテの持つ逞しさを逆に活用できれば、これほど頼りになる味方もいませんが、板材などになるとなかなかこの力を利用するのが難しいです。どういう風にねじれたり暴れるのかが分からないので、面の中では制御出来ません。弊社は製材所ではないので、製材所で角や板に挽かれたものを購入するため、アテとの出会いは、その状態でとなるのです。一般的な建築用材に姿を変えた中においては、アテはあくまでも『欠点』扱いなのです。
何とかこのアテの秘められたパワーを活かしたいのですが、今のところのその出口は見つかっていません。一般の方は、アテの木を見た事がないという方が多いと思います。それは、実際に使われ事例が少ないから。つまり余程そのアテの含まれる材を使わなければならない事情でもない限り、アテ材は日の目を浴びることなく闇に葬られてしまうからなのです。なので一般の方が目にする機会はなくとも、業界には沢山のアテの木が存在しているのです。
そのアテを利用するといっても、アテ部分の大きさも筋肉質の中身もバラバラですので、数をまとめたり統一化する事などは不可能です。しかも板材、角材に加工された後ですから、筋肉も分断されていて、粘りや強度もどこまで発揮できるのかも不確か。非常に曖昧で扱いにくい部分なのです・・・だからこそ、それを活かす方法があれば画期的だと思うのですが。今は仕方なく、アテ部分はカットして処分してしまっているのですが、カットするたびにある場面が脳裏に・・・
それは、映画『300(スリーハンドレッド)』の一場面。スパルタ教育という言葉の語源ともなったスパルタ王レオニダス(ジェラルド・バトラー)が、ペルシアの大王クセルクセスに服従することをよしとせず、100万のペルシア軍と戦うという血湧き肉躍るという、男ならば大好きな作品なのです。スパルタの子供は五体満足の健康体で生まれなければならず、障害のある者はスパルタの掟によって殺され、より強い者、より逞しい者だけを残していくという壮絶すぎる社会なのです。明日に続く・・・
昨日に続いて、『アガチスのアテ』から関連して映画『300(スリーハンドレッド)』の話です。強き者しか生きていく資格のないスパルタの国では、幼き頃より戦いを学び、18歳になると狼との1対1の対決を制した者だけが勇者とみなされるという恐ろしい掟があります。人に屈するぐらいなら誇りある死を選べなんていう男たちの国ですから、当然のように衝突歓迎。相手がどんな大国であろうがイケイケで武力衝突するという、決して関わりたくない戦闘集団なのです。
その結果、無謀ともいえる300人VS100万人の戦いに挑む事になるのです。実はこれ史実に基づいた話らしいのですが、実際は300人+数千の加勢VS10~20万前後の戦いだったそうで、300VS100万というのはかなり誇張した数字だそうですが、それにしても無謀な戦いであることに違いはありません。さて、そのペルシア軍との戦いを控えた戦場に、スパルタの国を出る時から軍の後を秘かに追いかけて来た異形の姿をした男がいます。
背中に大きなこぶを持ち異形の人として生まれた彼は、スパルタの掟で殺されるところ、親が逃がして生き延びてきたのです。その後不遇の人生を送ってきた彼は王の出軍を知り、自分も今こそ役に立って名を上げ汚名を晴らしたいと駆けつけてきたのです。泣ける~!そういう浪花節的な話に弱い私は、すわスパルタの王は仲間に加えると思いきや、王は冷静に彼に尋ねます。「その盾を頭上に掲げられるか?」異形の男の戦闘能力を確かめます。
気持ちはあっても満足な戦闘能力に無い男は、防御に一箇所でも穴があればそこを突かれるので、堅い結束とチームバランスを誇る我が軍には加えられないと冷酷な決断を下します。男は絶望して、逆ギレして敵に寝返り、秘密の迂回路を敵に教えてしまうのです。異形なものとして生まれてしまったアテ材を切る時、その異形な男の悲痛な叫びが私の脳裏に浮かび上がるのです。「王よ、かけらの王よ~!私を活かせ~!」嗚呼、すまぬ、すまぬ・・・涙・・・