★今日のかけら・227 【モアビ】 Moabi アカテツ科・広葉樹・アフリカ産
2002年の日韓ワールドカップでは、大分県中津江村にキャンプした「不屈のライオン」ことカメルーン・チームは残念ながら1次リーグで敗退したものの、村長や村民との心温まる交流のエピソードは一服の清涼剤のごとき爽やかな話題をふりまきました。大会終了後、チームはアフリカに帰国するのですが、それからしばらくして中津江村に1つの国際郵便が届きました。それは、カメルーンのサッカーチームからの物で、箱の中には1本の小さな苗木が入っていました。そこには手紙が添えられていて、母国カメルーンの木を友情の証として贈るので、中津江村に植えて欲しいという物でした。その苗木が『モアビ』だったのです。この事を始めて知った時鳥肌が立つような興奮を覚えました。この話は随分昔にテレビでも報道されたのですが、その苗木がモアビであるという事には全くスポットは当たっていませんでした。
ただ簡単にモアビという木でしたとしか触れられていませんでした(当然でしょう)。しかし、私はそれを聞き漏らしませんでした。「何、モアビだって?!」それまで漠然とモアビといえばアフリカの木としか考えたこともありませんでしたが、それがカメルーンにたくさん分布する木であったという事、カメルーンの人たちが友情の証に母国の木を選んだこと、そしてそれが慣れ親しんだモアビであった事などが一気に交錯して、それまで特別な思い入れもなかったモアビに特別な感情が生まれたのです。
実は、この辺りではモアビはよく使われていて、私が入社した当時から敷居といえばモアビが定番でした。和風の家であれば桧でしたが、桧は柔らかく磨耗しやすいので、硬めの木という事でモアビが使われていました。磨耗に強く硬くて、最大樹高が60mにも達する大径木なので、長尺ものや幅の広い材が容易に取れるという点が好まれたのでしょう。大工さんの間では『南洋桜』という愛称で取引されていました。このモアビ、硬い分だけ重たくて、よく運んでいる時に指を挟んだり、足に落として痛い思いもしました。
磨耗に強いという特徴を活かして、一時期は桧の集成材の敷居の溝に埋めて敷居すべりにも利用されていました。桧造りの白っぽい空間の足元にポツンと赤褐色の木が入る光景が松山周辺では当たり前のものでした。最近では原木が入手しにくくなった事や価格の事もあって、敷居すべりももっと色目の薄い硬木(ニヤトーなど)に変わってきましたが。この『南洋桜』という言い回しも何とも言えませんが、原木が入荷した当時馴染みのないこの木を何とか売ろうという材木屋の意気込みと工夫は感じられます。更に明日に続く。
不屈のライオンとモアビ・・・③
2010年 6月 17日 木曜日 at 9:15 PM 1. 今日のかけら
さて、日本人が頭をひねって命名した『南洋桜』とは無理矢理のこじつけで、桜のような滑らかさとも色合いとも違うのですが、憧れの桜に置き換えて説明したいという意気込みでしょうか。結果的には、それが行き過ぎて別名や別称が氾濫してしまう事になるのですが・・・。モアビは大径木である分癖も少なく材が素直で、全体的に色合いも均質で、虫にも強い特徴があり、更に当時は値段も手頃だったのでとても重宝されました。私も随分お世話になりました。
ただし、モアビを削ったことのある人は誰でも経験があると思うのですが、何も知らずに普通にこの木削るととんでもない事になります!切削すると粉塵が粘膜を激しく刺激し、その痛みと痒さといったら尋常ではありません!鼻の奥と目が痛痒くなり、朝に加工すると昼頃までむず痒さが残るほどです。マスクにタオルなどの重装備で臨みますが、粉塵が細かいので隙間から進入してきて『モアビ・ハザード』の餌食となるのです!ただではその身を削らせないぞという『不屈のライオン魂』が宿っているのでしょうか。
まあ、相手は体を刃物で削られるのですから、これぐらいの抵抗があって当然と言えば当然。粉塵が粘膜を攻撃する木はアフリカや中南米に多いのですが、中でもモアビは間違いなく横綱級です!また、シリカを含むため、導管に詰まったシリカが時々白い斑点のように現れ、いくら説明してもクレームになり取り替えさせられた事もありました。今ならもちょっとうまく説明できると思うのですが、なにぶん当時は知識もなく、言われるがまま・・・。残念ながら今は説明しようにも、モアビそのものがこの辺りでは見かけることが出来なくなりました。あれほど倉庫に積みあがっていたモアビもほとんどなくなってしまいました。人は世に連れ、材は世に連れ。樹種の変換は時代の必定、かつてあれほど人気を博したモアビもすっかり声が掛からなくなってしまいました。そうなると製材所も原木を入れなくなり、材も集まりにくくなります。そうなると妙にあの『モアビ・ハザード』ですらも懐かしく思えてくるのですから人間身勝手なものです。
時にモアビには複雑な縞模様も出たりするので、カウンターや家具に使っても面白みはあるのですが、なにしろ重たい!テーブルサイズの1枚板などになるとゾッとするような重量になります。左の画像の手前部分は、オイルのクリアー塗装した状態です。濃い赤褐色になり存在感が増します。私にとって『身近だった木』になってしまいつつあるのは非常に寂しいのですが、サッカーなどで「カメルーン」と聞くと、条件反射でモアビの事が頭に浮かびます。中津江村のあのモアビは大きく成長したでしょうか。