森のかけら | 大五木材

★今日のかけら・#028 【秋田杉/アキタスギ】 スギスギ属・針樹・秋田産

秋田杉

 

 

 

 

 

 

 

20090721 ビールと今日は、カウンターとテーブルに使っていただいた【秋田杉】についてもう少し詳しく。オスモカラーで着色した後、蜜蝋ワックスを塗っているので撥水性もありますが、いずれこの店を訪れた方の手垢や冷たいビールの輪ジミ、小傷などもついていきます。しかしそれもこれも、秋田杉の肌触りの前に恐るに足らず!オーナーも同じ感覚をお持ちでたいへんありがたいです!

少し長くなりますが、秋田杉の歴史を紐解いてみたいと思います。まだ交通網が未整備で、大量物流が難しかった時代には、どの産地でもそうでしょうが、木材もその地域の材が主役でした。オラが山の木、里山の木、を使った家作りが当たり前のように行われていました。その後道路が整備され大量物流が可能になると、木は遠くまで運ばれていくようになりました。高齢な美林は、城造りには欠かせないものとして、豪将達が競い合って立派な材を集めるようになりました。 

秋田杉を取り巻く環境は、関が原の合戦以以前と以降でガラリと変わってくるようです。それまでは豊富な森林資源の有効な利用がなされず、ほとんど手付かずの状況だったようです。関が原の合戦の際に、徳川軍側に協力しなかったということで、常陸の佐竹義宣が秋田への国替えを命ぜられます。江戸との結びつきの強かった佐竹義宣は、地元の豊富な秋田杉の開発に着手する事になります。江戸城の改築などには、秋田杉が大量に使われたようです。またもともと財政が豊かではなかった秋田藩にとって、秋田杉は絶好の財源確保となったようです。目がビッシリ詰まって通直で香りの良い秋田杉は、全国各地で人気を集めます。また歴史的な江戸の大火では、復興の名のもと大量の秋田杉が江戸に送られ、秋田杉は隆盛を極めます。しかし、樹齢100年を越すような高齢木ですから、一度伐採してしまうと次の伐採までには100年を要するわけです。あまりの無計画な乱伐が重なり、藩の財政は疲弊します。

20090721 秋田杉秋田藩九代目藩主佐竹義和は「いま杉の苗を植えても茂木になるまでには少なくとも四、五十年後。急場の救いにはならぬ。しかし目先のことにのみとらわれていては、当藩百年の大計は成らぬ。余の代に役立たずともいつか”国の宝”となるときがくる。」と森林整備に本格的の取り組みます。秋田杉を取り巻く環境は厳しさを増す一方で、その都度林業に理解ある男達が現れ窮地を救ってはいくのですが、明治の廃藩置県を境に秋田杉は『藩有林』から『国有林』への道を歩むようになるのです。その後計画的な植樹も行われてはいきますが、伐採量は年々減少の一途を辿っていきます。更に太平洋戦争時には、軍需用材の需要が高まりから乱伐されます。その後明治の時代に、製材の工業化が進み秋田杉は最盛期を迎える事になります。しかしバブル崩壊以後の長引く不景気で、秋田杉などの高級材は敬遠されるようになり、また再び苦境に立たされています。

 

20090717 ブルーマーブル 時代時代に登場した森の救世主によって、秋田杉は守られ引き継がれていくのですが、果たして平成の世にも救世主は現れるのでしょうか。『物語性』や『神秘性』などの逸話が、木材の魅力であった時代から、全てを数値化され比較される今の時代に、『天然秋田杉』は生きにくいのかもしれません。しかし、この肌触りの滑らかさ、緻密な木目の上品さは数字では計れないものばかりです。その魅力は体感せねば分からないかもしれません。是非、『Blue Marble』さんのテーブルで体感していただきたいと思います。秋田杉】、この美しきものを決して過去形で語る存在にしてはいけないと思います。




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