★今日のかけら・#033 【落葉松/カラマツ】 マツ科マツ属・針葉樹・長野産
少し前に『日本人とマツのあった暮らし』でマツ全般について触れましたが、本日はそのマツの仲間であるカラマツについて。今まで取り上げてこなかったのが申し訳ないほどお世話になっている木で、マツの魅力を教えてくれたのもこのカラマツでした。しかし愛媛の人間にはあまり馴染みのない木でもあります。一般的にカラマツの分布域は東北地方南部・関東地方・中部地方の亜高山帯から高山帯とされています。私自身愛媛でカラマツ見たことはありませんでした。 |
カラマツのルーツ②
長野県では、戦後に県をあげての大規模なカラマツの植林政策がとられ、実に造林面積のおよそ50%をカラマツが占めるまでになったのです。土地の条件が悪くとも根づき、また成長も早いことから、耐湿性が高いという特徴を活かして杭などの土木資材などを想定されていたのですが、高度経済成長の中で非木質系の土木資材が急成長し、カラマツは出口を失います。材質は硬いものの、成長と共に螺旋状にねじれるカラマツは建築材には適さなかったのです。
また、マツの特徴のひとつでもあるヤニの問題もあり、「割ればねじれるヤニのある木・カラマツ」は長い間新たな用途を見つけられないまま、冷遇され厳しい冬の時代を迎えます。しかしその間も長野の木材人たちは、地元の眠れる森林資源を活用すべくカラマツの利用研究の道を模索していました。長い研究・試験の努力の結果、乾燥初期に十分な蒸煮処理をすることにっより、ヤニの中の揮発成分を揮散させ、固形分(ロジン)のみを残す方法を確立されました。
また、ねじれの問題も乾燥時に上から荷重をかけて圧締し、乾燥後も一定時間桟積みして養生させることで克服。その「使えるカラマツ」が全国の注目を集めるのは、1996年に長野冬季オリンピックの会場となった「Mウェーブ」ではないでしょうか。その後、カラマツはラミナや集成材などとしての利用も進められ、長野産のカラマツは全国へ広がっていくことになります。そんな長野のカラマツと私が出会ったのは、もうかれこれ20年ほど前の事。
全国の林産地で職人たちがこだわり抜いた技法で作る木製品に出会い深い感銘を受け、もっと多くの人に知ってもらおう、使ってもらおうと、林産地を訪ね歩いてネットワークを作り上げたのが神戸市の木童の木原巌さん。木原さんとの出会いで私も覚醒し、一緒に全国の産地を訪ねましたが、最初に会わせていただいたのが『信州の鬼杜氏』こと南波健一さんでした。南波さんとの出会いは衝撃的で、それまでそこまで木に執着する職人さんに会った事がありませんでした。
カラマツのルーツ③
昨日に続いて「カラマツ」について。南波さんの作るカラマツのフローリングやパネリングの内装材に対して、木童の木原さんは絶対的な信頼を置いていましたが、南波さんは特別な技法でカラマツを製品化されていたわけではないのです。先に紹介したようにカラマツという木は、成長しながら螺旋状にねじれていく性質とヤニが出るという性質から、建築材や家具材に使う事が避けられてきた経緯がありますが、それは乾燥技術の進歩によって克服されたのです。
しかし、それはすべてを機械で強制的に完璧にコントロールできるものではなく、最後のもっとも大切な養生期間(乾燥機から出した後に、桟積みして上に重しを載せて圧締し養生させる)だけは、ひたすらじっと時間をかけて待つしかない工程なのです。南波さんは、この工程にたっぷりと一ヶ月程かけます。それは、この「待つ」という行為がカラマツを商品化させるために絶対必要な「要素」だと分かっているから。何も目新しいことではなく基本中の基本。
南波さんは、そのタイムスケジュールに愚直なまでに従い堅守されているのです。それこそが良質のカラマツ製品を生み出す手段だと信じているから。しかしその工程を守ろうとすると、製材された板を最終商品にまで仕上げるのに数か月~半年もの時間が必要となります。当然その間、生産者にお金は入りません。この養生期間を短くしたところで、正直仕上がった商品は見た目にさほど違いは見当たりません。結果、養生期間を早めて製品化する工場が続出しました。
仕上がった直後の「見た目」としてはさして変わり映えがないようにみるえものの、実際施工して時間が経てばその差は歴然となります。乾燥後の養生期間が甘いと、施工後に材が収縮して隙間が出来ます。材がしっかり乾燥し乾燥窯から出した後、屋外で圧締し時間をかけながら大気中の湿度に戻していくことで材が安定するのです。そこを急くと戻りが甘くなり、施工後の収縮につながるわけです。それは自然の法則に従いひたすら待つしかない、マツは待たねば出来ぬ!
カラマツのルーツ④
カラマツの特徴などについて触れてきましたが、本日はカラマツをどのように使っているかの実例について。愛媛の木材市場ではほとんど見かけることのない木なので、その用途についての知識も少なくて申し訳ないのですが、私の知り限りの情報では、愛媛におけるカラマツの利用は以下の2つに大別されると思います。1つは、カラマツの産地で製品化・商品化された内装材やクラフト材として。もう1つは、土木資材としてカラマツの丸太をそのまま使う場合。
私にとってのカラマツは、圧倒的にフローリングなど内装材・外装材としてのイメージです。そこが私のカラマツの入口だったという事もあるますし、無垢の内装材を本気で扱おうと思ったのも、カラマツがきっかけでした。それはカラマツという木に惚れたという事もありますが、それ以上にカラマツに賭ける木童の木原巌さんとカラマツ杜氏・南波健一さんに出会い、ものづくりの姿勢、思いに感銘を受けたことに拠ります。世の中にはこういう人もいるのかと強い衝撃を受けました。
色黒でだみ声の南波さんは正直近寄りがたい雰囲気がありました。お客さんといえども決して媚びたりしないのは、自分が作る商品に絶対の自信と誇りを持っているから。かといって、前述したように特別なテクニックがあるわけではないのだとご本人も仰っています(当然それは謙遜で、裏打ちされた経験に基づいているのですが)。基本に従い自然時間をきっちり守っているだけといっても、それは簡単な事のように見えて、案外実践できているところは少ないのです。
その南波さんの作る『南波(ななみ)カラマツ』に惚れて、愛媛の地でも多くの方にお勧めしました。とても喜んでいただいた一方、『カラマツ』というキーワードだけに反応して、他工場の作った商品を独自に仕入れられて、施工後に見事に(!)ねじれや収縮が発生して、お門違いにも私に文句を言ってこられたケースもありました。南波さんの作ったカラマツはお勧めですよ、と言ったのですが・・・。作り手によってこれほど違いが出る木も珍しいので?
その南波さんが作ったカラマツをお勧めするのは、何度も工場にお邪魔してお話を聴いたのと(弊社にも来ていただきました)、実際に自宅で使っているから。自宅のリビングを300㎜ほど上げてステージを作ったのですが、その時座面にカラマツのフローリングを使いました。足触りも心地よく、直に寝そべっても温もりが伝ってきます。反面傷はつきますが、我が家ではそれも子供たちの成長の記録だと考えているので問題なし。経年変化で飴色の輝きです!
カラマツのルーツ⑤
さて本日は、フローリングや壁板などの内装材とは別のカラマツの用途『土木資材』について。もともと樹脂が多く含まれ、優れた耐水性を持つカラマツの利用目的には杭や矢板などの土木資材として『出口』が想定されていたと思いますが、そんなカラマツがもっともその特性を発揮するのが水中での用途。特にカラマツは水中での耐久性が高いとされていて、昔から土木業界では皮付きの丸太のまま杭や橋梁などに利用されてきました。それは過去の話ではなく、現代にも連綿と継承されています。
水中で木を使うなんて無謀な事では?と思われる方がいるかもしれませんが、木が腐るかどうかはその使用環境に大きく左右されます。例えば水際、水中、地中などの設置場所によって普及のスピードは変わってきます。そもそも木が腐るには3つの条件が必要なのです。その条件とは『水と空気と適度の温度』です。この条件が揃うと、木材腐朽菌が木の成分を栄養分として繁殖し木が腐るのですが、逆を言えばこの3つの条件が揃わなければ木材腐朽菌が活動できず、木は腐らないという事です。
その点から考えれば、常に酸素が欠乏状態にある地中や水中で木材を使った場合、木が普及するスピードは抑制されます。逆に地面に接した環境で木を使うと、3つの条件がすべて揃う事になり木が普及するには「最適の環境」となってしまうのです。ただし、土や水に埋めて使う場合にもその深さや水はけ、水の滞留状況、設置時間など細かな条件にも左右されるのでくれぐれも注意が必要です。また同じカラマツでも樹齢や芯材と辺材によっても普及速度に大きな違いが出ますので、過信は禁物です。
特にカラマツの場合、芯材と辺材の差が顕著なので、杭などに使う場合は丸太での使用をお薦めします。20年未満のカラマツの未成熟材はねじれやすい傾向にあり狂いも出やすいのですが、20年を超えるとねじれも次第に落ち着いてきます。愛媛においても大きな河川工事でカラマツの丸太が根固めとして使用されました。その数、4~5万本にも及ぶとか!弊社はその現場にも納品にも関わっていないのですが、工事に関わられた関係者の方から貴重な画像をいただいたのでその実例をご紹介します。
カラマツのルーツ⑥
愛媛県においても長野県産のカラマツは大いに活用されています。松山平野を流れる重信川は、全国でも有数の急流河川として知られており、洪水時には急激な出水によって洗掘が起こり、河床などが削り取られる護岸崩壊などの被害が発生しています。こういった被害を防ぐために、基礎捨て石や消波ブロックなどを川底に沈める対策が取られるのですが、重信川では局部的洗掘対策として木工枠沈床という方法がとられていますが、合わせてその耐摩耗性、耐衝撃性といった調査、試験も実施されました。
洗掘対策として木工枠を使うという工法は昔からあったそうですが、その効果については経験則に基づくことが多かったようで、改めて調査・試験することで木工枠の優れた能力が明らかになったそうです。私は専門外なのでその詳しいメカニズムについてはさっぱりですが、家造りも同様に昔から長年にわたり受け継がれてきた伝統的技法というものには、それなりの根拠があるということ。先人たちの洞察力、観察力、身近にあるものを巧みに生かして使うという知恵には改めて頭が下がる思いです。
木工枠の長期的な性能を確認するために、長期間経過したものについての耐久性検証が行われました。15年、19年、22年経過した木工枠を採取して、その腐朽や摩耗の現状を調査したところ、341ヶ所所にわたる全計測箇所の中でわずかに6ヶ所(1.8%)だけが比較基準を下回ったのみで(そこは地下水面から露出しやすい木工枠の天端周辺)、ほとんどの部材が新材と同等以上の性能を保持しており、腐朽、摩耗についてもほとんど進行していなかったという驚異の結果が出たそうです。
むしろ木を接合する金属部分(ボルトやナット、プレートなど)の腐食、損傷が進行しており、長期的な使用についてはそちらの方が課題になるほどだとか。また木工枠を使う利点としては、水の流れを妨げないという「透過性のある構造」ということ、経済性、加工性なども側面もあるそうです。詳しいデータや数字について興味のある方は、四国地方整備局松山河川国道事務所が「重信川局所洗掘対策における木工枠沈床の耐久性に関する検討」として情報公開されていますのでご覧ください。
カラマツのルーツ⑦
私は数値やデータに弱い人間で、木の話をする際にも数値よりも民間伝承や逸話などを紐解き、本当のような嘘の話や嘘のような本当の話をする方が好きなのですが、公共工事や住宅など長い期間にわたり安心・安全を担保する場面においては数値やデータという裏付けが重要な意味を持ってきます。カラマツの持つ驚異の耐久性や摩耗性などについては、多くの産地や研究機関でも実験・検証がされていて、だからこそこうしてカラマツが土木資材・建築資材として全国に普及しているわけです。
そういう背景があるからこそ私も自信を持ってカラマツを薦めることが出来るわけですが、情報としてのデータ以上に確信を持てるのは実際に自宅で使って体験・体感しているという事。それと数十年にわたり、ものづくりの現場でカラマツに携わらてきたプロフェッショナルなオッサン達の熱意と誇り。ああ、私が惚れ抜いたこの人たちがそこまで言うのなら、もう何も言うまい!そこまで熱くなれるものを私も持ってみたい、と思いながら関わり始めたカラマツとも20数年の仲になりました。
先日ご紹介した木工枠は、一部ではその姿形からゴリ枠、ゴリ檻(つまりゴリラをいれておけるほど強固で頑丈という意味!)とも呼ばれているそうですが、そんな事を耳にしてしまうと、ズラリと居並ぶ木工枠の中に咆哮するゴリラの姿が見えてしまうではないですか〜?!そういえば、映画「猿の惑星」で、サルたちに捕まえられたチャールトン・ヘストンが閉じ込められていたのは木の檻(ゴリ檻)ではなかったかと思い調べてみましたが、残念ながら鉄製。日本が舞台ならゴリ檻だったことでしょう。
そのカラマツですが、経年変化で美しい飴色に変身するフローリングとしてだけでなく、優れた耐久性や水にも強いという特性を活かして、外部の壁板としてもよくご利用いただいています。こちらの画像はワンズ㈱さんで使っていただいたもの。 マホガニー色に着色してあります。外部に使用する場合は、耐水性に優れた樹脂分を残すためにあえて天然乾燥にこだわっています。本来もっと早い時期に『今日のかけら』で触れておきたかったカラマツでしたが、ようやくその思いが叶えられました。
その分、異例の長期になってしまいましたが、私に無垢内装材の面白さを教えてくれたのもカラマツであり、ものづくりの背景やそれを作るひとの思いなどについて深く考えるようになったのもカラマツがきっかけでしたので、思い入れもたっぷりありました。今にして思えば、20年前のあの日、木童の木原さんや南波さん、そして長野のカラマツとの出会いがなければ、今こういう形態の材木屋になってはいませんでした。愛媛でひとりでも多くの『南波カラマツ』のファンを増やすことが私なりのご恩返しだと考えています。