★今日のかけら・#082 【七竃/ナナカマド】 バラ科ナナカマド属・広葉樹・北海道産
炎・ナナカマドの正体①
昨日、消防の出初式の事を触れたのでその流れで本日は「木と炎」についての話。場所や状況によって、木は燃えて欲しくないもの、燃えて欲しいものになったりします。家や家具、更に森林、うちの倉庫の木製品などは当然燃えてはならないモノですが、一方で寒いところで暖をとるための薪としてはよく燃えて冷えた体を温めてもらいたいもの。燃えても困るが燃えなくても困るというアンビバレントな役割を求められる木ゆえに、太古の昔より火にまつわる逸話も多くあります。
燃えやすい木をもって火を封じるというのは、毒をもって毒を制するという考え方に相通づるものがありそうです。燃えやすいはずの木材の中でも比較的燃えにくいとされる密度が高い硬質な木には、何か火を封じ込める強い力が宿っていると思われたのかもしれません。例えばアイヌでは、ハルニレの木をこすって火を得た事から、は神様の位では最高の「火の神」として敬われたそうです。一方で燃えにくい木は、文字通り火事除けとしてお守りとされます。
そんな火事除けの木として有名なのが『ナナカマド』の木。漢字では『七竈』と表わします。バラ科の落葉高木で、全国の高山に分布していますが、せいぜい10m前後にまでしか大きくならないので、材として市場に出て来ることはほとんどなく、私もその名前は知っていても【森のかけら】を作るまでは実際に手にした事もありませんでした。なのでナナカマドと聞くと、木よりも先に思い浮かんだのが昆虫のカマドウマ。ただのカマドつながりなのですが・・・
さてその変わった名前の由来についてなのですが、一般的には「材が燃えにくい事から、カマドに七回入れてもまだ焼け残る事からこの名前がついた」と流布されていて、ほぼそれが定説化しています。かの牧野富太郎博士もそう記されているのですが、それに疑問を持たれる方もいらっしゃいます。その方々はナナカマドの木が決して燃えにくくはなくて、むしろしっかりとよく燃えて燃え残ることはないと自分の経験で知っておられます。ではこの名前の由来は一体?
木と炎・ナナカマドの正体②
本日はナナカマドの名前の由来について。理学博士の中村浩先生によれば、ナナカマドという名前は、ナナカという言葉とカマドという言葉がくっついたもので、ナナカと七日の古語(現在ではナノカに変化)。カマドとは文字通り竃の事。よって、ナナカマドとはナナカカマド(七日竃)の意味で、重複しているカを一文字省略してナナカマドになったものと類推されています。なのでカマドに七日間この木を入れて燃やすことには間違いがなさそうです。
ではなぜ燃えきるはずのナナカマドを七日も燃やすことが出来るのか?そこで問題となるのがカマドの種類。このカマドというのは、台所の煮炊き用のカマドではなくて、炭焼き用のカマドではないかと言われるのです。炭焼き用のカマドとは石や土で作り、中にクヌギやウバメガシなどの硬質の木材を並べ火を点じて炭を作る木炭製造ものですが、この歴史は古く既に石器時代に炭焼きの技術は確立されていたともされている伝統的なものです。
木炭には硬炭(かたずみ)と軟質炭があって、硬炭の方が火力も強くて日持ちもよく、前述のクヌギやウバメガシ、カシワ、ヤマボウシ、アカガシ、アラガシ、オノオレカンバ、ミズナラなどがその原料となります。中でもウバメガシから作られた備長炭は炭の中でも最高級品とされています。ナナカマドの炭もそれに負けないほど質がきわめて緻密で堅く、火力が強く火持ちがいいことから、江戸の料理屋や鰻の蒲焼などにも重宝されたといいます。
そのナナカマドは材質が非常に硬い事から七日間ほどかけてじっくりと蒸し焼きにして炭化させ る必要がありました。つまりナナカマドの堅炭を得るためには七日間もの工程をかけて、じっくり七日間もカマドで蒸し焼きにするという事から七日竃、つまりナノカカマドがナナカマドになったというのが本来の名前の由来ではないかと推理されています。なるほど確かにその節には一理あるように思われます。では明日は「材としてのナナカマド」についての話・・・
木と炎・ナナカマドの正体③
『ナナカマド』というな名前の由来については、あくまでも諸説あってこれが絶対というわけではありませんし、そうやって決めなければならないものでもないと思います。それでも先人たちがなぜそう呼んだのか、呼ぶようになったのかという事に思いを馳せて想像し、推察するというのも木の愉しみ方のひとつだと思うのです。私もずっと、七回竃に入れないと燃えないからだと思い込んでおりましたので、中村浩先生の持論を知って木の愉しみの奥深さに触れた気がしたのです。
ところで、ナナカマドは四国にも自生していて、秋になると小さくて真っ赤な実をたわわについて山に彩りを与えてくれるらしいのですが、立木にとんと疎くて恥ずかしながら立っている実物を観察したことがありません。熟して間のない実には強い苦み成分が含まれていて、鳥も食べないが、越冬すると食べられるようになる。北海道では街路樹としてもっとも多く植栽されている人気のある木でそうで、ナナカマドを市町村の樹と定めている自治体は34市町村もあるほどです。
たっぷり水を含んだ生木は燃えにくく、焚き火の火床に使われたり、肉の串に使われるほどですが、よく乾かせば重硬で緻密でもあることから道具の柄や台木、細工物などにもなるようですが、大きな材が安定的に供給できるというわけではない事から、決定的な用途が定まっているわけではないようです。私も大きなナナカマドの木を扱ったことがないので実感はありませんが、端材から見ても材が緻密で堅牢な事が分かるので材さえあれば家具にでも充分使えると思います。
エゾナナカマド、サビバナナナカマド、ナンキンナナカマド、タカネナナカマド、ミヤマナナカマド、ウラジロナナカマドなど仲間も多く、海外にもオウシュウナナカマドやアメリカナナカマドなどもあります。英語では『マウンテン・アッシュ』ですが、葉の形や樹皮の色合いがタモなどに似ていて、低地に育つタモ類に対して高地に育つことが理由のようです。木に精通したケルト人は燃えにくい事から『灰にならない樹』と呼んだそうですから木に対する見立てもさまざま。
果たして本当に七回も竃にいれないと燃えきれないほど堅いのかどうか、端材の端材で試してみたいところですが、現在は【森のかけら】に使える程度の端材を北海道の製材業者から分けていただいているレベルですので、端材といえども灰塵に帰させてしまうには抵抗があります。いずれナナカマドの原木でも手に入る事があれば、しっかり乾かせて家具などに使い倒して本当に余った端材の端材で燃焼実験をしてナナカマドの名前の由来を確認してみたいものです。