森のかけら・#012【板屋楓/イタヤカエデ】 カエデ科カエデ属・広葉樹・四国産
イタヤカエデのかけら
1. 今日のかけら | 2016/12/01 PM9:54
予告通り、『イタヤカエデ』の話です。今まで何度も何度も登場しながら、今頃になってようやく取り上げるのも恥ずかしいのですが、メジャーな木ほど取り上げにくかったりするものなんです。まあ、気を取り直してイタヤカエデの話。実際にこの「材」を見たことはなくても、この名前を知らない人はいないでしょう。材そのものよりも樹や特徴的な葉を含め、イメージやデザイン、象徴などの面で認知度のある木なのですが、実際の木となるとモミジやメープルとかなり混同されています。
秋になると山々を錦秋に彩るカエデの紅葉は日本人の心の原風景のようなものですが、愛媛においてはそのカエデが材として流通することは決して多くはありません。恥ずかしながら広葉樹後進県である愛媛では、目を楽しませるカエデは多くても、材としてはかなりレアな存在に近く、木材市場に出ることも稀。材としては非常に硬質で堅牢な事から用途は広いものの、供給の安定性や量、品質、価格、乾燥等の問題から建築分野での利用度はかなり低いのが現状です。
地元のカエデは入手が難しいものの、国産となると東北から北海道あたりは蓄積量も多くて良質な材が揃います。それでも価格面からすると、北米産のハードメープルや中国産が圧倒的に優位なのですが、クラフト細工や小物用に使うような小幅の薄板とかになれば、国産でもリーズナブルな材は結構あります。ただし、弊社の場合それらは売り物というよりも自社で商品を作るためのものになるわけですが。実はその目的で先日も北海道産のイタヤカエデの短尺材を少量購入。
こちらが長さと幅が不揃いで、厚みも薄い北海道産のイタヤカエデ。しかも乾燥工程におけるダメージなどが含まれているためかなりの廉価品でした。売り物としては問題がありますが、バラシて更に短くカットして使うには何も問題なし!ひと昔なら見向きもしなかった材ですが、今の弊社にとっては非常にありがたい存在。カエデには金筋やカスリが多く出ることから、材としては木取りで手こずることも多いのですが、自分で使うとなると、捨てるところなんて無いとしか思えない!!続く・・・
イタヤは板屋根か甘いヤニか?
イタヤカエデの話の続き。国産のカエデをどう使っているのかは、今はまだ明かせませんが、実際に自分のところで最終商品を作るようになって改めて、木材って捨てるところなんてほとんど無いって実感します。造作材などを製材所に注文する場合、以前はほとんどがメートル単位でしか受けてもらえませんでしたので、実際には2.1mしかいらない時でも3mで注文して、現場で2.1mにカットしていました。そのカットした残りは、結局廃棄されたりして、モッタイナイなあと・・・。
今では端数で対応していただく製材所も増えましたし、たとえカットロスが出たとしても出口は無数に用意してあるので、きっちり骨の髄までしゃぶり尽くさせていただきます。むしろそちらが足りなくなってきているぐらいなのですが。まあ、そういうことで今回のイタヤカエデもキッチリ最後の最後まで利用致します(なんとそのおが屑までも!)。ところでカエデの特徴については、メープルの項でも何度か紹介していたので、内容が重複するかもしれませんが改めてご紹介。
カエデ科の木は、北半球の温帯におよそ150種も分布している大家族で、園芸品種まで加えるとその数は200種にも及びます。大きなものになると直径1m、高さ20mに達するものもあるそうですが、私は一枚板のテーブルにんまるようなサイズのカエデにはお目にかかったことはありません。どちらかというと、床の間の落とし掛けとか、表面の凹凸や縮み杢を利用して装飾的に使うケースがほとんどなので、割と小さなサイズのものしか扱ったことがありません。
見た目以上に重たいこともあるので油断大敵です。さて、イタヤカエデという名前ですが、「葉がよく茂って、まるで板屋根のように雨露を凌いでくれる」のが名前の由来とされています。つまり板屋楓(イタヤカエデ)。これがほぼ定説のようになっていますが、一方でその由来をイタヤカエデから採られる甘い糖分を含んだ樹液を母なる乳とみなした命名だと主張する説もあるようです。楓糖を採取するカエデとしては、サトウカエデが有名ですが、イタヤカエデからも楓糖は採れるそうです。
そこから、イタヤというのはイタヤニの略語で、イタはイチ、つまりチチ(乳)。母なる乳房から出る甘味と連想して、「甘いヤニ(樹液)」が採れる木という意味で、イタヤカエデと命名されたというもの。またその他にも、大木になることから、大きな板材として利用されることがあったので、単純に「板の木」という意味でイタヤカエデという名前がつけられたのではという説もあります。いずれもイタヤカエデの前半のイタヤ部分についての命名の由来でしたが、明日は後半のカエデについて。
カエルの手、カエデとモミジ
本日は『イタヤカエデ』の後半『カエデ』の名前の由来などについて。かの万葉集には『蝦手(かへるで)』、あるいは『鶏冠木、加敞流氏(かへるで)』として登場しています。また和名抄には、『加比流提(かへるで)、加倍天乃岐(かへでのき)』として書かれているように、古くは「かへるで」と言っていたそうですが、それはカエデの葉の形が蝦(蛙/かへる)の手(前肢)に似ていることに由来しています。その「かへるで」がつまって「カエデ」になったという事です。
イタヤカエデの学名Acer mono(アーケル・モノ)の属名Acerは、欧州が原産である『コブカエデ』学名:Acer campestre(アーケル・カムペストル)のラテン語で、葉に切れ込みがあることに由来しているそうなので、世界各地でその特徴的な葉の形が名前の由来となっているようです。ちなみに一般的にカエデを漢字で書くと「楓」と書いていますが、本来これは『フウ』というマンサク科の木を表していて(楓香樹)、中国ではカエデには『槭 』の字が使われています。
稀に中国からの伝票を目にすることがありますが、やはりそこにも楓ではなく槭 、あるいは槭 木と書かれています。現在では、楓と書いても通用するそうですが、最初は何のことやら分からず混乱したものです。これは漢字が日本に伝えられた当時、まだフウの木が日本には無かった(一説では、フウは享保年間に日本に渡来したという)ために、葉の色や形がよく似ていたカエデの木に楓の漢字があてられたために起こった混乱で、それが今までずっと続いているということのようです。
とにかくこの仲間は種類が多いのでややこしいのです。実は植物の分類上は同じカエデ科カエデ属であるにも関わらず、まったく違う名前で呼ばれるため、一層ややこしくなっているのがモミジ。私も愛媛大学の樹木博士の講座に参加させていただき、農学部の先生方に教えていただくまでよく分かっていませんでした。その見分け方は葉が大きく、葉のふちに鋸歯が無くて、葉の切れ込みの深いものをカエデと呼び、葉が小さく切れ込みのふちに鋸歯があるものをモミジと呼びます。
紅出(もみいづ)るカエデ
秋になって、赤く色づく(紅葉)のがカエデで、黄色く色づくのが(黄葉)モミジという人もいるようですが、メカニズムとしては春夏に作られた葉緑素が、黄色のカロチノイドの色で黄色く染まり黄葉になるイタヤカエデや、アントシアンが作られて赤くなるウリハダカエデなどがあるので、必ずしも色分けではないようです。もともと、山の木の葉が紅葉(黄葉)することを指した「紅出(もみいづ)」という動詞があって、それが名詞化して「もみじ」になったとされています。
なので本来は特定の樹種を表す言葉ではなかったものが、紅葉(黄葉)する木々の中でとりわけ鮮やかに色を変えるカエデ類のことをモミジと呼ぶようになったとされています。モミジにはイロハモミジやオオモミジなどがありますが、葉が掌状に5~7片に深く裂けて、7裂した葉の裂片をイロハニホヘトと数えたことから、イロハモミジの名前がつけられたとされています。植物学的な分類はそういうことですが、用材としてはカエデとモミジ、キッチリ区別されることはありません。
一般的にはモミジは観賞用として多くの園芸品種が作られたりと、小さいものが多く、用材としてはあまり利用されていないのではないかと思います。稀にモミジ表記されたと材を見ることがありますが、実際に材質にどれだけ差があるのかは分かりません。実はこちらの瘤が特徴的な板は、昔「モミジ」と表示されて購入したのですが、果たしてこれが本当にカエデでなくてモミジなのか?恥ずかしながら浅才で、正直分からないのですが、商業用材ってそんな風にかなりアバウト。
今でこそ何かあると「材のトレーサビリティを示せ」なんて言われたりしますが、銘木的な材になればなるほど、次から次へと業者の手を渡って流通するものだし、その出どころなどのソースはある意味で業者にとっての生命線でもあるため秘匿にすることが多く、知る人ぞ知るところから探してきた、なんてことがある意味で価値だったりした時代ですから。ということで、出自不明(非公開/だからといって何か怪しいという意味ではありません)の『自称モミジ』の変木の出口待ち。