森のかけら | 大五木材


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自分で書いていて言うのもなんですが、今回ツバキについて書くにあたって改めていろいろ調べていたらツバキにまつわるエピソード出るわ出るわ。雪の中に赤い花を咲かす凛とした風情が文学や詩などに取り上げやすいのもあると思いますが、中にはツバキの材質に関わるものもあります。中でも私が印象深いのは、都はるみの大ヒット曲『あんこ椿は恋の花』。当時は『あんこ椿』という響きから食べる「」を連想して、間の抜けた感じがして、木としての椿のことなど、おいしそうな名前の椿があるぐらいにしか考えてもみませんでした。

大人になってからも、てっきり「あんこ椿」という名前の品種(あるいは地方での別称)があるものだとばかり思っていました。それでいろいろ調べていたら「あんこ椿」というのは品種名ではなくて「大島椿」発祥の地である伊豆大島で、髪油にするための椿の実を取る娘さんたちの事を指す言葉で「姉娘(あねこ)」または「あの娘(あのこ)」の意でした。伊豆大島では日常的に使われていた言葉ですが、都はるみの歌のお陰で全国的に知られることとなったようです。ものを知らないというのは恥ずかしい。今回気にしなかったら恐らく私の中では永久に「餡子椿」でした。

そんな椿油は先日書いたオリーブオイルにも匹敵する良質の油で、髪油、食用、薬用、石鹸用、朱肉用など実に用途が広いのだそうです。伊豆大島には樹齢300年を超えるツバキもあるそうですが、火山灰を含む水はけの良い土壌があるこや温暖な気候がツバキの生育に適していたのでしょう。ツバキは海風にも強うことから防風林としても重宝されますが、伊豆大島では椿油だけでなく堅くて緻密なツバキの木を使って、工芸品、染色、炭、陶器などにも利用されています。ツバキの灰は蒔絵や金箔張りの研磨用として専用されてもいるということで、実に有用な木なのでした。

今、【森のかけら】に作っているツバキは以前に宮崎県の銘木屋さんから分けてもらったツバキの木から作ったものです。ツバキを市の木に頂く松山にも沢山ツバキはあるものの、材として使えるようなツバキは稀で、造園屋さんルートで公園や庭に植えられたものが手にはいる程度。数年前にたまたま入手したツバキが結構大きかったので、それを製材して乾かしているとことなのでしばらくしたら、【森のかけら】にも愛媛産のツバキが登場します。それにしてもツバキは材質が密度が高くて重たい!色合いもさまざまで白いのから赤いのまであるのは花同様。椿の話まだまだ続く・・・

 




愛媛出身の有名な俳人というと誰もが正岡子規を思い浮かべると思いますが、他にも沢山の俳人を輩出しています。もっとも私もそんな事に興味を持つようになったのは、歳をとってからの事で、学生時代は郷土の俳人やら俳句やらがこんがらがってもどれが誰の句やら森のかけらを作るようになってさまざまな事、特に身近な郷土の事に興味が湧く(というか知っておかねば引用も紹介も出来ないという切迫感)ようになってからのこと。知りたいと本気で思った時でなければ頭に入ってこず。好奇心こそが人に学びの扉を開けさせる鍵

ということで愛媛の有名な俳人ですが、正岡子規以外にも高浜虚子、中村草田男、石田波郷などがいますが、昔からひとと同じという事がとにかく嫌だったへそ曲がりの私が好きだったのは河東碧梧桐(かわひがし へきごどう)。その俳句がどうのこうのなんて分かりません、ただそのいかにも偏屈で気難しそうな名前の響きの恰好良さに惹かれたのです。名前の中に『梧桐(アオギリ』という木の名前が入ってますが、当時は梧桐なんて知りませんでしたし、そもそも木に興味もありませんでした。読売ジャイアンツが嫌いだったようにただメジャーなるものへの反発心のみ。

読みづらい名前をさも知ってますと得意げに喋るという事に満足感を抱いていた憎たらしいガキでした。ところでその読みづらい碧梧桐という号の命名者は子規です。碧は紺碧の碧、梧桐は植物のアオギリを意味しています。アオギリについてはいずれ機会があれば『今日のかけら』で取り上げるつもりですが、成長しても幹が青い(いわゆる青と緑の混用)ことから、ともに青色に関連した言葉です。これは碧梧桐が端正な顔立ちの色白で、まるで青ビョウタンのように見えたことに由来しているそうで、その事を後から知ってなぜか余計に格好良く感じたものです。

ちなみに碧梧桐は高浜虚子と高校の同級生で、正岡子規の門下生です。説明が長くなりましたがそんな碧梧桐が詠んだ椿にまつわる有名な句がこちら、「赤い椿白い椿と落ちにけり」。凍てつく冬の日に、紅白の椿がパラリと散っていく情景が浮かんできます。実しかしはこの句には、師匠である子規への裏メッセージが込められているという怖い説もあります。子規が病魔に侵され吐血したり痰を吐くことが多かったことから、赤い椿を血、白い椿を痰に見立てて暗喩しているというもの。厳しい指導へのはけ口とも言われたりもしていますが、真相は椿のみぞ知る・・・

 




ツバキの英名は、Camellia(カメリア)だと言いましたが、日本のツバキの学名もCamellia japonica(カメリアヤポニカ)と言います。ではこのカメリアとは何かというと、フィリピンに滞在していたイエズス会の宣教師にして植物学者でもあった George Joseph Kamel (ゲオルグ・ジョセフ・カーメル)が、ツバキをヨーロッパに紹介した事にちなんで、『分類学の父』と呼ばれるリンネによって命名されました。昨日取り上げたジュエリーマキのカメリアダイヤモンドはブランド名ですが、文字通り椿の形にデザインされた指輪だというのを知ったのは大人になってからの事。

和名では、『ヤブツバキ』とも単に『ツバキ』とも記されている事があります。ツバキに限らず名前の頭にヤブ(藪)がつくのは、山地の藪に生える(つまり野生の)を意味していて、野生のツバキをヤブツバキ、園芸品として栽培されたものをツバキとするというのが一般的な定義だそうです。しかし一方では、元来野生に生えているものがツバキであって、園芸品にはそれぞれ品種名がつけられている(玉霞とか加茂本阿弥とか)ので、あえてヤブをつける必要がなく、標準和名は単に『ツバキ』でいいのであるという、重箱の隅をつつくような意見に賛同して【森のかけら】では単にツバキとしています。

というのは後付けで、本当はそれがツバキであるのは間違いなかったものの品種名までは特定できなかったし、今後のそこまでトレーサビリティが明確なツバキが入手できるとは思っていなかったので、入口は広げておこうと思ってザックリ椿という事にした次第です。まだSNSも使いこなせていなかった時代にモノの本を片手に必死に情報を収集した時代に書いた解説書と現在では情報収集力に圧倒的な差があり、改めて知ることが山ほどあります。しかし完璧なモノが出来るまで待っていたらいつまでも形にならないので、えいや~で踏み出した部分も多々あります。

今読み返せば、顔が真っ赤になるほど恥ずかしい事を書いていたり、間違った思い込みなどもありますが、気づいた時に修正・加筆して精度をあげていこうと思っています。その間に多少は木の経験値も増えますし、ものの見方も若い頃に比べれば少しは柔軟になったかなと思っているので。そういう意味ではツバキはこれぐらいのタイミングで良かったのかも。さて、ツバキについては木材としても材質云々よりも、物語やイメージとしてのツバキを取り上げてきましたが、それぐらいツバキは語り甲斐のある木と言えるかもしれません。そこで愛媛県人として忘れてはならないのは、俳句における椿。明日に続く・・・

 




『ツバキ(椿)』は、ツバキ科ツバキ属の広葉樹で、チャノキサカキなどもこの科に属している大所帯のグループです。ツバキという呼び名については、葉が厚いため「厚葉木(あつばき)」が略されてツバキになったという貝原益軒説や、照葉樹なので葉に光沢があってツヤツヤしているから「艶葉木(つやはき)」が訛ってツバキになったという新井白石説が有名ですが、他にも「艶木(つやき)」が転じたとか、「強葉木(つよばき)」からきているなど諸説あります。いずれもツバキの葉の特徴に由来しているという点では一致していて、美しい花よりも葉の方が名前の根拠というの面白い。

またその他にも朝鮮語でツバキにあたる「Ton-baki(冬柏)』が転じてツバキになったのではないかという説もあるようです。一方で、日本産のツバキが隋・唐の時代に中国に渡り、文字だけが逆に日本に伝わったため、『日本書紀』ではツバキの事を『海石榴』と表わしているのに対して、『万葉集』になると海石榴以外にも椿都婆伎、都婆伎などの字が当てられている事から、朝鮮語に由来している説には懐疑的な人もいらっしゃるそうです。何事も遠い昔に決まった名前の由来を訪ねる旅の道のりは平たんではありません。だからこそ面白いのですが。

木編に春と書く椿の根拠は、察しの通り春に花が咲くという意味。これは国字であって、漢字の椿は中国では別の木の事を指しています。センダン科の鮮やかな赤褐色の木『チャンチン』の事になります。ツバキは漢字だと山茶花海石榴と書きます。石榴と書くのは、ツバキの実が柘榴(ザクロ)に似ているため。余談ながらツバキと同族の『サザンカ』は漢字だと『山茶花』書きますが、これは誤ってツバキを表す山茶花をサザンカにあててしまったため、音読みのサンサクワ→サザンクワ→サザンカになったのだとか。

そんなツバキの英名は、Camellia(カメリア)。まだ木に無かった頃の少年時代の私が、早くして「ツバキ=カメリア」を覚えたのはひとえにあのテレビCMのお陰。1980年代の深夜には必ずと言っていいほど流れていた宝飾貴金属店・㈱三貴の銀座ジュエリーマキの「カメリアダイアモンド」のCM。宝石なんぞに何の興味もありませんでしたが、ハリウッド女優を惜しげもなく使った意味不明のCMに妙に惹きつけられました。同輩の方なら懐かしいはず。かのダイアン・レインも出ていて、さぞかし大きな会社なんだと思っていたらバブル崩壊で倒産してしまいましたが。

 




観賞目的のツバキの栽培は、文字通り江戸時代に花を咲かせることになりますが、文献に初めて登場したのは『日本書紀』だと言われています。その中で、景行天皇土蜘蛛を征伐した際にツバキの木で出来た椎(ツチ)という武器を作って兵に授けて勝利したとされています。余談ながら土蜘蛛と聞くと、子供の頃に読んだ『伊賀の影丸』の影響で「土蜘蛛五人衆」を思い出してしまうのですが、土蜘蛛というのは本来は、天皇に恭順しなかった地方の土豪たちの事です。それが時代とともに蜘蛛の妖怪・土蜘蛛を指すようになりました。

中世になると絵物語や戯曲でも、ひとの世を魔界にしようとする恐ろしい妖怪として登場してくるようになります。有名なところでは、源頼光が家来の渡辺綱を連れて京都の洛外北山の蓮台野で空を飛ぶ髑髏に遭遇して見事に退治したという話。中学生の頃にそういう話をするのが好きな先生がいて、授業中に脱線してはよくそういう話をされていたのですが、その頃からでしょうか妖怪の話に興味を持つようになったのは。SNS無き時代、聴かされた妖怪のイメージは私の脳内で恐ろしいまでに膨張して、内なる妖怪を育て続けていたのです

話が逸れましたが、ツバキは『万葉集』や『古事記』などにも登場するなど、古くから日本では愛でる花の代表として親しまれてきました。雪に包まれた中で鮮やかな紅色の花を咲かせる凛とした美しい姿に昔の人々も魅了されてきたことでしょう。そんな紅色のツバキの花言葉は、『私の運命は貴方の手中にある』。一方、白いツバキの花言葉は『完成した愛らしさ』。なんとも優雅というか歯の浮くような台詞ですが、実はこの花言葉はある小説が評判になったので作られたらしいのです。その小説とは、アレクサンドル・・フィスが書いた『椿姫』。

そもそもツバキはアジア原産の木で、ヨーロッパに伝わったのは1700年頃だと言われています。それまでその地域や国には存在しなかった(存在しないと思われていた)植物が、どうやって伝わってきたかというのはハッキリしていないケースがほとんどですが、ツバキがヨーロッパに伝わったのは記録が残っています。中国の舟山列島に二年間滞在していたイギリス人のジェームス・カニンガムという医師が、母国に紹介し1739年に初めて英国に伝わったのだそうです。ツバキの深い紅色がヨーロッパの人々をも魅了し多数の品種が生まれました。

それからおよそ100年後にフランスの劇作家・デュマが小説『椿姫』を書きあげます。その後デュマ自身が書いた戯曲によって舞台化され、オペラともなり人気を博します。主人公である高級娼婦マルグリット・ゴーティエは、月の25日間は白い椿を身につけ、残り5日は赤い椿を身に付けて社社交界に現れたことから『椿姫』と呼ばれるのです。赤いツバキは、女性の生理を意味しているということもあって、前述の花言葉はこの作品が評判になった事から出来たものだとか。恥ずかしながらまだ『椿姫』は読んだことがないのですが、これを機会に読むことにします。明日に続く・・・

 




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