森のかけら | 大五木材


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この数日間、マツの話をしてきましたが、私の中には『木が木を呼ぶ、木が人を呼ぶ』という法則がありまして、特定の木ばかり触っていると同じような木がやって来たり(具体的には製材や商社からオファーが入ったり、その木で注文が舞い込んで来たり)、それに関連した人がやって来たりするというもの。例えば九州の木を加工したり、ブログで触れていると、九州の方がやって来られたり、九州から飛び込みの注文が入ったり。それで今回久し振りにマツを扱っていると、北海道から『トドマツ王子』が不意にご来店!

そのための長いフリだったわけではなくて本当にたまたま偶然なのですが、日本木材青壮年団体連合会(木青連)に在籍していた頃にお世話になっていたトドマツ・エゾマツ専門製材『㈱ヨシダ』の吉田良弘社長が、北海道は苫小牧から突然のご来店。たまたま愛媛で木材研修会があったとの事で、わざわざ立ち寄っていただきました。吉田さんとはほぼ同世代ですが、私は総務委員会の雑用で出向している身、それにひきかえ吉田さんはバブル崩壊後混乱していた北海道の木青連を孤軍奮闘で支え、全国の会長まで務められました。

愛媛と北海道でお取引があるというわけではないのですが、そこは全国にネットワークのある木青連の醍醐味。私も同様に全国のどこかに出張あらばその地のOBや現役会員を頼って訪ねたりさせていただいていますが、そういう意味では操業してからのほうがその恩恵にあずかっています。吉田さんの会社では主にトドマツを製材されていますが、社歴も70年を超える老舗で、年間に60,000㎥もの原木を消費する大型工場。なのでうちのような零細弱小材木店に来られたとて、何もみるべきものはないのですが。

そこを繋いでくれたのは木青連のネットワークと『適材適所』。昨年末に20年の区切りで終了したアナログ通信でしたが、出会った方々には毎月送らせていただいていて、吉田さんのお母さんも読んでくださっていたそうで、「母が楽しみにしている」と声をかけてもらうのは励みでした。木工品を集められるのがご趣味だそうなので、いつの日にか私も苫小牧にお邪魔させていただければと思っています。そんな時に、普段はほとんど無いマツの木が山積みされていたというのは、マツがトドマツ王子を呼んだとしか考えられない!続く・・・




ツガ(栂)の木は環境汚染に敏感で成長も遅く、高地を好むことから、ほとんど植林はされておらず、現在産出されるのもそのほとんどが天然林。そのため量も少ないのですが、ツガを挽く製材所そのものもほとんど無くなっているので、いい原木が出れば塩野商店さんに声がかかるそうです。挽いたところでそれを売るルートがなければ意味がないわけで、そこはやはり永年の経験とネットワークが大切。恐らく塩野商店さんにも全国のツガフェチから問い合せや注文が届いているはず。

私は、徳島の井原製材所さんからツガを分けていただいていたのですが、久し振りにお電話させていただいくと、やはり原木の供給が不安定で、今は主力をスギなどにスライドさせているとの事。原木供給だけでなく、使う側も安定的にオーダーしなければ、製材の軸には出来ないのは当然の事で、そういう意味では困った時だけ相談して私自身も猛省しています。こういう貴重な材に関しては、挽く側(製材)だけに委ねるのではなく、売る側(材木屋)も相応の努力をして、固定ファンの構築をしていかねばならないと思います

そのためにもまずは、地栂(内地栂)の存在を知ってもらうことが肝要だと思います。存在そのものが幻となりつつあるものの、小さな木であれば愛媛からでもいくらかは出てきます。そういう小さなツガの丸太にもそれなりの価値を与える事が大事。弊社はそのひとつとして『木言葉書』で母親に贈る木として物語を組み立てています。栂の実が親指(母指)ぐらいの大きさであること、樹液が白くてお乳のようであること、枯葉に栄養分が多くて腐葉土となり森を育てるマザーツリーであることなどがその由来

木篇に母の字が充てられるツガは、色目も美白でフローリングとしても最高の素材で。かつては武家屋敷など相応の地位の人でなければ使えなかったというのも分かるほど品格を感じる木でもあります。ツガの木言葉は『堅固』ですが、名は体を表す言葉通り、冬目は驚くほど固く堅牢で、レーザーすらも反発するほど。弊社にはかつて仕入れた『霧島栂』、『土佐栂』の角材、板材、テーブルサイズの耳付きの一枚板などが残っていますので、少しずつそちらも公開させていただければと思っています。母なる木・栂、まだまだ幻にしてしまってはいけない!




先日、大阪から地栂の造作材が届きました。最近、若い現場監督から「ツガってベイツガの事だと思っていたけど、日本のツガってあるんですか?」と質問を受けましたが、そう思ってしまうのも仕方がないぐらいに日本のツガは建築現場においては幻の木となっています。私の場合は、たまたま若い頃に運良く『土佐栂』との出会いがあったお陰で、日本のツガ(日本栂とも地栂とも呼ばれます)に馴染みがありますが、今だと余程こだわりや知識のある人でなければ使われない木となってしまいました。

今回、地栂の造作材を挽いていただいたのは大阪の塩野商店さん。自社の会社紹介から引用させていただくと、『主に柱や造作材に使用されている、内地栂の挽き材を中心に、欅松杉桧などのあらゆる銘木を販売を行う。内地栂は、主に柱や造作材、縁甲板に製材。特殊な注文にも対応できるように厚盤も扱っており、また、自社製材所にて賃挽製材も手掛ける。一般の利用も可能で、古木の再利用なども積極的に受け入れている』という大変貴重で頼りになる製材所。

大阪の『なぐり王子』こと橘商店橘明夫に紹介してもらって知り合ったのが、塩野商店の塩野和貴専務。橘君と同世代で、彼が『栗屋』ならば、塩野君は『栂屋』。かつてはそういう特定の樹種にこだわった専門店的な製材、材木屋もあったのでしょうが、昨今は何でも浅く広く扱うスーパーマーケットのような店ばかりになってしまい、特定樹種にこだわる矜持を聞けなくなって寂しく感じていますが、若い世代が専門性を持った店を継承されているのは心強いことです。

専門性が強いと言ってもツガそのものの産出量が限られていて、さすがに今はそれだけで商売が出来るレベルにありません。全国的に見てもある程度の天然の栂林が残っているのは、高知~徳島一帯木童木原巌さんが『土佐栂』と命名したのがこれにあたります)と、九州の霧島栂』、長野の信州栂』と、紀伊半島の和歌山~三重一帯などごく一部。塩野さんのところは大阪という立地から、和歌山周辺から産出されるツガを仕入れられることが多いそうです。明日に続く・・・




それは2013年11月に始動しました。当時のブログを読み返してみると、「秋晴れの空のもと、波光きらめく肱川沿いの某所で「清須会議」ならぬ現代版の『肱川会議』が開催された」とありますが、それがモンスターたちとの最初の出会いでした。松山から同行した初代・猛獣使い/藤田雅彦氏から、大洲に向かう道中こんこんと女傑・帽子千秋の伝説を聞かされて、このあと煮られるのか焼かれるのか、我が身に訪れるであろう事態に恐怖し、ハンドルが汗でジトッと濡れた懐かしい思い出はもう5年も前の事。

帽子千秋は噂通り、いやそれ以上の女傑でありましたが、また違った異能の持ち主・『無茶々園』から柑橘類ベースのコスメブランド『yaetoco(ヤエトコ)』を立ち上げた高瀬英明君を加えた3人でスタート。『おとなの部活動』という名前や参加メンバーの個性ばかりが目立って、そもそもの活動母体が分かりにくくなっているようですが、主体えひめ産業振興財団のライフサポート産業支援事業、正式な名称は「愛媛の宝の育て方!磨き方!届け方!研究部会」というものでした(というか、今も)。

集めて異能なる暴れ馬たちのぶつかり合い、化学反応を楽しもうともくろんだ藤田氏の思惑は、その後アメーバ的な増殖を遂げて最終的には日本を飛び出して海外(台湾)まで行ってしまうのですから、大成功だったと言っていいのではないでしょうか。2期(2年+3年)にわたって展開されたこおとなの部活動もいよいよこの3月で終了ということになります。2期ではメンバーも増えてイベントも沢山開催できていろいろ刺激を受けました。振り返りは最後にまた改めてさせていただきますが、なにはともあれ新年会。

杉浦夫妻のB家に開催された新年会には参加企業全社が集まるという貴重な瞬間であったにも関わらず、集合写真を撮ろうなどと言い出す者は皆無で、場の雰囲気に流されていくただ飲みたいだけのおとなたち・・・。ひとより少しでも大きな声を出して、いかに話を盛るか、いかにひとの話にかぶせられるか、そうでなければこの饗宴では生き残れません。貴重な20代の恋バナに異常なほどにくらいつき燃えあがる30~50代の紳士淑女。何度も何度も繰り返されほぼ原形は無くなったイベントの失敗話、痛快無比。

楽しくて楽しくてたまらないおとなの部活動。それは、まったく違う仕事に生きるその道のプロフェッショナルが集まり、「真剣に遊んだ」からこそ味わえる成果でもあります。しかし何事にも必ず終わりはやって来るもの。その最後の「真剣なる遊びの時間」は、愛媛の四国中央市で開催されることとなりました。3/10(土)~3/11(日)の2日間、場所は四国のおいしいものセレクトショッピングの『まなべ商店』さん。モンスターたちが勢揃いする最後の機会となります。怖いもの見たさの皆さんのご来店を待つ!


日のキーワード】  #森のかけら #えひめのあるくらし #おとなの部活動 #まなべ商店 #愛媛産業振興財団 #yaetoco #高瀬英明 #帽子千秋




戦後の名横綱、名大関たちの足跡を網羅したDVDマガジン『大相撲 名力士風雲録』がベースボールマガジン社から創刊され、書店本棚でその姿を見たのは2016年の1月のこと。このブログでも何度も書いてきましたが私・高橋照国の名前「照国」は、全国で唯一プロとアマが対戦できる「乙亥大相撲」が160年以上も続く相撲好きな土地柄に生まれた祖父・国松が、当時人気のあった名横綱・照国にちなんで命名してくれたものです。なので自分の名前のルーツである横綱・照国の文字には敏感に反応してしまいます。

それで、その名横綱・名大関を特集した『大相撲 名力士風雲禄』の存在を知った時には、とりあえあず横綱・照国が掲載された号は買っておかねばという使命感にも似た感情が湧き起り、まずは掲載号一覧を確認。ずると、第1号の北の湖から千代の富士、大鵬、貴乃花と歴史に名を刻んだ名横綱が連なります。照国はいずこ?と探してみれば、随分後ろの方。全30巻中25巻目でした。まあそれも致し方ありません。というのも照国が生まれたのは大正8年、当時の最年少記録の23歳で横綱に昇進したのが昭和17年

記録も写真も少なく、当時ライバル関係にあった前田山、羽黒山、安藝ノ海との4力士が1冊にまとめられています。ちなみに前田山は、照国の次の第39代横綱で、この人は何と愛媛県西宇和郡喜須来村(現:愛媛県八幡浜市)出身で、愛媛県出身の唯一の横綱なのです。前田山は戦後初の横綱ということで、恐らく愛媛でも相当人気があったことと思われます。照国とは同時代に活躍された人なので、もしかしたら私の名前も照国ではなく、英五郎(前田山 英五郎)になっていた可能性もゼロではなかったかも・・・


こういうルーツ探しなどには異常に執着するタイプなのですが、それが高じて『今日のかけら』のような木の名前のルーツ探しにのめり込んでいるのかもしれません。そうやって若い頃からむやみやたらに蒔いてきた好奇心の種が、最近になって意外なところで繋がる事が多くて、何事も考え方ひとつで無駄になることなんて何も無いと感じているところです。木がキーワードで繋がるというよりも結局は「ひと」で繋がっているのですが、私の場合はそれを無理矢理木に関連付けようとさせているのでややこしいのですが・・・

以前から横綱・照国の事は気になっていて、いろいろな資料なども集めていたので、あまり新しい情報はなかったものの、貴重な取り組みの映像が見れたのは収穫。ところで、照国引退後、その四股名を受け継ぐ力士は現れていません。四股名は、部屋で継承されていくのですが、照国がいた伊勢ヶ浜部屋は無くなってしまった(現在の伊勢ヶ浜部屋とは系統が違う)ため、なかなか継承しにくいという事情もあります。照国襲名の可能性のあった日馬富士もいろいろあって引退しましたし、照国から一文字取った照ノ富士も体調不良で休場と、ルーツに関連のある力士に元気が無いのは寂しい。最近何かと不祥事続きの相撲界ですが、そんな土俵外の雑音を吹っ飛ばす播磨灘のような日下開山よ、現れよ!

※「横綱照国物語」無明舎出版  簗瀬 均 /

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