森のかけら | 大五木材


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先日、地元の南海放送の人気番組『もぎたてテレビ』が弊社に取材に来ていただきました。この番組は、愛媛県内の市や町にスポットをあてて、その地の衣食住に関する人やモノなどを取り上げている長寿番組で、毎週日曜日のお昼に約1時間の枠で放送されていて、1991年の放送開始から延べの放送回数は1300回を超えています。かつてMCを務めて交替で県内各地を訪ね歩き取材を重ねた永江孝子さん&野志克仁さんは、現在は共に政治家(永江さんは衆議院議員、野志さんは松山市長)ですが、この番組の功績も大きかったのでは。

現在は南海放送のアナウンサーである寺尾英子さんと星加奈緒さん、愛媛生まれの異色の漫画家・杉作J太郎さんがパーソナリティを務められています。その杉作J太郎さんは漫画家でもありながら、ラジオでDJをしたり、映画評なども執筆されていて、『映画秘宝』の連載コーナーでのエッジの効いた映画評はいつも楽しみにしていました。その映画秘宝は残念ながら休刊となってしまったのですが、その数月前にJ太郎さんが原稿を落としてしまって、その経緯をラジオで喋られていたのですが、肝心なところを聞き逃してしまいました。

番組の事に話を戻すと、番組のコンセプトである「愛媛のいいとこ探し」は、担当ディレクターが地道に地域を歩き回って探すもので、取材の数日前に担当ディレクターがぶらりと弊社にもやって来られました。裏の小屋で子どもたちが遊んでいる姿が眼に映って、ここはなんだろうと思って訪ねて来たのです。次がこのあたりの地域の特集なので、平田町周辺で面白い人・場所ありませんか?という事だったので、思いつくひとを幾人か紹介させていただきました。そしたら倉庫にあるいろいろな木にも興味を持たれたようで、木の事にも質問が・・・

こうなったらこっちのもの!少しでも食いついたと思ったら決して逃がしはしません。一気に木の話で畳みかけてこちらに関心を向けて、木のモノも番組で取り上げていただくことになりました(笑)。後日MCの星加奈緒さんが取材に来てもらい、『木のもの屋・森羅』の木の雑貨や小屋で遊ぶ子供たちなどと合わせて、【森のかけら】などもカメラに収めてもらいました。木の専門番組でもないのですが、あとは編集お任せという事でいろいろ喋りまくっているうちにすっかり外は真っ暗になっていました。

こういうお昼の情報番組ってどうしても万人受けする食べ物を取り上げることが多くて、木とかにスポットライトがあたることって珍しいと思うので本当にありがたい事です。恐らく住宅に関わる建築資材だけしか置いてなければ、そこまで興味も持ってもらわなかったと思うのですが、暮らしの身近なところで使う木のモノだったり、いろいろな種類の木があるという面白さが目を引いたのだと思います。やっぱり方向性は間違っていなかった!放送は2月16日(日)、11:45~。内容は観てのお楽しみですが、いろいろな意味で編集の神の降臨を願う




消防出初式2020*

気がついたら毎年この時期に世界各地で起きた大規模な森林火災について思う事をブログに書いていました。それに関連付けて書いているのが、消防の出初式の話。今年も松山市消防出初式が堀の内の城山公園で開催され参加してきました。何年か前にはこの時期に日本列島を大寒波が襲って、あまりの寒さに出初式そのものが中止になったこともありましたが、今年は雨の心配こそあったものの暖冬で寒さ対策もそこそこに参加できました。しかし会場の城山公園は昨晩の雨の影響でかなりぬかるんでいました。

数年前から式典は別会場で開催され、梯子や訓練披露がその後で城山公園で行われるようになったので、早速入場行進が始まり、そのあとすぐに団員による古典竹梯子の演技披露に移りました。私が所属しているのは第1方面隊で、毎年順番に各方面隊が演技を披露していくのですが、来年にはまた第1方面隊に順番が巡ってきます。前回の時には私も下で竹梯子を支える役で参加して、その様子はこのブログでも書きましたが、それが2011年でしたからもう9年も前の話。気がつけば第1方面隊の潮見分団の中でも上から2番目の高齢になっています。

そろそろ若い世代と交替する時期ですが、燃えやすい木を扱う仕事をしている者の責任と、以前に火事を起こした際にお世話になった恩返しのつもりでもう少しだけ務めさせていただくつもりです。幸いにもこの周辺では大きな火災は少ないのですが、空気が乾燥するこの時期はいざ火が出ると一気に延焼することもあるので、消防車のサイレン音を聞くと緊張します。火事だけでなく全国各地で、何十年ぶりとか過去の記録を更新するような規模の台風や水害が発生して、消防団員が出動する機会が急増しています。

松山市ではそこまで大規模な災害はないものの、豪雨で水が溢れて土嚢を積みに出動したことは数回。会社の周辺は急峻な傾斜を利用したみかん山が広がっていますが、豪雨で山の貯水能力が限界を超えると、水が溢れだしてみかん山が崩壊してしまうす。見た目にはそれほどの被害ではないように見えても、その爪痕が次の豪雨で大きな被害を引き起こす可能性もあって油断できませんが、今年も消防団の出動が少ない一年であって欲しいと思います。火事や火の話ってあまり書いていると引き寄せそうなので、今回でひとまず終了。




大五木材の朝は早い。早朝から仕事を始めていた大工さんに合わせるために、朝は7時前に社員が出社するので、私はそれより先に事務所の鍵を開けなければならないので、6時30分には会社に行かなければなりませんでした。若い頃はそれが苦痛で、独身の頃に深酒でもした日には朝起きれなくて、既に社員が出社していて倉庫で待ってくれていたこともしばしば。当時は大工さんたちが「棟梁」としてバリバリに活躍されていた頃で、会社を開けるとすぐに電話が鳴ったり、大工さんの軽トラがやって来たりと、早起きは必須の状況でもありました。

それから年月が経ち、大工さん自体が木材を持たない(工務店が木材を手配するように移行)ようになると、早朝から材木屋にやって来る大工さんも減ったのですが、今度は早朝から木材を積んで遠方にリフォーム作業に行く業者の方が増えて、時には玄関のカーテンを開けると、門の外に軽トラが停まっていたこともありました。なのでやっぱり朝早く店を開ける必要がありました。それからまた月日が流れ、早朝より営業するプロ対応の大型のホームセンターが登場すると、そういう人たちはそちらに流れていきました。

その後、すっかり木材の潮流はプレカットになり、個人の大工さんが木材を仕入れることが激減すると、早朝から訪れる人はいなくなったのですが、その頃からの長い商習慣と、歳をとったら朝が早くなる、朝の混雑を避けたいので早く通勤したいなどの理由で、やっぱり今も朝早くから店を開けています。昔に比べると少しだけ遅くなって、今はだいたい6時45分ぐらいに開店していますが、さすがにこの時期で天気も悪いと朝はまだ真っ暗。月明かりに照らされながら門を開けるという事もあります。

門が古いので開閉時にもの凄い音をするため、近づいてくる足音に気づかず、暗闇からすっと人影が現れたりしてドキッとすることがあります。それもこの季節ならではのことで、というのも2月の上旬にこの辺りがコースとなる『愛媛マラソン』が開催されるため、出場される選手たちが早朝からトレーニングしているのです。毎年、このドキッを経験すると、マラソン大会の季節になったなあと思うのですが、こうして朝暗いうちから重たい門を開け続けて30年。あとどれぐらい続けることが出来るのだろうかなんて考えます。




道後REBORN』の文字が刻まれた巨大なウォールアートパネルには「火の鳥」以外にもさまざまな絵が描かれています。その中に大きな角材を上下から大鋸で板材に挽き割っている絵がありました。構図から、葛飾北斎が『富嶽三十六景』の中で描いた有名な「遠江山中」がモデルになっていると思われます。木挽きが前挽き鋸を使って力強く製材している姿が描かれていますが、北斎の絵は江戸時代後期の木挽きたちの作業風景で、タイトルから浜松市の天竜辺りが舞台だ思われるので、挽いている木は恐らくヒノキスギ

道後温泉そのものは日本の神話にも登場するぐらい歴史が深く、一説には3000年とも言われていますが、道後温泉本館は1894年(明治27年)に落成されたとあるので、その歴史は約120年あまり。その当時には製材機も導入されていたと思われますので、まさか木挽きが挽いたような材は使われてはいなかったでしょうが、さぞ立派な材が使われたことでしょう。寺社仏閣などとは違いそもそもが営業目的の公衆浴場ですから、人が触れる頻度のその比ではなく床も柱もかなり摩耗していますが、木の経年変化から歴史が窺えます。

新年会が終わってからもう一度本館を訪れると、本館北面で行われているプロジェクションマッピング「道後温泉×ネイキッド MESSAGE-火の鳥、到来-」の最後の数分間にギリギリ間に合いました。さすがに正月明けの週末という事で観光客の数は多くはありませんでしたが、人だかりが出来ていてあちこちで歓声も上がっていました。絢爛な光のショーに、おお~っとはなったものの、いつも見ていた「暗闇の中に赤く灯る振鷺閣のギヤマンガラス」の油断していると異世界に引き込まれそうになる風情が好きな私には少し騒々しく感じました。

工事期間中は本来の正面玄関は閉鎖されていて、火の鳥が描かれた日除け幕が垂らされていますが、夜になれば灯りがともるようで、観光客がその前で記念写真を撮っていました。7年という長期工事に伴う観光客の減少を食い止めようといろいろ工夫をされているみたいですが、そこに佇むことに価値があるものに手を加える難しさを感じました。全国の有名な温泉が束になっても敵わない、唯一無二の『歴史』という道後温泉の本来の魅力に厚化粧が施されているようにも思えたのですが、不死鳥のごとく生まれ変わってもらいたいです。




松山が誇る観光の目玉・道後温泉本館は道後温泉本館は平成31年1月15日から、営業しながらの保存修理工事に着手しました。これから2期7年に及ぶ大規模な耐震工事が行われます。といっても部分的に分けて工事をするので、工事期間中も営業は行われています。その道後温泉の再生を手塚治虫先生の『火の鳥』が見守るとのコンセプトのもと、火の鳥などが描かれた巨大なウォールアートパネルが道後温泉を覆っています。テレビなどでは見ていたもののなかなか機会がなくて実物を観れてませんでした。

道後で工務店さんの新年会があったので、早めに出かけて様子を見に行きました。湯神社の駐車場から臨む道後温泉本館。いつもはここからのアングルだと、朝に刻み太鼓が叩かれる振鷺閣(しんろかく)とその上に乗っている白鷺が見れるのですが、巨大なパネルにすっぽり囲われています。日本で唯一の皇室の専用浴室・又新殿(ゆうしんでん)のある銅板葺の建物がある東面に作業用の出入口が見えます。工事期間中入浴するにはこの写真でいうと裏側(大きなホテルが建っている面)にあたる北側が玄関となっています。

パネルの大きさは最頂部の高さ20m、周囲100mという事ですが、実際に観てみるとかなりデカい!ちょうど西日が火の鳥の顔のあたりにあたってなんとも神々しい雰囲気がありました。姫路城が平成の大修理をしている時にもテントに覆われた姫路城を観に行きましたが、こういう『特別仕様』も面白いものの、それは公示前の姿も知っているし、工事終了後の姿も観れるであろうから思う気持ちで、初めて観光に来られて、今後もう来られないかもしれない人はどう思われるのだろう?それによっては道後温泉の印象も随分と違ったものになりそうです。

現在仮設の入口となっている北側の2階部分には両羽を広げた火の鳥の姿があります。テントパネルからこのオブジェからポスター、ビデオ、入場券とここにもそこにも火の鳥。私は手塚先生が大好きで、宝塚にある記念館にも何度も訪れているし、その作品もほとんど読んでいますので、大好きな手塚先生の作品が(今まで何の接点もあるとは思ってもいなかった松山のこの地で)こういう形で身近で接することが出来るのはとても嬉しい。手塚先生も没後30年が経ち、今の子どもたちにとってはもはや歴史のひとという感覚なのかもしれませんが。

松山市は、長期にわたる工事期間を「普段は目にすることの出来ない特別な期間」として捉え観光資源として、東京のポニーキャニオンと手を結び『道後温泉の再生物語』を盛り上げていきたいとということで、手塚先生の『火の鳥』がコラボパートナーに選ばれたそうです。なんでもかんでも「坊ちゃん」頼りより全然いいと思うのですが、言ってしまえばこれも借り物。本来ならば地元にあるもので展開出来ればもっとよかったと思ったりもしますが、そこまでのパワーコンテンツも無いし・・・ちょっと複雑な気持ち。




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