森のかけら | 大五木材


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お取引先のミセスホーム㈱さんの協力業者会・ミスター会の研修旅行があり、今回は神戸・姫路方面に。行程では前後しますが、まずは神戸の『神戸海洋博物館・カワサキワールド』を見学。工務店さんの業者会ということで、職種は違えどもモノ造りのプロフェッショナル集団ですので、船やバイクにも興味のある方が多数いらっしゃいます。まあ建築関係では無くとも、男の子ならば船や車は大好物のはずなのですが、生憎私はなぜだかそちら方面への関心が信じられないくらいに希薄・・・。

車の免許が取れる歳になって同級生が車やバイクの話で盛り上がっている輪にも入れず(興味が無さ過ぎて輪に入る気もないのですが)。ということで船の構造やらバイクのデザインにも興味はないものの、その歴史や素材にはいささか興味があります。神戸海洋博物館に入ると、まず目に飛び込んでくるのはイギリス軍艦ロドニー号!縮尺1/8スケールの巨大模型という事ですが大迫力。船の構造の知識はなくとも、木造船のそのボディラインの美しさぐらいは分かります。

以前にこれと同じようなシチュエーションで巨大な船に圧倒された覚えがあると思っていたら、広島の呉の大和ミュージアムで観た全長26mの縮尺1/10スケールの戦艦大和以来。船に限らず、巨大構造物に対峙するとわけもなく気分が高揚するのは万国共通。戦艦大和の甲板には、水や腐朽にもよく耐え、優れた耐候性を持つチークが使われていたのは有名な話ですが、ネルソン級戦艦であるロドニー号には、軽量化させるためにチークよりも軽いモミ(樅)が使われていたという記述もありました。

奥には、日本の木造船の模型も展示してありました。その中には江戸時代から明治期にかけて日本海の海運の主役として活躍した『北前船』がありました。学校の授業で北前船の名前は教わっていたものの、その後北前船で胸がときめくことがあろうとは夢にも思いませんでした。今でこそ『能登の至宝』とも呼ばれる『能登ヒバ』が隠密の手によって青森から運んだのも北前船(諸説あり)。過去にもその模型は何度か見たものの、ここで見たのが最大。続く・・・




昨日までテーブルの一枚板としてもミズナラについての話でしたが、粘りがあって逞しいミズナラはフローリングや家具以外でもいろいろな用途で活躍しています。以前は厚み30㎜前後の耳を断った平板としても仕入れていたので、造作材なども利用していましたが、品質の良いものは価格が高騰したのと安定供給の問題で、そのポジションは北米産の『ホワイトオーク』に取って替わられました。大きな一枚板が必要な場合は、やはり北海道や東北、岐阜の市場などから仕入れることになります。

小さなものでよければ、地元の久万の山からも少しは出てきますので、製材所に丸太で仕入れてもらい耳付きの板に挽いて使っています。曲がり木も多く、家具などに使うには難しいものの、小さくカットして使うには十分。小さくとも曲がり木であろうともミズナラに違いはなく、例えばこういう『木の球』に加工すれば、ヒノキとは比べものにならないズシリとした重みが感じられます。木同士がふれあった時の力強い音もミズナラならでは。前述した『カラコロ木琴』をはじめ音色も楽しめます。

昔は床材、家具材としてしか見ていなかったため気づいていなかったのですが、ミズナラの魅力は小さくしてもその特性が失われにくいことにあります。小さなモノにも虎斑(トラフ)が現れたりと表情豊かで、子供たちにも「木らしさ」がよく伝わります。ヒノキやスギの針葉樹の切り取った柾目部分だと、木とは感じない子供もいたりしますが、ミズナラだとさすがに子供にも「木感」は理解できるようです。またそのしっかりした重さからも掌で木を感じているのだと思います。

節や割れだけでなく、虫に喰われる事も多いミズナラですが、最近はその虫穴も含めて『木の醍醐味』と理解して、それらも自然体で受け入れたいただく寛容な人も増えてきています。むしろそういう部分を取り込んだものが欲しいというリクエストもあったりして、木に対して求められるものは随分広がってきたと実感しています。だからこそそれを供給するこちら側が、いつまでも古臭い昔のままの物差しで木をはかっていてはいけないのです。新しき価値は新しい木の中にあるのではなく頭の中、心の中にある




若い頃に北海道に連れて行ってもらって初めて北海道産のミズナラを見ましたが、その圧倒的なボリュームに感動しました。当時はまだ『道産楢』というブランドは相当に魅力的でしたが、その後高齢木のロシア産、中国産のナラに市場を凌駕されてしまいました。愛媛にもロシア産、中国産のナラの挽き板が入ってくるようになるに合わせて、弊社にもナラ指定の家具の注文が入ってくるようになり、沢山の家具などを作ってきました。まだまだ300㎜を越えるような幅広の材も容易にはいっていたため木取りしやすいという使いよさもありました。

その後、輸入ナラの供給が不安定な時期もありましたが、やはり家具の世界では看板選手として業界を引っ張っていきました。ロシアや中国からナラが入りにくくなると、北米産の『ホワイトオーク』がその代替材として使われるようになりました。ホワイトオークの方が重く硬いものの雰囲気がとても似ているので、その時期にナラからホワイトオークに移行された工務店さんも沢山いらっしゃいました。価格も問題もあり、弊社ではかつてミズナラが占めていたポジションはすっかりホワイトオークに譲ってしまいました。

それでもやっぱりナラが好きというナラファンも多いので、地元愛媛の山元にもお願いして、ミズナラの原木が出た場合に分けていただくようにしています。手に入ったとしても乾燥までにかなりの時間を要するために、材として使えるようになるまでには天然乾燥だと2,3年ぐらいは覚悟しています。こちらは8年ほど前に挽いた久万高原町産のミズナラ。直径500㎜程度の丸太を50~60㎜ぐらいの厚みに挽いてジワジワ乾かせてきました。割れやピンホールもあったので、このまま一枚板としてというよりも脚材などに小割して使います。

愛媛の森から出てきたミズナラ。そのまま一枚でテーブルになるような巨木は望むべくもありませんが、身の丈に合った用途に使っています。まあまあ大きいものでねじれの少ないものは、奥行きのあまり必要でないカウンターなどに、ねじれや反りがあるものは小さく割り返してテーブルや座卓の脚材に、さらにもっと小さなクラフト細工などに。こちらの『カラコロ木琴』は、愛媛産のミズナラで出来ています。中にビー玉を入れたり、マレットで内部を回すように叩くとカラコロと優しい音色が響き渡ります。硬いミズナラならではの音色。明日に続く・・・




人が動けば我も動かんという流れが、旅行ブームや温泉ブームなど現在にも続く産業の基盤を作ったといっても過言ではないと思います。情報過多で選択肢が増えすぎた現代では日本国民がこぞって熱狂するような過剰ブーム望んでもなかなか叶わないですが、それはかつて木材業界にも大きな恩恵をもたらしてくれたのです。何千万もする屋久杉の家具や、何百万もする彫刻欄間、数十万もする床柱などが飛ぶように売れた時代が、この愛媛にだってあったのです。弊社ですら50万を超える欄間が月に数台売れた時代がありました。

弊社の倉庫の中にも「その頃の名残り」がいくつかあります。例えばこちらの鉄刀木のヒョウタン。これは20数年前に徳島の唐木専門の材木屋から買い求めたもの。営業でこちらまで来ることもあれば、徳島に買い付けに出向くこともありました。今はもう廃業しましたが、仏壇や家具だけでなく、こういう小さなモノも沢山製作して展示してありました。海外で作らせたものや国内で作ったもの、本当の銘木から眉唾物の出所不明のいかがわしいものまであれこれ。少々高く仕入れてもそれより高い値段でバンバン売れて、楽しい時代でした。

こちらのタガヤサンの木製グラスもその当時の売れ残り。三大唐木の中でも特にこのウェンジが私のお気入りでしたが、ある時期からその興味が一気に失われていきました。それは若い頃に銘木の関係者と徳島に買付に行った際タガヤサンの木工品に惹かれていた私に対して、先方の唐木屋が(若いだろうけどあなたも材木屋だから知っているだろうが)と、後から揉め事にならないように予防線を張ったのかもしれませんが、「それはタガヤサンではなく、アフリカ産のウェンジを漂泊して柄を鮮明にしたニセモノだから」と教えてくれてから。

阪神タイガースが好きだからということもあるのか、いやもしかしたら縞柄が好だからタイガースが好きなのかもしれませんが、ともかく生来縞柄が好きだったのでタガヤサンに惹かれていたのですが、それは別にウェンジであってもよかったのです。気持ちが引いたのはそれがウェンジを漂泊したからという事ではなく、その業者が「ニセモノ」と言った事。我々が材木屋と知っていたからそう言っただけで、相手が素人なら堂々と「タガヤサン」として売っていたわけです。そのようにニセモノ扱いされる木としてウェンジに対する興味がトーンダウン。明日に続く・・・




先日、埃をかぶって樹種が分からないほど汚れた木が『ウェンジ』だっという事でしたが、そのウェンジについてはかつてこのブログで『黒い縞を持つブラックビューティー』としてご紹介しました。かつて『適材適所』でも取り上げたのですが(右)、ブログで5回に分けて書いたのは、その原稿に加筆して詳しく解説したものでした。褐色の縞柄が美しいアフリカ産の褐色の広葉樹・ウェンジの特徴については『今日のかけら』をご覧いただければと思いますが、本日はそれ以外の事でウェンジに関する話。その際にもこのウェンジが、世界三大唐木と呼ばれる『紫檀・黒檀・鉄刀木(シタン・コクタン・タガヤサン)の鉄刀木(タガヤサン)に材質や色調、雰囲気がよく似ていることから、その鉄刀木の代用品に使われているという事に触れました。

四国の徳島県は昔から唐木仏壇の製作が盛んで、江戸時代からの歴史を有する大阪の唐木仏壇の技術が伝わり、元来より家具作りが地場産業であった徳島で更に発展したものだそうです。そのため徳島には唐木が集まっていて、昔から徳島の木材業者が唐木を積んで松山にも営業に来ていました。そのお陰で若い頃から唐木を目にする機会が多く、いろいろな『銘木』と呼ばれる唐木も拝見させていただきました。中でも私が個人的に好きだったのは鉄刀木。「タガヤサン」という不思議な名前とその複雑濃厚な木目に虜になりました。

今から30年、いや40年ほど前には唐木工芸の収集ブームがあって、どこの家にも『紫檀・黒檀・鉄刀木』製の坪やら器やら何かしらのオブジェが鎮座ましましていたものです。今の若い人からすれば、何がいいのか分からないと思われるかもしれませんが、私の父親の世代の嗜好品の選択肢のひとつとして「木のモノ」は確固たる地位を築いていたのです。高度経済成長を猛烈に駆け抜けたきた世代のひとにとって、嗜好品のチョイスすらも「ひとに負けてなるモノか」的な意識が働いて、競って唐木製品を買い求めたのです。

そういう流れを個性が無いとか、横並び意識が強すぎるとか、自分の価値観が無い、なんて批判する人もいますが、自分の父親を見ていてそんな気持ちにはなれません。高度経済成長期に脇目もふらずに働き続けてやっとひと息ついてみたら、趣味も無く、遊びの仕方も分からず、同世代の間で話題になったモノ、嗜好品、遊びに飛びついたのかもしれませんが、それの何が悪い。個性よりも強調性を求められる時代に生き、他社と同調することでマンパワーを生み出し、奇跡の発展を遂げた父の世代にとって必然的な選択肢だったと思います。明日に続く・・・




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