森のかけら | 大五木材

昨年の6月に金沢に行った紀行ブログ、遅ればせながら少しずつ更新しています。

もし読んでやろうなんて奇特な方がいましたら、こちらからどうぞ

北信越大紀行① 2016年6月10日7月22日分まで

北信越大紀行② 2016年8月1日現在8月15日分まで

北信越大紀行② 2016年10月3日現在10月9日分まで

春までには完結(予定)・・・

 

上記以外の更新が遅れた過去ブログ 『2016年8月16日分




そうして現在の弊社の2枚看板である、ブラック・ウォールナットブラック・チェリーハードメープルホワイトオークホワイトアッシュなどの北米産広葉樹&中国・アフリカ・中南米等の平板(主に家具や造作材用)と、世界~日本のいろいろな形でいろいろなワケアリ(脛に傷のあるようないわくつきだったり、虫食いだったりする)の耳付き板がメインスペースに居座るという構図が完成しました。恐らくもうこの形は私が材木屋を続ける限り変わることがないだろうと思います。

 

 

長い時間かかりましたが、これがもっとも自分らしく、自分自身も楽しく、やり甲斐を感じ、自分でしかできない仕事だと気付いたからです。随分長くかかってしまいましたが、決して遠回りだったとは思っていません。入社当時とはかなり業態も変わり、スタッフの入れ替えもありましたが、今はもっとも大五木材が精神的に安定している状態だと思っています。ここに経済的安定まで備われば言うことないのですが・・・そうなると仕事の意欲が薄まってしまうのでなどと言い訳。

 

 

まあそういう訳で現在の倉庫のレイアウトが完成しました。そのスペースとは別の場所に、新たに塗装スペースを作る(広げる)計画なのですが、まずはそこに置いてある木材をどこかに移動させることが先決、いや誰かに売ることが・・・。それはそうと、平板や耳付き板を立てかけているコーナーは、常に材が動いていることもあって、通路にまで材がはみ出していてまさに足の踏み場も無い状態。ああちの木をこっちへ、こっちの木をあっちへと移動させては木取り作業を。

 

 

日頃からそんな状態ではあるのですが、年の瀬が近づくと少しは整理しておこうという気持ちも働くもので、年に1,2度くらいは『モーゼの奇蹟・海割れ』ならぬ『木の海割れ(?)』が起こり、もともとあった通路がすべて露出することがあります。まさにこれがその奇蹟が起きたところ。ああ、通路ってこんなに広かったんだ~と改めて感心する瞬間なのですが、翌日には木取りの紙を片手に、あれじゃないこれじゃないと、また木の海は閉じられていくのでありました・・・。




マッチの話の続きですが、以前に岩手にあった「日本最後のマッチ製軸工場」の話をアップしたことがあります。そこではマッチそのものではなくて、マッチの軸木を生産していましたが、今回の兼松日産農林のマッチ製造からの撤退は、マッチという商品そのもののを止めるということで、原材料の高い安いとか納期等の問題ではなくて、マーケット(需要)そのものが縮小し、ビジネスとしては成立しなくなるという話だけに深刻です。ちなみに兼松日産農林のマッチ事業売上は2億足らず。

 

それでも経常損益は赤字だったということで、需要が減少する中で設備の維持管理費が増加し利益を圧迫している構造だと思われます。国内に自動マッチ製造機を持つのは4社しかなく、同社を含め県内に工場を持つ3社で国内マッチの実に9割を生産しているそうですが、それらが兵庫県に集中しているというのは驚きでしたが、火薬を扱うマッチ製造において温暖な気候が求められたから。現在、業界統計によると、年間のマッチの出荷量は45本入りの小箱換算で約1億個だそうです。

 

兼松日産農林の淡路工場は70年代には、年間1億7千万個ものマッチを生産していたようで、今でも4割のシェアがある中での撤退ということですが、寡占化しても生き残れないというのは木材業界にもある話。特定樹種の競合相手が減ると、市場を寡占化できると思いきや、供給が絞られすぎて急ぎの需要や大量注文に対応できなくなり、その樹種がマーケットで避けられるようになり、代替樹種に取って代わられるという話は決して珍しいものではありません。

 

個別事情はいろいろありますが、例えば『ホワイトセラヤ』を含めたラワン系がそうでしたし、愛媛でいえばかつて『モアビ』や『アガチス』などがそのような道を辿ってきました。現在では『ウエスタンヘムロック(米栂)』がそういう状況に置かれていて、もしかして数年後には過去形で語られることになっているかも・・・。これは必ずこの素材でなければならないという絶対条件がない分野で勢力を広げた汎用性の高い樹種にとって、これからは厳しい時代になってくるかもしれません。




20160520 1主人公ヒュー・グラス並みの執拗さでもう1日だけ映画『レヴェナント:蘇えりし者』の話。この映画のテーマは、愛する息子を殺された男の復讐譚であって、映画の宣伝コピーにも「愛は死んだ。憎しみだけが生きている。」とあります。鑑賞後、決して晴れ晴れしい気持ちになる映画ではありません。徹底的に自然光にこだわった撮影監督エマニュエル・ルベツキの映像の美しさも、完全にタイタニックの呪縛を解き放った鬼気迫るディカプリオの演技も胸に迫る大傑作であることは間違いなし。

 

20160521 2にも関わらず何かひっかかる事がいくつかあったのは、先住民(ネイティブ・アメリカン)の描写。史実ではヒュー・グラスには先住民の妻やその間に生まれた息子はいなかったそうです(グラスはアメリカではかなり有名でいくつもの本が出版されています)。映画ではその妻はかつて白人たちに村を焼き討ちされ殺され、生き残ったのが混血の息子という設定になっています。にも関わらず、グラスたちを襲撃する先住民はまるで白人を襲って「獲物」を奪い取る略奪人のような描かれ方。

 

20160520 3根深い樹種問題を抱えるアメリカでは私などのうかがい知れぬ複雑は歴史的背景や複雑な事情があるものと思われますが、先住民たちは「言葉も通じぬ未開の野蛮人」のごとく銃の標的となって倒れていきます。先住民の襲撃を受けたという形ですが、本来はグラスたちこそが先住民のテリトリーを荒らす侵入者で無法者。自分たちのルールを強引に持ち込んでアメリカ大陸の中で領土拡大を図った時代。先住民の妻の遺した言葉は、白人たちの暴力的支配に対抗する心の教えでもあります。

 

20160520 4グリズリーとのとてもCGとは思えない迫力の死闘(一方的ですが)や、生魚を捕らえてそのまま食ったり、死んだ馬の腹を裂いてその中で寒さを凌いだりとディカプリオの迫真の演技には目を奪われながらもそんな事が気になっていました。元々ここは誰の土地で誰のものだったのか?映画に深みを与える壮大なあの森だって、極寒の川だって。開拓時代にはもっと壮絶な略奪や殺人が繰り返され森や川に持ち主の名が刻まれたのだと思うと、簡単に面白いとは言えない映画なのでした。★★★★1/2




スモモにどういう種類があるのかなどまったく知らなかったのですが、今回分けていただいたのは『サンタ・ローザ』と『大石早生(おおいしわせ)』という種類で、日本では最も多く植えられているポピュラーな種だそうです。もしかして愛媛も隠れたスモモの産地なのではと思い、全国の収穫高ランキングなどを調べてみたのですが、全然でした・・・。ちなみにスモモの収穫高日本一は山梨県で、全国34%。2位の和歌山、3位の長野の3県で全国の実に3割以上を占めていました 20160314 1

20160314 2 最初に電話で、種類は「サンタ・ローザ」と聞いた時に、まったくスモモの知識がなかったため、てっきり「三太郎座」という和名だとばかり思いこんでいたら、「サンタ・ローザ」なんてお洒落な名前だったんでビックリ。普通ならそれで終わる話なんですが、どうもこの名前の事が気になって農家の方々にも聞いてみたのですがよく分からず。それで自分で調べてみることにしたのですが、今使っている名前の由来にあまり関心が無いというのは材木屋も農家も似たり寄ったり。

それで「サンタ・ローザ」の語源について調べると、思わぬ話に辿り着いてビックリ!そもそもスモモは、モモ(桃)に比べて酸味が強いことから「酸い桃」でスモモになったのが語源で、漢字では「」と表わします。英語では「プラム(plum)」、そういえばうちの近所でも「スモモ狩り」ではなく「プラム狩り」と書かれています。スモモとプラムの違いはないよ、日本語か英語の違いだ、とも言われましたが、きっとそこには「スギとシーダー」のような違いがあるに違いない。 20160314 3

20160314 4 ものの本のよれば、「スモモ=李、西洋スモモ=プラム」と書いてあったりするものもありますが、まあスモモの英訳がプラムで間違いはないようかと。日本では生食が主ですが、海外ではジャムやマーマレードなどに加工して食べることが多いようです。なのでアメリカでも昔から、スモモは食されてきたのですが、もともとは中国で栽培されていたものが日本に伝わったものだそうですが、話がぶれるのでここでは先に「サンタ・ローザ」の面白い名前の由来についてご紹介します。




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