森のかけら | 大五木材


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少し前に、四国電力さんの広報誌『ライト&ライフ』の取材を受けた旨の話をアップしましたが、2018年の11月号(No.672)が発行されて、弊社にも送っていただきました。11月号の特集は、『ユニークなアイデアから始まる 木の魅力再発見!』ということで、愛媛と香川の2社が取り上げられました。そのテーマで愛媛から弊社を選ばれるあたりに、担当者の方のストライクゾーンの広さを感じます。一方で香川からは香川の県産材を使った家づくりをされている菅組(すがぐみ)さんという王道路線を行く企業を選ばれていますが、きっと愛媛で思いのほか邪道路線に振れ過ぎてしまった振り子を元に戻してバランスを取ろうとされたのだろうと妙に納得のいく組み合わせだと思います。何といっても王道路線あってこその邪道路線、誰もが邪道に走ってはいけません。みんなが行くとそこが王道になってしまいますので、けものの細道でこその存在感ですから

取材していただいたライターの波多野恵理さんが話させ上手で、本題から脱線するのも寛容に受け止めていただき、あれこれ無軌道に話したエピソードを簡潔にまとめていただきました。一般の方に木の話をする時に、いかに難解な専門用語を使わずに話すという事が肝心でいつも意識しているものの、生来のいらたちな性分ゆえに、ついつい急いで結論に導きたくなって、専門用語が飛び出してしまうのは悪い癖。他人が書いた文章を読むとああそう言えばいいのかと勉強になります。

毎日木に囲まれて仕事をしているとその環境が当たり前になってしまい、普段は考える事もないのですが、初めて倉庫に足を踏み入れられた木の大好きな一般の方が、「うわ~!こんなに沢山の木に囲まれた中で仕事が出来て幸せですね~!」と感嘆の声をあげられることがあります。その言葉を聞いて、ハッとさせられます。材木屋なんだから木に囲まれて仕事をするのが当然なのですが、木の好きな方、木工の好きな方にしてみたら、とんでもなくうらやましい環境なんだろうなあと思います

木の仕事でご飯が食べられるってもの凄く贅沢なことなんだなあと。自分の技量不足ゆえいつもお金の事では家内にも苦労をかけていますが、好きな事をして暮らしていけるというのは本当にありがたく恵まれていると思います。だからこそ猶更一層木の仕事を好きになりたいと思うのです。一人でも多くの木材ファンを作る事こそが、この仕事を天職として与えてくれた木の神様へのせめてものご恩返し。そんな私の進む道は、一歩踏み間違えたら崖下へ落ちてしまうような細い細い道なきけもの道。そんな人間にもこうしてスポットライトが当たる時代になってのだから世の中面白い!




四国電力さんの広報誌『ライト&ライフ』から転じて、宮崎の『霧島アカマツ』の話の続きです。若い頃、木材の地域名に対して深く考えたりしていなかったので、言われるがままに記号としてインプットしていたので、その名前の背景や由来に関心もありませんでした。なので宮崎から入ってくるマツは『霧島アカマツ』というのだと漠然と考えていました。後年になってその宮崎の銘木屋さんの所に行くことになって、初めてその名前の由来とかを聞いて、初めてそういう事だったのかと気がつきました。

銘木屋さんが扱っていたため必然と目の込んだ高齢木で木目の面白いモノが多かったため、霧島アカマツって質のいいものがあるなあと思っていたら、その銘木屋さんによると、もともとは霧島連山周辺の山から産出されるアカマツの中でも特に良質で樹齢が200年ぐらい経たようなモノを『霧島アカマツ』と称して銘木扱いしていたものだったそうです。そこまでの品質ではないモノは、日向松として分類されていたらしいのですが、商圏が広がるにつれその区別が曖昧になっていったという事のようでした。

まあ木の世界ではよくある話で、もともと口伝で語り継がれる世界なので、遠くに行けば行くほど話に尾ひれ背ひれがついたり、話が盛られたり、混乱するもの。その話自体もどこまでがどうなのかはっきりとは分かりませんが、そういった分類のようです。そう聞いてから在庫の『霧島アカマツ』を見直して見れば、確かに銘木と思わせる雅趣に溢れた杢のモノも多いのですが、中にはとても銘木とは呼べないような目の粗いモノも混ざっていたり。そういえば、銘木屋さんも「霧島の松」と言ってたような(笑)

さて、今NHKの大河ドラマ『西郷どん』は佳境を迎えておりますが、その薩摩藩士たちが宝暦治水工事の際に地元から苗を持ってきて、油島締切提(岐阜県)に植えたのが『千本松原の日向松』。徳川家重の時代、力を持っていた島津藩の勢力を削ぐために、大洪水で被害の出た堤防工事を島津藩に普請させます。当時40万両とも言われた巨額の資金をさせられた薩摩藩の藩政は逼迫し、堤に植える松の苗を購入する資金にも事欠き、仕方なく地元から持ってこようと片道25日をかけて薩摩に戻ることとなったのです。

長い船旅を終えてようやく日向まで戻ってきた一向は、島津藩とは親戚筋に当たる佐土原藩の国家老の屋敷に泊めてもらうことになります。事情を知った佐土原藩家老は事情を知ると家来たちに命じて日向に自生していた苗を採取させて船で届けたのです。届いた日向松の苗を薩摩藩士たちは泣きながら植林しました。その後、日向松は立派に成長し、『千本松原』として美しい景観を作り出しているのです。その一方で治水史上最大ともいわれた宝暦の治水工事は困難を極め、巨額の資金を費やし、多くの犠牲を出したことから、指揮を執った薩摩藩家老・平田靱負は自刃するのです。

平田靱負(ひらたゆきえ)は、次のような辞世の句を残しています。「住みなれし里も今更名残にて立ちぞわづらふ美濃の大牧」。その無念いかばかりであったか・・・。男気溢れる薩摩藩士たちの奮闘と生き様を描いた『薩摩義士伝』(平田広史著)は涙なしには読めません。近年多発する自然災害によりインフラが大きな被害を受けていますが、その陰で全力を尽くして復旧に励んでいただいているのが四国電力さん。『ライト&ライフ』の取材から大きく迂回しましたが、ここにきて奇跡的に話が繋がりました。これぞ『力技と引き寄せのかけらの法則』!(笑)




四国電力さんが毎月発行されている広報誌『ライト&ライフ』に弊社が取り上げていただくことになり、取材していただきました。『ライト&ライフ』とは、「弊社の事業について皆さまにご理解を深めていただくとともに、四国の歴史や文化、伝統産業、さらに地域の新しい取り組みなどをテーマにご紹介するもので、毎月発行しております。」という趣旨で四国の様々なヒトやモノを幅広くフィーチャーされています。という事で、そのふり幅の広さから11月号は『木の魅力、再発見』というテーマで弊社に声をかけていただいたのですが、材木屋としては王道を踏み外しているうちのような会社が果たしてふさわしいのか?!

いやいや、王道を踏み外しけもの道を這うような会社だからこそむしろ目立ったともいえるわけで、世の中万事塞翁が馬。広報誌といっても天下の四国電力さんですからその発行部数も半端ではありません。是非この機会に王道ではない邪道スタイルの材木屋も息をしている事を伝えねば~!といつも以上に張り切って取材に臨みました。取材していただいたのはフリーライターの波多野恵理さん。この波多野さんが本当に聞き上手で、最初はしおらしく閉じていた私の『天国の門』がいつの間にか開門されていたのです!

自分は田舎の出身で今でも訛りが抜けませんが(今ではそれを武器ともしてます)、その分他人のイントネーションにも敏感で、そういう方にはどこの出身なのか訊きたくなります。若い頃からいろいろな木を訪ねて全国各地を巡ったお陰で、いろいろな地域のつながりが生まれて、その地域に関わりのある木や建物の話で接点を作る事が出来るようになったのもけもの道に生きる材木屋ならではの特技!波多野さんは宮崎県のご出身という事でしたが、宮崎には縁があるので馴染みのある宮崎弁がとても耳に心地いい。

波多野さんは宮崎県東臼杵郡のご出身という事でしたが、臼杵といえばお隣は日向(ひゅうが。日向には『日向松』が有名です。恐らく全国的にはこの日向松の名前の方が知名度があると思うのですが、愛媛というか私の周辺では『霧島アカマツ』あるいは『霧島松』の名前で呼ばれていました。宮崎から銘木屋さんが愛媛に持ち込んできた流れから、霧島アカマツの名前が定着したのだと思います。霧島アカマツについては以前にも書きましたが、この機会に改めてもう一度ご紹介させていただきます。明日に続く・・・




相変わらずの告知忘れですが、まだ8月中に何回か再放送があるということで今更ですが告知というかテレビでの同級生トーク。愛媛県西予市のケーブルテレビでの話ですが、『そら豆のきもち』という番組で、その番組のパーソナリティを務めているのが、同郷で中学・高校と同級生だった清家ユカリさん。清家ユカリさんは学生時代からギターを弾き語る才媛でした。音痴でまったく楽器など演奏できない私にとっては羨ましい限りでしたが、まさか学校を卒業して数十年後にこういう形でつながる事になろうとは。

ユカリさんとは以前にも、愛媛県伊予市双海町の喫茶『Ledru  Rollin378(ルドリュロラン)』さんにて、『森のかけら 音のかけら』と題したコラボ・イベントを開催させていただきましたし、今回撮影場所となった宇和町のギャラリー喫茶・池田屋さんでも2013年にデザイナーの上田球乃さんと一緒に展示会を開催させていただきました。ユカリさんは、『FMがいや』でも『yukariのon time cafe』という番組のパーソナリティを務めていて、歌った喋れるスーパー主婦!何かに打ち込んでいる人はいつまでも若い!

30分番組という事だったので、ガッツリ商品PRしようと思っていたら、番組の趣旨は「ひととなり」なので、商売っ気の強いPRはダメと釘を刺されました。しかも専門的な木の話も趣旨にそぐわないという事で、自社商品もダメ、木や森の話もダメとなると、戦う前から必殺の武器を封じられてしまいました。今までいろいろなメディアの取材を受けてきましたが、それらはすべて『ちょっと変わった無謀な材木屋』という部分にスポットライトを当ててもらった企画だったので戦い方も心得たものでしたが今回は勝手が違う!

しかしそこは相手が同級生という事で、リラックスしてお話させていただきました。どういう話からでも最終的に木か山の話に導いていくという『材木屋の悲しい性(さが)の話術がどっぷりと身についていて、もう少し話していたら木に繋がりそうでしてが、ユカリちゃんにうまく誘導され、信じられないくらいの脱ビジネストークになってしまい、果たしてそれが面白いのかどうかは甚だ疑問ですが・・・。リクエスト曲に選んだのは谷村新司の『青年の樹』とサイモン & ガーファンクルの『スカボロー・フェア』。

トークと音楽番組という事でしたので、自分の趣味と結びついた曲がいいかなと思い選んだ2曲。『スカボロー・フェア』は初めて買った洋楽のレコード。映画『卒業』でこの曲を知って本格的に映画が好きになりました。『青年の樹』は社会人になって右も左も分からない若い頃に何度も何度も聴いてサビの言葉を心に刻んで魂を震わせていました。「今をのがせば夢などに若さをかける時は二度とない若かったあの頃よりも今の方がこの言葉が心に沁みてきます。今でも「今をのがせば夢などにすべてをかける時は二度とない」心境。お陰で久しぶりに懐かしい日々の事を思い出しました。夢は未だ醒めず。

 

 

 

 




例え話の説明が抽象的になり過ぎているかもしれませんが・・・仕事(例え話でいうところの高速道路を猛スピードで走っている状況)は辛いものだが、それに耐えることに意味があるという禁欲的な意識に縛られて、両肩にバキバキに力が入っていてアクセルペダルを踏み込んで走っていた私にとって、同乗者たちと笑顔で話しながら楽しそうに、何の気負いもなく軽快に大型車の間をすり抜けて、高速道路から降りていく車を見て衝撃でした。最初は、何をヘラヘラ運転しやがってという敵対心でしたが、そのうち不思議に思えてきました。

そんなに楽しそうに笑いながら高速道路を降りていくその先には田んぼしか広がっていないのに何を目指しているのだろうか?それまで隣の大型トラックに巻き込まれないように必死で前方だけ凝視していたので見えませんでしたが、少しスピードを緩めると、今まで見えていなかっただけでそういう車は結構走っていたのです。それでよくよく観察してみれば、それらの車はうちの車のように積載量一杯でフラフラすることもなく、わずかな荷物を積みながら派手なボディペイントをして音楽を流しながら軽快に走っているのです

同じような車と何台もすれ違ううちにこういう仕事の仕方もあるのだなあと初めて気が付きました。それまで大型車と争って走ること、いちはやく荷物を目的地にまで届ける事しか考えていませんでした。それは、もうこのままのスピードで無理していたら小さなオンボロ車のエンジンが焼き切れてしまう少し前の事。しかし同業者はわき目もふらずにひたすらスピードとボリュームを競っていて、そんなわき道には目もやらず。やはり材木屋の進むべき道はこちらかと戸惑う私の横を並走していた車が一台近づいてきて、


運転席の窓ガラスが開いて、「こっちの道も面白いですよ♪」と話しかけてくるではありませんか。最初は気味悪がって抜き去っても、また近づいてきて微笑みながらあぜ道の魅力を説いてくるのです。あまりにも熱心なので、多少の疑念はあったもののその車について高速道路を降りてみることに。するとそこには今まで猛スピードで走っていて見えていなかった素晴らしい世界が広がっていた・・・というのが、「高速道路を降りて田んぼのあぜ道を行く」という話の例えですが、むしろ世界観が深まってしまい意味不明になったかも・・・




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