森のかけら | 大五木材

材木屋という職業柄、『』とか『』というキーワードに非常に敏感になっていて、まったく木材とは関係のない言葉の中にでもその文字が入っていると無意識に反応してしまうのは材木屋の性です。例えば苗字でも「木村」とか「大森」とか妙に意識してしまいますし、名前にも木に関する言葉が使われていたりすると過剰反応!『桜子』だの『胡桃』、『梓』、『桂子』なんて、もうその木を使うことが運命づけられているとしか思えないので、そういう方と木の仕事で繋がると必ずその木をどこかに使うご提案をするのが礼儀。

ところで、先日映画『キングコング 髑髏島の巨神』を観た際にも、劇場での予告編に『木』が登場して目が釘付けになりました。それは、宇宙のはみ出し者たちの活躍を描いたアクション映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(残念ながら未見)の続編「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」に登場する、『歩く植物ベビー・グル―ト』。前作を観ていないのでその背景がよく分からないのですが、どうやら前作では巨木だったグルートが今回は可愛いキャラとして登場するということらしいのですが、

予告編ではそのベビー・グルートに(話せるのは「ボクはグルート」という設定)、銀河の運命が託されたにも関わらず、周りから「危ないから押すなよ、絶対押すなよ!」と言われながらも笑顔で起爆装置のボタンを押しそうになってどこかへ走り去るという、ダチョウ倶楽部的なノリでしたが、ポスターのキャッチコピーには、『最終兵(器)』の文字が!言葉遊びとしては面白いものの、材木屋としては『木』が『兵器』になってしまうというのは、ある意味で深いのですが、コピーそのものには深い意味はないと思います(笑)。

リサイクル可能な資源」としてはさまざまな用途で汎用的に利用されている木材ですが、時にそらは命をつなぐ希望ともなります。かのイースター島では先住民族であるポリネシア人による無計画な森林の乱伐(偶像モアイを製造・運搬するために大量の丸太が必要)によって深刻な環境破壊が起こり(土壌が流失して食物の栽培ができなくなる)、食料を争う争いによって滅んだとされています(現在ではこのエコサイド説に対して、ヨーロッパから到来した船によって島に疫病がもたらされたという説を唱える学者も現れていますが)。

そういう意味では、森林とそこから産される木材は『最終兵器』と言っても過言ではないかもしれません。日頃は、倉庫に中でなかなか売れない(売らない?)木材たちの前に仁王立ちになって、これを何に加工すれば売れるのだろうかと頭をひねっているものの、もし本当に森が消えてしまえば、イースター島のように釣り竿1本作れなくなってしまう(代替材があるという野暮な事は言いっこなしで)と思うと「何にしようか」ではなく「何にでもなる」という思考でいないとイメージも広がらないし、それこそ最終兵器にすらなりえない。




今日も『キングコング 髑髏島の巨神』の話。映画を観終ってからいろいろな雑誌やネットで制作裏話や評価を読みました。そもそもネガティブで怪獣愛の無い人の意見などハナッから読む気もないので、おのずと好意的な意見しか目にしないので、非常に幸せな気分。多くの分析の中で、これがもうひとつの『地獄の黙示録』であることが指摘されていましたが、主人公の元英国陸軍特殊空挺部隊員の名前がコンラッドであったり、先の戦争から島の住んでいる戦闘機のパイロットの作ったボートで川を下るくだりや全米のポスターなどまさにそれ。

並んで飛ぶ攻撃ヘリの場面や、ヘリから拡声器で音楽を流す場面など、臆面もなく『黙示録』をパクッていますが、監督へのインタビューでも監督自らが、「ビジュアル的には『黙示録』を狙った」と述べていることろからも、確信犯的に黙示録のビジュアルを踏襲したようです。堂々と主人公に同じ名前を付ける潔さも屈託がなくて、現地の不気味な住民が現れるお約束の場面などにも、いつものコング映画とは違う深みを感じさせたものの、奥から現れるのはカーツ大佐ではなく狂言回し的な元パイロットと緩急が効いてる!

怪獣映画に対峙する正しい姿勢としては、馬鹿な疑問を持ったり、下手な突っ込みをしない、ありのままを受け入れるということなので、ここで細かな事を指摘するつもりは毛頭ありません。十分に楽しく見応え十分でした。更にこの後で、『キングコングVSゴジラ』のレールも敷かれているようですが、『パシフィック・リム』の ギレルモ・デル・トロ監督やこのジョーダン・ボート=ロバーツ監督のように、子供の頃に日本のアニメや漫画の洗礼を受けた怪獣おたくに監督をお願いしたいところです。

ところで口から炎やレーザーを放つわけではないコングにとって、武器となるのは己の拳や脚といった屈強な肉体と、決闘の場面では必ずそばにある岩や木。今回もそれらが大切な武器となるわけですが、丸太を持ったコングが、プロセッサ・ハーベスターのように瞬時に枝を払って棒にして敵と戦うシーンがあります。今回は、ゴジラと戦う布石としてコングが必要以上に巨大化していますが、通直な丸太だったので針葉樹だろうけれども、そんな芸当したらさすがに掌痛めるだろうと材木屋としては心配になってたのでした。★★★★1/2




4月4日は地元のローカルルールで、会社はお節句休みでした。もう40年も続いている慣習なのですが、毎年県外の取引先からは「会社の電話が通じないが何かあったのか?!」と同じ質問をいただいております。つぶれたりしたわけではないのでご安心ください。ところで、年に数回あるかないかの平日の休みで、子供たちもちょうど春休みで、女子チームは遠方にお出かけしましたので、久しぶりに息子とふたりで映画を観に行くことに。珍しく二人の意見が一発で一致して決まったのが『キングコング 髑髏島の巨神』!

そういえばここしばらく仕事が忙しいこともあって映画館からすっかり足が遠ざかっていました。嗚呼、映画館の中のポップコーンとジュースの混ざり合った甘ったるい匂いが郷愁を誘う~。朝一で並んでいい席を確保しようと意気込んで中に入ってみれば人もまばら。うちは節句休みでも世間は普通の火曜日の朝。いきおい休んでここに座っている自分が不安にあっているものの、今どきどれぐらいの会社が節句休みしているのかよく分かりませんが、周辺の大工さんは休んでいるので、いいんだぞと自分を納得させます。

そんなもやっとした不安は、コングの咆哮によってすぐに吹き飛ばされました。なるべく事前情報を入れないようにしておいたものの、映画の予告編で既に全身を見せるという怪獣映画のタブー破りはかなりの自信の現れだと理解し、相当に期待して臨みました。結論から先に言いますと、親子で大満足!コングが暴れるシーンはほぼ昼間で、昔の怪獣映画にありがちな「暗闇の中で想像力をフル回転させながら妄想の怪獣を楽しむ」という、予算不足を想像力で補うという観客の思いやりは一切不要でした。

CG技術のレベルの向上のお陰で、明るいところで全身を思いっきり見せながら戦うというのが昨今の怪獣映画の流れのようで、むしろここまで作りこんでるぞ~!とこれみよがしに見せつけられるので、昭和の怪獣世代としては何か気恥ずかしさすら感じてしまうような不思議な感覚。まあそれでも、こういう様々な種類が登場する怪獣映画ではありがちな、なぜあいつと戦わないんだ~というマッチメイクの緩さによる消化不良もなく、まんべなく「敵」とたっぷり戦ってくれて怪獣ファンの溜飲を下げてくれたのです。




弊社は製材所ではないので、製材用の台車はありませんが、小割用のバンドソーが1台あります。先週はそのバンドソーが大活躍で、数日間は板の割り返しばかりやっていました。中でも『サーモアッシュ』と『マニルカラ(アマゾンジャラ』という、弊社の手持ちの材の中では1,2を争う強者(つわもの)を相手にしていましたので、スタッフにも皆全身オガまみれで、加工場はまさに『赤と黒のエクスタシー』状態!ちなみにサーモアッシュが黒でマニルカラが赤。

古くて分からないと言われそうなので一応解説しておきますと、川中島で幾度も刃を交えて名勝負を繰り返した越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄の川中島の戦いを描いた映画天と地と』で使われたキャッチコピーです。赤備えの武田軍を赤、黒い甲冑の上杉軍を黒で統一して、赤と黒が戦うという、天からの俯瞰で捉えた名コピーだと思っています。かの角川春樹氏が監督を務めています。映画の内容そのものよりも、謙信役であった渡辺謙が撮影中に急性骨髄性白血病に倒れ降板した事の方が話題になりました。

映画の公開が1990年ですから、もう27年も前のこと・・・話を元に戻します。『サーモアッシュ』については以前にもご説明しましたが、北米産の『ホワイトアッシュ』をサーモ処理したものです(水蒸気式高熱処理)。サーモ処理によって硬度が増し、耐朽性や防虫性は飛躍的に向上します。ただし物事には一長一短がつきもので、サーモ処理によって木の糖分が変化して酸性になっているので、鉄の釘を使うと錆びてしまうためステンレスの釘を使う必要があります

また、実際に扱ってみると木の持つしなやかさというか弾力性や粘りについては少し失われているように感じます。私としては防腐薬剤処理などをしなくても外部で使えるものとして考えているので、そこは用途次第だと思っています。ただしいくらサーモ処理しているとはいえ、もとは自然の木材なのですから外部に使っても半永久的にもつ、とかいうものではありません。紫外線の影響を受けて経年変化でロマンスグレーにはなるし、収縮や割れなどとも決して無縁ではありません

重要視しているのは、薬剤処理などを施さずとも、木の風合いを残したまま風雪や酷暑の中でいかに長持ちさせられるかということ。サーモ処理していない材に比べると、はるかに強くなっていて私的には、設計士さんや工務店さんのご理解が得られればこちらをお薦めしたいところ。それで外部仕様の壁材なども作っているのですが、それがなかなか大変でして、硬度が増しているため厚みを割るのも容易ではなく、切り粉が非常に細かくて肌に付着すると痛い!粉塵は砂のようにサラサラで周辺は大変なことに・・・




鰊(ニシン)の話ついでにどうしてもこれだけ書いておきたいのが、鰊漁全盛時代の北海道のある鰊場を舞台にした、あらくれ男たちの魂がぶつかりあう名作ジャコ萬と鉄』について。ここまで鰊の話に足を踏み込んでおいてここを避けて通るわけにはいきません。といってもかなり古い映画なので観たことがない方が多いかと思います。簡単に紹介しますと、原作は1947年(昭和22年)に大衆雑誌懇話会賞を受賞した、梶野悳三(かじの とくぞう)小説『鰊漁場』。

その数年後に、谷口千吉と黒澤明の共同脚本、谷口千吉監督、三船敏郎、月形龍之介主演で映画化されました。1949年のことで、私はこちらの作品は未見です。その後、原作も『ジャコ萬と鉄』に改題されたので、三船・月形2大スターの競演ということで、当時はかなり話題にもなったのだと思います。『酔いどれ天使』や『静かなる決闘』、『野良犬』などの傑作を連発していた時期だけに、黒澤明がメガホンを取っていたらかなり面白いものになっていたのではなんて妄想も。

それから15年後の1964年、今度は『仁義なき戦い』の深作欣二監督、高倉健・丹波哲郎主演で再映画化されました。私が言っているのはこちらの作品。このブログを書くにあたって、昔のおぼろげな記憶だけでは不安だったので、DVDを買って観直しましたが、昔のイメージがあまりに違っていて茫然!鰊漁の事を調べていたこともあって、古い時代の映画ながらドラマの背景がよく分かり、ただ漫然と「昔の映画」という視点で観るのとは随分違ったように思います。映画の時代設定は、鰊の豊漁に沸いていた昭和21年(1946年)の北海道はカムイ岬の鰊漁場。山形勲扮する網元の九兵衛のもとへ、各地から出稼漁夫(ヤンシュ)が集まってくるが、そのなかに古い因縁を持つ隻眼のマタギ、ジャコ萬(丹波哲郎)がいた。そこへ沈没船に乗り合わせて死んだと思われていた九兵衛の息子、鉄(高倉健)が帰って来る。ふたりの男の間には一触即発の空気が・・・。

という内容ですが、もう登場する海の荒くれ男たち誰もが皆素晴らしくて、演技合戦が繰り広げられます。山形勲と高倉健の親子の確執は身に染みるものがあるし、「不器用」になる前の若々しく、躍動的でユーモラスな一面を見せる健さん、隻眼で毛皮を身にまとうマンがチックなキャラをケレンミたっぷりに演じる丹波哲郎、人の好さが顔から滲み出る健さんの兄貴役(大坂志郎)とその妻(南田洋子)。鬼籍に入った名優たちの若き躍動する姿に思わず涙が溢れそうになりました。昔の役者さん、なんでこんなに味があるんだろう・・・。

鰊漁のその後の運命や、ただの強欲爺に思えた網元の経営者としての哀歓、親子の絆、故郷に手ぶらで帰るわけにはいかないヤンシュ達の悲哀、女に惚れ抜かれる男の甲斐性、それを受け入れられないカムイの血、モノクロームの雪の美しさ、男たちの歌うソーラン節のなんという耳心地のよさ、荒れる北の海の恐怖などなどなんとエネルギッシュで魅力に満ち満ち溢れた映画であったことか。若き深作欣二の才気煥発!紛れもない傑作でした!聞く耳を持たない頑固親父・九兵衛を観ていて、親父のことを思い出しにけり。★★★★★




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