森のかけら | 大五木材


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『ツバキ(椿)』は、ツバキ科ツバキ属の広葉樹で、チャノキサカキなどもこの科に属している大所帯のグループです。ツバキという呼び名については、葉が厚いため「厚葉木(あつばき)」が略されてツバキになったという貝原益軒説や、照葉樹なので葉に光沢があってツヤツヤしているから「艶葉木(つやはき)」が訛ってツバキになったという新井白石説が有名ですが、他にも「艶木(つやき)」が転じたとか、「強葉木(つよばき)」からきているなど諸説あります。いずれもツバキの葉の特徴に由来しているという点では一致していて、美しい花よりも葉の方が名前の根拠というの面白い。

またその他にも朝鮮語でツバキにあたる「Ton-baki(冬柏)』が転じてツバキになったのではないかという説もあるようです。一方で、日本産のツバキが隋・唐の時代に中国に渡り、文字だけが逆に日本に伝わったため、『日本書紀』ではツバキの事を『海石榴』と表わしているのに対して、『万葉集』になると海石榴以外にも椿都婆伎、都婆伎などの字が当てられている事から、朝鮮語に由来している説には懐疑的な人もいらっしゃるそうです。何事も遠い昔に決まった名前の由来を訪ねる旅の道のりは平たんではありません。だからこそ面白いのですが。

木編に春と書く椿の根拠は、察しの通り春に花が咲くという意味。これは国字であって、漢字の椿は中国では別の木の事を指しています。センダン科の鮮やかな赤褐色の木『チャンチン』の事になります。ツバキは漢字だと山茶花海石榴と書きます。石榴と書くのは、ツバキの実が柘榴(ザクロ)に似ているため。余談ながらツバキと同族の『サザンカ』は漢字だと『山茶花』書きますが、これは誤ってツバキを表す山茶花をサザンカにあててしまったため、音読みのサンサクワ→サザンクワ→サザンカになったのだとか。

そんなツバキの英名は、Camellia(カメリア)。まだ木に無かった頃の少年時代の私が、早くして「ツバキ=カメリア」を覚えたのはひとえにあのテレビCMのお陰。1980年代の深夜には必ずと言っていいほど流れていた宝飾貴金属店・㈱三貴の銀座ジュエリーマキの「カメリアダイアモンド」のCM。宝石なんぞに何の興味もありませんでしたが、ハリウッド女優を惜しげもなく使った意味不明のCMに妙に惹きつけられました。同輩の方なら懐かしいはず。かのダイアン・レインも出ていて、さぞかし大きな会社なんだと思っていたらバブル崩壊で倒産してしまいましたが。

 




観賞目的のツバキの栽培は、文字通り江戸時代に花を咲かせることになりますが、文献に初めて登場したのは『日本書紀』だと言われています。その中で、景行天皇土蜘蛛を征伐した際にツバキの木で出来た椎(ツチ)という武器を作って兵に授けて勝利したとされています。余談ながら土蜘蛛と聞くと、子供の頃に読んだ『伊賀の影丸』の影響で「土蜘蛛五人衆」を思い出してしまうのですが、土蜘蛛というのは本来は、天皇に恭順しなかった地方の土豪たちの事です。それが時代とともに蜘蛛の妖怪・土蜘蛛を指すようになりました。

中世になると絵物語や戯曲でも、ひとの世を魔界にしようとする恐ろしい妖怪として登場してくるようになります。有名なところでは、源頼光が家来の渡辺綱を連れて京都の洛外北山の蓮台野で空を飛ぶ髑髏に遭遇して見事に退治したという話。中学生の頃にそういう話をするのが好きな先生がいて、授業中に脱線してはよくそういう話をされていたのですが、その頃からでしょうか妖怪の話に興味を持つようになったのは。SNS無き時代、聴かされた妖怪のイメージは私の脳内で恐ろしいまでに膨張して、内なる妖怪を育て続けていたのです

話が逸れましたが、ツバキは『万葉集』や『古事記』などにも登場するなど、古くから日本では愛でる花の代表として親しまれてきました。雪に包まれた中で鮮やかな紅色の花を咲かせる凛とした美しい姿に昔の人々も魅了されてきたことでしょう。そんな紅色のツバキの花言葉は、『私の運命は貴方の手中にある』。一方、白いツバキの花言葉は『完成した愛らしさ』。なんとも優雅というか歯の浮くような台詞ですが、実はこの花言葉はある小説が評判になったので作られたらしいのです。その小説とは、アレクサンドル・・フィスが書いた『椿姫』。

そもそもツバキはアジア原産の木で、ヨーロッパに伝わったのは1700年頃だと言われています。それまでその地域や国には存在しなかった(存在しないと思われていた)植物が、どうやって伝わってきたかというのはハッキリしていないケースがほとんどですが、ツバキがヨーロッパに伝わったのは記録が残っています。中国の舟山列島に二年間滞在していたイギリス人のジェームス・カニンガムという医師が、母国に紹介し1739年に初めて英国に伝わったのだそうです。ツバキの深い紅色がヨーロッパの人々をも魅了し多数の品種が生まれました。

それからおよそ100年後にフランスの劇作家・デュマが小説『椿姫』を書きあげます。その後デュマ自身が書いた戯曲によって舞台化され、オペラともなり人気を博します。主人公である高級娼婦マルグリット・ゴーティエは、月の25日間は白い椿を身につけ、残り5日は赤い椿を身に付けて社社交界に現れたことから『椿姫』と呼ばれるのです。赤いツバキは、女性の生理を意味しているということもあって、前述の花言葉はこの作品が評判になった事から出来たものだとか。恥ずかしながらまだ『椿姫』は読んだことがないのですが、これを機会に読むことにします。明日に続く・・・

 




一方で、オリーブの木は手厚く保護され、神像を造る以外にその材を使う事は厳しき禁じられていました。単に傷をつけただけでも裁判にかけられ重罪に科せられるほどオリーブは古代ギリシャにとって神聖かつ重要な木だったのです。オリーブの始祖木にまつわる話としては他にも、紀元前480年にアテネがぺルシャ軍に攻撃された際に街は焼け落ち、始祖木も燃えてしまったのですが、その翌日には早くも始祖木からは新しい芽が吹き始め、アテネの人々は歓喜してその新芽を希望のしるしとしたというのです

更にその話には続きがあって、それから600数年経って、ペルシャの人々がアテネの地を訪れると、その木はまだ元気で、その木から採ったオイルでアテネの街のランプは明るく灯されていてというのです。ここまでくると何が何でもオリーブの木を聖なる木として崇め奉ろうという意思が潔くて好きです!木に対するエピソードはこれぐらい盛り気味で調度いいんです。ちなみにメシア(救世主)とは、『聖油(オリーブオイル)を塗られた者』の意味。今の木材界にも不滅の魂と不屈の闘志を合わせ持つメシアが必要です!

こういうエピソードなどは昔から興味があったとか、知っていたわけではなくて、『適材適所』を書き始めた20数年前から、木の話を知りたくなって少しずつ読んだり集めたりするようになりました。世の中には6万種もの木があると言われていて、どの木のエピソードにいつ出会うのかというのは神のみぞ知るところ。ある木の話を知ってから、昔観た映画や読んだ本に出ていた木にはそういう意味があったのかと気づかされることも多いのです。逆にその時に知っていればもっと楽しめたのにと残念に思う事もあります。

もともと歴史好きなのですが、ヨーロッパの歴史は馴染みが薄い事もあってなかなか入り込めなかったのですが、紀元前480年にアテネがぺルシャ軍に攻撃されて燃えたオリーブの話とかは、映画『300(スリーハンドレッド』の設定舞台だし、映画『トロイ』も古代ギルシャが舞台だし、もっと早くからオリーブのエピソードをしていれば映画の中でもオリーブの木や、その背景に隠された意味などを探していたかもしれません(それはそれでかえって映画のストーリーに集中できなかったかもしれませんが)。

オリーブの木の事をよく知らなかった頃の私が、オリーブとして思い浮かべていたのは、ノアの箱舟。神が怒って起こした大洪水の後にノアが放った鳩がオリーブの葉を加えて帰って来たという話。食べ物にも無関心だった頃からムーなどのオカルト本を読むのは好きだったので、私にとってはオリーブオイルよりもノアの箱舟の鳩が加えてきたオリーブの方が馴染みがあるのです。ただしその頃は、それが何の象徴なのかなどは理解も出来ず、ただどこかに土地が残っていたという意味としか捉えていませんでしたが。木の話知れば知るほど映画や小説も深く楽しめるようになる

 




マニアックな映画秘宝の読者といえども、その事を気にする人など誰もいないだろうと思われる着眼点。そう、キングギドラが今にも踏みつぶそうとしているのは、材木小屋!ちょうどのところで画像が見切れているので、全体像が分からないので、これが製材工場の材木置き場なのか、材木屋の倉庫なのか詳細は不明ですが、いずれにしても木を扱う店の一角である事に間違いはありません。キングギドラが初めて登場したのは1964年、私の生まれる2年前の事。表紙のキングギドラが何年の作品か分かりませんが、いずれにせよ今から55年ぐらい前の一場面。板塀の純和風の家々の奥には防火水槽の櫓が見え、手前には積み上げられた原木や板材が崩れかかった様子が垣間見えます。田舎によくあった住居と仕事場が併設したスタイルだと思われます。この材木小屋もこの後キングギドラに踏みつぶされたのでしょうか・・・

ミニチュアの丸太や板の1本1本まで精巧に作られた職人の仕事ぶりは素晴らしく、丸太もただの寸胴の円柱ではなくて、枝があったり、剥いだ樹皮まで転がっているなど精緻!今ならCGで簡単に作ってしまうところでしょうが、この時代ひとつひとつがすべて手作り。時代考証とかいった難しい話でなく、木が身近にあって、よく分かっているスタッフも沢山いて、迷いもなく再現されたのかもしれません。当時ですから高層建築物なんてあまりなくて、怪獣が踏みつぶすのは一般的な和風建築の民家。

 

材木屋に限らず、今は見る事の少なくなった各種専門店なども当然のように怪獣たちに踏みつぶされてしまいます。今DVDで昔の怪獣映画を観返すと、怪獣に足蹴にされ破壊される町の風景は、昔あったであろう古き良き日本の街並み。製材所や材木屋だって怪獣に踏みつぶされるぐらいの頻度で存在する当たり前の存在だったのです。ゴジラが公開された当時まさに国産材の原木供給量は全盛期を迎えていました(1967年5,274万m3がピーク)。林野庁の森林・林業白書によると、『旺盛な木材需要に支えられ、また、小規模なものであれば高度な技術を必要とせず、比較的少額な投資で機械設備の購入が可能であったことから林業が盛んな地域を中心に全国的に増加した。(中略)戦後の製材工場数は、昭和24(1949)年の38,912をピークに漸減傾向となり、需要拡大期においては25,000前後で推移した』とあります。

現在の全国の製材工場の数は5,000を切っています。最盛期から比べるとおよそ1/8になってしまいました。しかも多くが大型集約化され、住宅地からは離れた木材団地などの場所に移っているので、一般の人が製材所や材木店を目にする機会はますます減ってきています。そういう環境の中で育った人が映画やテレビの製作に関わった時に、彼らがイメージする街には当然ながら製材所や材木屋は存在しません。怪獣が破壊しようにも見たことも無いのですから当然です。

昔、『前略、おふくろ様』という大好きなテレビドラマがあって、それは深川の料亭が舞台でした。1969年に新木場に移ったのですが、ドラマでもその移転に伴う問題が取り上げられていました。材木屋の集まる街が舞台という事で、よく材木屋の旦那衆がよく料亭に来ていました。子供心に材木屋って儲かるんだと羨望の眼差しで観ていました。もしかしたら怪獣も儲けていた製材所を庶民の敵として踏みつけていたのかもしれません。材木屋もゴジラに踏みつぶされるようになってこそ一人前!踏みつぶされたいッ!




『木を語る』ために大切な事は始終アンテナを張り巡らして情報を収集することが大切です。昔の日本の暮らしの大部分は『木のモノ』でまかなっていたのですから、暮らしの傍には木のモノが当たり前のように溢れていました。それが次第に金属やアルミ、プラスチティックなんどの石油化学商品、または無垢ではないが木質系の商品に取って代わられるようにようになり、見かける事が少なくなってきたため、こちらが意識していないとなかなか木のモノに巡り遭えない時代になってきました。

なので、なるべく普段の暮らしの中でも木のモノを見つけ出しては、こういう用途があるとか、こういう使われ方が出来るという情報収集をするように心がけているつもりです。それは物質としての木ではなくて、小説や歌謡曲に登場する樹木の名前でもそうです。いつかそんな蜘蛛の巣アンテナに引っかかった情報がきっとどこかでいつか役に立ちはず・・・立たなくてもいいのですが。例えばNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で「 材木を抱いて飛べ」というタイトルの回がありました。

確かドラマの中盤頃の話だったと思いますが、柴咲コウ扮する直虎が材木を集めて気賀に売るのだがそこで思わぬトラブルが・・・という話だったと記憶していますが、そうやってテレビドラマのタイトルにでも「材木」という言葉を見つけると触角が反応してしまいます。それでやって、4日前の話に繋がるのですが、マニアックな映画雑誌『映画秘宝』の11月号はゴジラ特集で、表紙は私の大好きな怪獣・キングギドラでした。何故今頃ゴジラ?と思われるかもしれませんが、来春新作が公開されるのです。

といっても本家の東宝版ゴジラではなく、2014年に公開されたアメリカレジェンダリー・ピクチャーズ製作のゴジラの続編です。マニアの間では、「レジェンダリー版ゴジラ」と呼ばれているもの。ゴジラだけでなくキングギドラやモスラ、ラドンなどの怪獣総出演の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』、例年5月公開でその関係で映画秘宝も特集を組んだのですが、力の入った予告編を観ると公開が待ち遠しくて仕方ありません。さてそれで、問題は映画秘宝のキングギドラの表紙です。明日に続く・・・




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