★今日のかけら・#079【梣/トネリコ】 モクセイ科トネリコ属・広葉樹・北海道産
トネリコ神話① アキレスの槍
他にも先日、歴史スペクタクル映画『エクソダス』について触れましたが、本当はその時は『エクソダス』はある樹の事を紹介するための長い前ふりだったのですが、書いているうちについ熱くなってそこにまで至りませんでした。さて改めて本日は、当初の目論見通りある歴史映画を引き合いに出して木材との関係性についてお話させていただきます。俎上にあがるの2つの素材は、映画『トロイ』とモクセイ科の広葉樹『トネリコ』。
映画『トロイ』は2004年に封切られた古代ギリシアのトロイ戦争を元にした歴史大作で、主人公アキレスを演じたのはブラッド・ピット(最高!)、監督は『Uボート』のウォルフガング・ペーターゼン。歴史家などからトロイ戦争との違いを指摘されたりもしましたが、フィクションである映画に対して何をかいわんや。対する樹の方は、野球のバットに使われる事でも知られるアオダモを含むトネリコ属シオジ類の木・トネリコです。
有名なトロイ戦争に登場する『トロイの木馬』はモミの木で作られていたとされますが、この木馬に限らず古代戦争ではさまざまな武器に木が利用されました。特に弾力があって強靭な木は重宝されました。トネリコは同類のシオジ同様に粘りがあり重硬で、石弓、投げ槍、槍、弓、剣の柄などに利用されました。トネリコで作った最も有名な武器は、ギリシア神話に登場するケンタウロスの賢者ケイローンが手にする槍です。
ギリシャの伝説によれば、ケンタウロスはギリシア北東部にあるテッサリア地方の伝説に包まれたぺリオン山という所に棲んでいて、その山の頂上には聖なるトネリコの巨木が沢山生えていて、そのうちの1本を伐採して作ったのがキロンの槍だとされています。後にアキレスは、この槍を使ってトロイ戦争でトロイの王子ヘクトールを討ったとされています。しかし、いかに勇猛といえども武器に使われる木は幸福な用途ではありません。明日に続く・・・
トネリコ神話② ポセイドンの神木と傷の木
トロイと『トネリコ』の話の続きです。古代戦争では武器として利用されたトネリコですが、平和な時代になるとトネリコはその特性を活かして暮らしの中に溶け込みます。粘り強さと強靭な事から、スキーの板、杖、平行棒、農具の柄などに使われました。野球のバットにも使われたともいわれていますが、それは同類のアオダモと混同しているのかもしれません。いずれにせよ握って強く振り回すような道具にはもってこいの材と言えます。
北欧では、トネリコは湿った立地を好むことから、水の壊滅的な力からひとを守ってくれる魔力を秘めていると信じられてきたようです。またトネリコは海神ポセイドンの神木とされていたことから、当時の船乗りや漁師たちは、船が転覆しないように護符としてその木切れを船に持ち込んだり、船の細部の仕上げ材に使いました。また雨との関連付けからこの木を雨乞いの儀式にもトネリコは霊力がある樹として使われました。
また俗信では『傷の木』とも呼ばれ、その樹皮はよき傷薬として、蛇に噛まれた傷を治す特効薬として使われてきました。『医学の父』と呼ばれた古代ギリシャのヒポクラテスもトネリコは、痛風やリューマチの治療薬や利尿作用のある良薬として用いたと記しています。19世紀のイギリスとフランスでは、熱が出たり歯痛がある時には、手足の爪を切ってトネリコの樹の下に埋めれば治ると信じられていました。
それは人間にだけ有効なのではなく家畜にも効く特効薬とされていたことから、アルプス地方以北では家畜の飼い葉としてニレの葉についで昔から農場の近くに植えられていて、今でも古い農場や城砦には残っています。北欧の神話の中には、「この世で最初の男はトネリコの木から作られ、最初の女はニレから作られた」との記述があるように、北西ヨーロッパにおいてトネリコはもっとも権威のある落葉樹であるとされています。更に明日に続く・・・
トネリコ神話③ 縛る木、練る木
『トネリコ』は日本原産種であり、本州中部以北の分布しているということで、愛媛ではほとんど知名度の無い木です。【森のかけら】を作り始める前から、いろいろな木に興味があったため、材を北海道や東北から取り寄せていたので弊社の倉庫には随分前からトネリコの板材がありました。テーブルになるような大きな木ではありませんでしたが、もの珍しさから木の愛好家の方には人気がありよく使っていただいたものです。
愛媛では見かける事の無いトネリコですが、トネリコ属には60を越える種があり(代表的なものとしてはシマトネリコ、セイヨウトネリコ、コバノトネリコなど)、トネリコの古語である『タモ』が転訛した『タゴ』を名に持つ「一つ葉のトネリコ」こと『ヒトツバタゴ』(別名ナンジャモンジャの木)は市内の街路樹や公園などにも植えられているのをよく見かけます。ちなみに他のトネリコ属はいずれも複葉。
トネリコの名前については、いくつか説があるのですが代表的なものとしては、枝を何回もねじって結束用に使う事から『十練リコ』の意味がその由来であるとされています。または、この木の枝に寄生しているイボタカイガラムシが白蝋を分泌して、この蝋を敷居などに塗ると滑りがよくなって戸の開け閉めがスムーズになる事から『トニヌルキ(戸に塗る木)』が転訛したとか戸に塗る粉(戸練り粉)から転訛したなど。
他にも、樹皮から膠(ニカワ)状のものを煮て採る事から『共練濃(ともねりこ)』から来たなど、『練る』ことに由来したものが多くあります。漢字についての由来は不明です。今までトネリコとして仕入れたものについてもかなり色合いや質感に差異が感じられましたので、ひと口に『トネリコ』と言ってもいろいろな種類のものが混在して市場に出回っているように感じます。この木については不勉強でスミマセン・・・。