森のかけら | 大五木材

★今日のかけら・#009【明日桧/アスナロ】 ヒノキ科アスナロ属・針葉樹・四国産


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『明日はなろう、ヒノキになろう、アスナロ物語』

 

20140824 1昨日、話が出たところでそれに関連付けて本日は『アスナロ』について。私にとってアスナロは思い出深い木ですが、それは実物の木としてではなく、物語の中に出てくる木として。初めて私がアスナロに出会ったのは小学5年生の時。夏休みの宿題に読書感想文があったのですが、その時母親が買ってきてくれたのが井上靖の『あすなろ物語』でした。当時情報量の少なった田舎で、母親がときどき本を買ってきてくれる本は私にとって大袈裟ではなくて『世界』を知る貴重なツールでした。

 

20140824 2あすなろ物語は、そんな私にとって実に思い出深い本であり、『小説』というものを最初に意識するようになった本です。この物語は、6つの編で構成された200ページ前後の中長篇で、難しい文体が使っているわけでもなく、子どもにとっても読みやすい本だと思うのですが、改めて読み返してみると、当時は気づかなかった人生の機微が随所に織り込まれていて驚きました。当時は理解できる言葉だけ拾い集めて読んでいたのだと思うのですが、それでも充分に面白く感じました。

 

20140824 3あらましを説明すると、天城山麓の小さな村で、血のつながりのない祖母と二人で土蔵で暮らした少年・鮎太が主人公。北国の高校で青春時代を過ごしたのちに新聞記者となり、やがて終戦を迎えるまでの体験が描かれています。その過程で出会う6人の女性との出会いも描かれているのですが、両親がいるにも関わらず両親と離れ祖母と暮らす事情や年上の女性との交流など、それが何を意味するのかもよく分からずに読んでいましたが、鮎太が不遇な環境にあることだけは分かりました。

 

20140824 4作者井上靖の自伝的小と紹介されていますが、作者は「自伝小説ではありません。あすなろの説話の持つ哀しさや美しさを、この小説で取り扱ってみたかったものです」と語っています。両親の仕事の関係で、幼い頃乳母さんが私たちのや家の面倒を見てもらっていた時期があり、祖母と暮らす梶太に感情移入しやすかったのと、『巨人の星』に代表される『不遇な主人公が耐え忍び栄光を掴む姿』に対する強い憧れのような屈折した思いが混然となり、この物語にのめり込んだのだと思います。

 


1. 今日のかけら, 木と本

20140825 1本日はようやく実物のアスナロについて。『あすなろ物語』という本との出会いから考えても、『今日のかけら』で一番最初に取り上げるべき木であったと思うのですが、それがようやく今頃になったのには事情があります。まず、今でもそうなのですが、私自身アスナロという木がよく分かっていません。ものの本には詳しく解説してはあるものの、実体験として森に立っているアスナロの木を見たこともありませんし、これぞ間違いなくアスナロ!と断言できる自信もありません。

 

20140825 2というのも、アスナロという木はつかみどころのないというか、正体が分かるようで分からない不思議な木なのですヒノキ科アスナロ属に分類されるこの木は、地域によって実に多くの名前を持っているのと、この木の名前を冠して呼ばれる木がいろいろあって、どれが本当なのかよく分からないのです。地域によって木の名前は、圧倒的に方言名の方が優位で、例えばそれが植物学的には正しくなくとも、地域ではそれで会話や流通、文化が成立していることはままあります。

 

20140825 3例えば、『イチイ』にはオンコ、アララギ、アカギ、ムラサキギ、シャクノキ、スオウ、ミネズオウなど多彩な呼び名がありますが、1つの名前がいろいろな木の事を指す場合もあります。例えば、『ナンジャモンジャ』という変わったというかふざけた名前の木がありますが、これは「この木はなんじゃ?」と尋ねたところ、尋ねられた人が聴き取れずに「なんじゃもんじゃ?」と訊きかえしたのを、尋ねた人が木の名前だと勘違いしたという落語のような話が由来の木があります。

 

20140825 4名前の由来してからそうですから、特定の木というよりは得体の知れない奇妙な木に対する形容的な意味で使われることも多く、全国各地にこの名前を冠した木が沢山あります。私も数年前に実家に帰省した時に、この名前のプレートをつけた木を目にしました。植物学の権威・牧野富太郎博士によると、この名前を冠した木は全国に8つあり、その正体はカツラ、イヌザクラ、アブラチャン、クスノキ、ヒトツバタゴなどだそうですが、曖昧さもある意味文化の幅の広さだとは思うのです。

 


1. 今日のかけら

20140826 1話が少し脱線しましたが、アスナロという名前も曖昧さの象徴のようなところがあって、地域でそれを指し示す木が変わるのです。植物学的な分類によると、ヒノキ科アスナロ属に分類される日本特産の木で、本州の青森県以南から中国地方、四国の一部、九州までの山地に分布しているとあります。高さは20~30mにもなる常緑高木で、ヒノキに比べて、耐陰で耐湿性が強いとされています。その別名が、アテ、アスヒ、アスダロ、アテビなど。このあたりから話がややこしくなります。

 

20140826 2そのアスナロとは別に、アスナロの変種に『ヒノキアスナロ』という北方系の木があって、こちらは青森から栃木の日光あたりまでと、佐渡から能登半島の日本海側まで分布域が広がっています。性質はアスナロに似た性質のようなのですが、この木の事を青森では俗に『青森ヒバ』と呼んでいます。北海道で「ヒバ」と呼ばれる木もこの『ヒノキアスナロ』の事だそうですが、木材関係者の間では通常「青ヒバ」とか「青森ヒバ」としか呼ばないので、オリジナル名は聞くことがありません。

 

Exif_JPEG_PICTUREそもそも木材業者の間では、正式な名前や学名など問題視されることがありませんので、気にする方もいないのですが・・・。更に変種のアスナロもあるそうで、それらすべてを包括して「ヒバ」と呼ばれるというに至っては、もはや北日本ではアスナロ=ヒバなのでしょう。文献によると、わが愛媛県はアスナロの分布域には入っていないということなのですが、稀に市場に「アスナロ」が出てくることがあります。それが果たして「本当のアスナロ」なのかどうかは不明ですが。

 

Exif_JPEG_PICTURE昔、何度かアスナロと呼ばれているその木を仕入れた事もありますが、直後に売れてしまい今となっては果たして植物学的にどう分類されるのか知るすべもありません。売れてしまいました。油っ気の少ない、淡いヒノキというぐらいの印象しか残っていません。当時はアスナロの事にそれほど興味もありませんでしたし、流通そのものが四国島内で完結していたので、県外でのアスナロの立ち位置など考える事もありませんでした。今にして思えば、置いておくんだったと後悔していますが・・・


1. 今日のかけら

20140827 1アスナロの分布域での立ち位置がどういうものなのかよく分からないのですが、各地の市場を巡っても、「アスナロ」の名前を冠した製品を見たことがないので、まとまって量が出てこないのか、材質の問題なのか、あるいはあえて「アスナロ」と冠して売る事で、ヒノキよりも劣っているとされ安値になることを警戒して、ヒノキに混在させているのか、どうだか分かりませんが、統計的な山地での分布量に反して、木材業界でアスナロを見かけることは少ないように実感しています

 

20140827 2森のかけら】の『アスナロ』については、蛇の道は蛇という事で、少量であればどうにでもなるのですが(!)、そことてまとめてとなると無理なようで、東北などでのアスナロの流通がどうなっているのか興味あるところです。ただしそれほど業界での取引が盛んではないという事は、アスナロ個体としての出口が定まっていないことだと思います。ヒノキに似た性質でヒノキよりも優れている部分があれば、そもそも「明日はヒノキになろう」なんて名前もついていないでしょうから

 

20140827 3本日は、その名前の由来について。「あすなろ物語」では『明日はヒノキになろう、なろうと願うのだけど、ヒノキにはなれない木』として、名前の由来をご紹介しました。このエピソードはあまりにも有名で、世間でもそれがアスナロの由来として一般的に語られていますが、実はそれには2点ほど間違いがあります。まず、小説の舞台で登場するアスナロは、作者・井上靖氏の故郷である伊豆地方での、イヌマキの木に対する方言名の事で、アスナロの木では無かったという点

 

20140827 4だからといって小説「あすなろ物語」の素晴らしさが微塵も揺らぐことはないのですが、ここでも地方における木の名前の呼び名の違いが出て来ていて面白いです。次に、その名前の由来について。まずは、先日ご紹介したようにアスナロにはいろいろな呼び名があって、その中のひとつに『アスヒ』というものがあります。漢字では『翌檜』とも表わされ、叙情的で個人的にはとても好きな表現です。アスナロは『木曽五木』の1つですが、そこでもアスヒと呼ばれることもあるとか。

 


1. 今日のかけら, 木と本

20140828 1アスナロの別名『アスヒ』は、『アツヒ』の訛ったものと考えられています。ではアツヒとは何かというと、昔はヒノキの事をヒノキとは呼ばずに、単に『』と省略して呼んでいたそうで、能登半島などで使われるヒノキアスナロ(ヒバ)の方言名『アテ』は、もともと『アテヒ』と呼ばれていたものが省略されて『アテ』になったと考えられています。その『アテ』については、青森でしか生育しなかったヒバの苗木を隠密が北前船に乗せて持ち帰り植えるとうまく育ったから・・・

 

20140828 2それで「当たった~」から「アテ」というオモシロイエピソードがあるのですが、それは改めて能登ヒバの項で。話を「アテヒ」に戻します。ヒノキが「ヒ」から正式に「ヒノキ」と呼ばれるようになったのは平安時代以降のことのようで、ヒノキに比べて葉が厚い事から「厚葉ヒノキ」と呼ばれていたのが、訛って「アスハ」になったのだと推論されています。その後、かの「枕草子」で「あすはひのき」といい言葉が登場し、作品の背景から「明日は檜」と解釈されたのが始まり。

 

20140828 3その後、この節がアスナロの語源として定説化していくことになり、ヒノキに比べてやや厚ぼったくて粗剛な雰囲気のあるアスナロが、「明日はヒノキになろう、なろうとしてもなれない木」という日本人好みのドラマチックなエピソードが盛られ、『明日檜』、『翌檜』の漢字も充てられ世間に広まったというのが真相らいいのですが、個人的には明日檜の物語は語り甲斐があって好きですし、メジャーになれないアスナロの現状を表していて、含蓄のある由来話だと思います。

 

20140828 4思いのほか長い話になってしまいましたが、木の名前の由来については諸説あり、絶対的にこれが正しいというのはないと思います。確たる理論が組み立てられようとも、それはあくまでも推論でしかなく、決して他の説を論破して立場を明確にするようなものであっては、木の文化が途端に窮屈なものに感じられます。いろいろな方面からの解釈が諸説あって、それぞれの説に思入れがあるという事は、それだけ先人たちが木の文化に親しみ、愛情を持って接してきた証拠だと思うのです。アスナロの項、完結!

 




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