森のかけら | 大五木材

 

ホルトノキ

科ホルトノキ科・ホルトノキ属・広葉樹・愛媛産

学名:Elaeocarpus sylvestris v. ellipticus

別名:モガシ(茂樫)、ヒチジョウ、ハボソノキ

 英語名:*****

気乾比重:0.57

平賀源内ゆかりのホルトノキ*

森のかけら】で240種の木(日本120種と世界120種)を選別するときに最終選考まで残りながら、最後の最後で泣く泣く断念した木がいくつかあります。その多くは、材が安定的に入手できる見込みがないとか、解説書の写真撮影までに材を確保できない等々の理由によるものです。【森のかけら】の240種改訂版を発売始めてから10年も経つと、状況もいろいろと変わってきて、あの頃は入手する方法も、どこで手に入るのかも分からなかった木と次々にご縁があって巡り合ってきました。そんな木の1つが『ホルトノキ』。

木材関係者でもその名前を聞いたことが無い人が多いと思いますが、それはこの木が街路樹や公園、校庭、神社などに植えられるから。木材市場に出ることもほとんどありません。樹木図鑑などによれば、分布域は千葉県以西の本州、四国、九州、沖縄ということなので、とりわけ関東以東の方だと、その名前すら聞いたことが無いという人も多いかもしれません。松山周辺では古くから庭木や街路樹で植栽されていて、たまたま近くの新興住宅地の街路樹に植えてあったので、その名前だけは知っていました。

それで、ぜひ【森のかけら】にも含めようと、先行してネームシールだけは作っておきました。これだけ近くで見かける木なのだから(しかもその通りにはズラリと植えられていて)、きっとご縁もあるだろうと、安易な気持ちでリストに加えるつもりでいたものの、結局それから10年ぐらいその木を手に入れることが出来ませんでした。一昨年にその木の小さなモノは入手出来たのですが、いかんせん径が小さかったので、芯で割ると【森のかけら】が取れる大きさにはならなかったので、ご縁がないのかと諦めていたら・・・

昨年の末に、某神社に植えられていたホルトノキの大木が強風で倒れたので処分することになったらしく、そのホルトノキが縁あって私の元にやって来ました。欲しい欲しいと思っている時には手に入らないのに、すっかり諦めていたら不意にこういう巡り合いがあるのも皮肉なものですが、それは強い念が成就するのに時間がかかっただけで、やはり強く念じておくことは大切だとポジティブに考えるようにしています。なので、今も数種類の木がいつか手に入りますようにと強く念じています。

平賀源内も間違えたホルトノキ①*

さて、そのホルトノキなのですが、樹齢200年ということでかなり大きなモノだと聞いていたのですが、実際に見てみると想像以上に大きくてビックリ!今までこんなに大きなホルトノキを見たことがなかったのですが、樹齢200年ということで内部に洞(ウロ)もあって、枝にも腐食があり、そのため根こそぎ倒れてしまったようです。それでも根元に近いところから伐採できて、根本部分で幹回りは2mほどもありました。ただし老木ということもあり、内部の洞や腐りがどこまで入っているか挽いてみないと分かりません。

切断面を見ると、芯がかなり赤黒かったのですが、ホルトノキそのものの断面や材面を見たことがないので、これが普通なのかどうなのかも分かりません。倒れたのは1本でしたが、二股に分かれていたため1~2m程度にカットしてもらい、なるべく無駄にならないように、大きな割れや腐食部分を避けて、できる限り板に挽いてもらうことにしました。神社にあって200年もの間ひとびとを見守ってきた木なのですから、端切れも無駄には出来ません。いつも製材してもらう瀬村製材所の瀬村社長もそんな事は十分承知!

まずは小さめの枝を数本分挽いてもらったのがこちら。形も大きく曲がり、かなり凹凸もありますが、こういう木はお手の物。使い方はいくらでもあります。これから一枚ずつ桟をいれて時間をかけて乾燥させていくわけですが、やはり内部もなかなか個性的な色合いに染まっていました。愛媛の南部や九州の一部では、この木を使って杓子を作るそうですが、それはこの木が黄白色ということで、その色合いを利用していることから、『シラキ』の別名でも呼ばれているということなので、本来の辺材はもっと白いのかしら?

まあこれはこれでホルトノキに間違いはないので、一般的なそれと色目が少々違っても気にしません。とはいえ、この木の削った色合いが見たいので、コブの付近の小さなところを数枚プレーナーで削ってみました。すると、かなり濃い茶赤褐色の心部分と、樹皮の近くに赤い帯のようなものが出たり、表情もさまざま。図鑑には、「辺と心材の境が不明瞭で黄白色」とあるから、かなり異質なのだと思われますが、200年生の木なのですから一般的な常識など通用しなくて当たり前なのです!続く・・・

平賀源内も間違えたホルトノキ②*

 

神社木であったため、推定樹齢200年との説明書きがあったものの、推定ということなので定かではないでしょうがその歴史を振り返ってみます。今から200年前といえば江戸時代寛政~文化時代あたりで、その頃日本では何があったのかと思って調べてみると、1800年(寛政12年) 伊能忠敬が蝦夷地を測量する。1804年(文化元年) ロシア使節ニコライ・レザノフが長崎に来航し通商を要求。1808年(文化5年) 間宮林蔵が樺太を探検・・・そんな時代に生を受けた『江戸ホルトノキ』だったようです。

ところで気になるのはホルトノキというその変わった名前だと思います。その名前の由来についてはかなり有力な説があるようで、植物学者の深津正氏によると、エレキテルの発明家として知られ、日本のダヴィンチとも言われる平賀源内が自書『紀州産物志』の中で記述している文章にその根拠があるようです。和歌山県湯浅に深専寺に大きな珍木があって、源内はその木がポルトガルに多く生えているオリーブだと思い込んでいたようで、そこからその木の果実を採って搾って油を作りました。

本来のホルトノキの実から油は採れません。実はこれはホルトノキではなくて『ズクノキ』だったのです。樹形が似ていたかとからオリーブの木(ポルトガルの木)と誤認してしまったようです。後日、源内がそのズクノキの実を江戸に来ていたオランダ人医師のポルストルマンに見せたところ、本物だと鑑定されたしまったことから、その木(ズクノキ)をポルトガルの木と誤認してしまいました。それが転訛して『ホルトノキ』となったのです。つまりふたつに誤認が重なってこの名前になってしまったというのです

なので、本来はオリーブの木にあてられるはずであった名前が、ズクノキにあてられてホルトノキになってしまったのです。ズクノキというのは和歌山周辺の方言名ですが、一般的に知られている別名は『モガシ』。これも深津氏によれば、「この木には鮮やかな紅色をした老葉が交じっており、これがこの木を遠くから識別できる特徴であり、濃い緑色の葉の中に交じる鮮紅色の葉を紋または模様に見立てて、『紋ガシ』あるいは『模様ガシ』と呼んでいたのが、つまって『モガシ』となったのでなかろうか」との解釈。なるほど。この話、明日にも続く・・・

平賀源内も間違えたホルトノキ③*

とりあえず挽いてもらった『ポルトガルの木(オリーブ)と誤認されてその名がついたホルトノキ』ですが、幹の大物部分はもう少し先のお楽しみということで、とりあえずは細い部分を製材してもらいました。小口を見た時に、辺材部分が少し赤みがかっていたので中がどうなっているか気になっていましたがやはり腐りの影響はあるようです。まあこれは挽きたての画像なので、乾燥が進むと多少色合いは変わってくるとは思いますが。200年生のホルトノキの製材直後の材面なんて今後も見ることないと貴重です。

材質がどうこういうよりも歴史ロマンを検証するような感覚です。凸凹のある部分を製材したので形も歪(いびつ)ですが、その中に昔学校の理科の授業で習った微生物のような形のものが!何だったろうかと調べてみると、ミジンコでした。こういう形の木を見たときに、何を連想するかでその人のセンスが分かるといいますが、ミジンコはちょっと切ない・・・。ただし製材時の端材、いわゆる挽き落とし部分なので、割れや節もあって乾燥とともに歪みや反りも出て用材としては厳しいですが目的は別ですから。

こういう部分はには生育時の癖が残りやすく、意外に面白い表情と遭遇できるのも楽しみのひとつです。特に枝周辺では、風や雨に負けまいと必死で耐えた証が現れるので、縮み杢や縞杢など味わいのある杢が現れたりします。それでも昔は建築材としてしか木を見れていなかったので、ある程度の大きさがなければスルーしていました。しかし今はストライクゾーンが驚くほど広がっているので、個性さえあればいかようにも料理できます。うまく乾けばオンラインショップでの販売も視野に入ります。

そんな事を考えてしまうから結局小さなものも捨てることもできずに、こういう端材がどんどん溜まっていってしまうのです。以前は、とりあえず材を集めておいて、勝手に乾いた頃から何か出口(用途)を考えればいいかなあと思っていましたが、やはりそれだと間に合わない(溜まりすぎて、倉庫の奥に奥にと詰め込んでしまって陽の目を浴びなくなってしまう)ので、この時点である程度出口を決めてしまわないと大変なことになってしまいます。何しようか、これにしようかと妄想しているうちが花かも・・・。

平賀源内も間違えたホルトノキ④*

 

くどいですが今日もホルトノキの話。とりあえずこの話は今日で最後の予定です。ホルトノキは伐採してすぐに製材してもらったものの、もともと内部に腐食もあったので、板にしてみるとその痕跡があちらこちらに現れています。長い時間かけて朽ちかけていたようで、木材が朽ちる時のちょっと酸いようなツンした匂いも漂っています。他の材木屋に行っていたら間違いなくゴミ扱いされていただろう(そもそも引き取らないか・・・)板も沢山採れましたが、そこにだって何らかの出口はあるはずと桟積み。

今回、こちらの不手際で雨に濡らしてもう少しで完全に腐らせて使い物にならなくなってしまうだったはずのモミジバフウと、自然の環境の中で朽ち果てかけていたホルトノキ。たまたま同じタイミングで整理していて感じたのですが、それぞれその工程というか理由は違えども(木としては不本意なのかもしれませんが)、普通ではないような独特の風合いというか「表情」が生まれていて、私としてはありがたく感じています。以前にも『完熟材』として紹介しましたが、モミジバフウにはスポルテッド柄が、ホルトノキには赤身に沿って帯状の筋などが出てきて、またひとつ宝物が増えたような気分!

ホルトノキの中には、一瞬「これってオリーブ?!」なんて見まがうような美しい黒い縞柄模様が(もはや親バカの境地!)出ているものもあって、残りの丸太も大いに楽しみです。まあ欲を言えば、200年生ということと、腐食があったということで、独特の変化を遂げていて、本来のホルトノキと比べると別の木のようになっているので、ホルトノキとしては基準にはなりそうにないので、本当は標準的なホルトノキ(別名シラキとも呼ばれ杓子に使われる)が欲しかったところですが、それは大先輩に失礼な話。

これからしっかり乾かして、その存在を忘れた数年後にようやく、鎮守の木から「材」に転身して世に出ることになります。弊社の土場にはそのような、わけアリの履歴を持つ木がゴロゴロしているのですが、最近そういうご縁が増えていて、通常の「建築材」という出口だけではどうにもこうにも間に合わなくなっています。ホルトノキすらまだすべて挽き終えてもいないのに、また次の新たなご縁で変わった木がやって来ることに。出口どころか入口さえも通り抜けらなくなりそうで嬉しい悲鳴・・・大丈夫?!

ホルトノキと至福の時*

以前にこのブログでも紹介した『樹齢200年のホルトノキ』ですが、製材所で板に挽いてもらって弊社に戻ってきました。それがなかなか結構なボリュームでして、これはまた「ホルト祭り」開催の予感!?木材市場に並ぶことのないような木を扱ったりすると、同業者からよく「こんな木どう使うの?」なんて質問を受けますが、そんな質問をすること自体私には理解不能。明確な目的があるから仕入れたり、受け入れてるわけではなくて、いろいろな木を見てみたい、触れてみたいという一途な気持ちのみ


木との出会いも一期一会だと考えているので、とりあえず受け入れてから使い道を考えればいいと思っています。とはいえ、まったく出口も見えない中で勝負に出ているわけでは無くて、小さなところでは【森のかけら】や『モザイクボード』という小さな出口も持っていますし、別口に現在取り組んでいるノベルティなどにも使います。それこそ究極は『森の砂』という新たな出口も出来ました。大きなモノは、大きいなりにテーブルや座卓などの家具からカウンターなどにも利用します。

規格の建築材の枠の中で考えると、利用が難しい材もありますが、エンドユーザーに近いところで、建築以外の用途でも考えれば『使えない木』などありません。前例が無いからやらなかったり、造っても売れないからやらないというだけで、道を切り開けば新たな市場も生まれます。「どう使ったらいい?」なんて聞かれることもありますが、そんなの私とて試行錯誤中で、明確な答えなど持っていませんし、持っていないからこそやってみたいのです。逆に決まっていたらオモシロクナイ!

眠れる魅力を見つける楽しみこそが多種多様な木を扱う醍醐味であり特権だと思っています。そういう意味ではこの200歳のホルトノキなどは、板になって帰って来た姿を見るだけで胸が躍ります。さあ、どう使おうか!どう木取りしようか!どういう形で活かそうか!そんな一番美味しい部分を他人に委ねたりするなんてあまりにもモッタイナイ!失敗を繰り返しながら時間をかけて木と向き合って自分なりの答えを探していく・・・それは私にとって誰にも邪魔されたくない至福のひとときなのです

ホルトノキと痛い話①*

さて昨日触れたホルトノキですが、神社で200年も鎮座ましまして人々の暮らしを見守った木ということで、私なりに敬意を払ってはいたものの、ちょっぴり怖いところもありまして、その不安が少しだけ的中。神社の木というのは今までにも何度か扱ってきたことがありますが、何が怖いかといいますと、ご神木や鎮守の木を伐採したというその行為でなはなく(そういう木は朽ちたり枯れたりして危険とか災害で倒れたなど何らかの致し方ない事情があるわけで)、もっと実務的な事です。

それは「」。木に釘が撃ち込まれているケースが多くて、製材中にそれに当たってしまうと鋸の刃が一発でダメになってしまいます。金属探知機で下調べしたりもするものの、大木となると釘が中に取り込まれていたり、錆びていて探知出来ない事も多く、しばしば釘を挽いてしまう事があります。案の定、ホルトノキにも釘が打ち込まれていて(しかも何本も!)、鋸の刃がお釈迦になってしまったと連絡が・・・。部分的な腐食もあって赤身が変質していて、見た目では釘の存在も分からないほど。

そもそもなぜ木に釘が打ち込んであるのかという事ですが、考えられるのは「丑の刻参りの呪い釘」!憎い相手の藁人形を作り、憎い相手へ恨みの念を送りながら、五寸釘を打ち込んでいくというもの。これを7日続けると願いが成就するという。その行為はかなり古くからあるものの、人形を使って相手を呪殺しようというシステムは江戸時代辺りに確立されたとか。果たしてその行為が実際どれほど世間で行われてきたのか知る由もありませんが、業界では「呪い釘」とされ忌み嫌われてきました。

余談ながら今でも「丑の刻の呪い釘」は行われているそうで(神社にその痕跡が残っている)、それは日本の刑法では「呪術では人を殺しても殺人罪に問われない」からだとか。殺意を持ってその行為をしたとしても、科学的な因果関係が証明できないため殺人罪としては捕まらない。ただし、相手にその行為を行ってることを告げるなど、相手に精神的な強い恐怖感を与えたりした場合は脅迫罪が成立することもあるそうで、他にも悪質だと不法侵入罪器物破損罪で捕まる事もあるので、呪い釘はやってはいけません!

ホルトノキと痛い話②*

UFOやUMA(未確認生物)、古代文明などは大好物なのですが、昔からなぜかオカルト的なものだけは苦手で、これはたぶんに子供の頃に見た漫画「恐怖新聞」や「エコエコアザラク」、「魔太郎がくる」などの影響があると思われます。それらのおどろおどろしい絵のタッチや呪殺とか黒魔術の儀式などすべてが、まだ健康的でピュアだった私の心には受け入れがたく、それらは忌むべき非日常的なものとして映ったのです。それから年月が流れ、すっかり屈折した大人になったもののやっぱりまだ少し苦手。

どうにかそういうものも正視は出来るようになったものの、むしろその背景などを考えるようになって妄想が広がるようになりってしまいました。なので、今回の釘なんていうのも内心ドキドキ。これは決して呪い釘とは限らないぞ、祭事などで提灯を吊るすために打った釘の抜き忘れかもしれないじゃないかと自分に言い聞かせながらも、出てきた釘を捨てる気にはなれず、人知れず会社の神棚にそっと置いた小心者です。そしたら数日後のこと、板になったホルトノキを桟積していた私に悲劇が!?

日本では、道具なども古くから使われたものには、「九十九神(つくもがみ)」と言って神や精霊が宿ると信じられていますが、200年生きたホルトノキも色合い等が変容していて、木目がうねり、何か別のモノに変容したかのよう。厚み45~55㎜程度の耳付きで挽いてもらったのですが、挽きたてという事もありますが、その重たいこと!木がうねっていたこともあって短めに玉切りしていたのですが、とても一人ではひっくり返せないほど重たい板に遭遇。ちょっとこれは手伝ってもらおうと思ったその時、

芯に近いひときわ重たい板がズズズッと滑って私の足元に!鉄のように重たい板が弁慶の泣き所付近に落下。一瞬の事だったので痛いというよりも痺れて状況がよく分かりませんでした。ズボンをめくってみると両足の脛から大量に血が・・・!幸いにも板が大きく内側に曲がっていた方から落下したため、足の指とかは無事で(直撃なら複数の指骨折は間違いなかった)、血は溢れたものの、当たった角度が緩かったため皮膚が少しえぐれた程度で軽い打撲で済んで大事には至りませんでした。続く・・・

ホルトノキと痛い話③*

直後に私に頭に浮かんだ事・・・ホルトノキ視点「ワシもこの地で200年生きてきたが寄る年波には勝てずに遂に倒れてしもうた。だいぶ腐りも入ってしもうて、さてこの身もお払い箱にされるのかと思うておったら、どうやらこのご老体にもまだ出番を作ってくれるそうな。あんた、ワシの事も大切に使ってくれそうやし、端っこも焼いたりせずにそれなりに敬意も払ってくれてるみたいやが、ワシにも立場っちゅもんがあるので、何もせんというわけにはいかんのよ。ちょいと一発かましとくけんの。

悪うは思わんとってくれよ。(膝にガツン)あらあら、足の指何本かと引き換えにこの身をくれてやるつもりやったが、擦り傷とたん瘤ぐらいで済んでしもうた。こりゃあどういうことかのうあ・・・ああ、そうか、あんたワシの体から出てきた釘を神棚に備えとったな。それでそっちの神さんが守ってくれて、このあたりで留めてくれたわけやな。本当なら200年分のワシの魂がいかづちとなって突き刺さり、ワシの命と引き換えに指の1本でももらうつもりでおったが、よほど運が強いとみえる。

おお、よおく見てみたらあんたの後ろには200数種のモッタイナイの神さんもついておるわ。こりゃあ仕方がない、特別にこれで許そう。その代わり、切り刻んだワシの体を少しでも無駄にしたら承知せんからな。よく覚えておけよ。そしたら後は頼んだぞ。」・・・脳内妄想ではありません。ホルトノキの声がしっかり聞こえました。もしも五寸釘を神棚に供えてなかったら、製材した端材を焼却炉に放り込んでいたら、板を雑に扱っていたら、桟積もせずにそのまま腐らしていたりしたら・・・

生きている素材・木』を扱う者の一人として、すべての木においてもそうですが、ひときわ永く生きた木にはそれなりの敬意を持って接しなければならないと思っています。木を土足で踏むなどもってのほか。電源開発㈱(現Jパワー)の初代総裁・高碕達之助氏の言葉。『進歩の名のもとに、古き姿は次第に失われていく。だが、人の力で救えるものは、なんとかしてでも残していきたい。古きものは古きがゆえに尊いのである』木の声すらも聞けなくなった時、きっと材木屋の魂も死ぬ。

ホルトノキと美味しそうな話*

今日もホルトノキの話なのですが、ホルトはホルトでも痛い話ではなくて美味しそうな話。200年も経過すると木も、若木とは全く違うものに変質してしまうようで、とてもこれが「木肌が白いことから、それを利用して杓文字に加工するためシラキとも呼ばれる」木だとはとても思えません。弱って倒れたということで、ところどころ腐食があって、ただ単に経年でこうなったわけではないと思うのですが、これ以外に200年の時を経たホルトノキを見たことがないので比較のしようもありません。

心材部分の赤身も濃い茶褐色~黒など複雑な色合いに変質していて、水分もたっぷり含んでいて重さも半端ありません。心材と辺材の境が明瞭で、そのカタチにすらも歴史を感じるのです。辺材部分は淡いクリーム色ですが、ところどころ赤身を帯びていて何やら妖しい気配。倉庫を整理していたら、以前に入手していた小さなホルトノキが見つかったのですが、そちらは全身クリーム色で、杓文字に使おうと思われるのも納得の色合いでした。たぶんそれが本来のホルトの色目。

心材部分は木目も濃い縞柄になっていて、以前にもブログでオリーブと見まがうと書きましたが、この後乾燥を経てこの色合いがどういう風に変わっていくか次第ではありますが、このままいけば用途も相当に広がりそうです。心配なのは鉄のように重たいこの木がどれぐらい軽くなるのかという事。いろいろ調べてみたのですが、気乾比重の明確なデータが見当たらなかったのですが、一説には0.70という記述もあって、乾燥してもまあまあ重たい木(イタヤカエデアサダと同程度)に属するようです

200年生という事で、既存のデータには当てはまらないようにも思われるので、どういう風に変化していくか注意深く見守りたいと思います。辺材の赤身を帯びた部分は、まるで生ハムのようにも見えます。ここだけ部分的に抜き出せば、生ハムといっても通じそうなほど。心材と辺材の差がこういう風に極端な場合、【森のかけら】に木取りした場合に印象が全然違ってきます。正攻法で攻めるか、あえてこういう特別な部位を使って「これがホルトノキ?」なんて質問を浴びるか、偏屈者としては悩みどころです。

200歳ホルトノキ、始めました!*

今までこのブログでも何度か登場してきた愛媛県産の『ホルトノキですが、本体である幹の部分はまだまだ乾燥中ですが、枝部分はかなり乾きましたので、そろそろ販売を始めようかと思います。枝とはいえ、200歳の巨木ですから枝といってもそこそこの大きさがあります。かなりグニャグニャ曲がっていましたので、長いモノは求めるべくもなく、とりあえず短く切った300~500㎜程度の短尺材を試験的に販売してみます。200歳の老木という事で本来のホルトノキからかなり変質しています

ホルトノキの名前は、江戸時代に、日本のダヴィンチとも言われる平賀源内が、和歌山県湯浅に深専寺にあった大きな木を大きな珍木があって、それをオリーブの木(ポルトガルに多く生えているので、ポルトガルの木が転化してホルトノキ)と勘違いしたところに由来していると言われています。源内はオリーブの木だと思って、その大木(実はズクノキ)の果実を搾り油を作りましたが、もし源内がこの老木のホルトノキの板を見たら、それこそオリーブと勘違いしたかもしれません。

それほど変質した200歳のホルトノキの縞柄はオリーブとみまがうほど!製材直後はまだ水分が含まれていて木目がよく分かりませんでしたが、水分が抜けてプレーナーで削ってみると何とも妖しい縞柄が現れました!部分的にそこだけ切り出してオイル塗装でもすれば、これがオリーブだと言っても通用してしまうのではないかと思えます。もしかしたら源内が油だけでなくこの板も一緒に枝を拾って、判断を仰いだオランダ人医師のポルストルマンに見せていたら更に強く断定されたかも。

そうやって勝手に妄想しているときが一番面白く、その木をどういう切り口で売り出そうとプロデューサー的な視点で考えを巡らせているときが、もっとも楽しい!持てるすべての知識や情報を総動員して、お化粧を施している時、恐らく私の体内では大量のドパーミンが放出されていると思います。よく他人から「大変な作業だね」と声を掛けられます。多分に同情的は意味合いもあるのでしょうが、いやいや好きでやっているし、そこに関われななら材木屋なんて何も魅力も無くなってしまう

※『ちょこっと耳付き端材ホルトノキオンラインショップこちら



★今日のかけら番外篇・E032ジャカランダJacaranda ノウゼンカズラ科・広葉樹・中南米産

 

熱帯の桜・ジャカランダの最期①*

昨日、【森のかけら】の新作、というか第二弾に取り組むという決意表明をしましたが(根幹はサグラダファミリアですので、完成の時期はあまり期待なさらずに・・・)、そういう気持ちにさせてくれた木との出会いが幾つかあります。本日はそんな木の中の1つをご紹介します。以前にもこのブログで取り上げましたが、それが私の自宅に生えていた(生えていたと過去形で語らなければならないのが辛い)『熱帯の桜』とも『ブラジルの至宝』とも呼ばれる『ジャカランダ』です(「ハカランダ」とも呼ばれます)。

更に『ブラジリアン・ローズウッド』の別名もあったりすますが、あの「ワシントン条約で絶滅危惧種に指定され輸出入が禁止されている世界的にも希少な銘木」とは別物です。そのジャカランダですが、当初思っていた以上に数年で急速に成長。最初少し斜めに幹が成長したころからきちんと修正しておけばよかったのですが、ドンドン成長して途中からロープ等で引っ張ったもののそれをものともせずに育つ育つ!みるみるカーポートの屋根を超えて、家の屋根に届くほどに成長していたのです。

それで一昨年には見事な花を咲かせてくれて、まさに『熱帯の桜』の艶姿を堪能させていただきました。しかし一方で大きな問題が発覚!そこまで大きく成長するとは想定していなかったため、自宅の横のブロック塀のすぐ傍らに植えたのです。それが成長とともに根が変な方向に膨らみ、たぶん地盤が固かったからだと思うのですが、根元が大きく上に膨れあがり、そこからブロック塀に進撃を開始!ブロック塀と平行に根を伸ばし、片方の大きなほうの根は遂に家の犬走りのコンクリートを破壊!

専門家にも見ていただき、このままにしておけば家の基礎部分にまで影響が出るとの判断から泣く泣く伐採することにしたのです。なので、遂に育てて伐って売るという次のビジネスモデルに突入したのか~!などとは思わないで下さい。そうならばここは家の主たる私が介錯つかまつるのが礼儀というもの。そして2017年の11月の中頃にいよいよジャカランダ伐採の儀が執り行われることと相成ったのであります。根っこは強力でも幹部分は驚くほど脆く、しなやかですが細い枝は手でポキンと簡単に折れます。続きは明日・・・

 

熱帯の桜・ジャカランダの最期②*

さあ、ジャカランダの伐採ですが、昨日書いたように幹は見た目以上に幹はもろくてチェーンソーを使うまでもありません。短いつきあいでしたが、わが家で根付いてくれた感謝も込めて手鋸で丁寧に介錯させていただきました。駐車場を塞ぐように斜めに生えて、葉をいっぱい茂らせていた存在がいきなりなくなってしまうのですから、解放感以上に寂しさもあります。ならば今横たわる「材」となったこのジャカランダを骨の髄までしゃぶりつくらせていただくことことこそが礼儀ではないか!

ジャカランダは枝が多いのですが、狭いスペースに植えていたこともあって不自然な方向にも枝が出ていてその中にはこんなものも。うちの息子が振りかざしているのがそれです。こういうものも伐採現場では顧みられることもないのでしょうが、これもしっかり商品とさせていただくつもりです。そうやって細かく解体し、立派に成長したジャカランダは細い枝を残すのみとなったのです。さすがに10年近く共に成長してきた身内のようなものでしたから複雑な心境にはなりましたが、決して無駄にはすまい。

一方、残された湾曲した根元部分は強力で、しかもコンクリートを叩き割って地下に潜り込んでいるのでかなり手こずりました。地下に伸びた根は仕方がないので、薬剤で腐らせることにして(そうしないとシロアリが家に侵入する道となってしまうので)、とりあえず地上に出た湾曲した部分だけでも切断して除去。これはこれで乾かせていずれ解体して何かに使うことに。まあ、こうして思いがけず『熱帯の桜』の材部分が手に入ったのです。これはこれで喜びそうなマニアがいるとは思うのですが。

それだと全国のマニアな愛好家にチリジリバラバラに売れていってしまうことになるので、やはりこういうマニアックな材こそコレクション的な意味合いがあるのだろうと、【森のかけら・第二弾】を作る気持ちが高まったのです。残った切り株には刻まれた年輪は10年足らず。1年で勢いよく成長したことがうかがえます。きっともっと条件のいい場所に植えてあげられていたら、紫の花を沢山咲かせていただろうなと申し訳ない気持ちになりました。ペット同様、木を育てるにもそれなりの覚悟が必要という事。

 

熱帯の桜・ジャカランダの最期③*

製材してプレーナー加工した『ジャカランダの端材』がこちら。製材してから天然乾燥約2ヶ月ですが、材質がかなり軽軟なことからこれで乾燥は十分と判断しました。あまり流通していない木の事を取りあげると、「どんな感じの木ですか?」と尋ねられることが多いのですが、製材してプレーナー加工しただけなので、私もそこまで詳しくは分かりません。木肌は少しだけ黄色味を帯びたクリーム色といったところで、見た目だけならエノキともモチノキともヤナギとも・・・木を木で例えるのはかなり野暮ですが。

まあこれから自分自身でも細かな細工物に使おうとは思っていますがなにせ量が量なもので、【森のかけら・第二弾】用の材を確保したらどれぐらい残るのやら。ジャカランダの材が木材市場に流通することはまず考えられないし、公園や街路樹で植えてあるのもこのあたりではわずか。それが何かしら問題があって伐採され、巡り巡って私のところにやってくる可能性を考えると、次にジャカランダに出会える確率は果てしなく低いと思われます。そういう事を考えると売らずに置いておこうかと思うのが悪い癖。

今までそう思って再会を諦めかけていたら、たまたまその木が近くで伐採され私の手元にやって来たという例も数多くあるので、何事も諦めずに希望だけは持ち続けておくものだと思います。それにしても木材市場や木材業者間以外からいろいろな木を得る機会が増えています。そういうルートがなければとても【森のかけら・第二弾】は作れません。恐らく今後ますます業界ルートから入る樹種は絞り込まれて、まだ見ぬ強豪に出会う機会はどんどん少なくなっていくと思われます。悲しき現実。

いずこの製材所も材木屋も、売れる樹種に絞り込んで品揃えをしているのと、【森のかけら240】で、住宅建築で使われる主要な木材についてはほぼ網羅していると思いますので、これから先はまさに「けもの道」!公園樹や街路樹、校庭木、庭木等が主戦場となりそうです。後は時々聞いたこともないような丸太がシラッと並んでいる岐阜の平野木材さんに期待するばかり。それも、現在取り組んでいる在庫調整がうまく出来ればこそ。3月までに決着させて、新たな出会いの仕入れに向かわねば!

 

ジャカランダ・ミディアムレアーでいかが?*

熱帯の桜・ジャカランダ』の端材について。しつこいですが、恐らくSNSでもなかなか見る機会が少ないと思うし、販売できるジャカランダの端材も限られているので、せめて画像だけでも記録にとどめておきたいと思いますので。こちらが木取りが終わったばかりのジャカランダの端材。かなり薄いペラペラのモノもありますが、少しも無駄にするつもりはありません。木としてこれといった目立った特徴はありませんが問題ありません。この場合はジャカランダの端材ということに価値があるので

この後、2ヶ月ほど天然乾燥でしっかり乾かせてから一部はオンラインショップでも販売します。倉庫で保管する間に他の木と混じって何の木か分からなくならないように、小口に名前を書いておくのですが、小口がザラザラしているとマジックのノリが悪いので、最近は小口をスライド丸鋸でカットして名前を書くようにしています。ジャカランダの小口をカットしたのがこちら。周辺は乾いているのに内部はまだ水分が残っていて、ミディアムレアー状態です。これぐらいのサイズであればここから内部まで乾燥するのに1ヶ月もあれば十分ではないかと思います。

木が若いこともあって、恐ろしいほどに目は粗いですがこれが現実ですから仕方ありません。興味がある人にしか価値が見いだせないというタイプの木ですが、世の中にはこういうタイプの木を受け入れてくれる人も必ずいるはず。と、信じてこういう木も集めているわけです。材質がどうこういうよりも、その木がそこに在るとこに価値があるという意味ではまさに【森のかけら】の申し子のような存在。出口を探ろうにも材がわずかしかないので、今回はコレクション的な意味合いになりそうです。

後で知ったのですが、ジャカランダの苗木を鉢植えで観葉植物として育てるのも人気らしいのですが、それでよく葉が落ちる(ちょっと触っただけで枝ごと落ちる)ことが注意事項として取り上げられていました。うちのは外に植えていてかなりの大きさになっていましたが、少しの力でポキポキと折れていました。駐車場の入口を遮るように育ち、風が強い夜などはジャカランダの羽音が部屋の中にまで響いていたのが懐かしい。うっとおしいほどに散乱した葉や紫色の花も今では思い出の中・・・。




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