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11月21、22日の両日、松山市城山公園で開催された『えひめすごいもの博』に今年も出展させていただきました。いつものように『(公財)愛媛の森林基金』さんのブースにて愛媛県産材のPRや木育のお手伝い、木工商品の販売などをさせていただきました。毎年同じブースで出展させていただいていると、えらいものでほとんどPRしていなくとも、木の玉プールの匂いをかぎつけて常連ささんが訪ねてきていただけます。継続も力であるということを強く意識づけられます。
今年はちょうど「ゆるキャラグランプリ」が開催されていることもあって、愛媛県のイメージアップキャラクターである『みきゃん』の姿があちらこちらに。当然我等のブース前でも、みきゃんの描かれた幟(のぼり)がはためいています。2017年に開催される愛媛国体のマスコットキャラでもあるので、今後もまだまだ露出が続くようです。ゆるキャラについては、いろいろ意見もあるようですが、認知度の向上は間違いなし。
功罪あれどそのブームもさすがに下火になって、そろそろ本来の立ち位置に戻るのではないかと思います。それはさておき、準備の段階から出展業者の手伝いに来ていた子供たちがめざとくやって来て、自分たちがどのおもちゃが好きなのか、どうやって遊ぶのかなどを強くアピールしながら遊び始めます。その姿を見ていると、かつては私たち夫婦も3人の子供を連れてこういうイベントに参加していた頃の事を思い出します。今ではそれぞれ高校生、中学生になりました。
部活動の関係もあって、一緒に連れていくこともなくなりましたが、つくづく時間の経つのは早いものだと感じます。当時は3人の幼子がちょろちょろ動き回って大変でしたが、今思い起こせばそれも懐かしく楽しい記憶でしかありません。大きくなっていく子供たちの姿を見ていると、昔からずっと同じような事をしているなあと、成長の無さに呆れたり、よく続けてきたものだと飽き性の自分に感心したり。それもそのはず、早いもので材木屋27年目・・・。
私が大学を卒業して大五木材に入った当時(今からおよそ四半世紀前)、会社を切り盛りしていた専務と営業担当の方は前年度末に一緒に退職しており(別の材木屋として開業)、残っていたのは配達の運転手さんと女性の経理担当のふたり。さすがにそれではらちが明かないという事で、社長(私の父親)が個人で商売をされていた年配の材木屋さんを引き抜いてきました。社長は実家の建設会社と兼職していたものの、こちらには週に一、二度出て来る程度でした。
そもそも父親は土建屋で、材木屋としてはどこかで仕事を学んだとかいうわけでもなく完全自己流でした(その当時はバブル景気で、それでも充分に仕事量がありましたし、細かな事よりもスケール、物量で勝負する時代でしたので、豪放磊落を絵にかいたようなうちの父親のような人物が活躍できた時代だったのです。その後同世代の親世代の葬儀などに出ると、同じような話を幾つも聞きましたので、やはりそういう豪快で男気溢れる時代の材木屋たちが沢山いたのでしょう)。
その後数年してその年配の材木屋さんも辞められて、そこからは誰に何を教えてもらうでもなく、見るもの聞くもの触るものすべてが勉強であり、そのすべてが血肉であり、栄養であり毒であり、なんやかんやでここまで来たものの、先祖代々受け継いできた家訓や材木屋の掟のようなものがあるでなし、明快な仕事のルールがあるでなし。ま、それぐらい軟体動物であったからこそ業態の変化に耐えれたのかもしれませんが。なので仕事の内容も日々激しく変わっていっております。
なので材木屋の仕事といっても、普通のまともの伝統ある会社のそれとは随分違うものだとは思いますが、とりあえず子どもたちには、1日目はちょうど知り合いの大工さんに頼んでいた器具の制作のお手伝い、ビス打ちなどをさせ、出荷前の【森のかけら】の中身の確認や、家内の木の玩具の整理などをしてもらい、2日目は倉庫で少し木の話などをして、家具職人・善家君のところで実際に鉋掛けなどを体験。帰ってからは端材を使って木工や木材の整理などをしてもらいました。
わずか2日間で何をどこまで学べるというモノではありませんが、息子を含め材木屋の仕事を選んでくらた生徒が二人いた(幾つか選択肢があって、希望の多い場合は第二希望になるとかそういう裏事情はこの際聴かなかったこととして)という事はとても嬉しかったのと、息子がもし将来この仕事を天職に選んだとしても、自分が年老いても遊べるだけの振り幅を残しておかねばなるまいと、硬く決意させてくれた体験学習でありました。断言しておこう、材木屋は最高であると!
現在の弊社の仕事の主流は、今も住宅部材の商材ですが、主に無垢のフローリングや無垢のカウンターなどをはじめとする内装材に特に力を入れています。また無垢の家具の製造・販売、【森のかけら】や『モザイクボード』をはじめとするオリジナル商品の製造・販売、併せて植物性オイルなど塗料の販売、木の玩具や雑貨の販売、『木の玉プール』などの出張木育活動などが主な仕事内容となっています。今振り返れば、その多くは私が入社当時には考えもしなかったものばかり。
まさか入社して四半世紀後に、これほど仕事内容が変化するとは想像もしませんでしたが、それでも根っこにあるのは『大好きな木の仕事で生きて行こう』という思い。中にはうまくいかなかったことも沢山あって(そっちの方が多いかもしれませんが)、決して自分が思い描いたイメージ通りに進んでいるわけでも何でもありませんが、やりたくない事を徐々に控えていって、やりたい事を増やしていたらいつの間にかこうなったという感じ。なので今後も業態は相当変わるはず。
まあ、時代に合わせて変わっていかねば生き残って行く事も出来ませんが・・・。ですから、材木屋の仕事といっても千差万別で、市場やセンター問屋のように、ある程度ルーティンが決まっているわけではなくて、家を建てたい人に始まり、家具に興味がある、木工の材を探している、クラフト小物を買いたい、幼稚園のイベントに来てほしい、異業種だがコラボ商品を作りたい、大学・高校・中学・小学校の先生や生徒、行政、アーティスト、デザイナー様々な人が訪れます。
そのどれもこれもに共通キーワードが『木』。ただマテリアルとして素材をだけを扱い続けていたならば、決して今のような展開にはなってなかったと思います。今にして思えば、十数年前あたりからジワリと舵を切り始め、国産材に執着せずに世界のあらゆる樹に目を向けたことで、仕事の振り幅もかなり広がったと思います。明確なビジョンがあったわけでもありませんが、自分がしたい事をやりたいように楽しくするわけですから、こんな自由奔放な仕事でいいのかとも・・・
過日のブログで触れた地元の中学生の体験学習の授業ですが、本日ふたりの中学生が会社にやって来ました。中学二年生としてはかなり大柄と小柄の凸凹コンビ。実な何を隠そう、小柄なのは私の愚息。今回この体験学習の話が合った時(双子のうち、娘の方は幼稚園に行く事になったのですが)、息子が大五木材を選ぶというので、私としては家業の仕事はいつだって体験できるのだから他の職業を体験してみたらどうかと意見したものの、息子なりに考えて決めたようです。
まあ動機はどうあれ、授業の一環として会社に来たからには息子だからといって特別扱いはしません。照れくささはあったのでしょうが、息子も自分なりに『小さな覚悟』を持って臨んだよう(当然、担任の先生からは自分の親の会社に体験学習に行くという事で、一層まじめに取り組むようにとの指導もあったと思われますが)。体験は2日間で、どういう事をするかはすべて企業にお任せなのですが、一般の方が想像される『材木屋の仕事』って一体どんなものなのでしょうか?
まさか、貯木場にに浮かべた丸太の上に乗って竿を差している姿や丸太を筏に組んで河を流れているような姿を思い浮かべるような人はいないと思いますが、職業的な分類としては理解していてもその仕事の内容を理解している人は案外少ないのではないかと思います。材木屋の仕事というのも、私が入社した四半世紀前とは随分と変わってきました。その頃は、プレカットなんてなくて、材木屋の土場では大工さんが切り組みをして汗を流している光景が当たり前でした。
それから時が流れ、今や材木屋の軒先を借りて切り組みをする大工さんの姿を見る事はほとんどありません。それ以前に材木屋の数そのものがめっきり少なくなってしまいましたが。自慢ではありませんが弊社には現在、住宅の骨格をなすベイマツの梁や桁の在庫は1本もありませんし、柱とて数本程度。躯体部分についての加工はプレカットが主流になり、流通業たる材木屋の仕事も変わらざるをえなくなったのです。それが良いか悪いかという問題ではなくて、経営選択という現実。続く・・・
3年前にも受け入れさせていただいたのですが、地元の中学2年生生が行う職業体験学習で今年は弊社にも申し込みがありました。いろいろな職種で、それぞれが希望した仕事を2日間体験するというものです。3年前にも同じような事を書きましたが、この世に数多ある仕事の中でも、材木屋というのは結構レアな仕事だと思っています。子どもたちの通う中学校(およそ500人)ではクラスどころか学校全体でもお父さんが材木の仕事をしている人って、恐らく私ひとりかと。
松山城を中心に考えてザックリと全体を東西南北に分けると、弊社は「城北」という事になるのですが、城北地区でみても材木屋及び製材所は10件にも足りません。以前は弊社の近くにも製材所がありましたし材木屋も幾つかあったものの廃業や倒産などですっかりその数が少なくなってしまいました。もはや国道沿いで製材所が操業するのは非常に困難な状況。弊社が創業した当時の写真を見ると周辺には何も無いような場所でしたが、今や周辺にはビッシリ家が立ち並んでいます。
家の構造部分についてだけでなく、多くの部材がプレカット工場から直接現場に届けられるようになった昨今の流れの中で、材木屋という仕事がいつまで残っていけるのか大きな不安を感じています。遠い将来どころか、既に『業態的な変革期』を迎えていて、それぞれの材木屋がどういう生き方をしていくのかという選択を迫られています。特殊な耳付き板や家具など扱いが増えている弊社の事を、先見の明があったなどと言ってくれる同業者がいますが、それはとんでもない話。
別に先を見越して仕事の内容を軌道修正してきたわけではなくて、それが好きだから続けてきただけの事であって、10数年経ってみればたまたまその選択が悪い方向に共感してくださる人が多かったというだけの事。結局、誰に何と言われようとも自分がしたいと思う事しか継続出来ないし、そうでなければ日々の仕事に楽しみも喜びも感じられないというのが私の結論。そんな偏屈材木屋の仕事を通じて、子どもたちに何か伝えられる事があれば。とりあえず月末の本番に向かっての打ち合わせ終了。
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