森のかけら | 大五木材


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気がつけばすっかり秋も深まり、夕焼けがやけに美しい。天気のいい時には事務所の裏から夕焼けを眺めて感傷に浸るのが最近のルーティンとなっていました。そんなある日の日曜日に、家内が「今日は夕焼けが綺麗に見えそうだから近くの山に行かない?」と誘いがあり、二人で夕焼けの時間に合わせて山に行くことに。山と言っても標高わずか200mの低い山。会社から車で北に15分ぐらい走った距離にある宅並山という山です。家内は友人からその山の存在を知って2度ほど登った経験があります。

決して高い山ではないけれど、そこから北条の海が一望出来て、海に沈む夕焼けが見える隠れスポットとのこと。夏に娘が姫路の大学から帰省していた時にも二人で登ってきました。車で15分ぐらいの距離で気軽に行けるということと、標高200mの低い山という事で、最近運動不足だったこともあり軽い気持ちで行くことにしました。仕事をしていたら出かけるのが少し遅くなって日没までギリギリっぽくなったので急いで事務所を出発。到着してみて標高差160mを600mの山道で登るという現実に愕然

頂上まで600mと聞くと、すぐそこやないかと思われるかもしれませんが、標高差160mを細い山道で一気に登り切るのでその角度たるや相当に急峻!別段有名とか由緒がある山というわけではないのですが、地元の方々が大切に管理されていて、道に沿って花が植えられていたり、途中に案内板が建てられていたり、頂上にはベンチなどが置かれていたりします。しかし急峻な参道は雨風で削られ思っていた以上に険しい(あくまで私視点)。看板が見えてきたのでかなり登ったかと思ったら、まだわずか100m!既に私の呼吸は乱れ、大粒の汗が額から滴り落ちる・・・。

今回が3度目の家内は軽快に先を行くのですが、この先どれほどの急こう配が待っているのか分からない私は不安と息の乱れで足もおぼつかない。しかし私の体力不足を太陽は待ってくれない。急がねば日が沈んでしまう!急がねば!そう思うのですが、情けないことに足が動かない・・・頂上に近づくほどに道は荒々しく急峻になり(私の脳では45度の壁のように感じられました)、家内に励まされながらどうにかこうにか日没までに頂上に到着。今まさに太陽が海に沈もうかというところでした。

息切れしながらでも上るだけの価値がある絶景です。家内とふたりで美しい日没を堪能するとそそくさと下山準備。山道には灯りもないので、暗くなってしまうと足元も不安定で非常に危険。まだ足元が明るいうちに下山しなければならないのです。これがまた降りる時の方が膝への負担が半端ない!絶対にダイエットしようと誓わせてくれます。後から知ったのですが、ここには中世伊予の有力者だった河野氏が城(砦)を築いて、河野氏が滅亡する天正13年(1585)まで、道後湯築城の前線基地として防衛の要だったようです。決して大きな山ではないのですが急峻な斜面を利用した軍事基地であったとは驚きでした。かつては重い鎧をつけたもののふたちも息を切らしてこの山道を登り、美しい夕焼けに平和の安寧を願ったのかもしれません。もう少し体力をつけてから、次は昔のもののふに思いを馳せて再チャレンジしてみます!




またまた本日も愛媛県歯科医師会館の『愛媛県産広葉樹のモザイクボード』の話なのですが、書き残しておきたい事がいっぱいありまして3日連続となりました。今回建物の設計を担当された矢野青山建築設計事務所矢野寿洋さん、青山えり子さん、から最初にお話をいただいたのは、今年6月頃のことでした。その段階で家具の納品は9月末頃ということでしたので、およそ3ヶ月半ぐらいは期間がありました。こんなに納期に余裕があることは珍しく、だいたいが「なぜもっと早く発注してくれなかったんですか~!」という事が多いのですが、余裕のある発注は本当にありがたい!

しかし実際は余裕があり過ぎると油断したり、その間に他の急ぐ仕事を入れ込んだりして結局最後は慌ただしくなるのはなるのですが(笑)、それでも事前に余裕を持って準備が出来たり、作り方を検討できる時間があるというのは非常に助かります。今回のソファーは完成した姿を見るとシンプルな箱型に見えますが、座面部分はすべてスノコになってして調湿効果を得られるようにデザインされています。スノコにも愛媛県産のヒノキを使うという徹底ぶりです。更に脚部分にはこちらも愛媛県産のクスノキ

クスノキにはタンニンが含まれ耐湿性にも優れている木です。そういい見えない分部にもこだわって材料を選ばせていただきました。また今回はソファーという事で、布地部分の制作はTOWER(タワー)室愛彦さんにお願いしました。室さんにはいつもは家具の木材を買っていただいているのですが、今回はソファー制作の過程も知れて勉強になりました。弊社の場合は家具を作っているといっても、材料の供給とプロデューサー的な役割で実際には善家君や室さんたち職人さんが作っていただいています。

それでも従来の、木材市場から仕入れてきた材を現場に持って行くだけの流通仕事に比べると、毎回悩んだり考えたりすることばかりで大変ではありますがとてもやり甲斐を感じます。私自身はモノ作りはできませんが、選ぶ木材に意味を持たせたり、名前の由来や特徴などの木の背景を織り込んでモノガタリ作りという側面から家具作りに関わりたいと思っています。最近では、門前の小僧習わぬ経を読むスタイルで、ごくシンプルなものであれば弊社でも製作するようになりましたが、やっぱり作るって楽しい!




本日は昨日に続いて愛媛県歯科医師会館が作らせていただいた愛媛県産広葉樹モザイクボードの家具、応接室の大きなテーブルについてです。このテーブルのサイズは2000☓1200㎜で、中央部に愛媛県産のトチ(栃)の板を挟んでいます。こちらも矢野青山建築設計事務所矢野寿洋さん、青山えり子さんによるデザインですが、すべてモザイクでなく無垢板を一枚挟むことで全体的に落ち着いた印象になりました。自分でデザインするとついついモザイクボードを目立たせねば~と、過剰に露出させようとしてしまい使い過ぎる事が多いので勉強になります。

間に挟む木の種類は一任していただきましたので、私の判断でトチ(栃)にさせていただきました。モザイクとの色のバランスを考えて落ち着いた色合いの木ということも在りましたが、何よりも考えたのはこの建て替えられた会館の「地域の方々や県民の方々に開かれた活動をしていく」というコンセプト。そこで選んだ木がトチ(栃)。今までにも何度か紹介させてもらいましたが、トチは大きな葉や実が沢山つくことから、「十(とう)も百も千(せん)も葉や実が付く縁起の良い木」とされています。それで昔は十千と書いてトチと呼んでいました。

そこから十☓千(10×1,000)=万(10,000)で、木偏に万を付けて「栃」になったとされています。多くの実がつくことから縁起の良い木としても知られ、白星を招くという意味でも大相撲のしこ名にも使われるなどしています。より多くの市民・県民に親しまれる建物になってもらえばという思いも込めてトチの木を使わせていただきました。そもそもトチは大きく成長する木ですのでテーブルなどの一枚板としても人気があり、広めの材が得やすいという物理的な理由もあります。誰にも分っていただかくてもいいのです、自分が納得する理由が欲しいだけなのです。

こういう大きなテーブルを作るにあたってはモザイクボードの特徴を最大限に活かせます。今回は長さが2,000で、間に板を挟んだ事でその必要はありませんでしたが、もしもこれがすべてモザイクボードだけで作ったとしても、500幅なり600幅の規格サイズを幅剥ぎすれば問題なくワイドサイズのテーブルが作れます。製造能力の問題で、現場ごとのフルオーダーというのはまだ難しいのですが、幅方向については対応力のある商品だと考えています。そういう事もこういう事例を経験させていただきながら考えるところ。明日はその「見えざる部分」について。




2020年末に解体され建て替え工事が進められていた愛媛県歯科医師会館が先日無事竣工しました。その中の応接室に弊社のテーブルとソファーに『愛媛県産広葉樹のモザイクボード』を使ったいただきました。建物の設計を手掛けられた矢野青山建築設計事務所矢野寿洋さん、青山えり子さんが、家具の素材として選んでいただき作らせていただいたものです。小口方向のブロックピースを化粧面に露出させるなどこだわりにこだわられた理由は完成品を見れば分かるデザインの説得力。

通常はフィンガージョイントしている継ぎ手方向が小口に出るか、あるいはブロックピース面とが混合してしまうのですが、それをあえて小口面はすべてブロックピースで統一させることで、ブロックピースに囲まれた家具のような面白い印象を受ける造りになっています。ただしこれはワンピースが正四角形ではないため継ぎ手の細工などは結構大変な作業でもありまして、製作してくれて善家君ZEN FURNITURE)が苦心しながら頑張ってくれました。

愛媛県産広葉樹モザイクボードは、現在愛媛県の『新たな県産材利用促進事業補助金』の採択を受けて、専用サイトやパンフレットなどの制作も行っているところですが、活用事例の扉に最高の実例となりました。愛媛県産の広葉樹だけに限定して、その時々に入手できた20~25程度の種類を使って製作しています。そもそも愛媛県の広葉樹の供給が不安定で、その集材や乾燥期間も試験的な段階で大量注文に応えられるだけの対応力はまだありませんが、今回の実績は大きな自信となりました。

愛媛県産の広葉樹のみで製作しているため、弊社の既存商品である『モザイクボード』に比べるとどうしても地味な印象はありますが、かえって落ち着いているとか派手すぎなくていい(店舗向きと思っていたがこれだと個人の家でも使える)などの肯定的な意見も多くいただいて、今後はワールドワイド版と愛媛版をTPOに合わせて使い分けていこうと考えています。納品後にこっそり座らせていただきましたが、『モザイクの王』になった気分で独りニンマリと気持ち悪い笑みを浮かべていました。明日はこちらのテーブルについて。

 




少し前の話になりますが、愛媛県大洲市にある『梶田商店』に行って来た時の話。梶田商店は知る人ぞ知る老舗の醤油醸造蔵元で創業は明治7年。梶田商店の屋号は『』で商品にもその名が冠されています。私の実家では、物心ついた頃から醤油のことを「みとせ」と呼んでいたので、醤油とは別に「みとせ」というものが存在すると思っていました。それが梶田商店で造られた天然醸造で醸した生(なま)醤油に再び醤油麹を仕込んで発酵・熟成させた醤油「巳登勢」であった事を知るのは大人になってから。

その巳登勢を作っている梶田商店の事を知ったのは今から10数年ぐらい前のこと。知人から「大洲に醤油馬鹿がいるので、会ってみたら」と教えてもらいました。相当にマニアックで醤油の事を喋らせたらいつまでも熱く喋り尽す等々、聞けば聞くほど興味が湧いてくる。職種は違えどもその道を究めようとする熱い人とは会って話を聞いてみたい。そしたらその後、たまたま醤油馬鹿こと梶田泰嗣君に出会うことになりました。会ってみると噂に違わず醤油が煮えたぎるほど熱い男でした!

ところで今回梶田商店を訪れたのは、昔の郷愁に誘われて家で使う醤油を求めて来たわけでも、木材と醤油の新たなコラボ商品の開発のために来たわけでもありません。ちょっと別に用事があって来たのですが、梶田商店の中に入れてもらい醤油造りの内側をいろいろと見せていただきました。実は醤油と木は深い関わりがあって、梶田商店でも昔は杉樽に醤油を入れて保存されていたそうです。今は使われなくなった杉樽が積み上げられていましたが、それはそれでオブジェとしてもオモシロイ!

醤油とスギの関係は、ウィスキーとホワイトオークのような関係で、それぞれの木樽に仕込むことで材から滲出する木質成分がまろやかさやコクを生み出すのだ思います。梶田商店でも昔は専用の杉樽屋さんがいてそれを使っていたそうですが、後継者問題もあって徐々に樽屋が減少。今では杉樽を製造するところは全国でもわずかしか残ってないそうです。究められたものづくりも一旦途絶えてしまうと復活するのは難しい。全国でも貴重な保存料なし・無添加の巽醤油醸造の伝統は真の醤油馬鹿ではなければ守れない!




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