森のかけら | 大五木材


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1そうです、闇の中からゴールデンバットが、いやコウモリが現れたのです。しかも子供たちの奇声は私の少し先の天井の高いの所から聞こえています。「キャー、コウモリが出た~!」狭い洞窟の中でエコーする子供たちの嬌声、奇声に驚いたのか、この景色を必死にカメラに収めようと、一人遅れて最後尾でキョロキョロしながら歩いていた私の方へ向かってコウモリ達が飛んできました!屈んでいた私の顔のすぐ横を風のようなスピードで飛んでいきました。ぶつからないと分かっていてもやっぱり恐いものです。それでも勇気を振り絞って、コウモリたちをカメラに収めようと頑張ったのですが、1枚も写ってはいませんでした・・・。動揺でカメラも揺れる、揺れる。コウモリといっても特別珍しいわけでもなく、松山の自宅の傍でもこの時期よく群れをなして飛んでいるのですが、これほどの接近戦は初めて。

 

3幸いにも最後尾であったために大人の動揺を子供たち見せなくてすんだのが幸いでした。その後もかなり数のコウモリが頭の周辺を飛び交いましたが、これだけ撮って写らないという事はもしかして幻?少し行くとコウモリゾーンは終了して、また静かな「軽めの絶景」が現れます。足元やライトなどきちんと整備されていて危険度は少ないのですが、部分的に狭い箇所が幾つかあり何度か頭と背中を痛打しました。ヘビー級の方はダイエットしてから来ることをお勧めします。仕事柄、自然素材の中でも木にばかり目が行きますが、石も1万年もの悠久の時を経ると物凄いものに「進化」するものです。たまたまこうして穴神遺跡は発見されましたが、日本には人目に触れることない太古の絶景がまだまだ眠っている事でしょう。誰かに見られるために在るわけではないでしょうが、やはり何だかもったいない気がしてしまいます。

 

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子供たちはどんどん先に進んで姿も声も聞こえなくなると、洞窟には静寂が訪れます。ライトの届かない先には、どこまでもどこまでも続く漆黒の闇・・・。一人で静かな洞窟というと、子供の頃に観た映画が脳裏をかすめます。昔は洞窟の中というシュチュエーションは、もっぱらSF映画の主戦場で、何といっても幼心に深く洞窟の恐怖を刻み込んだのは『続・猿の惑星』(1970年)に登場する地底人です。今見直せば、とてもテープなメイクではありますが、当時は(日光を浴びないので色白になり)血管が浮き出したような表情とテレパシーで会話をするという設定が衝撃でした。映画とは分かっていても、もしかして世界のどこかには地底人がいるのではという男の浪漫を覚醒させてくれました。物語は何でもありのかなり強引な展開でしたが、このシリーズはどれも大好きです。

 

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 それと、どうしても名前が出てこない映画があるのですが、それは私に狭い地下空間の閉塞感を植え付け、今でもそれがトラウマになっています。舞台はエジプトで、王のミイラをピラミッドに埋葬するのですが、そこで棺をかついでいた部下達が王のミイラと共に生き埋めにされるのです。ちょうど、両親が出掛けていて、たまたま自分だけでテレビの古い映画を観ていたのですが、これは子供ながらに恐かったです。心底ビビリました!6人の女達が洞窟で体験する『ディセント』(2005年)というホラー映画がありましたが、その百倍は恐かったです。それからしばらくは、地下に閉じ込められる夢を見るようになりました。その影響から今でも狭いところは苦手です。特に屈みこんでは進まねばならないような暗い狭小空間は避けれるものならば避けたいのです。ようやく希望の灯りが見えてきました。

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映画だけでなく子供の頃に感じた事象は大人になっても忘れるどころか、行動の指針になったりします。それを考えると、ほとんどの人が人生に1回しか経験出来ない家造りという大事業の中で、ご縁があって弊社の材を選んでくださるお客さんに、少しでも心に残るような『木の物語』やエピソードをご紹介したいと思うのです。しかしながら、個人の能力はいかんともし難く、思いばかりが先走っているのですが・・・。何の材を使うにしても、『使うことには意味がある』事を知っていただきたいのです。もっと頑張らねば・・・。




20100819 コウモリ洞窟探検譚・其の一①お盆で帰省している時に、こども達を隣町の城川町のプールに連れて行くのがこの最近の恒例行事となっていて、今年も例に漏れず集団で出掛けました。地元の野村町ではなく、隣町というのがミソで、こちらの方が距離的に近いという事もあるのですが、知り合いの数も圧倒的に少なく、気兼ねなく子供と遊べます。短いながらもウォータースライダーもあって子供たちは大満足でした。いつもはヘトヘトになるまで遊ぶのですが、今年は猛暑で早めに切り上げました。着替えも終えちょっと時間を持て余していると、『鍾乳洞』の看板が!

20100819 コウモリ洞窟探検譚・其の一②えっ、こんな所に鍾乳洞があったかなと思っていましたが、町の施設で訊いてみると、プールから車で5,6分の距離にあるという事でまさに灯台下暗し。何かの予感に動かされ、皆で行ってみる事にしました。通常は鍵が掛かっているが申し込みがあれば開けていただくという事で、早速スタッフの方が現地で待っていただいていました。その名は、『穴神鍾乳洞(あながみ)』で、市の指定文化財(天然記念物)となっていました。消えかけた看板の文字が否が応にも雰囲気を盛り上げます。何~?看板には「縄文草創期」の文字が!1万2000年前の事です。

20100819 コウモリ洞窟探検譚・其の一③自分の無知を恥じながらも闇の入り口の前に。そこは鉄の扉が固く閉ざされていて、開錠していただくとまだ入ってもいないのに足元に冷気が伝わってきます。違う意味で冷たくなりそうです!中に入るといきなりほぼ直角に梯子があるのですがせ、狭い!そこを登ると更に奥に続く通路も更に狭い~!小さな子供たちはキャーキャー言いながらもスイスイ通り抜けて行くのですが、こちらは腹を引っ込め、背中を丸めなんとかかんとか奥へ奥へと。短パンにスリッパでしたが気分だけはインディ・ジョーンズです!

 

20100819 コウモリ洞窟探検譚・其の一④この鍾乳洞は昭和44年に地元の小学生がコウモリを取りに入って偶然発見したものらしいです。たくさんの土器や石器、動物や人間の骨もたくさん発見されたようで、かつてこの地で人の暮らしが営まれていた事を物語っています。コウモリ?嫌な予感がしましたが、子供たちの手前動揺を見せてはいけません。少しビビリながらもドンドン奥に進んで行くと、それぞれに名前のつけられた芸術的石筍(せきじゅん)石柱が現れてきます。派手さはありませんが、結構見どころもあります。高さが7,8mもある所もありますが、屈まねば通れない狭い所も多く、75mという全長以上に長く感じます。小学生が最初に発見した時には当然明かりもなかったことでしょうから、さぞかし驚きと恐怖もあったのではないでしょうか。何でも「最初の人」、「ファーストランナー」は偉大です。しばらく進むと子供たちの悲鳴が・・・!




20100813 絶景かな、9歳のくるりん①昨日は双子の9歳の誕生日という事で、この数年恒例となった高島屋での食事との屋上の大観覧車『くるりん』コースへ。今時誕生日に百貨店と観覧車いうのもある意味凄い(昭和世代の誕生祝?)と思うのですが、以前は誕生日のこどもは『くるりん』が無料ということだったので、それを目当てに出掛けていました。いつまで一緒に出掛けて、手をつないで歩いて喜んでくれるものか分かりませんが、今このかけがえのないひと時を楽しもうと思います。少し遅めの晩餐を楽しんだ後は、お楽しみのくるりんにいざ乗車。左の二人が二卵性の双子。右端がお姉ちゃん。

20100813 絶景かな、9歳のくるりん②定員が4名なので私とこども3人が乗り込み、家内が下で待ちます。上のお姉ちゃんがびびり症でこういう乗り物が大の苦手で、昔は乗り込むのもひと騒動でしたが、さすがに来春中学生になる歳になり、恐怖感も克服した模様・・・と思っていたら、逆に双子の♂の方がびびって、女の子チームの方が楽しんでいました。遥か眼下には子規が『春や昔、十五万石の城下かな』と詠った十五万石を越える夜景が広がります。松山城もライトアップされ闇の中空に明るく浮かびあがってました。

20100813 絶景かな、9歳のくるりん③松山城は加藤嘉明公によって築城された、姫路城、和歌山城と並ぶ日本三大連立平山城のひとつで、上の画像で街の中に浮いているように見える黒い部分が勝山です。この大観覧車「くるりん」の輪の直径は45mで、土台からの高さは47mもあり、 高島屋のビルの高さも含めると実に85mにもなるそうです。松山城を頂く勝山の山頂の標高が134.7mという事ですが、高島屋付近との標高差が30m近くあるので、山頂付近とだいたい同じくらいの高さだということです。コンクリートなき時代にこの高さは天下は計る高さであったことでしょう。加藤嘉明公は松山城の完成を見ることなく遠く福島は会津藩に国替えさせられてしまったので、天守閣から城下を睥睨(へいげい)することはなかったのですが、さぞこの絶景を眺めたかったことでしょう。

 

20100813 絶景かな、9歳のくるりん④会社は13日から16日までお盆休みをいただいておりますので、今宵はのんびりした気持ちでこども達の誕生日を楽しめる余裕がありました。毎年お盆の帰省前のバースデイなので、いつも思うのですが、松山で生まれたこどもたちにとってはこの夜景の街が故郷です。私も大学生の時から松山に出てきて、もう25年が経ち、この夜景の下で過ごした年数の方がすっかり長くなり、東京や大阪のような大都会のような延々と続くド派手ではない、ほどほどのサイズのこのネオンやライトの煌きがほどよく体に馴染みます。 これだけの光の下には数十万人の人が暮らしていらっしゃいます。そのうちのわずか数%の方でもいいから、木の事に興味を持ってもらえればどれだけ多くの「木のファン」が増える事か。それを伝える人間の数は限られています。そういう立場を与えられた特権をしっかり実行しなければと決意が固まります。

20100813 絶景かな、9歳のくるりん⑤改めて街を見渡すと、ご縁のあった建物や商業施設の姿が見えます。その数が毎年少しずつながら増えてくるのを数えると、こども達も大きくなるわけです。こども達からは、来年も再来年もずっと一緒に「くるりん」に乗って~と頼まれましたが、それはこちらがお願いしたいところなのです。来年もみんな無事健康でこの日を迎えれる事を願っています。さて、しばし松山を離れ墓前の両親に挨拶してきます。ブログは毎日更新しますが、ご注文いただいている商品等の発送は17日以降となりますのでご了承下さい。

 

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夏の湯玉③

今年も道後温泉事務所から、【湯玉ハガキ】のご注文をいただき、早速製作に取り掛かり、先日無事に納品させていただきました。何事も経験が大切で、3年目になると大分要領も分かってきましたので、工程でのロスも少ななってきました。ハガキの宿命として、購入された方の手元にいつまでも置いておく物ではなく、誰かの元に送られてしまううえに、購入される方のほとんどが観光客の方ですから、購入してどうだったかという直接的な感想を地元の方から聞ける機会がないのはちょっと残念なのですが、順調に売れているようなので何よりです。

夏の湯玉①道後で購入された【湯玉はがき】が、全国のどこに送られているのか興味は尽きませんが、松山市民の一人として、【湯玉はがき】をご購入いただいた全国の観光客の皆様に厚く御礼申し上げます。松山観光のささやかな思い出に加えていただければ幸いです。この【湯玉はがき】に触発されて、観光のお土産として松山らしい「木のモノ」が出来ないかを真剣に考えるようになりました。桧の生産量日本一を誇りながらも、控えめな県民性が災いしてか、そういうPR商品がほとんどないのが現実です。

 

夏の湯玉④

この【湯玉はがき】や『えひめイズム』で、観光客の民さんに商品を提供する立場になって初めて見えてくるものがたくさんあります。例えば、乗用車でお越しになっていたとしても駐車場まで持って歩くことを考えれば、重たいものやサイズの大きな物は基本的にNGという事。その後の観光も考えると、小袋に軽く収まるかさばらない物が理想です。更に家族単位でのお土産の場合は、同じものの色違いなどが選ばれやすいとか、数を購入される際、計算しやすい価格設定にするとか、いずれも基本中の基本ですが、大きければ大きい方がいいという材木業界の風潮にあってはどれもが頷くことばかりで今更に勉強することばかりです。しかい一方で、そういう常識を知らない恐さ、あるいは無知の勇気(?)というものもあり、あまりそういうお土産はかくあるべきというルーティンを知ってしまうと、イメージが広がらなくなってしまうの問題です。

夏の湯玉②

観光とか松山のPRというキーワードを無理矢理はめ込もうとすると、何だか窮屈なモノしか生まれそうにないので、ここは原点に返って材木屋らしい発想で、『何だか面白そうな木のモノ』を目指そうと思います。新しい商品なんて、ちょっとしたきっかけなのですが、その裏にはたゆまざる日々の洞察があるのだと思います。それまでは気にする事もなかった『道後の湯玉』ですが、今回の納品に行って道後温泉の本館周辺を歩いてみれば、の木に色とりどりの湯玉の短冊(?)がたくさん吊るしてありました。自分が関わっているわけでもないのに、こども達の願いが実に微笑ましく思えます。きっと、建築以外にももっともっと『木』を活かす道や輝く舞台はまだまだあるはずです。誰かがそれを見つけるまで、どこかの影で見つけてくれるのをじっと待っているのでしょう。早く見つけねば~!




20010731 恐るべし、バリィさん!①ラジオで聞いて最近知ったのですが、愛媛県今治市のイメージキャラクター・バリィさんが何やら人気らしいですね。今治市は、全国でも有数のタオルの生産地でありますが、高校野球の「今治西高校」でご存知の方も多いかもしれません。松山市の隣の市になります。今治市の産業などをモチーフにしたゆるキャラのようですが、今治は焼き鳥も有名で、そこからトリ(ヒヨコ?)になっているようです。また頭には来島海峡大橋を戴き、手にはタンカーのミニチュア造船が盛ん)、腹巻(タオル)と、改めて見れば今治市は特産品と呼べる物多いんですね~!このバリィさん、愛嬌もあって秀逸なゆるキャラではないですか。なんかこの自己主張の強くなさそうな控えめで朴訥とした感じがまたいいんじゃないでしょうか。

 

20010731 恐るべし、バリィさん!②全国各地でさまざまなゆるキャラが作られているようですが、あまりに奇抜な物ややり過ぎてしまったゆるキャラは賞味期限も短いようです。長く愛されてこそのキャラクターですから、あまり時代性に迎合したキャラを作ると後々「痛い」事になります。やはりキャラクターにとってもっとも肝心なのは、「飽きがこない」という事と「シンプルで分かりやすい」ではないでしょうか。このバリィさん、何だかベタベタっぽいけど、きっとこういうモノが案外残っていくような気がします。誰にでもかけるじゃん・・・っていうのも大事な要素だと思います。書ける=真似される、というのも人気者の証ですから。弊社のキャラクターマーク『だいごちゃん』は、シンプルで書きやすいですよ~。『何も見なくても、いつでも誰でもどこでも描ける』、これを目指しました。素人デザインですからこのレベルですが、何といっても使っている本人が気に入っているのが一番です。

 

20010731 恐るべし、バリィさん!③実はそろそろ『だいごちゃん』の兄弟も作ろうかと考えたのですが、このキャラに魂を絞り過ぎて次が出ません。これがアマチュアとプロの差でしょう。ビギナーズラックは1回限りです。まあ。これがビギナーズラックなのかどうかは本人の受け取り方次第ではありますが・・・いいんです。この『だいごちゃん』も、パルスデザイン大内さんにロゴや色をつけていただき、当初よりは随分洗練されました。それにしても無地のTシャツってと思うでしょうが、小さく小さく印刷する時なんかは、無地の方が細部がつぶれないのでいいです。プロに任せればもっと素晴らしいデザインが出来るのは分かっていますが、キャラには『愛着』という目には見えない要素もあります。こればかりは中からにじみ出る物ではなく、受け取り側が感じ作るもの。だいごちゃんもこう見えても既に10歳を超えました。

 

20010731 恐るべし、バリィさん!④ところで、久万高原町もキャラクターマークを募集しているとの事。今まで無かったのが不思議なくらいですが。『久万郷』や井部健太郎君のお陰で久万高原町とも浅からぬお付き合いをさせていただいております。これは恩返しの意味も込めて応募してみるか!。しかし久万=熊といっても、熊が棲んでいるわけではないし、林業の町だと丸太坊のようなベタベタになるし、高原野菜といっても今治の特産品ほど際立った特徴がないし、う~ん、これは案外難しい・・・。なるほど、そう考えるとバリィさんの凄さが分かります。人気は伊達じゃない、恐るべしバリィさん!




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