森のかけら | 大五木材


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20150322 1この大相撲春場所は最後の最後まで大いに楽しませてもらいました。2年前に触れておくべきだったのにすっかり忘れてしまっていて今頃になりましたが、この春場所で横綱・白鵬と最後まで優勝争いを演じた東の関脇の『照ノ富士』について。今更ながらですが、照の富士ことガントルガ・ガンエルデネは、1991年モンゴル・ウランバートル市生まれの23歳。18歳で鳥取城北高に留学して相撲を始め、3年生の時に中退して間垣部屋入門しました。

 

20150322 2小所帯で強い稽古相手もいなかった間垣部屋で伸び悩んでいたものの、平成13年に角界でも有数の稽古量を誇り、横綱・横綱日馬富士や小結・安美錦など強豪力士を揃える伊勢ケ浜部屋に転籍すると才能が一気に開花。その年の秋に十両昇進、翌年に新入幕。そしてこの春場所で、75年ぶりの「新三役の7連勝」を達成しました。残念ながら翌日稀勢ノ里に敗れ、昭和以降初の快挙とはなりませんでしたが、白鵬の連勝記録も36で止めてみせました

 

20150322 3192cm、179キロの堂々たる体躯を誇る若き巨体は将来末恐ろしくもありますが、遠藤ら日本人力士との対決も楽しみです。さて、その照の富士ですが2年前に、十両に昇進した際にそれまでの『若三勝』から『照ノ富士』に四股名(しこな)に改めました。これは部屋の大先輩にあたり、私自身の名前のルーツでもある横綱『照国』と、伊勢ヶ浜親方の現役時代の四股名『旭富士』から名づけられたもので照ノ富士への期待の大きさが感じられるものです。

 

20150322 4以前に、同部屋の先輩であり母国の英雄でもある日馬富士が大関に昇進して四股名を改名する時にもこのブログで触れたのですが、その時も『照国』の大看板を譲り受けるのではと話題になりました。結局、照国の四股名は復活する事はありませんでいたが、あんこ型で『桃色の音楽』とまで称された横綱・照国の名前は、そっぷ型の日馬富士にはちょっと違和感がありました。その点、見るからにもち肌であんこ型の照ノ富士には照国継承の素養あり。明日に続く・・・




20141231 1我が家の年末年始は、兄弟妹家族が実家に集まって過ごすのが恒例で、それは今年も同じなのですが、いつもと違う点は長女の通う高校(松山北高)の男子サッカー部が第93回全国高校サッカー選手権大会に出場する事になり、長女も学校の応援バスツアーで試合の開催される千葉県のフクダ電子アリーナへ。30日の夕方に松山を出発して車中で2泊、1月1日の早朝に松山に戻って来るという0泊3日という強行軍。実家に帰省している私と家内は、年明け早朝から松山へ娘を迎えに戻って来ることに。

 

20141231 2私はサッカーには詳しくないのですが、それでも高校サッカーの聖地と言えば国立競技場というぐらいの事は知っていました。それが、今年から国立競技場は19年のラグビーW杯や東京五輪に向けて7月に解体工事が始まり、8万人収容の新スタジアムが建設されるということで大改修工事のため、高校サッカーの会場としては使えません。それで関東周辺の幾つかの会場で分散開催され、準決勝と決勝のみ埼玉スタジアムで開催されるという変則的なスケジュールで行われるそうです。

 

20141231 3応援ツアーへの参加申し込みがあった当初、長女はあまり興味を示してはいませんでしたが、違う部とはいえ、全国大会に出場する母校の応援に大会会場に行ける幸運をみすみす逃すなんてモッタイナイという親の説得に押される形で渋々申込み。それが出発時期が近づいてくると次第に気持ちも高ぶってきたようで、前日にはかなりハイテンションになって、応援の掛け声も口ずさむほどに。松山北の相手は、「関東の雄」と称される栃木県の矢板中央高校で、戦前予想は圧倒的に松山北不利!

 

20141231 4まあ、勝てないまでも全国大会の雰囲気を味わう事で自分の部活(バドミントン部)のモチベーションでも上がれば、という程度の思いでこちらとしては送りだしたのですが、いざ試合が始まってみると、試合開始早々にラッキーな先制点が入る、続けざまにもう1点追加!圧倒的不利の予想を覆し、2-0で前半を折り返し。これはもしや?!という色気も出た後半急失速・・・後半は別チームに生まれ変わったような相手の動きに押し込まれ、アディショナルタイムでまさかの逆転ゴールを被弾。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERAあと一歩のところで惜しくも逆転負け。グラウンドに泣き崩れる松山北のイレブン。そしてスタンドで肩を震わせる応援団。嗚呼、なんと残酷なことか・・・しかしそれゆえにその姿のなんと清々しく爽やかなことか。ひたむきにグランドを駆ける彼らの姿に、娘もきっと何か感じるものがあったと思います。『振り向くな 君は美しい』のフレーズが今年はより深く響きました。「ただ一度めぐり来る青春に火と燃えて生きてきたのなら誰の心もうてるはずだろう」心燃える限り青春時代、初心に戻って、青臭く火と燃えていこうと誓った年の瀬。




20140714 12014年のブラジルワールドカップにおいて、日本は残念ながら予選リーグ敗退という結果に終わってしまいましたが、世界を巻き込んだ熱狂の中で密かに【森のかけら】はその足跡をブラジルの地にもしっかりと刻んできたのです。後に『ミネイロンの悲劇』と呼ばれるようになるドイツVSブラジル戦の試合当日、『かけら』はミネイロンスタジアムで歴史の目撃者となったのです!これは、世界中に張り巡らせた『森のかけら世界征服プロジェクトチーム・ブラジル支部』の魂の記録です。

 

20140714 2白熱のブラジルから秘密裏にこの記録を送ってくれた彼の未に危険が及ぶ可能性があるため、その素性等実名は公表できません。仮にここでは彼の名前をミスターZとしておきましょう。『森のかけら』をさり気なく世界各地で起こる歴にに残るビッグイベントの隅にさり気なく登場させるという、ウッディ・アレンの映画のような壮大なプランを決行してくれたミスターZの勇気ある勇気と決断には敬意を払うばかりです。まさかあんな大差でブラジルが負けるとは・・・!

 

20140714 3なにせ本来の目的は、ドイツに勝って熱狂する底抜けに明るいブラジル人に、笑顔で『のしるし/だいごちゃんバージョン』を掲げてもらおうという趣旨だったのですから・・・。会場周辺からして銃を携帯した屈強な警備の軍人さん(?)の姿が見られるほど物々しい雰囲気!そこまで熱心なサッカーファンではない私にとっては、信じられないような高額の入場券でしたが、その数倍の値段で交渉するダフ屋も沢山いて、まさに4年に一度の祭典にサッカー狂が世界から集結。

 

 

20140714 4入場の持ち物検査で危険物と判断されたらどうしようとい不安の中、持ち物検査に望んだミスターZでしたが、木のモノは世界共通のメッセージツール。ブラジルに日本の木の良さを広めに来たのだという無言のアピールが通じたかどうか分かりませんが、怪しまれることもなく入場に成功。この時点ではまだこの後悪夢のような結末がスタジアムの空気を凍らせるなどとは誰ひとり想像する者はいません。今にして思えば、試合前に数々の足跡を残したのはミスターZの賢明な決断であったのです。




20140412 1  昨日に続いてホエールズの話。その大洋ホエールズは、1960年に優勝して以来、1998年に大魔神・佐々木投手などを擁して優勝するまで長い低迷期にありました。その辛さは、1987年から2001年までの15年間に再会を0回も経験するという魔の暗黒時代を過ごした阪神ファンとしてはとてもよく分かります・・・。大洋時代には、カミソリシュートの平松政次をはじめ、松原誠、山下大輔、基満男、長崎慶一、高木豊、斉藤明雄、野村収など職人技を持ったいぶし銀の選手が沢山いました。

 

20140412 2そういえば「巨人の星」の左門豊作も大洋の選手でした。かつてあまりに弱くて白星を献上してしまう事から『横浜大洋銀行』などと揶揄された時代もありましたが、1998年に優勝した年は自慢のマシンガン打線が炸裂して、日本一まで一気に駆け上がりました。わが阪神との相性は、歳によって極端なのですがなにとぞお手柔らかにお願いしたいものです。その弱小大洋ホエールズ時代に入団し、豪快なホームランを打って、「オバQ」の愛称で親しまれ人気を博した田代富雄という選手がいました。

 

20140412 3現役引退後は監督代行まで務めながらも、親会社の球団経営にも翻弄され解任され、思うような成績は残せませんでした。それでもあまり彼を強く非難する声がなかったのは、戦力不足に対する同情もあったでしょうが、氏の人間性によるものだと言われました。その田代富雄について書かれた『最後のクジラ~大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生』は、昭和のプロ野球を知るファンであれば、贔屓チームの垣根を越えてたまらなく愛おしくなる一冊です。私は週刊誌に連載されている頃から読んでいました。著者の赤坂英一さんは、1963年広島生まれのスポーツライターですが、よくプロ野球の記事も書かれています。世代が近い事もあって共感し合えるネタが多い事もあるのですが、他のライターとはひと味違った、スポーツ選手の「ひととなり」にスポットを当てた人情味あふれる筆致が大好きです。以前に巨人の川合選手の事についても書かれた『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』もお薦め!

 

 

20140412 4さて、なぜ突然にその大洋ホエールズの懐かしい話を持ち出したのかというと、先日、国際司法裁判所は日本の南極海での調査捕鯨を国際捕鯨取締条約違反とする判決を出し、それに伴い予定していた北太平洋での調査捕鯨を日本が延期したというニュースを知ったからです。少し前にも日本の捕鯨の現状ついてご紹介しましたが、反捕鯨については単純な動物愛護や生態系保護だけの問題だけでなく各国のさまざまな政治的思惑も絡み合っていて難しい問題となっています。この項、更に明日へ・・・

 




20140411 1わが愛する阪神タイガースは、開幕の巨人との3連戦の悪夢を払拭し、驚異的な破壊力で好調を維持しております。なかなか球場へと足を運べない地方のファンとしては、勝った翌日のスポーツ新聞で勝利の余韻に浸るのがささやかな愉しみですが、今のところその機会も多くて嬉しい限りです。さて、その野球と、最近また話題となっているクジラの事について、ちょっとつながりがあったので触れます。現在日本プロ野球機構(NPB)にはセ・パ合わせて12球団があり、それぞれに親会社が存在しています。

 

20140411 2かつて多かったのは、新聞社や鉄道会社などでした。 昔は映画会社(東映、松竹、大映)や不動産会社(日拓ホームフライヤーズ/現在の日ハムの前身)なども球団を持っていましたが、現在はIT企業(楽天やソフトバンク)なども球団経営に乗り出してきてその顔ぶれも時代とともに大きく変わってきています。昔は、それこそ国が球団を持っていた?(国鉄スワローズ/現在のヤクルトの前身)こともあったのですから、まさにプロ野球の球団経営は社会の流れを映し出す鏡。さてその長いプロ野球の歴史の中でも異色を放つ企業がありました。

 

20140411 3昭和のプロ野球ファンには懐かしい、『まるは』のマークの大洋ホエールズ。現在の横浜DeNAベイスターズの前身です。昨年末に群馬の冷凍食品工場で農薬混入騒動が起きましたが、そのアクリフーズの親会社(現在は吸収合併)にあたるマルハニチロこそが、かつてのホエールズの親会社・大洋漁業だったのです。吸収合併や株式移転などがありその変遷は非常に複雑ですが、そもそもは水産会社が山口県下関をフランチャイズとして立ち上げた球団だったのです(翌年本社は東京に移転)。

 

20140411 4今はすっかりユニフォームのデザインもスタイリッシュになってしまいましたが、昔はオレンジとグリーンの斬新な(!)色使いで、少年の 心を凍りつかせたものです。子供心に、いい大人があんなユニフォームを着せられて可哀想などと思ったものですが、今となってはあの昭和の香りプンプンのユニフォームがとても懐かしく感じられるのです。1993年に横浜ベイスターズになってからはすっかり垢抜けてしまいある意味非常に残念です。その大洋ホエールズはなぜか憎めない存在だったのです。明日に続く・・・




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