森のかけら | 大五木材


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最近なぜか耳付きの一枚板のお問い合わせが急増しております。一枚板の売れる枚数って、多少の差はあっても大体一年間でどれぐらいていうのは経験則で分かるのですが、この1、2年は通年以上にお問い合わせも多く、販売量も増えています。用途はダイニングテーブルや座卓が圧倒的ですが、昨日の勉強机や商業店舗のテーブルなど用途もそれぞれ。飲食店のテーブル等が増えたというのもありますが、それよりも一般の住宅でスポットライトを浴びる機会が増えてきています。

 

住宅におけるダイニングテーブルの場合、850~900X1800~2000㎜程度の耳付き一枚板を希望されるケースが圧倒的です。一応こちらもそのあたりのサイズを想定して仕入れはしているものの、いつ売れるとも分からない高額商品ゆえいくらでも在庫できるわけではなく、サイズだけでなく樹種や色合い、節、耳の具合などの条件を含めると、ご要望にお応えできないことも多くあります。いつでも何百枚でもありますよ、なんて言ってみたいものですが悲しき懐事情。

 

倉庫も小さいために、回転の遅い商品はどうしても奥へ奥へと詰め込まざるをえません。お声がかかるたびに奥から引っ張り出して埃を吹き飛ばして、土場に並べてご覧いただくことになるのですが、大きな倉庫があってもきっと大きいなりに使ってしまうので、結局同じような結果になると思われます。無いものねだりをしても仕方がないので、現有戦力で最大限の効果を発揮できるように工夫しながらやっていくしかありません。今日も今日とて一枚板を引っ張り出して並べています。

 

住宅の場合、いくら適サイズでもあまりに重たいものは敬遠されます。また弊社の場合は、無節で形が整ったものよりは、むしろ形がいびつで節や割れがあるものを好まれるお客様が圧倒的に多く、形の変わったものから売れていきます。なので無節の形の綺麗な板ばかりが残ってしまい、偏屈材木屋の品揃えとしては非常に不本意なことに。数年前に仕入れておいた材も徐々に乾燥期間を経てデビューが近づいておりますが、それが追いつかない~!なんて言えるほど売れるよう頑張らねば!




20160407 1今回は両親が久し振りの平日休み(松山独特の慣習・節句やすみ)なので、子供たちに家族で遊びに連れて行ってあげるということで連れてきた広島への小旅行の予定でしたが、結局期の仕事に関連するところを巡るということになってしまいました。まあしかしそこはこどもたちも慣れたもので、それは覚悟のうえ。そういった環境の中でどれだけ楽しめるかというのが、我が家の家風。私たちのDNAを引き継いでくれている子どもたちであればどうにかその環境下でも楽しめるはず。

 

20160407 3そうは言いながら当初は、親らしく子どもたちの事を優先して、子どもの楽しめるところへなどと殊勝な事を考えていたものの、ナビで検索すると、近くに木に関連するショップがあると分かると、とりあえず近くだからと寄り道、引き返すコースになるから先に行ってみようと寄り道、そのお陰で私と家内は久々にたっぷりと充電が完了。実は弊社でも現在木材倉庫の中の大幅なレイアウトの変更を計画していて、その参考になればという思いでいろいろな店を巡ったりしています。

 

20160407 2何年も前から家内からは木製玩具コーナーや木工等をするためのスペースを取り入れた倉庫の大胆なアレンジに着手したいとの話を聴いていたものの、忙しいや倉庫の中が材料が一杯で動かすことすらままならないなど「出来ない理由」を並べては、いずれいずれと逃げてきたものの、本当の理由は別のところにあって、それは私の中の「決断できない心」。それが今年になって、永年その重しになっていた事柄が1つ解消できたことで、少し余裕も生まれ変化の中に身を置くことに。

 

20160407 4といっても現実的にはまだまだ倉庫が一杯で物理的にモノが動かせないので、今はどういうレイアウトにするか、動線や電気配線をどうするか、塗装スペースとの兼ね合いなどいろいろと策を練っているところです。やっと今頃になってという思いと、ここまでマグマを溜め込んだからこそ、などなど複雑な思いはあるものの、少しだけ気持ちに余裕も生まれてきて、体と心と人と経済的なバイオリズムが整い始めて、普通の材木屋が、普通でない木のもの屋に足を踏み出そうとしています




20160405 1広島県廿日市の木材団地には『2次元・3次元の特殊加工の鬼』と呼ばれる男がいる。鬼の名前は富田徳明。10数年数前に、当時お互い所属していた木青協(日本木材青壮年団体連合会)の地区の大会か役員会でその姿を見たとき、思わず「リアル仁義なき戦い」来た~!と思ったほどに眼光鋭く(いや、その人を射るような眼差しはサングラスの奥にあったかもしれませんが)、大友勝利仁義なき戦い 広島死闘篇で、千葉真一が演じた)のごとくはだけられた胸にはヒカリモノ。

 

20160405 2あまり調子に乗って本当の事を書いていると、背後から「おどれも吐いた唾、飲まんとけよ!」とか言われそうなので、仕事の話に戻します。その前に富田君の会社の名物をご紹介。木材関連企業が居並ぶ廿日市の木材団地の中でも、ひときわ目を引くのが㈲トミタの会社の塀の外壁に描かれた巨大でファンキーなアート。確かアーティストを志望している富田君の知人か他人(?)が絵の練習用にと描いては消し、描いては消しされているもの。消してしまうのがモッタイナイほど見事!

 

20160405 3そんなアートを拝みながら工場に入ると、中では黒い眼鏡から普通の眼鏡にかけ直し、千葉真一から「仕事の鬼」へと変身した富田君の姿が!工場の中には、曲げや楕円、斜め加工など2次元、3次元などの特殊加工に対応できる様々なマシーンが所狭しと並べてあります。恥ずかしながらメカにはとんでもなく弱いため、どれが何をどうやって加工するのか、どういう名前のものなのかサッパリ分からないのですが、きっと超働きモノのマシーンであることは容易に想像がつきます。

 

20160405 4予告なしの突然の訪問であったにも関わらず、歓迎していただき本当に感謝です。富田君の実父である親方ともお話しさせていただいたのですが、最近は今までに取引のなかったような会社からも特殊な注文の依頼が増えてきているそうです。恐らくNOとは言わない性格と思われるので、どうにか工夫をして依頼に応えるプロフェッショナルの矜持が感じられます。もっと早く工場に伺って、特殊加工のお願いをせねばと思っていたのですが、工場を拝見させていただき安心感倍増!

 

20160405 5たぶん少々の特殊加工ぐらいでは笑われるに違いないのでしょうが、こういう会社と繋がりがあると思うととても心強いです。そして何よりも嬉しかったのは、事務所の壁にしっかりと張っていただいていた『森のかけら』のポスター。感激のあまりレンズがカメラで濡れるのを気にしながら、今後のおつきあいも固く約束して記念写真。念願の訪問も終えて、これで満足して子供たちの行きたい所へ連れていけると思っていたところ、我々の前に突然の訪問者が現れたのです!その話はいずれまた・・・




20160404 1私の誕生日の翌日だからというわけではなく、松山市周辺の慣習として4月4日は節句休みということで会社はお休み。滅多にない平日の休みで、子どもたちも春休み中ということで、急遽広島に遊びに行くことに。子供たちの部活の練習などで、なかなか家族5人の都合が合わず、しばらく遠くへ出かけることができていませんでした。今回も結局高校生の長女は都合がつかず、4人で行くことになったのですが、1日で帰って来れて何か木に関連するものがある所ということで広島に!

 

20160404 2本来の目的は日頃おろそかにしている家族サービスという建前なのですが、三つ子の魂百まで。木の仕事をしている木のモノフェチの両親の影響で、幼き頃からその背におわれ、ベビーカーに揺られながら木の展示会に出展したり、イベントに参加させられてきて育ってきたため、遊びに行くといってもどうせ木にちなんだ店に立ち寄るんだろうという認識と覚悟が、子供たちにも刷り込まれています。ということで、実にスムーズな流れのまま、父は広島市廿日市へと車を走らせるのでした。

 

20160404 4目的地は、広島で『2次元・3次元の特殊加工の鬼』と呼ばれる㈲トミタさん。社長の富田徳明とは、仕事のお付き合いはほとんどないのですが、知り合ってからおよそ10数余年。その間に幾度も膝を突き合わせて酒を酌み交わせてきました。それはお互いに地元の、木青協日本木材青壮年団体連合会)に所属していて、愛媛木青協の私と、広島県西部(広島には複数団体あり)の富田君は、同じ中四国地区ブロックなので、よく会議や大会、懇親会などで顔を合わせてきたからです。

 

20160404 4そんな私たちも既に会は卒業して(地区によって変わりますが愛媛は45歳で定年)いるのですが、同じ釜の飯を食った仲間として絆は卒業後も深まるばかり。いやむしろ、会を卒業してから絆が深まり、取引に結び付いていくのがこの会の魅力。現役の頃は、正直地区単位の役職の絡みなどもあってお互い腹の探り合いなどもあって、なかなか仕事と会の運営が割り切って考えられないこともあったりうるのですが、卒業して属性が切り離されるとピュアな立場で関われる不思議な世界。続く・・・




20160403 14月3日で50歳材木屋になって28年、正確には材木の仕事に就いて28年。最近は、「おたくは何屋さん?」と訊かれるのも取材等の常套句となっているほど、一般的な材木屋のイメージからはかけ離れた業態となっているのかもしれません。それは望ところなのですが、いちいち説明するのがまどろっこしい。アンケートやら申請書などで職業の細かな分類分けの項目があると、いつも迷いながら(何か面白いことを書いたほうがいいのか)「木のもの屋」と「木材小売り業」を使い分けてます。

 

20160403 2面白いことを書かねば・・・というのは一種の職業病というか、自分が勝手に自分に架した使命のように思っていて、いつ頃からは新聞やメジャーな雑誌などの自己紹介でも普通にふざけた、いや使命感に忠実にことの経緯や自分の思いを書くようになりました。それでも、ちょっとふざけすぎなんて言われたことはないので、もっと弾けないとダメだと反省しているところです。材木業界以外の方との出会いにおいて、とんでもないような御仁と知り合いになることが増えてきたのですが、

 

20160403 3そういった弾けた方々と比較すると材木業界はなんとまじめでおとななんだろうかとつくづく感じます。自戒と皮肉を込めてですが、やはり大工・工務店といった日々のルーティンの中で仕事をこなしてきて、末端(消費者)と直接交渉する機会がなかったため、自分の仕事や商品の魅力や楽しさを伝えることが非常に苦手。その謙虚さが材木屋の美学でもある、という思いは私自身も無いわけでは無いのですが、木は絶対に暮らしに必要不可欠という虚城の中の妄想のようにも思えるのです。

 

その城の中にいれば外敵に攻め込まれることもなく、どうにか慎ましく生きていけるはずだったのに、いつの間にか気がつけば多くの仲間の城が次々に落城し、わずかに残った近くの城と傷をなめ合うように連携するものの、難攻不落だったはずの城壁にも日々ほころびが見え始める始末。こうなったら思い切って城を飛び出し外の世界に出るしかない!いざ城下へ飛び出してみれば、日々その影におびえて敵と思われていたモンスターの正体は実は・・・というのが28年目の今。

 

20160403 5怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけよ。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。』とは、かの哲学者ニーチェの言葉。決して木を嫌いなひとなどいない、というアドバンテージを頑なに信じて、無理に城を出ることなく、罠に落ちた獲物だけで生き延びてきた時代もかつてはあっただろう。それが幸せだったのかどうかは分からない。先の王たちが生き抜いた時代に跋扈した怪物たちの呪縛を解き放ち、城ではなく平原を目指す!




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