森のかけら | 大五木材


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20160904-1 愛媛県内には同世代の材木人が結構いまして、その多くが愛媛木材青年協議会(以下、木青協)にも所属していて(45歳で卒業のため、今はOB)、共に会の運営に携わってきたので、今はそれぞれが会社の社長や専務といった立場ではあるものの、長い木青協での活動で戦友のような連帯感が生まれ、卒業後のその深い絆はつながっています。そんな同世代の木材人の一人が、伊予市の㈱日野相互製材所日野猛仁社長。法政大学でラグビー部の主将を務めたスポーツマンにして市会議員

 

20160904-2その血を引くご長女の日野未奈子さんは、立命館大学の3回生ですが、父親譲りのスポーツウーマン。今回、リオで開催されているパラリンピックの視覚障がい者マラソンに出場される近藤寛子さん(滋賀銀行)の伴走者として出場されます。直接の関わりはないものの、友人の娘さんがオリンピックに出場されるなんて凄いことです。そこに到達されるまでにもの凄い練習や苦労を重ねてきたことだと思われます。本番のレースは今月の19日ということですが、ご活躍を祈念しています。

 

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そんな日野君のところは、オペレーター不要の製材機「ノーマンツインバンドソー」を備えた機械化の進んだスギ・ヒノキの大量生産製材工場です。主に愛媛県産材の柱材や板材を生産されていて、過熱蒸気式乾燥機全自動高温木材乾燥機によってしっかりと丁寧に乾燥された製品を、弊社も分けていただいているのですが、県内はもとより遠くは東北の方にまで出荷されています。身近なところに高品質の木材を提供してもらえるところがあるということは非常にありがたいこと。

 

20160904-4 弊社では主にスギの下地板を分けていただいています。地域や工務店さんによって違うのでしょうが、このあたりで弊社がお取引をさせていただいているお客さんは下地板はほぼ100%スギを使われます。南予地域では一部ヒノキを使われるお客さんがいらっしゃいますが、スギに関してはすべて日野君にお世話になっています。下地板については未乾燥材をもらって、弊社で1枚ずつ桟を入れて天日で1~2ヶ月程度乾かせてから、12㎜にプレーナー加工して販売しています。この話明日に続く・・・




20160902 1愛媛県はその地形から県域を3分していて、東部を東予、中央部を中予、南西部を南予と呼びます。私はその南予にある野村町の出身なのですが、平成の市町村合併で西予市に合併されたため「南予の西予市」というちょっと分かりにくい事になってしまったのですが・・・。その3つに地域にはそれぞれの地域に根差した文化や方言、風習などがありますが、南予の内子町(うちこ)には、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定された江戸時代の商家が連なる街並みがあります。

 

20160902 2内子町は松山から大洲、八幡浜、宇和島などの向かう旧大洲街道に位置していて、かつてこの地では櫨(ハゼ)の木や漆(ウルシ)の木から作った木蝋の生産、取引が盛んで町は反映し、その名残が商家の街並みです。活気のあった地元の有志達によって大正5年、回り舞台や花道、枡席などを整えた都市型劇場『内子座』が建てられました。歌舞伎やら芝居が行われ賑やかでしたが、老朽化が進み取り壊しも検討されましたが、地元の強い要望で改修工事が行われ現在も使用されています。

 

20160902 3その内子座が2016年に創建100周年を迎えたことで、先日記念式典などが執り行われたのですが、その中の1つに社会学部現代社会学科の鈴木輝隆特任教授と、新国立競技場や新歌舞伎座などを手掛けた日本を代表する建築家の隈研吾氏による対談形式の講演会がありました。8月の27日に開催されたのですが、残念ながら私は仕事の関係で行けず。そんな中、俳句甲子園の後片付けやらで忙しいはずのごりょんさんこと甲斐朋香先生がSENSEのメンバーを引き連れて内子座に潜入~!

 

20160902 4おふたりの講演が終わるのを袖で待ち構えていて、テロリストのような勢いで登壇し、勢い懐から俳句ストラップを取り出して、有無も言わさず渡しつけて記念写真を撮るというマッチポンプのパパラッチもどきの暴挙に!現場でその光景を見た人によると、何の説明もなく俳句ストラップを差し出し、ただ「コレ作って下さった材木やさんが喜ばれますので〜!」という半ば脅迫のような言葉で迫り写真を撮ったということで、まさに「疾きこと風の如く」を地で行く甲斐の虎の本領発揮!

 

20160902 5恐らくおふたりともその鬼気迫る勢いに圧倒されて有無もなくなすがまま、何がなにやらわけも分からない一瞬の嵐のような出来事であったのでなかろうかと思われます。俳句甲子園で極限まで上がったテンション冷めやらず。その行動力に頭が下がります。これって衝動的な行動ではなくて、前日からしっかり計画してバッグの隅にストラップを隠し持っていたって事です。そしてここぞというタイミングで飛び出されたのでしょう。それはまさに命がけの直訴のようなものだったのかも。

 

20160902 6ごりょんさんを突き動かしたのは、いま時のひとである隈研吾さんと一緒に写真を撮りたいからなどという下品な自己満足などではないはず。きっと「コレ作って下さった材木やさんが喜ばれますので~!」というただそれだけの思いだと思うのです。誰かを喜ばせたいという子どものようにピュアな気持ちに私は感動を覚えるのです。恐らく深く計算なしに本能と嗅覚だけで行動されている(!)と思うのですが、そういうところがこのお方のとてつもない魅力。もしこれが策略だったら完敗。




20160901 1甲斐先生と出会うまでは、私にとっては甲斐といえば甲斐の虎・武田信玄(あるいは久万高原町の甲斐工房さん)しか思い浮かびませんでした。九州生まれの甲斐先生とは信玄とのつながりは全く無いと思うのですが、どうしても私の脳内では武田信玄と甲斐先生のイメージがダブってしまい、時々甲斐先生を遠くに眺めた時に思わず赤備えの鎧をまとわれているのではなかろうかと錯覚してしまうほどなのです。そう考えだすと新潟で開催中の家康名宝展すら気持ちの中ではつながってしまうのです。

 

20160901 2話が脱線したついでにもう少し「甲斐信玄」の話をしますと、そういう交錯した私の妄想が脳内を支配しているため、甲斐先生から電話とかあると、頭には映画「影武者」の「動乱の戦国を巨大な幻が行く」という宣伝コピーと共に、馬に乗った武田騎馬隊が駆け抜けていく蹄の音が聞こえてくるのです。条件反射とは恐ろしいものですが、それほどに甲斐先生はパワフルで野心家(いい意味で)。ただし深謀遠慮というよりは、まずは動いてみるタイプであることは後日の暴走っぷりが証明。

 

Exif_JPEG_PICTUREそういう裏方の人々の協力があって、俳句甲子園は無事終わったのですが、今年の優勝は東京の開成高等学校A8度目の栄冠を手にしました。個人最優秀賞句は、順位とは無関係に選ばれるのですが、こちらは愛媛県立松山中央高等学校池内嵩人君の「豚が鳴く卒業の日の砂利踏めば」というユニークな句に決定。俳句ストラップを作る前であれば戸惑いがあったと思うのですが、ストラップ制作過程で多くの俳句を目にしてきて、意味そのものよりも五七五の旋律の軽快さや音の響きも楽しめるように。

 

こうして高校生たちの熱いドラマは幕を閉じたのですが、こちらはまだオーダーメイドの俳句ストラップの制作が残っているのでまだ気が抜けません。それでもこうして松山の夏の風物詩となっている俳句甲子園にわずかでも関わらせていただけたのはありがたく、また大変刺激にもなりました。是非SENSEのメンバー(OBも歓迎!)たちと来年も関わらせていただければと考えています。ところでテンションの上がった甲斐信玄公の熱は覚めず、思わぬところでまさかの暴走~!




Exif_JPEG_PICTUREさあ、いよいよこのブログにおける『もうひとつの俳句甲子園』もいよいよ佳境!高校生のための大会であるわけですから高校生が主役となって目立つのは当然ながら、それを陰で支える先輩の大学生や地域のボランティの協力があってこそ。『俳句ストラップ』は、SENSE愛媛大学俳句研究会(俳句甲子園出場のOB多し!)と大五木材によるコラボですが、実際にはSENSEを率いる松山大学法学部の「ごりょんさん」(詳しくはこちら)こと甲斐朋香准教授の力によるところ大!

 

Exif_JPEG_PICTURE最終的な打ち合わせなどでは学生たちが声を出してくれるものの、それまでの地固めはほとんどすべて甲斐先生がやられたといって過言ではありません。そしてその手となり足となりかいがいしく動いているのが、今年唯一の甲斐ゼミ生の一色美来さん。おふたりとは昨年初めて知り合った(今ではとてもそうは思えんが)のですが、ベテランコンビのように息が合っていて、SENSENの活動も阿吽の呼吸でメンバーたちを引っ張っていっているよう。この二人なしに俳句ストラップはない!

 

Exif_JPEG_PICTURE裏方の苦労を声高に叫んだり、決して自分の手柄を讃えたりしない謙虚で控えめが服を着て歩いているような(そこまで言うと言い過ぎか)甲斐先生だからこそ、ここであえて私が声を大にして言っておきたいのですが、こんな素晴らしくて楽しい先生のゼミを選ばない後輩たちよ(一応母校なので)、君たちはひとを見る目がない~!大学の勉強そのものは実社会でほとんど役に立たないが(個人的意見)、甲斐ゼミでは理屈ではなく体験を通して社会で生きる逞しさを身につけられる(はず)。

 

20160831 5しかし、もし自分が大学生の時に甲斐先生に出会ったとしていても、そのエネルギッシュな行動力と決して何事にも物おじしないオーラに圧倒されて、ゼミに入るどころかきっと近づくことすら出来なかったことでしょう。それほどに当時の私は自分に自信のかけらもありませんでした。人は出会うべきタイミングで出会い、それは決して早すぎることも遅すぎることもないと言われますが、今この年齢で、この立場でお会いしたからこそ分かるごりょんさんの「凄さ・大きさ」なんだと思います。




20160822 1こういう機会があると冷静に自分の過去を時系列で振り返ることになるのですが、よくぞ途中からけもの道に舵をきっていたものだと(ビジョンが見えていたわけではなかったのですが)。今年もいくつかの同業者が店を畳んでしまいましたが、もともと安定感の乏しかった小売りの材木屋の営業スタイルはこの10年で激変しました。柱や桁の在庫すらないような営業の形が成り立つとは夢にも思いませんでした。変貌する時代の中で、足元を見つめ直す時間を作ることも大事なことかと。

 

勉強会と名乗ってはいても、時間の都合もあり質疑応答無しにこちらから一方的にお話しさせていただくだけだったので(本当は反応が知りたかったのですが)、いささか心配ではありましたが、酒を交えての交流会では面白かったとのお世辞などもいただき、すっかりご機嫌になって気分よく飲んでしまいました。愛媛木青協を卒業して5年も経つと、新しいメンバーが沢山はいっていて、その時に初めて名刺交換した人も数人。すっかり若返りに成功した団体になったようです。

 

かつては、会員は会社の経営者一族だけに限られていた定款も変更し、団体名から「経営者」を外す荒療治をしたもののすぐに成果は出ませんでしたが、今では職種も大幅に増えて、バラエティ豊かな顔ぶれが揃っていてOBのひとりとしては実に頼もしい限りです。そんな若手の会員と話をしていると、どうしてもついつい説教口調になってしまうのですが、それは自分が若い頃に一番嫌だったこと。遠い昔の思い出話を披露されながら延々続く説教は、ただただ拷問のようにしか感じられず。

 

そこだけは注意して「老害」にならぬようにせねばと考えているものの、ついつい口が滑ってしまう。説教爺にだけはなるまいと誓った若き日々も遠い昔。嗚呼、かつて私に何度も何度も思い出話を繰り返し語られた先輩方も、きっと心境であったのだろうか。その反省も込めて、私が同世代でもっとも信頼する設計士、ジューサンケンチクセッケイ石村隆司君と二人で反省会と称して2次会に臨むも、反省どころかますます舌が滑らかになって久々に痛飲。釈迦に説教の恐ろしき哉・・・。




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