森のかけら | 大五木材


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今日のかけら 番外篇・E053  【バカタ】  Bakata   アカリア科・広葉樹

ここで取り上げるにはもう少し先の予定だったのですが、パプアニューギニア産の木材が各地で出回るようになってきて、昔から温めていたキーワードが先に使われてしまいそうになったので、リスク管理を考えてここらで登場してもらうことにしました。若い頃に全日本検数協会が発行している『新輸入原木図鑑』を何気に読んでいたら、衝撃の樹名が飛び込んできました!私を釘付にしたその名は『バカタ(Bakata』!見たこともないバカタの木はそれからずっと私の心の中でムクムクと肥大化していったのです。 20210724 1

20210724 1 それが日本語ではないと分かってはいても、その木の背景には『天才バカボン』のパパの顔がうっすらと浮かび上がってきてしまいます。嗚呼、愛おしきバカタ!そしてその頃思い浮かんでいつかどこかで使いたいと思っていたキーワードがあります。それが本日のタイトルにもしている「そんなバカタ!?」。最適なシュチエーションとしては、バカタ材の前で値交渉をしている時に先方がとんでもない値段を言った時に驚きの表情とともに叫ぶというもの。

それから幾年月、神はまさに奇跡のような舞台を用意してくれたのです。パプアニューギニアのL.M.Hの原木の商談の最中の出来事でした。検数明細には樹種名はアルファベットで略して書いてあります。それが何の木を現わしているのか、原木商社の担当マンからその説明を聞いていた時の事。「LTはリトシアです。GOはゴルドニア。TRIはトリッチャデニアです。あ、バカタですね。SLRは・・・。」な、な、なんと~!?あまりもサラッと言い流されてしまったので20数年来待ち望んでいた千載一遇の大チャンスを逃してしまったのです(涙)。

さすがにショックで、その後も周囲には聞こえないようにマスクのなかで「そんなバカタ!?」を繰り返し繰り返し呟いていたのです。ところでこの名は主にインドで使われる呼び名のようで、市場などでは学名のトリッカデ二ア(Trichadenia philippinensisに由来する『トリッチャデニア』とか『トリカデニア』の名前で呼ばれているので、この木をバカタと呼ぶ人の方が稀ですが、弊社ではもちろんバカタの名前を優先的に使います。丸太は買ったもののまだ本格的に製材しているわけではないので、材質などについてはまた改めて。

蛇足ながら、愛すべき『天才バカボン』について。アニメとは違い漫画の『天才バカボン』の晩年は作者である赤塚不二夫の毒気が溢れ出しタッチもシュールになってストーリーは破綻。あまりのカオスっぷりに当時純真だった私はついていけなくなりましたが、今になって読み返すと長期のスランプから迷走し酒に走ってもがき苦しみながらも絞り出した鬼才の魂の叫び声が胸に響きます。アニメでは植木屋と設定されてしまったパパの職業ですが、本来はその名の通り無職(バガボンド=放浪者)で、「これでいいのだ」と人生を達観した作者同様に永遠の自由人でした。 20210724 5




仙女が柘の小枝に化けていて、それを拾った漁師が家に持ち帰ったら、人間の美しい女性になって二人は結婚しましたという話ですが、後日談があってその後夫婦は幸せに暮らしていましたが、やがて美女は天に帰ってしまったというもの。『竹取物語』に代表される昔話によくある天に帰還するパターン。この神話が何かを暗示、暗喩しているのかはよく分かりませんが、問題なのは、その時代にはヤマボウシ柘(ツミ)と呼ばれていたという事。現在では、柘の漢字は印鑑や櫛などに使われる『柘植(ツゲ)』に使われています。材質が硬くて摩耗性に優れている特徴は、まさに木編に石のごとく。

その柘という漢字がなぜヤマボウシに当てられているのか?柘はツゲ以外にもヤマグワ(山桑)にもあてられています。このあたりからややこしくなるのですが・・・木材業界で一般的にクワといえばヤマグワの事を指します。クワの仲間にハリグワ(針桑/学名:Cudrania tricuspidata) という種がいて、これは中国及び朝鮮半島原産で、養蚕の餌として明治期に日本に渡来しました。このハリグワの漢名が柘樹・柘桑というらしいので、そこからクワ全般の事を柘と表わすようになったのかも(推測ですが)。

クワの果実は、別名「マルベリー」とも呼ばれジャムやお酒なども人気ですが、ヤマボウシにも熟すると赤くなってクワによく似た実がつきます。そのためヤマボウシの事をヤマグワ、ヤマクワと呼ぶ地域もあります。それでようやく繋がるのですが、本来はクワを指していた(と思われる)柘の漢字がヤマボウシにも使われるようになり、柘枝伝説が生まれた・・・いや、いや、それでは奈良時代の末期(759年~)に編纂された万葉集に柘の漢字が出てくる説明にならない。よく分からなくなってきたので今回の推察はここでお手上げです。

そもそも柘実伝説の小枝がヤマボウシではなくヤマグワのことだったのかもしれませんし、なにより神話世界の話なのでそこまで樹種の特定など必要なくて後付けで可憐なヤマボウシが当てられたのかも。川上から流れ着たモノが川下の者(名前も味稲!)に富を与えるという話は、太古からの水信仰や稲作信仰にも相通ずるものがあり、用途の広いヤマグワの方がしっくりいくような気がしないでもない。とはいえヤマボウシも気乾比重は0.88で木目は蜜で材質は堅く締まっているので柘の名前にも相応しい木ではあります。




昨日に続いてヤマボウシの名前の起源についての考察ですが、日本書紀の時代(720)に既にヤマボウシと呼ばれていたということは、延暦寺は延暦7年(788年)に創建されたという事ですので、延暦寺の僧侶に見立てたという説は後付けっぽいですね。そうなると浮かび上がってくるのが倉田悟氏が著書『植物と民族』と唱えられている説。その説は「ヤマボウシの実は人々の眼をひき、丸くてぽつぽつとお釈迦様の頭のように凸起のあるその実は、しばし法師の頭とみなされている」というもので、僧侶の頭巾由来とは異なります。

頭状をした花序や包みの色にもとづく僧侶の頭巾説と、果実の形由来説があります。咲いた花を見ていれば僧侶の頭巾説がもっともだと思うし、花が落ちて果実だけになった姿を見ればお釈迦様の頭のように思えるし、いずれの説も先人たちがいかによく植物を観察し、それを何かに例えて表現しようとしたかがうかがいしれて実に面白いです。材質が硬い、やわらかい、加工具合がどうといったマテリアルとしての話以上に、私はこういった木の名前の由来や背景などについての話が大好きです。木の楽しみ方はひとそれぞれ♪

植物の名前の呼び名による混乱も私にはある種の謎解きのようで楽しい。こういう理由でその呼び名が通説となったのかという事が分かった時の快感といったら、汚れを落としたら予想外の杢が現れた時のそれに匹敵!ヤマボウシについても気になる事があったので今回改めて調べてみました。ヤマボウシの古名は『柘(ツミ)』というらしく、古くは万葉集にその名が出てきます。中でも有名なのが若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)が詠んだとされる「この夕(ゆうへ)柘(つみ)の小枝(さえだ)の流れ来(こ)ば 梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ」という句。

これは日本の神婚伝説の1つとされる『柘枝(ツミノエ)伝説』に基づいたものです。昔、大和国吉野川で漁を業とする味稲(ウマシネ)という若者が,川に梁(やな/魚を捕るための仕掛け)打って鮎を捕っていたらある日、上流から柘の枝が梁に流れてきたので、その柘の枝を拾い取って家に持ち帰ったところ小枝は美女に変じて二人は結婚したというものです。その伝説の事を詠ったのが若宮年魚麻呂の句で、仙女が化したという柘の枝がもし流れてきたならば、梁を打つような手荒な捕らえ方をしないで、それを取れないものだろうかという内容だそうです。明日に続く・・・




★今日のかけら・#116【ヤマボウシ/山法師】ミズキ科/ミズキ属 ・広葉樹・宮城産

 

自宅の東側に植えている『ヤマボウシ(山法師)』が可憐で美しい白い花を咲かせていたのは5月も半ばの事でした。今年はその姿もカメラに収めていたので、いまだに手つかずだった『今日のかけら』のヤマボウシの項を埋めようと思っていたらすっかり忘れてしまっていました。その事に気がついたのは、先々週にすっかり伸びてしまった庭木の手入れをした時。ついでにヤマボウシの枝を剪定していた最中に、そういえば以前に花の写真を撮っていたなと・・・。そんな事の繰り返し。

ということで写真もようやく蔵出し。ヤマボウシという変わった名前の由来ですが、花に見える中央の球形の花序を僧侶の頭に、それより下の花びらに見える4枚の総苞片を白色の頭巾に見立てて比叡山の延暦寺の山法師になぞらえたものだと言われています。比叡山延暦寺の僧侶と聞くと、私は織田信長による比叡山の焼き討ち(1571年)の事を連想するので、僧侶のイメージも屈強で戦闘的な集団のように感じてしまい、可憐なこの花とどうしても結びつきにくいのです。

私の中では勝手に信長と対峙する僧侶=山法師=ヤマボウシとなっているだけなのですが、果たして本来のイメージはどうだったのか?寺院の僧侶が武装するようになったのは、大寺院が巨大な荘園を持つようになった平安時代の中期とされています。寺領を守るために僧侶が武装するようになりました。その頃から「戦う僧侶」がいたということですが、ではヤマボウシはいつ頃からそう呼ばれていたのか?細見末雄氏の著書『古典の植物を探る』によると、ヤマボウシという名前が初めて現れたのは江戸時代後期『物品識名』(1809)において

 

それまでは美濃尾張地方の方言名であったヤマボウシという呼び名が標準和名として採用されたのだと書かれています。それまでは、『日本書紀』(720)に出てくる『イツキ』がヤマボウシの古名で、江戸時代まではイツキが標準和名だったとされています。愛媛県においても新居浜市西条市の一部では今でもイツキの名前が使われている地域もあります。このイツキは、ケヤキの古名のツキ(槻)とは関係が無いようです。日本書紀の時代から僧侶の頭巾に見立てられていたということは・・・明日に続く。




今日のかけら番外篇・E052【オリオモ】Oriomo   ツバキ科・広葉樹

魅惑のパプアニューギニア産材第3弾。本日ご紹介するのは、ツバキ科の広葉樹『オリオモ(Oriomo)』。初顔です。いろいろな文献を調べてみましたがほとんど資料がありません・・・。これもいわゆるM.L.Hの木として日本に輸入されて、「樹種は問わない」という事で名前も明記されずに流通されている木の1つです。自らの手でこの木の特性や可能性を切り拓いていかねばなりません。30余年の材木屋としての経験と自分の感性が頼り。とりあえず板には挽いてもらったので、乾燥工場に送って乾かしてもらうことにしました。

乾燥についても手探りで、どれぐらいの温度でどれぐらいの期間乾かせばいいのか試行錯誤の繰り返し。乾燥についてはいつも愛媛ドライウッド(株)さんに持ち込んでいるのですが、石井和典工場長がほぼデータの無い新顔の木材でも厭わずにトライしてくれるので非常に助かっています。強制乾燥によってどれぐらい収縮や反り、ねじれ、割れが発生するのかまったく分からず、リスクも高いのでそれぞれの樹種を少しずつ抜き出して試しています。持ち込んでからおよそ半月ほど経って、オリオモが大五木材に帰還しました。

わずかな手がかりとして、ある文献に気乾比重0.64というデータがありましたので、それほどたくはないだろうとの見当はつけていましたが怖いのは割れや反り、ねじれ。乾燥する際には最上部に重しを乗せる圧締乾燥をしていますが果たして!?わずか1本の丸太のしかもその一部をもってして、その木のすべてが分かったような事を言うつもりはありませんが、とにかく机上のデータではなく、実体験、体感した生の記録を残していくことこそが、生きた教材、触れる教材『森のかけら』の作り手としての使命だと考えています。

乾燥による表面割れ、反り、ねじれはほとんど見受けられませんでした。生材の時の見た目では、かなり割れて戻ってくるだろうと覚悟していたので拍子抜けするほど。削ってみると本来の色がハッキリ確認できましが、私の印象ではアカテツ科のモアビに近い見た目。一部柾目に挽いた中に面白い虎杢が全身に現れていますが、これもたまたまなのかこれが特徴的なものなのかは不明。Oriomo redwoodと記してある文献もありましたが、その名の通り心材は灰赤褐色で辺材はやや淡い色調モザイクボードにしろ色味の濃い木は大歓迎なのでこういう木はありがたい。これからは塗装もしてみて実際に使ってみながらデータを収取していこうと思っています。




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