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先日、愛媛県でも初の裁判員裁判が行われたようで話題となっているようです。テレビの前で第三者的立場で裁判のニュースを観ている分には、気楽に好き勝手な事も言えるし、冷めた判断も出来ますが、いざ自分が法廷に出るとなるととても冷静ではいられない気がします。確かに昨今の被害者軽視の判決あるいは、加害者の人権への過剰反応には怒りを覚えますが、最後の決断をするジャッジマンとしての責任と覚悟は、想像以上に過酷で重いものだと想像するのです。その代償としてプロの裁判官には、それなりの社会的地位が与えられるのでしょうが、『厳しい仕事』だと思います。小心者の私としては、そういう立場になった時には、ネズミ並みに心拍数が上昇しそうです。この仕事、血管がそうとう太くないともたないような気がしてなりません。
自分がその責を負うのはご遠慮したいと言いながらも、裁判そのものへの興味は尽きません。といっても生身の裁判はあまりにも重く、またドロドロした人間関係が生臭過ぎて私の性には合いません。やはり裁判は、映画か舞台で楽しむべきものです!裁判の映画の最高傑作といえばこれしかないでしょう、職人シドニー・ルメット監督の傑作『十二人の怒れる男』(1957)。初めてこの映画を観たのは、高校1年生のNHK名作映画劇場でした。当時は深夜に、字幕で昔の名作をよく放送していました。『地上より永遠に』とか『わが谷は緑なりき』、『大いなる幻影』なども名作もこの当時に観ましたが、今でも鮮明に覚えています。最近は、こういうCATVや専門のチャンネルが出来たのでそちらで放送されているのでしょうが、家族が揃って古い名画を観るというのもいいものです。映画と一緒に、横にいた母の面影まで思い出されます。感受性豊かな頃に観た映画は永遠に記憶に刻み込まれます。
この『十二人の怒れる男』は、アメリカで一人の少年の罪を裁く、選ばれた名もなき12人の陪審員の男達のドラマです。もともとはテレビドラマでしたが、のちに映画化されました。この脚本を書いたレジナルド・ローズが実際に倍審員に選ばれた事をきっかけに書いたというシナリオは、非の打ち所のない素晴らしい出来栄えで密室劇のお手本です!上映時間96分と決して長くはない映画なのですが、臨場感抜群で一瞬たりとも退屈する事はありません。12人の登場人物も感情豊かにきっちり細部まで描きこまれ、不必要なキャラクターが誰ひとりいません。昨今の裁判映画によくありがちな『終盤の大どんでん返し!』とか『驚愕のラスト!』などの、繰り返し観るに耐えない『こけおどしのような脚本』とは、一線を画するプロの仕事がここにあります。突然鳴り響く音楽もなく、ただ淡々と進みながらも、底辺にはヘンリー・フォンダの熱い魂の訴えが流れています。観終わってから、そのほとんどを裁判所の1室で撮ってあったと気が付くほど、カメラアングルも凝っていて退屈させません。うだるような真夏の設定が、出演者のワイシャツが汗ばんでいく様子からリアルに伝わってきます。
当時がアメリカの古きよき時代なのかどうかは知りませんが、人間が猜疑心の塊になる前の、まだ良心とかを信じようとしていた時代の話だと思います。観始めた時と観終わった時で、出演者の表情が全く違って観えます。恐らく順撮りではないかと思うのですが、恐ろしいほどに感情移入してしまう映画です。練りに練ったシナリオ、奇をてらわずに正攻法で正面から展開される語り口、男達が徐々に目覚めていく人間性と正義感、ヘンリー・フォンダの毅然とした演技と姿勢のよさ!もうどれをとっても素晴らしい!これこそ私の生涯のベスト10の1本、何10回観ても決して飽きる事がありません!若き日の三谷幸喜さんが、後に日本で上演されたこの芝居を観て感動し、『12人の優しい日本人』のシナリオを書かれたのは有名な話です。この、『12人の優しい日本人』も面白いお芝居です!こちらは、『12人の怒れる男』とは逆設定ですが、悲劇の中の喜劇が面白すぎです!この舞台についてはとても長くなるので、また改めて。
裁判で木に関係する物といえば・・・「静粛に!」のあの木槌でしょ!しかし残念ながら日本の裁判所では使われていません。英語ではgavel(ガベル)と呼ばれますが、素材まではっきり明示した物は不明ですが、映画などで聞くあの甲高い音から推測するに、恐らく『樫の類』ではなかろうかと思いますが・・・。日本で実用的に使われる木槌のほとんどは、樫材です。樫は強靭で粘りのある木なので、鉋などの磨耗にもよく耐えます。 『十二人の怒れる男』でも、『12人の優しい日本人』でも、残念ながら木槌の出番はありませんが、何でも木の物には目が行ってしまいます。騒然とした法廷に響き渡る木槌の音色は神聖で、厳粛な気持ちにさせられます。これも木の成せる業か?
自分が一生のうちに裁判員になる確率がどれだけの物かは分かりませんが、選ばれた方はせめてこの映画『十二人の怒れる男』と舞台『12人の優しい日本人』ぐらいは観てから裁判に臨んで欲しいと思うのです。それぞれ対極的に、人を裁くという事の意味の重さに背筋がピンとなります。
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