当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
予告無く変更になる場合がございます。
現在の商品に関しまして、お電話、又はオンラインショップをご覧ください。
今年の地元の秋祭りでは、神輿(みこし)の運行責任者のひとりである若頭取を拝命致しまして、この数日祭りの準備に追われています。先日も頭取の皆さんと一緒に、神輿に挿す笹竹を伐りにお宮の裏山に。季節外れの猛暑の中、竹林の中でやぶ蚊との戦い!材木屋としては、和室の装飾や茶室など銘木としてのお付き合いしかない『竹』ですが、この時ばかりはがっつりと竹の恩恵を甘受させていただく事に・・・。
大人神輿と子供神輿の2つに笹を挿すだけなので、たいした事ではないのですが、それとて伐採の経験の無い人にとっては、どれぐらいの竹をどこからどれぐらい伐ればいいのか勝手が分からないもの。そこは、蜜柑農家を始め山仕事には熟練した方が多いわが町では、皆さん手馴れたもので、手際よく竹を伐り出していきます。公園樹などの伐採にしても実に頼りになります。一方で、材木屋といっても伐採経験の薄い私は使い物にならず。木の仕事も振り幅が広うございまして・・・
日本で普通に見かける竹林のほとんどは、マダケ(真竹)かモウソウチク(孟宗竹)ということです。根元部分は「尺八」に、素性の良い部分は茶室などの造作にも使われています。以前はよく凝った一般住宅においても、竹材を利用していましたが、竹材にとって最大の問題は「虫」。伐りたては綺麗に見えても、後から虫が出てくるのが竹材の常。伐った時は青々として瑞々しい竹も、しばらく放置しておくと穿孔した虫の木粉が小山を作ります。これも虫たちの住処なのです。竹も人のためだけのものにあらず。
しっかり防虫処理を施していないと後から痛い目に遭うことになります。この仕事に就いて、内装材の指針がまだ定まってなかった頃に、竹のフローリングにも手を出しましたが、まだメーカーも試行錯誤の時期だったようで、防虫処理の甘さから虫の被害で大きな問題になった事も・・・。私の意識の中では、竹は「銘木」というカテゴリーに入れてしまい勉強しないままに今を迎えてしまいました、反省。これを機会に少しは竹も勉強せねばバチが当たるかも・・・
小学校の運動会において、子供たちの本番の遥か前に大人たちの陣取り合戦が繰り広げられるのは、ごく自然な光景となっているようで、この時期の早朝に配達で市内を走ると、小学校の周辺に長い行列を見かけます。雑沓や行列が苦手な私は並んだ事もないのですが、前日の夜から並んでいるという猛者も居たりして、呆れるやら感心するやら・・・。最近はあまりの加熱ぶりに歯止めを掛けるために整理券なども配られているようですが、このエネルギー何かに転換出来ないものでしょうか・・・
さて、以前にご紹介させていただいた、絞り丸太と破風板で作ったシーソーですが、当日の競技ではしっかり活躍してくれました。運動会が土曜日開催でしたので、子供たちの出番が重なる午後から、仕事の合い間を縫って応援に駆けつけました。中学生の娘が張り切って、前方の席を確保していましたが、とても人を掻き分けながらおばさんたちの中に入る勇気は無く、観覧席の後ろの方からの観覧だったのですが、チームごとの色に染められた絞り丸太はよくボールを弾いていました。
これをもって、材の活用が広がった云々などと言うつもりはありませんが、木材の利用があまりに建築材偏重で、「建築材にあらずんば材にあらず」などと言う輩に至っては、自らの命脈を断ち切る思考停止状態!偏狭すぎてその構図から零れ落ちる、建築にはあまり適さない材に対する人権(木権)蹂躙!、とまで言えば過激かもしれませんが、あまりに片寄ったものの見方をしてしまうと、それ以外の可能性に気付かなくなってしまいます。見えるものすら見えなくなってしまう。
本来、暮らしの中で当たり前のものとして使われてきた「木のモノ」ですが、今はそれを使う(異素材から本来の木に戻す)事にもいちいち理由が求められるややこしい時代です。コストが上がることへの何らかの説明(いいわけ)を付加しなけらば受け入れられないほど人間の感受性はお粗末なものではないと思うのです。それは木であっていいよね!と素直に受け入れる事の出来る感性と皮膚感覚は、子供の時代から日頃どういうものを使っているかで養われていくものだと感じた運動会でした。
息子が生まれた年に、敷地内に立てた鯉のぼりの竿が、経年変化でかなり危険な状態になっていたので、先日倒す事にしました。上の子供が女の子で、それから2年後の双子(二卵性の男女の双子)の誕生で初めて授かった男の子でしたので、当時は嬉しくて結構頑張って長い竿を立てました。45尺(およそ13.5m)の桧の丸太です。今では運搬するだけでも大変ですが、その長い長い竿の先にたなびく鯉ののぼりを見上げる時、ささやかな幸せを感じていました。
しかしその長尺ゆえに、一度立ててしまうとその後おいそれと倒したり立て直す事も出来ず、それから10数年の間、鯉のぼりを上げなくなってからも竿はそこに立ち尽くしていました。当時は張り切って深い穴を掘って、支柱となる枕木を埋めたつもりでいましたが、時間の経過と共に土が削られ流失したりして、枕木がやや斜めになりはじめ・・・最近ではかなりの角度で傾き、危険な状態になっていました。事故でも起こさないうちに倒さねばと思ってはいたのですが先日ようやく決行。
根元で直径が6寸(およそ180mm)ぐらいはある丸太で、いくら古くなっているとはいえ、13、5mもある長ものですからそれなりの重さもあります。3人がかりで慎重に、ロープを掛けて倒す位置を決めて、鋸で切り込みを入れて引き倒しました。倒してみるとやはり先端部分はかなり朽ちていて脆くなっていました。木元の方こそ表面は灰褐色でも中身はまだしっかりはしていたものの、先端は強い台風でも来ればポッキリ折れてもおかしくないような状態でした。
思えば11年もの間、風雪に耐えてよくぞ頑張ってくれたものです。倒す瞬間には、一生懸命に穴を掘った時の事や、雨が降るたびに大急ぎで片付けた事、大空にたなびく鯉のぼりの勇姿など、本当に走馬灯のように懐かしい思い出が蘇りました。いつも仕事が終わった夕焼け空の中に悠然とそびえていた桧はもうそこにはありません。10数年も見慣れた光景の中から、あるべきものが無くなるという事に一種の喪失感のようなものを感じます。森の中にいれば13、14mの桧といってもありきたりの存在で、特別な感情を抱くわけでもありませんが、森を離れて町にやって来た1本の桧が、こうして今その担わされた役割を終え、姿を消そうとする時、ただ「モノ」を片付けるという感覚以上の複雑な感情が湧きおこりました。我々家族に幸福な日々を与えてくれた桧ののぼり竿に感謝を込めて・・・。
現在、捕鯨は大型鯨類13種を対象とした商業捕鯨は禁止されていて、南極海での調査捕鯨に限られています。捕鯨問題については、いろいろな意見もあるようで、特に日本に対しては政治問題にすり返られている感もありますが・・・。かつては捕鯨推進国としては日本やノルウェーが有名でしたが、現在では IWC(国際捕鯨委員会)に加盟している88カ国のうち、捕鯨支持国39カ国、反捕鯨国49カ国と、かなり均衡してきているようです。
鯨は捨てるところが無いと言われますが、その部位約70についての料理法を示した本が記される(鯨肉調味方)など、その皮や肉、五臓六腑、油に至るまでその料理方法・活用方法にについては古来より詳しく体系化され、本当に無駄なく活用されてきた事が分かります。館内にもその用途が解説してありましたが、端材を無駄なく活かして使いたいという【森のかけら】のコンセプトにも相通ずる部分があって強い共感を覚えました。
鯨油や鯨のひげを使った工芸品など、その活用方法の実例も展示してありましたが、鯨に限らず樹木に対しても、葉や皮を染料にしたり、実を煎じて生薬にしたり、材それぞれの堅さや強度、木目、触感などの特徴に応じて細かな用途に使い分けてきた歴史があります。ごく当たり前のように木のモノを暮らしに取り入れてきた時代から月日が流れ、身近なところから木のモノが姿を消してきた中で、木に対する意識も随分変わってきました。木を伐る事は悪である・・・鯨を捕ることは悪である・・・他人事とは思えません。
捕鯨に関しては、先に書いたように対日政策として政治問題にすり返られている嫌いもあり、現在の鯨の成育数や捕鯨数(調査捕鯨は年間220頭)、またその割合は南極海に生育するクロミンク鯨の0.1%に過ぎず、この値は純加入率よりも小さいので、資源に悪影響を与えることはない(参考・日本捕鯨協会)など、その実態と漠然としたイメージが乖離している場合もあります。木に対しても環境意識の高まるにつれて、イメージ先行の誤解もあるので注意が必要です。
そういう意味からも厳しい環境にある捕鯨がとても他人事のようには思えないのです。私が小さな頃には小学校の給食にもごく普通に「鯨の竜田揚げ」が出ていましたので身近な食べ物でした。海外では感情的な部分で捕鯨に対するイデオロギーもあると思いますが、古来より暮らしや文化に根ざしてきた日本人 が「勇魚」と呼び畏れながらも危険な漁に挑み、鯨塚を立てて鎮魂を捧げた姿に、森の巨木に対する山の民の姿がオーバーラップせずにはいられないのです。
その「勇魚(いさな)とり」についてですが、何艘もの船で鯨を追い込んでとどめを刺すという「網掛突き取漁」に使われた道具が展示してありました。昔の事ですから当然その多くに木が使われています。その素材についてまでの詳しい解説は見つけれなかったのですが、展示してあった道具を見る限りは『樫(カシ)』だったように思います。海での漁で海水に浸かる道具ですから、水にも強くなかればなりませんし、あの巨躯に刺して引っ張るわけですか強靭さも求められます。
バスで島を走っていても稜線がなだらかでこんもりとした山々を形成するのはハマセンダンやモッコク、シイ、クスノキ、タブノキ、ツバキなどの照葉樹の数々。海岸線を走ると太古の原生林の趣き。人家も無い岩場などは当然手が入っていないので天然更新を重ね独特の森林体系を築いたものと思われます。ちなみに平戸市の市木は『マキ』でしたが、長崎県内の有名な名木一覧のリストには、愛媛では聞きなれないような名前がズラリと並んでいます。
あの有名な『ヒラドツツジ』もここ平戸が原産だそうで、今では大輪種の総称にまでなっています。こういう時に頭をよぎるのは、【森のかけら】の事。目の前に映るバラエティ豊かな照葉樹林を見ていると、嗚呼この地で作れば【森のかけら・日本140】ぐらいはいけたのではないかと・・・大自然を前に不遜な事を考えてしまいます。ハマセンダンやモッコクなど『今日のかけら』で取り上げる画像収集のチャンスだったのですが、さすがにバスを止めるわけにもいかず断念。
さて話を捕鯨に戻しますが、勇魚とりに使ったと思われる『樫(カシ)』ですが、これだけ広葉樹の豊富な場所ですから当時からかなり潤沢に採取出来たのでしょう。まずは鯨ありきの漁でしょうが、もし粘りがあって強靭さを誇るカシの木がなかったとしたら勇魚とりの漁法そのものも変わっていたのかもしれません。鯨を追い詰める何艘もの木造船には逞しい男たちが乗り込んでいます。捕鯨に限らず、かつて我々ご先祖様の暮らしの根底は『森のめぐみ』と『海のめぐみ』が支えてきました。
Category
- 1. 今日のかけら
- 2. 木のはなし・森のはなし
- 3. 木の仕事
- 4. 草と虫と鳥と獣と人と
- 5. 木と映画と舞台とテレビ
- 6. ひと・人
- 7. イベント・講演会
- 8. 気になるお店
- 9. ちょこっと端材
- WOODENTAG& 日本百樹札
- 「森のかけら」舞台裏
- えひめイズム
- おとなの部活動
- お酒にまつわる話
- かけら世界紀行
- かけら日本紀行
- アート&デザインのかけら
- オフセット・クレジット
- オンラインショップ
- キッズデザイン&ウッドデザイン
- スポーツと木
- ハードウッドとウッドデッキ
- パプアニューギニアL.M.H
- フルーツウッド
- メディアあれこれ
- モクコレ WOOD COLLECTION
- モザイクタイル
- モザイクボード
- 一枚板を見せていこう!
- 円い森・円き箱・木言葉書
- 媛すぎ・媛ひのき
- 愛媛のこと
- 愛媛木青協のこと
- 木と本
- 木のものあれこれ
- 木のものづくり+α
- 木のもの屋・森羅
- 木の家具
- 木の玉プール
- 木育のこと
- 未分類
- 森と生きものたちの記録
- 森のかけら玉
- 森のかけら36・森のかけら100
- 森のこだま/森のたまご
- 森のしるし
- 森のめぐみ
- 森のりんご
- 森の出口
- 森の砂・森の粉・森の羽
- 森の5かけら
- 無垢の家具
- 異業種&産官学
- 端材のこと
- 誕生木・12の樹の物語
- 道後温泉とかけら屋
- 都市林業とビーバー雑木隊
- Loopto in Ehime
Archive
Calendar
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | |

