森のかけら | 大五木材


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推定1000年ともいわれる北海道は『七飯町の一本栗』ですが、数年前に枯れてしまっていたそうなのですが、2016年の10月に北海道を襲った台風10号によってとうとう倒壊してしまいました。その事実をリアルタイムでは知らなくて、この話について調べていた時にその事を知りました。その年に北海道を襲った台風10号が甚大な被害をもたらしたことはニュースでも報道していましたが、その影響はこんなところにも。最近、大規模な自然災害が多発していますが、その陰でこういった巨木も各地でひっそりと倒れているのだと思います。

老いた木が朽ちていくのも自然の摂理。そこに至るまでにどれほど激しい気象現象との格闘があったかた思うと胸が熱くなりそうです。思えば木は大きくなればなるほどに強風や豪雪に晒され、その巨体には日々戦いの跡が刻まれていきます。老木になりそれに耐えかねた時、それは木にとっての死を意味します。巨木には敬意を払っていて、その姿を仰ぎ見た時には命の逞しさに身が引き締まります。これを伐ったら大きな一枚板が何枚取れて、なんて無粋で野暮な事は考えもしませんし、それはまったく別次元の話。

普段丸太ではなく、丸太から板や角になったモノを扱っている材木屋としての感覚的な事なのかもしれませんが、立木を見ても「材」がイメージしにくいのです。例えば料理人は泳いでる魚を見て、どういう感覚で対象を見ているのかなあと考えることがあります。海で泳いでいる魚を見て、いきなり「これを刺身にしたら美味しそう!」とか「あの大きさだと何人前ぐらいになる」という感覚なのか、それとも釣りあげた瞬間、つまり魚にとって命の拠り所である海から出て、その後の運命が決したその時、生き物から食材に切り替わるのか。

同じ命あるものとはいえ、目や口があり自ら動くものと木は同じ感覚では捉えられないとは思いますが、木も同様に命の拠り所である土と切り離され根を絶たれてしまうと、私的には、「樹木」から「木材」に替わったという感覚になります。あれだけ命の脈動に感動していたものに対していきなり算盤勘定をしてしまう自分が随分身勝手だとは思いますが、そこは割り切って考えないと仕事になりません。私の役目としては次のステージでどれだけ輝いてもらえるようにするかという事。ここにある函館の栗にもきっと森でのドラマチックな人(樹)生があったはず!




さて『七飯町の一本栗ですが、様々な伝説・伝承に彩られた木でもあります。この木に刃物を入れると赤い血が出ると信じられてきたそうです。またこのクリの実を食べると不吉な事が起こるとされてきました。それを裏付ける話として語り継がれているのが、「コシャマインの戦いの悲劇」。1450年代半ばにこの地で、和人とアイヌの首領・コシャマインとの間で起きた争いで、口論をきっかけにアイヌが武装蜂起し、一本栗周辺が激戦地となり多くの血が流されました。争いが終結したのち、クリの木の傍らに沢山の遺体が埋葬されました。

その中に河野加賀右衛門政通(河野加賀守)という武将がいました。河野政通をはじめ亡くなられた多くの人の魂がクリの木に宿り、その無念をクリの木を通して世に伝えるためさまざまな怪異現象を起こしてきたとされています。更にこの地は函館戦争の激戦地でもあり、引き取り手のない戦死者がここに埋没されたも。後年、台風で折れたクリの枝から血が流れなかったことから、迷信を信じない若者が焚き火をして後に亡くなったとかで、伝説はますますまことしあやかに語り継がれていくことに。

またこのクリの周辺では何を植えても育たないとされてきましたが、昭和43(1968)年に北海道開拓の基礎となった英魂を顕彰しこの土地を鎮めるために一本栗地主神社を建立。それ以来怪異現象は収まったそうです。しかしそれとともにクリの樹勢は衰えはじめ、それと入れ替わるようにハリギリとクワの木が伸びて、それはまるで弱ったクリの木を守り支えるかのようでもあるとか。函館産のクリが入荷したことで、そんな伝説のある『七飯町の一本栗』の事を思い出しました。この七飯町のクリに限らず、老木になるとそういう鎮魂にまつわる話はつきものでよく耳にします。

こういう話をすると、怖いとか薄気味悪いという方もいますが、人の数倍も生きて、その周辺で生まれ死んでいった人々を見守り続けた高齢の木には魂が宿り、死者の霊を鎮めてきたというのは、自然に対する畏怖から生まれた日本人的な発想で先祖代々受け継がれてきた死生観だと思います。それは高齢木だからというわけではなく、木に限らず命あるのモノを利用する際にはそれなりの敬意と感謝をするべきで、こういう巨木伝説はつい忘れがちになるそういう戒めを思い起こさせてくれます。ところがその一本栗に悲劇が!?




造作に国産の『クリ(栗』を使いたいというご要望があり、北海道産のクリの耳付板を仕入れました。今までクリといえば、主に東北からいただいていたので、北海道産のクリは久し振りでした。私の中では、若い頃に出会った福島会津栗(クリ材でフローリングが作れるのかという衝撃)、岩手で見た圧倒的スケールのクリの丸太(カメラのファインダーに収まりきらない膨大な量に対するたじろぎ)、整然と管理され極めて製品精度の高い角館クリ(ものづくりの姿勢に対する尊敬)のイメージが強くありました。

北海道産のクリは昔、一枚板の板材などで仕入れていましたがそこまで印象は強くありませんでした。実物が入荷して見てみると、想像以上に大きなモノもあり大満足。木取りに苦労する事もありませんでした。そのクリから、特厚のフローリングをはじめいろいろなモノを作らせてもらったのですが、それはいずれご紹介させていただくとして、今回は北海道のクリという事で、以前から気になっていた話について。入荷したクリは北海道は函館産のものでしたが、函館のクリというと、その隣町にある『七飯町の一本栗』が有名。

存在は知っていてもまだ行ったことはないのですが、パワースポットや都市伝説好きな人には有名な不思議な巨木伝説が残っています。七飯町(ななえちょう)は函館市に隣接する人口3万人足らずの小さな町です。明治3年にプロシア(現ドイツ)人、R.ガルトネルが 洋種農作物の栽培を行ったことが、当町農業の契機となり、日本における洋式農法を基盤とした近代農業発祥の歴史を持つ町なのですが、その町に一本栗地主神社という神社があり、その境内に生えている巨木の御神木こそが七飯町の一本栗

樹高約15m、胸高直径1.5mあまりの巨木。クリとしてはかなりの巨木、のようですが実はこれ2本の木が支え合うように絡み合っていて、もう1本の木はハリギリ(センノキ:栓)。専門家の鑑定によるとクリの樹齢は1000年(!?)だそうですが、数年前に枯れてしまったそうです。果たしてクリの木が1000年も育つものなのか分かりませんが。ちなみに記録によると、山形県の西川町にある『大井沢の大栗』が樹高15m、目通り幹囲8.5m、推定樹齢800年で日本一のクリの巨木とされています。七飯町のクリは北海道の中では最大と言われています。明日に続く・・・




本日は倉庫整理。倉庫の奥の方には普段出にくい木材を入れているのですが、滅多に声のかかることの無い木は奥へ奥へと詰め込んでしまうので、年に数回ぐらいは強制的に「撹拌」させないと、どんどん積み重なってしまいます。自分の中では、強い台風がやって来て海中が撹拌され、海底の冷たい水と水面の温かい水が混じり合っていいバランスになるというイメージ。今回も数年前から倉庫の奥深くに埋没していた『ホンジュラス・ローズ』が数年ぶりにその神々しいお姿でお出ましになられました。

ギターなどの楽器にも珍重されるホンジュラス・ローズですが、私が持っているのはそこまで木柄の整ったものではありません。あくまでも『世界中のすべての木を見たい、触ってみたい』という私の心の声、材木屋信条に従って買ったまでの事。木柄云々よりも実物を手にしてみたかったというのが本心で、それをどうやって売ろうかなどとは考えてもいませんでした。それでも、日本中には自分と同じような樹種フェチ、他樹種愛好家もいるはずだとの無謀な確信があったので、いつかは必ず売れると思っていました

仕入れたのはホンジュラス・ローズの丸太で、それを板に賃挽きしてもらったのですが、それから既に10年以上もの月日が流れていきました。その間、ホンジュラス・ローズにご指名がかかったのは10回程度。やはり世の中には似たような嗜好の人間もいるようで、大体年に1回ぐらいは『ホンジュラス・ローズってありますか?」とお声がかかります。しかしだからといってそれが必ずしも商売に結び付くわけではなくて、サイズをはじめ木柄、価格の問題等で取引に至らないケースも多かったりするのです。

現在もオンラインショップで数枚アップしているものの、なかなか売れません。もっと安かったら買いたいという方は多いものの、ホンジュラス・ローズの丸太って凸凹が多いだけでなく、ねじれ曲がったりしているうえに辺材のダメージも多く、無節で赤身の張った大トロ部分なんて、そんなに取れるものではないのです。もっといい丸太を買えばいいのかもしれませんが、自分の好奇心を満たすためだけに無謀なチャレンジは出来ません。手持ちの材で、なるべく使いやすいように形を整えていたらどうしても価格もそれなりになってしまいます。

それでもいい、と言っていただくお客さまとの巡り合いを辛抱強く待つしかありません。幸いにもネットのお陰で手持ちの材の紹介は簡単に海外にまで出来る時代ですから、昔に比べればフェチの分母は飛躍的に増加しています。きっと「こんなホンジュラス・ローズを探していました~!」なんて出会いもきっとあるはずと信じて、滅茶苦茶重たいホンジュラス・ローズに鋸を入れていい具合にカットして形を整えています。しかしその際に発するバラ科特有の強い匂いは、強烈な香水のようで匂いに酔ってしまいそうになる

ホンジュラス・ローズはオンラインショップで販売中!




宇和島の天赦園、徳川、島津、樹木つながりでもうひとつ気になるものがあります。それが学校などによく植えられている『ソテツ(蘇鉄)』。以前にもこのブログで取り上げましたが、ソテツは枯れかかったり弱ったりすると、釘を刺しておけば復活するので、鉄で蘇るから蘇鉄なのだとう伝承がまことしやかに囁かれていますが根拠はないようです。西日本だけかもしれませんが学校などによくソテツが植えられています。昔からなぜ学校に南国情緒溢れるソテツが植えられているのか不思議に思っていました。

どうやらそれっぽい理由が2つほどあるようです。そのうちの1つが、ソテツそのものが九州や南西諸島など南国に自生しているのですが、明治維新後に薩摩出身のひとたちが政府の役人として全国各地に赴任した際にソテツを広めたという話。明治維新時に薩摩がどれほど力を持っていたかを示すエピソードです。その真偽は定かではありませんが、天赦園にも立派なソテツがあって、もしかしたらこれも薩摩が広めたソテツのひとつなのかもと考えると、思い起こされるのが徳川家と薩摩の島津家に関わる蘇鉄問答

徳川11代将軍・徳川家斉が薩摩藩第10代藩主・島津 斉興(テレビの『西郷どん』で、鹿賀丈史が演じている、島津斉彬の父)にある日こう言った。「そちの家の庭にはたいそう立派なソテツがあるそうじゃな。」斉興は「それは三田(江戸)の屋敷のことですか?」と聞き返すと、「いやいや三田ではなく薩摩の屋敷のソテツの事だ。」「ご冗談を・・・」と笑う斉興を遮って、家斉は続けた。「疑うならば国元に人を遣って調べてみよ。一番大きなソテツの根元を掘ってみるがいい。葵の紋を彫った小柄(こづか)」が刺してあろう。」

斉興は慌てて国許に早馬を走らせて、薩摩の庭のソテツを調べてみると確かに家斉の言う通り葵の小柄が見つかって斉興は恐れをなしたというもの。つまり当時徳川が使っていた公儀隠密がいかに有能で、江戸から遠く離れた薩摩の地でもし何か企てようともすべてお見通しだぞという徳川の力を示すエピソードです。あまりよく出来過ぎていて、作り話っぽいですが、木にまつわる話ってこれぐらいがちょうどいいんです!一方で、もっと現実的でドライな理由としては以下のような話もあったりします。

公立校の学校の植栽については、文科省から「日本の心を学び、また入学、卒業時の記念とすることを目的に桜を植栽すること」とか、地域の気候や環境を鑑みながら「教材用となる裸子植物を一種以上植えること」と指導がされているそうで、その中で成長が遅いので将来大きくなりすぎて困らない、手間がかからず育てやすい、根腐れを起こしても幹と新芽が生きていれば再生できるほど生命力が強いなどの理由でソテツが全国各地の学校や官庁に広まったというものですが、あまりに味気ない。やっぱりソテツは薩摩の志士か隠密が広めてくれないと!




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