森のかけら | 大五木材


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20130824 1岡山~鳥取方面への家族小旅行の話が尻切れトンボになってしまっていたので、菩提寺の大銀杏山梨の続きです。それから一路我々家族が向かったのは鳥取県。その日の宿は岡山だったので、とりあえず鳥取砂丘まで行ってこようと車を走らせましたが、そこは明確なプランの無い旅。鳥取砂丘へ行く前に寄り道して、『スギの町・智頭』へ!智頭町は江戸時代に参勤交代の宿場町として栄えた場所で、藩政の時代から熱心な林業政策が行われてきました。

 

20130824 2その街道には今でも趣きのある町並みが残されていて、通りを歩くだけでもタイムスリップしたような雰囲気があります。その中でも、木の仕事を生業とする人には羨望の的といえるのが、国の重要文化財にも指定されている『石谷家住宅』。敷地面積3000坪で40余りの部屋数を持つこの屋敷は、かつてこの地で林業がどれだけ栄えたのか、その繁栄ぶりを偲ばせるものです。私は以前に見学させていただいた事があったのですが、当日はタイムオーバー。

 

20130824 3石谷当家は、明治後半の日清戦争~日露戦争頃までに、山林王として山林経営によって巨万の富を築かれたそうですが、今の山林の現状からは想像も出来ない話で、当時は本当に文字通り『宝の山』であったのでしょう。10数年前にひとりで智頭に来た時に、全国でも珍しい杉を奉った『杉神社』に行ったのですが、杉の形をデザイン化した白亜の塔とその傍らの碑に刻まれた『智頭の緑化は伊達ではないぞ千万本植えて生き抜こう』の言葉に感銘を受けたものです。

 

20130824 4たまたまですが、8月の上旬に、かなり前から在庫していた智頭杉の板材に久々に声がかかり、倉庫の奥から引っ張り出して検品していたところで、改めて智頭杉の上品な美しさを認識していたところです。淡い赤身の杉で化粧材を揃えるって簡単なようで実は難しく、雨の多い地域の杉は、俗に『カラス』と呼ばれる黒味がちになって化粧材には好まれません。その点、350年以上の植林の歴史を持つ智頭の杉はさすがの貫禄。伝統は連綿と継承されています。

 

20130824 5今回マニアックなコースは避けましたが、じっくり腰を据えれば智頭の町は材木フェチにはたまらない魅力に満ちた町です。まあ、子供たちも町並みの風情だけで既に過食状態であったので、門の外から雰囲気だけ見学。ここまで、家具屋さん巨木見学→古い町並みと、既にこの段階で小学生の子供たちにとっては、あまりに地味で盛り上がらないコース。多少の不満は言いながらも何とかつききてくれるだけでもありがたいものです。そんな智頭の町、名残を惜しみながら更に日本海へ・・・

 




★今日のかけら・#081【梨/ナシ】バラ科ナシ属・広葉樹・宮城産

大銀杏も拝んで、広葉杉も写真に収め、菩提寺を後にしようとしたところ、山門の傍らに1つに木とその標識が目に入りました。そこには「奈義町指定の)天然記念物・山梨」の文字。道路の脇に、根元から大きく二股に分かれて、樹高は10m前後といったところでしょうか。幹廻りも決して大きな木ではありませんが、これでも推定樹齢は500年900年大銀杏といい、200年の広葉杉といい、この菩提寺では時間の感覚が別次元。

ナシの木は、リンゴなどと同じくバラ科の広葉樹で、それほど大木になるわけではないのでこれはかなりの巨大なナシの木だという事です。よく観察すると500円玉よりもちょっと大きいぐらいの可愛いナシの実を幾つか見つけることが出来ました。これか先どれぐらいの大きさまで成長するのか分かりませんが、これって食用になっているのでしょうか?さすがに天然記念物という事ですから、お試しに1つなんて真似は出来ませんが、この実の行く末が気になるところです。

現在食用として流通しているナシには、本州から九州まで広く分布するヤマナシを原種とする、この菩提寺のような丸っこい形のヤマナシと、アジアから南東ヨーロッパにかけてを原産とする円錐形のセイヨウナシの2つがあります。現在に至るまでさまざまな品種改良が加えられ、みずみずしくしゃりしゃりした触感の二十世紀長十郎などブランドが生まれています。一方セイヨウナシは甘くて溶けるような舌触りで、リキュールなどにも利用されています。

それぞれ見た目も味にもはっきりした違いがあるものの、材としてはその特徴を書いた文献などがほとんど見当たりません。大木にならない事と供給が安定しない事から一般的な素材としては浸透してこなかったものと考えられます。私自身も【森のかけら】を作るまで、『材としてのナシ』を見た事もありませんでしたし、気に留める事もありませんでした。このナシは宮城県から分けていただいてますが、削ってはじめてナシの滑らかさに驚かされました。

伐採後、時間が経過するとやや桃色を帯びた淡褐色になりますが、その材質は精緻で均質。その触感は果樹系の木ならではの滑るような心地のいい肌触り。通直で大きなものが取れるわけではないので、大きな家具などを作るには素材集めが大変ですが、刃物切れも良さそうなので緻密な細工物には向いていそうです。ただしナシを素材としたクラフト作品を見た事がないのですが、鳥取とかでは作られているのでしょうか?それを確かめるべく一路鳥取へ向かう事に・・・




今日のかけら・#011 【柞木/イスノキ】 マンサク科イスノキ属・広葉樹・宮崎産

昨日に続いて、高知県梼原町の太郎川公園の話しです。この公園の中には、『きつつき学習館』という施設があるのですが、自然体験学習施設といった趣きある木造の建物で、森の掃除役・啄木鳥(キツツキ)と木工作(木をつつく)から命名されたものだそうです。当日は施錠されていましたが、係の方が気さくに開けてもらい中を拝見させていただきました。地元梼原のスギをふんだんに使った、その地に馴染んだ建物でした。私が興味があったのは建物そのものよりも中の展示物の方です。

そこには、木に興味の無い方には恐らくスルーされてしまうであろう変哲もない1本の丸太が横たわっていました。そのネームプレートには『ゆすのき』の文字が!そう、これこそ『日本でもっとも重たい木の1つイスノキ』の別名です。「日本でもっとも重たい木の1本」というのは矛盾したような表現ですが、国産の木の場合、個体差を考えると重さに幅がありそれぞれの木の産地の強い主張もあり、イスノキ、ウバメガシ、オノオレカンバなど複数の木が『日本でもっとも重たい木』の称号を得ています。

木材図鑑などでもその表現については苦慮しているようで、『世界一重たい木・リグナムバイタ、世界一軽い木・バルサ、日本一軽い木・キリ』は、ほぼ定説となっていて異論もないようですが、『日本一重たい木』の座はなかなか決まりそうにありません。材木屋の肉体感覚(肩に担いだり加工したりの)では、このイスノキがもっとも重たく感じられますが、それはこの木の通直で大きなものが少ないため、曲がっていたり枝が出ていて担ぎにくい(持ちにくい)ため力が分散するからかも。

幾つもの樹種がNO.1という曖昧さに不満を持つ方もいるようで、何が真の日本一なのかを決めようという声もあるようですが、私はむしろこの曖昧さこそが木の面白さだと思うのです。いいんじゃないでしょうか、「OOと言われる」とか「OOらしい」なんて怪しい表現で楽しんでこそ『生きている素材・木』の魅力じゃないですか。何でもかんでも理詰めで、数値に置き換えて工業化して、鉄やアルミなどと競うという道が、木に対してどれほどの負荷を与えているのかと考える事があります

数年かけて乾燥させたんじゃ商売にならない、経験則に頼った天然乾燥では、後々のクレームの原因になる、という現実はあります。でも昔の家はそうして造られてきました。昔の大工さんはそうして木と付き合ってきました。これは単なる家作りの工程の問題ではなく、何もかもを短時間で素早く処理・解決し答えを求めようとする、今の駆け足の生き方そのものの問題だと思います。自然の時間と向き合う事を忘れると美しい風景が見えなくなってしまうんだと諭されました。

 




20130410 1実家に帰省した時、『木材屋の看板を失うと』ほとんど役に立たない私の務めは、その時実家に居る兄弟たちの子供たちをどこかに遊びに連れて行く事。といっても車で往復1時間前後が目安となりますので、そんなに遠くに行くことは出来ません。しかもテーマはなるべく自然系。おのずと行動範囲は狭くなり、同じ所もNGとなると、年々行く場所も限られてきます。いつも大体6,7人程度の集団行動となるのですが、そんな事に悩むのはせいぜいあと数年の事。その間せいぜい楽しく悩みます。

 

20130410  2それで今回、目をつけたのがお隣の県・高知県梼原町。実家からは車で20分も走れば梼原に入ります。隣県とはいえ、梼原町からは本業の木材も仕入させていただいているだけでなく、兄嫁の里であり、昔からよく訪れていましたが、この仕事をするようになって改めて梼原町の魅了を知る事になりました。山間部の自然豊かな町ですが、実家に居た頃は田舎にとってそれは当たり前の見慣れた日常の光景で、何も無い事が不満にしか感じられませんでした。

 

20130410  3それが、木の仕事を始めてからようやく木の面白さが分かってきて、それから更に10年経って広葉樹の魅力にはまりました。そこから更に数年を経て、建築材や家具材以外の広葉樹の出口を知るに至って、広葉樹の無限の可能性を知ってからは、地元の山々がまったく別のものに見えてきたのです。嗚呼、なんと50年近くもこの素晴らしい宝物に気がつかなかったのかと、悔いいるばかり。それは『素材』としても魅力だけでなく、美しい花や葉を咲かす『樹』としての素晴らしさ

 

20130410  4広葉樹は山にあっても輝きを放ちます。そんな広葉樹の里が、梼原町にありました。『雲の上ホテル』に隣接した『太郎川公園』です。 太郎川公園は、山の斜面に13.2haの敷地を持つ公園で、散歩が出来るほどの広さがあります。その中に競うように広葉樹が植えられ、今まさに芽吹きの季節。また、アスレチック、ジャンボ滑り台などの木製遊具、草スキー場、キャンプ場などもあって、我々家族にはまさに理想郷だったのです。こんな近くに理想郷があったとは・・・灯台下暗し!

 

所在地・・・ 高知県高岡郡梼原町太郎川3799-3
連絡先・・・梼原町役場(産業振興課)0889ー65ー1111
コテージ・・・雲の上ホテル 0889ー65ー1100




20120427 1ついに出雲・松江紀行が始まって月の半分を超えてしまいました・・・。地元の話題が山のように溜まっている中で、さすがにもうそろそろ家路にくべきなのですが、どうしても石見銀山の最後に触れておきたい所があるので、あと2回お付き合い下さい。実際にも「龍源寺間歩」を観たら戻るつもりが、電気自転車があまりにスイスイ快適なものですから、もう1ケ所寄ってみようと向かったのがこちらの「清水谷製錬所跡」です。「製麺所」ならぬ「製錬所」という言葉に惹かれ何気に向かったのですが・・・

 

20120427 2メインの通りから脇に入って少し行くとそこが製錬所跡でした。跡地とありなしたから覚悟はしていましたが、何か少しは建物でも残っているのかと思ったら、石積みだけが残る本当の跡地でした。銀山で採掘された銀を製錬していたという事で、勝手に『もののけ姫』の「たたら製鉄」のような妄想を膨らませ過ぎていました。明治19年に本格的な銀の採掘開発が行われ明治27年に現在の貨幣価値にして数十億円もの近代的製錬所が建設されました。しかしその1年半後にこの施設はあっけなく閉鎖となるのです

 

 

20120427 3鉱石の品質が予想よりも悪かった事と、製錬技術が未熟だった事が原因だったそうです。今やつわものどもが夢のあと・・・苔の生えた名残の石積みと満開の桜、夜ではありませんが「荒城の月」のような風情があります。しんみりと感傷に浸っていると、一緒に行っていた大一ガスの岩田君が、更に上へとつながら道を発見。おお、それは是非とも行かねばなるまいっ!大五木材と大一ガスの数字コンビは無謀にも急な山の傾斜を駆け上ったのです。

 

20120427 4高台から眺めると、泰然とした石積みと崩れかかった煉瓦の取り合わせが一層かつての栄華ともののあはれを痛切に感じます。形あるものいつかは終わりがくる。永遠に盛隆を極める産業などないのだと、この光景が語りかけてきます。だからこそやはり形ではなく人の心に残るようなものづくりを貫かねばならないと思うのです。さて、製錬所跡の最上部まで来たのですが、更にその上の竹やぶの中に天空へと続く階段のようなものが!既に手元のパンフレットにはこの先の案内がありません。この道、いずこへ・・・!




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