森のかけら | 大五木材


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それでは念願の石見銀山坑道を初体験!ここ石見銀山には大小600もの坑道があるそうなのですが、そのうちのひとつがこの「龍源寺間歩」です。「間歩(まぶ」とは、銀鉱石を採掘するために岩を削って作った坑道の事です。この「龍源寺間歩」も本来は600mもある長い坑道らしいのですが、現在観光用に公開されているのは157mのみ。平成元年に観光用としての新坑道が掘られ、全体の1/4のところから屈折して外部に出られるようになっています。

閉所恐怖症とまではいきませんが狭いところは決して得意ではありませんので、これぐらいの距離が私にはちょうど「楽しめる」距離です。以前観た映画「サンクタム」のように、身を屈めギリギリ通れるかどうかのような狭くて暗いスペースを進む勇気は持ち合わせていません。こんな所でもしも眼鏡にハプニングでもあったら大変な事になってしまいます!眼鏡が割れたりして、こんな所にひとり取り残されて夜が更けて獣たちが目覚めたら・・・!なんて考えると狭い洞窟探検は生きた心地がしません・・・。

そんな腰抜けには鉱山の仕事など出来ようはずもありません。新坑道に繋がるところが少し開けていて、新坑道はコンクリートで斜めに下界へと繋がっているのですが、本来の坑道はそこから先が急に細くなっていて、観光客は立入禁止となっています。その狭い坑道が本来作業に使われた大きさという事ですが、大人ひとりが通るのがやっとの狭さ。解説によれば、横幅2尺(約600mm)、高さ4尺(約1200mm)の坑道を、1日5交代で、なんと10日で10尺(約3m)も掘ったとか

今は坑内にも「文化の光」が輝いていますが、当時はさぞ薄暗く、換気もままならない中でも息苦しい作業であったんだと思います。自然石の壁面に残るのゴツゴツしたノミの跡がある旧坑道と、コンクリートで整然と作られた無機質な新坑道のコントラストがあまりに対照的で、私には急勾配で出口へといざなう新坑道はどうみても、「エイリアンVSプレデター」の南極に掘られた地下通路にしか見えませんでした!このままここから一気に飛び出す貨車はどこにあるのか~?

そんな妄想に逃避したいほどに、ここでの作業の過酷さがひしひしと伝わってくるのです。出口付近には、当時の様子を物語る絵巻が展示されていましたが、それによると、坑道の入口を「四つ留」と呼び、丸太を組んで落石を避けていたそうです。ここでは直径900mmの『栗の丸太』を組んでいたとか!900mmの栗の丸太、さぞ強靭で多くの人の命を託された事でしょう。栗は枕木にも使われるほど粘りと強度のある木ですが、いつもその活躍の舞台は黒子役。こういう木が華やかな鉱山文化の屋台骨を支えていたのでしょう。お疲れ様でした。




20120423 1出雲・松江の研修旅行、最後の地は世界遺産『石見銀山』です。石見銀山には悲しい思い出があります。世界遺産に登録直後、家族旅行で行ったのですが、生憎の雨。それでも折角ここまで来たのだからと、まだ小さかった子どもたちをなだめて歩いて坑道のある龍時源寺間歩を目指しました。しかし幼い子どもたちははじめから気乗りしてなく「疲れた~」、「しんどい~」を連呼。そこに一層激しさを増した雨が叩きつけ、傘はほとんど役に立たず、坑道に着いた頃には全員ビショビショ・・・

 

20120423 2更に世界遺産登録直後とあって、その雨にも関わらず坑道の前には長蛇の列。しかもその先にわずかに見える坑道の暗闇は、幼い子どもたちにとっては地獄へ引きずり込まれる悪魔の入り口にしか見えません!「怖い」、「嫌だ~!」泣きじゃくる子ども、足元までずぶ濡れで冷える体、あとどれくらい待てばいいのか見当もつかない人の群れ・・・世界遺産、なんぞや?!ぐずる子どもたちとともに踵を返し、坑道に入ることも無く、雨に濡れ人混みに酔うだけの悲しい体験でした。

 

20120423 3あれから幾数年、あの時の借りを返す時が来たのだと勇んでいたのですが、到着した時に観光バスは我々の1台のみ。観光客もわずか数人。まあ平日の午前中ですから、いかに世界遺産といえどもこんなものなんでしょう。新しいものにはみんなが飛びつき、すぐに冷めてしまう表層文化の現われでしょうか。混雑の苦手な私には絶好のコンディション!電気自転車を借りて颯爽と坑道を目指します。小さい頃に通った道が短く狭く感じるが如く(?)あっという間に坑道に到着。

 

20120423 4かの時は、まだかまだかと雨に打たれ、代わる代わる子どもを背負い、「我に艱難辛苦を与えたまえ~」と月に祈った山中鹿之助のような心境でこの道のりを歩いたものでしたが・・・。満開の桜の花びら舞い散る中、まるで映画の一場面のように爽やかなサクラロードでした。さあ、選抜された我々4名の勇者、(電気自転車が4台しか残ってなかったので早い者順)がこれから坑道に足を踏み入れるのです!かの時、人混みに垣間見えた坑道はもっと巨大に見えたんですが、実際はかなり狭く立ち上がれば頭を打つぐらい・・・蛇が出るかヘビが出るか!続きは明日~




20120417 1出雲大社の次は、島根県立古代出雲歴史博物館。こちらも3回目になります。壁面に「祝!来館140万人達成」の幕が掲げてありましが、やはり出雲大社のご威光、ご利益でしょうか。この後、三瓶小豆原埋没林への観光も組まれていますので、巨木の前フリとしては実に良くできた流れです。こういう連帯が大切ですね~。地域おこしといいながらも各地域、各施設ごとのぶつ切り感が否めませんが、「次の予告」みたいな感じのつながりが見えると期待も膨らむというもの。

 

20120417 2展示物の質量とも圧巻なのですが、さすがに3回目(もしかしたら4回目?)ともなると、やや過食気味。展示物そのものよりも、売店で売っている商品の方が気になります。他人の芝は青く見えるとも、自分のことは自分がいちばん分かるとも言いますが、立場はそれぞれ違えども、沢山のモノを見ることで目が利くようになるのは確か。室内には出雲の歴史と暮らしの軌跡が展示されていますが、その中で「木」という素材がいかに重要な位置を占めていたかを再認識させられます。

 

20120417 3生憎の雨でしたが、古代の出雲大社の階段の長さに合わせたエントランスのアプローチの桂並木が雨に濡れて何ともい雰囲気です。本当はもっと近づいて、ハート形の葉をアップで写したかったのですが・・・。鉄の神“金屋子神(かなやごのかみ)”が出雲の地に製鉄を伝えに白鷺に乗って舞い降りたのが桂の木であったことから桂の並木道になったという事ですが、ハートの形はそのまま「ご縁結び」に直結します。こういうディティールの積み重ねが、物語に深みを与えるのだと思います。

 

20120417 4全国各地の観光地でさまざまな地元の名物やノベルティグッズが作られています。そのいずこもが、『ここにしかないもの』をキーワードに商品開発されていますが、正直『そこにしかないもの』が全国どこにもあるというのは過剰な妄想。どこにでもありがちな日本の風景やモノ、人がちょっとずつ違った組み合わせで微妙な関わり方をする事で地域の個性や表情が出てきているのだと思うのです。だからこそ、そのわずかな差を紡ぎ出すディティールにこだわらなければ「違い」なんて見えないんじゃないかと。

 

20120417 5そんな先人たちの小さなこだわりが積み重なって、澱(おり)のようになってやがて『地域文化』とか『地元ならでは』なんてものになるんじゃないかと思ったりするのです。だから急に色気を出して、流行のパーツを拾い集めてパッチワークのようにつなぎ合せたって、所詮拒否反応を引き起こして根付かないんだと思います。奇しくも「しめ縄に硬貨」の俗説が否定・禁止され網が付けられていました。俗説が作法を凌駕した例ですが、ディティールが重なればそうなる事もあるわけです。翻って「観光地松山」の根っこはちゃんと幹につながっているのだろうか・・・。




20120415 1カラスザンショウ」もこれから【かけら】に加工仕上げる予定です。サンショウには幾つか仲間があって、サンショウが食用としてよく利用されるのに対して、山野に自生しまったく利用されず役に立たないという意味でイヌザンショウとかノラザンショウなどと卑下された名前を与えられたものもあります。このカラスザンショウ(鴉山椒)も、カラスが好んで木の実を食べる事から、「若芽は人は食べぬが獣なら食うかもしれないと軽蔑した意味で」命名されたものです。

 

20120415 2悪意があるとかないとかという事よりも、材の特徴をしっかり見極めて、その違いを明確に言い表わしているという事のいう事の方に驚きを覚えます。辞典や図鑑の無い時代の事ですから、実際に食したり使ってみてその特性を見抜いていたのでしょうが、中にはイチイのように毒性を帯びたものもありますから、命がけだったといっても過言ではないでしょう。しかしそのネーミング・センスの良さには感嘆します。今ならさしずめ『グッドネーミング大賞』ものでしょう。

 

20120415 3漢字だけを見ると、大山方面に向かっていた事もあって、大山(だいせん)に生育していた「椒」の匂いのする生き物で『大山椒魚』なんてうがった見方もしてしまうほど。かつてまだ国の天然記念物に指定される(1952年)前は、山口県などでは珍味として食されていたとか。腹を裂くと山椒の匂いがプンとし、かつてかの美食家・魯山人もお気に入りだったという記述まで残っているそうです。肉食性で昆虫から蛙や小魚、ザリガニやエビまで動くものなら何でも丸呑みにするとか!

 

20120415 4あのずんぐりむっくりした体型からは想像も出来ませんが、仲間同士で共食いする事もあるほど食欲は旺盛だそうです。それでどうして山椒の香りがするのか不思議です。もしや水面に落ちた山椒の葉でも食しているのではなんて思ったりしたのですが、どこにもそういう記述は見当たりませんでした。しかし、四肢があるグロテスクともいえる風貌ですから、最初に食した人はさぞ驚いた事でしょう。本来、醜美は背中合わせの一対であり、香りのマントに身を包んでいるものなのかもしれません




20120414 1岩屋の中で成長してしまい、頭が出口につかえて出られなくなってしまった山椒魚の悲哀。子供の頃、よく巨大な構造物に閉じ込められて出られなくなる悪夢を見て怯えていましたが、家族とも会えなくなり独り岩屋に閉じ込めれ、そこで生涯を過ごさなければならなくなった山椒魚の運命が潜在意識に刷り込まれたのかもしれません。この山椒魚は、現在体長90cm、体重6㎏と表示されていました。以前もっと大きいものがいたように思うのですが、何代か入れ替わっているのでしょうか。

 

20120414 2その平均寿命は50年という事ですが、その発生は2億年前に遡る『生きた化石』でもあります。『山椒魚』という不思議な名前も、体の匂いが山椒に似ているからという事です。山椒そのものは、ミカン科サンショウ属の落葉広葉樹です。「椒」という文字には芳しいという意味がある事からこの名がついていますが、木よりも食材としての葉の方が有名でしょう。別名の『ハジカミ』は、山椒の古名であり、その実が弾(ハジ)ける事と、韮(ニラ)の古名の「辛味」を意味する「カミ」が合わさったものだそうです

 

20120414 3ちなみに英語名はJapanese pepper。材は黄色でエピソードも多い木なのですが、大きくなってもせいぜい3、4mmぐらいの低木で幹も細く、材としては流通していません。大きくなるものもあるのかもしれませんが、用材として大きなサンショウは見た事がありません。材としての用途は器具材やステッキなどがあります。また材から出る滲出物(しんしゅつぶつ)が魚毒を消す効果があるとかで「スリコギ」としても珍重されています。枝に棘がありますが、中には棘の無い栽培品種もあるようです。

 

20120414 4『サンショウ』のかけらは持ち合わせていませんが、ある意味もっとレアなこちら、『カラスザンショウ』はかけら用の材料を確保しております!私自身、【森のかけら】を作り始めるまで、その名を聞いた事もありませんでした。それがあるあやしげな極秘ルート(!)を通じて入手する事が出来ました。ただ、その時には既に【森のかけら240+】のリストも解説書も完成しておりましたし、その後の供給も見込めませんでしたので、逢えて【森のかけら】には加えることはしませんでした。幻の【日本のかけら】です。




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