森のかけら | 大五木材


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あれはまだ、『えひめのあるくらし』のメンバーが私とチッキー(帽子千秋Sa-Rah)と高瀬yaetoco(ヤエトコ)の3人だった2014年の冬。『えひめのあるくらし』として初めて東京ビッグサイトの『ギフトショー』に出展した時の事。マッキー(井上真季井上イノウエデザイン事務所)のヂイレクションが最高で、「みかんなどを並べてここは一体何をしているところ?」と好奇心旺盛な方々が足を止めていただいたのです、あたかも蟻地獄に導かれる虫たちのように・・・いや、あくまでもいい意味で。


その中には、2日間とも自ら蟻地獄に落ちていった、いやブースに立ち寄っていただいた奇特な方も数人いらして、その人たちとは数年後に再び別の場面で結びつくようになるのですからご縁とは不思議なものです。そのうちに物好きなおひとりが、長野県松本市でオーダーキッチンを手掛けられているスタジオママル浦野伸也さん。キッチンが舞台という事で、当初はチッキーの作っていたエプロンに目が留まったのがきっかけだったと思うのですが(記憶曖昧ですが)、その後長野のカラマツの事で話が大盛り上がり。

それで次の日もブースに立ち寄っていただき、いずれ愛媛と長野で交流をなどと楽しく話をしたのですが、あれから4年近い月日が流れて思わぬ形で浦野さんと再会することに!7月中旬の頃の話なのですが、突然浦野さんからメッセージが届き、このたび松山でキッチンの現場が出たので時間が合えば久しぶりに会いたいと。今回はたまたまお客さんが愛媛に引っ越されることになったので、それに合わせてキッチンの取り付け工事に来られることになったそうですが、まさかこういう形で再会することになろうとは!


しかも場所が北条という事で、弊社から車で20分ほどの距離。本当は取り付け現場も拝見したかったのですが、私の都合で昼間は動きが取れなかったので、仕事が終わったら夜飲もうということになりました。浦野さんは前日、愛知でもキッチン取り付け工事があったらしく、松山には施工に前日に入られたので、空いた時間で松山観光をしたいということになったので、私が携帯で遠隔操作!?本命の道後温泉から、その時期に開催していた伊織・道後店の『えひめのあるうれしい日』展にいざなわせていただきました。この話明日に続く・・・




ご紹介したウッドデッキの『マニルカラ(別名アマゾンジャラ)』ですが、最近お問い合わせも急増しています。このブログを見たいただいた遠方からのお問い合わせもあったりとありがたいのですが、その中には次のようなご相談もあります・・・「以前に軟らかい木(たぶんSPFとかスギ、ヒノキ)で作ったものが、数年で朽ちてしまったので、硬くて長持ちする木でウッドデッキを作りたいのですが、軟らかい木とあまり変わらないような値段で、腐りにくくて長持ちする木を探しているんですけど


正直、唖然とします。弊社の扱っているマニルカラだと、スギやヒノキに比べれば価格は(サイズ等にもよりますが)4、5倍はします。ただしスギやヒノキであれば床板の厚みが30㎜~40㎜程度必要であっても、マニルカラであれば20㎜で十分強度を保持できるなど一概にサイズだけでは単純比較できませんが、それでも相当な開きがあります。弊社としては『適材適所』の考え方で、硬くて長持ちする木はそういう場に使えばいいし、軟らかいが木目が美しい木は造作に使うなど、その木にはその木なりの使い道があると考えます。

なので、ウッドデッキには軟らかい木を防腐剤等で薬剤処理して使うのでなく、硬くて耐久性のある木を使うべきだと思って、マニルカラなどの高耐久木材を薦めているわけです。材質も緻密で比重が大きいため、水に沈むほど重たく、防腐剤などの塗装なしで十分に外部にも使えます。それまでいろいろな木で試してきて、強度、耐朽性、供給安定性、施工性などいろいろ比較して現在はマニルカラをメインで扱っています。今では多くの設計士さんや工務店さんの支持を得て安定的に使っていただいています。


そんな優れた特性を持つマニルカラですから、お値段はスギやヒノキの4、5倍もします。しかしそこは考え方で、ウッドデッキを長く楽しむためのランニングコストだと考えていただければ決して高くはないと思っています。現にそう考えていただいている方が沢山いらっしゃるからこうして安定して販売も出来ているのです。高いものには高いなりの理由があります。なのに価格はスギ、ヒノキ並みで同じ程度の品質を要求されても・・・もしそんな木があるのであれば、弊社とてマニルカラよりそちらを売っておりますって




本日も妄想の公務員・藤田雅彦邸のウッドデッキで遊ばせていただきます。カメラを向ければ何かせずにはいられないというのもこの病の症状のひとつです。その日、撮影に来ることを知っていた藤田さんは当然いろいろな仕込みをしていました(頼まれてもいないのに)。さり気なく出来立てのウッドデッキの上で日曜日に本を読んでいる体の絵が欲しいと言えば、小道具まで自ら積極的に家の中から持ち出してきてすぐに応えてくれるのはもはや達人の域!背後の壁もこの後ブチ抜かれることになります・・・


達人はディテールにも手を抜きません。まあ、これが手抜きではないのかどうかは個人的な感覚ですが、私としては藤田さんの「本気度」がビシビシと伝わってきました。ある休日のウッドデッキでくつろぐ主人が目を落としているのは、お洒落なファッション雑誌?村上春樹の最新刊?いえいえとんでもありません。我らがバイブル、白戸三平先生の『忍者武芸帳』の愛蔵版!恐らく『カムイ伝』にするかこちらにするかについては、私たちの見えないところで大葛藤があったに違いないのです。嗚呼・・・

敢えて話を脱線させますが、今さら説明の必要もないと思いつつも、最近の若い方はご存知無い人もいらっしゃって、それだとこのネタが十分に楽しめないと思われるので軽く説明しますと、大名や武家たち支配者層と対立する被支配者層である農民や地侍たちとの間で起こる一揆などの陰で暗躍する忍者の悲哀などを描いた壮大な歴史群像劇であり、歴史にその名を刻む名著なのです。シュールな白戸先生の劇画のタッチは当時はかなり衝撃的でした。


ここでもあまりにに無慈悲で不条理な運命に翻弄される農民たちの姿が描かれるのですが、さらにそれは『カムイ伝』、『カムイ外伝』によって、「生きるとは何か、ひととは何か」という根源的なテーマとして世に問われることになります。ちなみに『忍者武芸帳』が描かれたのは私が生まれる前の1959年、『カムイ伝』は1964年からかの『月刊漫画ガロ』に連載されていました。当然私はリアルタイムで読んだのではなく、後年コミックになったものを読んだのです。完成度、衝撃度でいえば『カムイ伝』なのですが、『忍者武芸帳』はかの大島渚ATGで静止画によるモンタージュという野心溢れる実験的映画にしたということで映画史にも刻まれる伝説となったのです。

お分かりいただけたでしょうか?なぜ藤田さんが、爽やかな休日のウッドデッキにはあまりにも血生臭い『忍者武芸帳』という漫画を持ち出してきたのか。私を喜ばせるため?そうではありません。大名や武家たち権力者から理不尽な扱いを受けて、命を賭けた一揆でしか意思を示せない農民の義憤や怒り、影として生きていくしかない忍びの悲哀などが『忍者武芸帳』のテーマなのです。それをこんな健康的なシーンに持ち出して読むということは、つまりこれは藤田さんによる「声なき声」!自らも筆を持って作品を描くアーティストでありながら、その特殊能力いう刀を鞘に納めて活かすことのできぬ己の環境とその不条理を嘆き、俺に忍者としての死に場所を与えてくれという無言のアピールにほかならないと思ってしまうのは私の妄想?!




あくまでもプライベートの話ですが、のちに『猛獣使い』の異名をとることとなる愛媛の異形の地方公務員・藤田雅彦さんがご自宅の庭にウッドデッキを造ることになりました。森のかけら】の育ての親のひとりでもある藤田さんにより、弊社のスキルも確実にアップしましたが、それは「毒を持って毒を制する行為」でもあったのです。つまり藤田さんも知らず知らずのうちに弊社の『かけらの洗脳』を受けて、すっかり『かけら脳』になっており、木のモノが無性に欲したくてたまらなくなる症状に侵されていたのです。


しかも、本人には洗脳されたという自覚はなく、あくまでも自分の嗜好で選択したと思い込ませる手の込んだ洗脳・・・の、はずなんですがもしかしたら逆に私がそう思い込まされている逆洗脳なのかも・・・?!と、真実は神のみぞ知るところなのですが、いずれにせよ楽しいお仕事に変わりはありません。勝手知ったる仲なので、いちいち素材の説明をするまでもありません。迂闊に説明でもしようとすれば、「そんな事はブログ読み込んでいるので当然知ってますよ」と鼻で笑われるに違いない。

さて、そんな藤田施主がウッドデッキでやってみたかった事、ベタですが大の字に寝っ転がる!本当はこちらからのカメラ的なリクエストだったのですが、そこは阿吽の呼吸で嬉々として演じていただきました!この写真でもお分かりいただけると思いますが、このウッドデッキってかなりの大きさなのです。座面と束、大引に『マニルカラ(アマゾンジャラ)』をお使いいただきましたが、座面だけで150枚以上(2100✕105✕20㎜)使っていますのでかなりのボリューム。これぐらい広いと大の字も絵になります!


施主がそうするなら俺だって、と同じ病に侵されている妄想の設計士も果敢に大の字ポーズ!言っておきますが誰に強要されたわけでもないのに、自らぽちゃりお腹を露わにするサービスポーズを取るほどの念の入れよう。妄想癖の材木屋と妄想壁の施主をつなぐ設計士としてはこうでなくっちゃなりません!まさに設計士の鑑!ここで急にまじめな話ですが、撮影ということもあって素足で寝転がったりしていますが、経年変化で表面にクラックが発生したり、ビスの周辺が毛羽立ちしたりするので、スリッパなどをおススメしております。続く・・・




昨日、『えひめ情熱人』の2回目の放送で語った、「高速道路を降りて田んぼのあぜ道を行く」という話の解説(説明になっていなかったとの酷評もありつつ)で、登場した『並走して私をあぜ道に誘導してくれた車』の運転手こそが、のちに『猛獣使い』の異名をとることとなる愛媛の異形の地方公務員・藤田雅彦氏そのひとなのです。まさにその存在そのものが公務員の中において異質!しかし私にとってはその異質それこそが歓迎すべきもので、それまでアレルギーがあった(!?)公務員のイメージがガラリと変わったのです。


当時藤田さんは、愛媛県工業技術センター(現愛媛県産業技術研究所)に在籍していて、その時の上司であった岡田文明所長と共に、戸惑う小さな材木屋に救いの手を差し伸べていただいたのです。そのあたりの経緯は、こちらの過去のブログをご覧いただければと思います。その藤田さんはその後、私を『えひめのあるくらし』という新しいステージにも導いていただいたのですが、今は別の部署に異動されていて、その能力を知っている私としては非常にモッタイナイ、愛媛県にとっても宝の持ち腐れだと思うのです。

 一日も早く、その異能な能力を発揮できる元の職場に復帰されることを切望しています。そんな猛獣使いと一緒にオモシロイ仕事をする機会は減ったものの、相変わらず二人で妄想は続けております。いずれ妄想が形になればこのブログでもお披露目させていただきます。ところで、そんな猛獣使いと思わぬ形で「仕事」することに。それがこちらのウッドデッキ!以前から要望はあったものの、このたびようやく実現しました。同じく妄想好きの設計士・石村隆司ジューサンケンチクセッケイ)の手により具体化。


素材は勿論、鉄のような強度を誇るアイアンウッド『マニルカラ(別名:アマゾンジャラ)』。長い付き合いで弊社の事を知る尽くしている氏には、今更細かな木の説明は必要ありません。何の木でしますかの問いには一瞬の迷いもなく、「例のヤツで」、「了解」。施工してまだ雨の洗礼を受けていないのでかなり控えめな色合いですが、ひと雨降ればデッキは赤褐色に染まることでしょう。こちらは納品前に表面の汚れを落とすために水洗いして立てかけて乾かせている時の写真。ものの30分もすれば表面から水っ気もなくなります。続く・・・




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