
当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
予告無く変更になる場合がございます。
現在の商品に関しまして、お電話、又はオンラインショップをご覧ください。
| こんな季節になって今更の話なのですが、暑い季節に遠方からいろいろな方がご来店いただきました。ありがたい事なので、その事については画像などもきちんとまとめてキッチリ書こうと思っていたら、いつの間にか季節は冬に・・・。半袖姿で写真に写ってくださっている皆さんには本当に心苦しいのですが、こんな季節外れなタイミングですがここでご紹介させていただきます。長崎県松浦市といえば元寇ゆかりの地ですが、その松浦市に工房を構えられているのがアイランドホーム㈱の島田 真治さん。 |
 |
 |
この夏、愛媛県で知人の家のリフォームをするにあたって、わざわざ長崎からお越しになられました。そのための木材を大五木材で納めさせていただいたのですが、島田さんとのご縁を取り持ってくれたのが、以前に愛媛で建材関係の仕事に従事していて、その頃からの付き合いのある白金聖臣君。今は福岡の筑豊で、先代の跡を継いで白金材木(しらがね)の社長をされています。その白金君から久し振りの連絡があったのが、今年の6月の事。そこで島田さんが愛媛で仕事をされるので、木材を手配できる店を探していると。 |
| 白金君のパスを受けて、早速島田さんに連絡。そしたら島田さんは無茶苦茶フットワークの軽いお方でして、以前にもトラックを運転して関東の方までよく仕事に行っていたと仰っていて、今回も長崎からトラックでお越しになっていました。すぐに弊社にもやって来られましたが、数分もお話をすると、すぐにビーバーの一族であることが判明!そこからは木材フェチ同士にしか分からないアイコンタクトや隠語を使いあっという間に意気投合。島田さんは、集めるタイプではなく、面白く木を活かして使う『木使いビーバー』! |
 |
 |
もはやビーバーの概念がかなり変わりつつありますが、大儀で木が好きでたまらない病的なヒトという意味でもビーバーは使われます(本家ビーバー・武田製材公認)。過去に島田さんが手掛けられた現場写真を見せていただましたが、まあ何とも独創的な木の使い方をされていらっしゃいました。島田さんは木材フェチであることを頑なに拒まれていましたが(私から見れば真性フェチであることは間違いがない)、こういう面白いモノを作られるという事は、島田さんの後ろでそれを操る面白い設計士が必ずいるはず!続く・・・ |
| 昨日の福田工務店さん(京都)に続いて、まだ残暑厳しい頃に御来店していただいたのが、福井県あわら市の西島木材㈱の西島和之社長と奥様の西島由紀恵さんご夫婦。そういえば昨年も暑い頃に奥様が御一人で初ご来店していただきました。生憎事務所の二階のクーラーが故障していて、汗ダクの中でダラダラと木の話をさせていただき申し訳なかった事を昨日の事のように思い出します。早いものであれからもう一年が経過していて、再度ご来店いただいた事よりも、過ぎゆき時間のスピードに驚いています。 |
 |
 |
西島さんの息子さんが愛媛にご縁があったそうで、その関係で愛媛にはよくお越しになられているみたいなのですが、わざわざ(懲りもせず、しかもご主人まで一緒に!)再度足をお運びいただきありがたい事です。だからといって一年前に由紀恵さんにお話しさせていただいた話ぐらいしかお話し出来る事もなければ、何か目新しい取り組みをしているわけでもないので、非常に恐縮だったのですが・・・。やっぱり、何度もお店に来られる方のためにも常に新しいモノ、コトに取り組んで、『変化』させておかないとと痛感。 |
| 西島木材さんは、もともと材木屋ですが、一級建築士事務所も併設されていらして、自社で木をふんだんに使ったリフォームの設計・施工という『出口』を作られている、言うところの王道の材木屋さんです。なので本来ならば弊社のような『けもの道を往く材木屋』に来ること自体が場違いなのですが、好奇心旺盛・研究熱心とみえて、ストライクゾーンから大きく反れたボール球にも飛びつくフェチな木材ファンの押さえどころとして弊社にもご興味を持たれたのではなかろうかと思います。世の中、奇特な人は沢山いらっしゃる! |
 |
 |
定期的な木工教室や感謝祭なども開催されていらっしゃいますが、恐らくこういう取り組みは奥様の由紀恵さんの視点だと思われます。弊社のそういう取り組みもすべて家内の発想で、正直こういう感覚は女性の方が長けていると思います。家一軒分の木材で何百万円とかいう数字を追いかけたりしていると、ついつい『収穫量』を競い合ったりしがちで、足元の小さな芽吹きを見落としてしまいそうになります。ビーバーが頑張ってダムを作れるのは、近くで水漏れがないか目を光らしてくれるビーバーの奥さんがいればこそ!再訪問、ありがとうございました~♪ |
| 随分前の話になりますが、県外からの熱いお客様が二日続いてお越しになられました。今更になりましたが、その二組をご紹介させていただきます。ひと組目は、創業80年の老舗・福田工務店の福田君ご夫婦。フェイズブックで繋がり、四国の取引先訪問のついでに弊社にも立ち寄っていただきました。社名に工務店とあるように福田君の会社は材木屋ではないものの、木に対する情熱はそこらの材木屋では太刀打ちできません。木造建築にこだわり代々木の素材を集めて来られてきた、ビーバー症候群発症中の工務店さん。 |
 |
 |
フェイスブックによって、類は友を呼ぶスピードと深度が急速に早まってきております。今まで京都のお客さんは少しだけはいらしたのですが、銘木の本家本元の場所だけに弱小零細材木屋にとっては別次元。たまたま気まぐれに王道から脇道に降りられた「王族」たちが箸休めに、マニアックな木でも見てみようかしらと、弊社に声をかけていただく程度(あくまでこちらの勝手な偏見妄想です)。最初に福田君からの問い合わせで、京都と聞いて私に脳裏に浮かんだのは、そんな王族の気まぐれだと思っていました。そしたら・・・ |
|
真性の『ビーバー症候群』に感染されていた重症者でした!発症すれば、全国各地の木のモノ、木の事、木の人(木を生業とするひと)たちと、見たくなったり、会いたくなったり、話したくなったりしてどうしようもなくなり、いてもたってもいられなくなり行動に起こしてしまうという典型的な症状が出ていました。そのためフラフラと熱にうなされながらこんなところまで来てしまったのは本当にお気の毒。福田君の会社は京都といっても日本海に面する北部で、あの日本三景・天橋立で有名な丹後の近くにあります。
|
 |
 |
そこで、代々木造建築に携わってこられていたので、建築に使うための木材を集められていて、現在の社長である福田正吾君の代になって、それらの木の新しい出口として『KUKU』というブランドを立ち上げられました。KUKUとは、木々という言葉の古称だそうで、倉庫に眠る木々の活躍できる場を日々模索されているという『大工ビーバー』でした。イメージだけで、王様の気まぐれ旅行だなどと勘違いして大変失礼してしまいました。結婚されたばかりの素敵な奥さんもより理解者で仲良く、感染されておりました。 |
| 私の強い思い込みで粗相をしてしまうところでしたが、逆にこういう出会いがあると、一気にその土地のイメージも一転してしまうのも思い込みが強いの特徴。まあ京都といっても広くて、丹後だと京都独特のいわゆる京文化とはまったく違うようで、福田工務店のある街自体も小さく、HPに映っている風景にも、見慣れた私の故郷のようで、恐らくそういう環境が木のモノが好きになる原点だったんだろうとシンパシーを感じました。福田君にはもっと症状悪化して欲しいので(笑)、全国のお薦めのビーバー先輩たちを紹介させていただきました。こんなビーバーといつか仕事で絡めたら嬉しい!御来店感謝(^^♪ |
 |
| 個人的は、ピッチャーの投球スタイルとしては、昔で言えばミスター・タイガースの村山実が好きです。身長は私と同じ175㎝で、プロ野球選手としては小柄だったため、全身のバネを使ってダイナミックに投げるファームが特徴で、その投げ方は悲壮感すら感じさせるもので、当時マラソンや10,000ⅿ走などで活躍した陸上選手のエミール・ザトペックも苦しそうに走るスタイルだったことから、「ザトペック投法」とも呼ばれました。同様に上半身を折りたたむような豪快なフォームで剛速球を投げ込んでいた阪急ブレーブスの山口高志も惚れ惚れします。 |
 |
 |
全盛期の藤川球児の火の玉ストレートもそうだし、大リーグで言えば、レッドソックスのグレイグ・キンブレルなど。そういう風に体をめいいっぱい使って投げる熱投型の投球スタイルが好きなのですが、それは野球のピッチャーの好みというだけだなく、自分の営業スタイルにも相通ずるものがありました。なので若い頃は常にどういう展示会などでも最初から全身全霊をかけた全力投球。しかし狙いが定まっていないのですぐにバテテしまい、責任投球回すら持たないことが多く、後半尻すぼみになってばかりで、打率(制約率)も下がる一方で成果がでず。 |
| それで展示会などに出て一日が終わると心身ともヘトヘトになってしまい、2日がかりのイベントなどの場合、2日目はテンションがダダ下がりという事が多かったのです。要するにどこに力を入れればいいのか、物事を俯瞰で見ることが出来ていなかったのです。その時に参考になったのが江川卓の投球スタイル。村山や藤川などの熱闘型とは対極のように見える軟投型。地型や下半身が強いので、一見軽く投げているように見えても球に威力があるのですが、見た目には「もっと力入れてしっかり投げろや~!」と思わせる投球フォームでした。 |
 |
 |
それでいてバッターがキリキリ舞いさせられるのですから悔しいことこのうえなかったのですが、そんな凄い球をもっていてクリーナップを封じ込めるのに、下位打線に簡単にヒット打たれたりの、いわゆるポカが多いのも愛嬌でした。それが「全力投球しない」とか「手抜き」とここぞとばかりに叩かれていました。当時は私もそう感じていましたが、後年あれがピッチャー江川卓のスタイルなんだと思うようになりました。9回全てを全力で投げる事は出来ないので、自分の最大のストロングポイントに力を注ぐため、力をセーブできるところは力を抜く。 |
| それが他人からはどう批判されようとも、ここぞという大切な場面を抑えられる1球のために試合全体のバランスを考えて、体力を温存し自分のペースを崩さない。一時期はもう展示会に出るのも嫌になっていましたが、ほどよい手の抜き方が出来るようになってからは、少しはイベントに出店しても余裕が持てるようになりました。ちょうど自分の中の背骨が固まってきた時期でもあり、営業スタイルもストロングポイントも定まってきて、それから「接客の楽しみ方」が多少は分かってくるようになりましたという話を超まわりくどく話させていただきました。これにてこの長い話、終了~。 |
 |
| すっかり野球のブログのようになっていますが、最後は着地点はそれなりに考えておりますのでもうしばらくお付き合いください。ここでちょっと話を整理しますと、その時(江川が8連続奪三振を記録した)のパ・リーグのオーダーは、福本(阪急)・蓑田(阪急)・ブーマー(阪急)・栗橋(近鉄)・落合(ロッテ)・石毛(西武)・伊東(西武)・クルーズ(日本ハム)という、オールドファンが泣いて喜びそうな顔ぶれ。歴代盗塁数日本一の福本を筆頭に、落合、ブーマーと三冠王経験者が二人に、8番を打ったクルーズでさえその時点で、打率.348、18本塁打と絶好調で、まさに当時のパ・リーグを代表する選手がズラリと並んでいました。そんな猛者たちを相手にしての8連続奪三振は、敵ながらアッパレというほかありません。 |
 |
 |
ちなみにですが、江夏豊が9連続奪三振をした時のパ・リーグのオーダーは以下の通り。有藤(ロッテ)、基(西鉄)、長池(阪急)、江藤(ロッテ)、土井(近鉄)、東田(西鉄)、阪本(阪急)、岡村(阪急)、加藤秀(阪急)。こちらも歴代記録に名を残すような選手がズラリ。よく言われるのが、当時パ・リーグを代表する強打者、張本(東映)、野村(南海)が含まていないと指摘する人もいますが、その時のパ・リーグの監督・濃人(渉)さんがふたりに恥をかかせれないのであえて代打を送らなかったのが真相だとか。 |
| 江川に話を戻すと、最後の9番目のバッター、大石大二郎に対して江川が最後に投じたのがストレートではなくカーブ。短くバットを持つスタイルの大石はそのカーブをバットに当てて夢の9連続奪三振記録は夢と散ったのです。後年、江川はその時にカーブを投げた理由を、カーブで振り逃げを狙って、江夏を超える10連続を狙ったと後日談として語っていましたが、私はそれは照れ隠しの嘘ではないかと思っているのです。入団から架せられたダーティなイメージに対する引け目がカーブをほうらせてしまったのではないかと・・・。 |
 |
 |
取ろうと思えば簡単に9連続奪三振だって奪えるのに、あえて9連続を成功させて歴史に名を留めなかったのが江川であり、だからこそ怪物・江川卓だったのではなかろうかと。う~ん、ここまで宿敵・巨人の選手を称えるのは不本意なのですが・・・一応阪神OBということで。もしも江川が高校卒業後すぐにプロ野球界に飛び込んでいたら多くの投手記録は塗り替えられていたのではないかと思います。阪神に入っていてくれたらなあ・・・。さて、なぜにここまで延々と野球の話を書いてきたかというと、その江川の投球スタイルに商売の活路を見出したから。 |