森のかけら | 大五木材


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20090921 奈良・薬師寺6京都・奈良の神社めぐりの旅もいよいよ最期の『薬師寺』へ。『薬師寺』といえば、私にとっては歴史に残る「昭和の大改修」で腕を振るわれた西岡常一棟梁と『千年の釘』の白鷹幸伯さんです。私が最初に西岡棟梁の本を読んだ時には西岡棟梁もご存命で、『生ける伝説』の活躍された舞台に行ってみたいと熱望していました。その後、奈良に行く機会は何度もありながら、なかなか縁がなくやっと参拝の機会を得られました。今更『薬師寺』についてどうこう言うのも恐れ多いですが、さすがに格が違います!

 

20090921 奈良・薬師寺2白鷹さんの『千年の釘』もしっかり展示されていました。以前に白鷹さんに、昭和の大改修の使われた釘を分けていただきましたが、現場では用途に応じて様々なサイズの釘を作っておられました。日本人にとって偉大な木造建築物である薬師寺に関われた鍛冶職人さんが、愛媛県人であるという事は県人の誇りです!更にその方が、ごく近所に住んでおられて、盃を交えさせていただける関係だという事は、大いなる僥倖です。そこには、『千年の釘』の話が載っている小学校の教科書も展示していましたが、家族連れも多く、「学校で習った」という子供の声も聞こえました。なのに、不思議な事に私の子供たちが通う松山市内の小学校では、『千年の釘』の話が掲載されていません。小学校の教科書という物は、内容云々よりもバックにいろいろなしがらみがあるようですが・・・それにしてもこんな馬鹿な話があるのでしょうか。地元の子供たちは、郷土の素晴らしい功績を知ることなく成長するわけです。何故なんでしょうか?ものづくりの素晴らしさや感動をもっと伝えるべきだと強く思います。

20090921 奈良・薬師寺3『薬師寺』改修工事の時の苦労話は、白鷹さんから教えていただきました。西岡棟梁とのエピソードもいろいろお聞かせいただきましたが、当時西岡棟梁と白鷹さんは結構な年齢差があり、職人同士というよりは、親が子に物の道理を語るように優しく教えていただいたという話はとても印象に残っています。物の本では「鬼」とか形容されてもいたが、実際には温厚な好々爺のようであったという事ですが、『本物』は誰にも彼にも怒ったりしないものだと思います。自分は、西岡棟梁に見出され、随分可愛がっていただいたと懐かしそうに語られていましてが、そういう話自体が私にとっては「雲の上」の話です。お話を聞きながら、鳥肌が立つのが分かりました。

20090921 奈良・薬師寺18

20090921 奈良・薬師寺12

『凍れる音楽』とは素晴らしい形容ですが、カメラのアングルによってかなり印象が違って見えます。個人的には左側の見上げたアングルが好きです。若い人も多かったですが、歴史や技法を知らなくとも、単純に美しく格好いいです!一種のアートを観る感覚で来られるのではないでしょうか。しかし、よくもこれだけの木造建築が1000年以上も残ったものです、当時の匠人たちはどこまで想定したものでしょう。そしてこの偉大な奇跡のような建物は、この後いつまでここにそびえ続けられるのでしょうか。

20090921 奈良・薬師寺8

そしてこちらが、『千年の釘』が使われた西塔です。息を飲むような美しさです。今にも踊りだしそうなほど躍動的で優雅です!当然、どこかの材木屋が納材されたのでしょうが、1000年残る建築物に納材する気持ちはいかばかりでしょうか。こういう歴史的な物は、元請会社や棟梁だけが作れる物ではなく、携わった多くに関連業者の高い技術力と、物を成そうという強い気持ちがなければ成就しません。使われた何千本もの木を見ながら、この部材を取るためにどれだけのハネ材が出たのか、一体何年寝かせて乾かしたのか気になって仕方ありません。見えないところにもたくさんの素晴らしい材が使われている事でしょう。白鷹さんの釘も確認は出来ませんが、間違いなくこの建物に使われています。『物をみる目』の素晴らしさと怖さに足が震えそうになります。 

20090921 奈良・薬師寺15

 

 今は西塔の方がわずかに高いけれど、1000年後に自分の重みで西塔は1メートルほど下がって、東塔と同じになるという西岡棟梁の言葉は、技術力に裏打ちされた職人の揺るぎない自信と棟梁として職人を従える覚悟だと感じます。こんな事を正面きって言い切れる職人さんが、今どれだけいるのでしょうか。数字に表れる価値判断を超越した、人の言葉の重みに心も震えます。

離れた所からみた薬師寺は、やはり少しだけ東塔の方が高く見えました。1000年後、西塔が本当に下がるかどうか、それを検証できる人は誰もいません。いないからこそ、その言葉には覚悟が必要です。西岡棟梁や白鷹さんらが挑んだ職人達の技や心意気を信じようと思う参拝者の信念が、結合して必ずや西塔は下がると思うのです。作り手に自信のないものが、決して人を感動させる事はないというのは、理屈ではないです。

自分への大いなる戒めと感動を残して、京都・奈良の旅はこれにて終了。長くて暑くて、中身の濃い2日間でした。




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