森のかけら | 大五木材

今日も『キングコング 髑髏島の巨神』の話。映画を観終ってからいろいろな雑誌やネットで制作裏話や評価を読みました。そもそもネガティブで怪獣愛の無い人の意見などハナッから読む気もないので、おのずと好意的な意見しか目にしないので、非常に幸せな気分。多くの分析の中で、これがもうひとつの『地獄の黙示録』であることが指摘されていましたが、主人公の元英国陸軍特殊空挺部隊員の名前がコンラッドであったり、先の戦争から島の住んでいる戦闘機のパイロットの作ったボートで川を下るくだりや全米のポスターなどまさにそれ。

並んで飛ぶ攻撃ヘリの場面や、ヘリから拡声器で音楽を流す場面など、臆面もなく『黙示録』をパクッていますが、監督へのインタビューでも監督自らが、「ビジュアル的には『黙示録』を狙った」と述べていることろからも、確信犯的に黙示録のビジュアルを踏襲したようです。堂々と主人公に同じ名前を付ける潔さも屈託がなくて、現地の不気味な住民が現れるお約束の場面などにも、いつものコング映画とは違う深みを感じさせたものの、奥から現れるのはカーツ大佐ではなく狂言回し的な元パイロットと緩急が効いてる!

怪獣映画に対峙する正しい姿勢としては、馬鹿な疑問を持ったり、下手な突っ込みをしない、ありのままを受け入れるということなので、ここで細かな事を指摘するつもりは毛頭ありません。十分に楽しく見応え十分でした。更にこの後で、『キングコングVSゴジラ』のレールも敷かれているようですが、『パシフィック・リム』の ギレルモ・デル・トロ監督やこのジョーダン・ボート=ロバーツ監督のように、子供の頃に日本のアニメや漫画の洗礼を受けた怪獣おたくに監督をお願いしたいところです。

ところで口から炎やレーザーを放つわけではないコングにとって、武器となるのは己の拳や脚といった屈強な肉体と、決闘の場面では必ずそばにある岩や木。今回もそれらが大切な武器となるわけですが、丸太を持ったコングが、プロセッサ・ハーベスターのように瞬時に枝を払って棒にして敵と戦うシーンがあります。今回は、ゴジラと戦う布石としてコングが必要以上に巨大化していますが、通直な丸太だったので針葉樹だろうけれども、そんな芸当したらさすがに掌痛めるだろうと材木屋としては心配になってたのでした。★★★★1/2

4月4日は地元のローカルルールで、会社はお節句休みでした。もう40年も続いている慣習なのですが、毎年県外の取引先からは「会社の電話が通じないが何かあったのか?!」と同じ質問をいただいております。つぶれたりしたわけではないのでご安心ください。ところで、年に数回あるかないかの平日の休みで、子供たちもちょうど春休みで、女子チームは遠方にお出かけしましたので、久しぶりに息子とふたりで映画を観に行くことに。珍しく二人の意見が一発で一致して決まったのが『キングコング 髑髏島の巨神』!

そういえばここしばらく仕事が忙しいこともあって映画館からすっかり足が遠ざかっていました。嗚呼、映画館の中のポップコーンとジュースの混ざり合った甘ったるい匂いが郷愁を誘う~。朝一で並んでいい席を確保しようと意気込んで中に入ってみれば人もまばら。うちは節句休みでも世間は普通の火曜日の朝。いきおい休んでここに座っている自分が不安にあっているものの、今どきどれぐらいの会社が節句休みしているのかよく分かりませんが、周辺の大工さんは休んでいるので、いいんだぞと自分を納得させます。

そんなもやっとした不安は、コングの咆哮によってすぐに吹き飛ばされました。なるべく事前情報を入れないようにしておいたものの、映画の予告編で既に全身を見せるという怪獣映画のタブー破りはかなりの自信の現れだと理解し、相当に期待して臨みました。結論から先に言いますと、親子で大満足!コングが暴れるシーンはほぼ昼間で、昔の怪獣映画にありがちな「暗闇の中で想像力をフル回転させながら妄想の怪獣を楽しむ」という、予算不足を想像力で補うという観客の思いやりは一切不要でした。

CG技術のレベルの向上のお陰で、明るいところで全身を思いっきり見せながら戦うというのが昨今の怪獣映画の流れのようで、むしろここまで作りこんでるぞ~!とこれみよがしに見せつけられるので、昭和の怪獣世代としては何か気恥ずかしさすら感じてしまうような不思議な感覚。まあそれでも、こういう様々な種類が登場する怪獣映画ではありがちな、なぜあいつと戦わないんだ~というマッチメイクの緩さによる消化不良もなく、まんべなく「敵」とたっぷり戦ってくれて怪獣ファンの溜飲を下げてくれたのです。

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