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| 昨年11月のブログで、伊方町の㈱中田水産さんの事をご紹介させていただきました。弊社のホームページを制作してもらっているパルスデザインさんが、中田水産さんのホームページも制作されていることから、それがご縁となったのですが、先日そのパルスデザインの大内智樹さんから、中田さんの所に仕事の打ち合わせに行った際に貰ったという『南海の妖精』をおすそ分けしていただきました。その日の朝捕れたばかりの超新鮮なもの。お隣の高知県では『のれそれ』の名前で知られる幻の珍品です! |
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これって全国的にどれぐらい知られているものなのか分からないのですが、この季節になると高知や愛媛では時々目にする期間限定の珍味です。中田水産さんでも、1月の終わりから2月末にかけてのわずか1ヵ月間が収穫期で、水揚げ後すぐに発送する体制をとっているものの、漁の状況次第では欠品することもあるということなので文字通り幻の魚。透き通ったような不思議な体のこやつの正体は、アナゴの稚魚!正確には「レプトケファレス幼生」と呼ばれる、アナゴ類の幼生の総称だそうです。 |
| いただいた際の透明のケースに入っている時にはべたっとのれそれ同士が引っ付きあっていて分かりにくかったのですが、水に浸すと本来の大きさに戻りました。大体50㎜前後の大きさ。これが成長するとアナゴになると言われてもにわかには信じがたいほど。成魚になるとおよそこの30倍の大きさ。『のれそれ』というのは高知の方言だと思うのですが、その名前の由来は、のれそれと並ぶ高知の珍味にして、早春の漁で獲れる『どろめ』(イワシの稚魚)とその生態に深い関わりがあるのだそうです。 |
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ドロメのイワシシラス漁をする際に一緒にのれそれも獲れるのですが、弱いドロメは網にかかるとすぐに死んでしまうのに対して生命力の強いのれそれは、そのドロメの体の上にのったり、そったりして動いているのだそうで、その動きから『のれそれ』と名付けられたそうです。食べ方は、シンプルにポン酢ともみじおろしで食すのですが、先によく洗ってぬめりを取っておかないと、喉に張り付いてしまうので注意が必要。熱加工に弱く新鮮なものでないと食せないことから幻の珍味と言わますが、食感はジュンサイみたい。酒の肴には最高の魚です! |
| 松山市内で開催された、松山市役所産業経済部地域経済課主催の『台湾ビジネスセミナー』に参加させていただきました。ジェトロ・アジア経済研究所新領域研究センターの佐藤センター長による「台湾の現状」と、魔法網際股份有限公司の我らが松本眞司総経理による「台湾で開いた店の現状報告」の2部構成です。愛媛・松山と台湾の関係については、今までにも何度か紹介してきましたが、松山市は台湾の台北市と友好交流協定を結んでいて、台北松山空港と愛媛松山空港を結ぶチャーター便が就航しています。 |
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余談ながら松山市は他にもアメリカのサクラメント市、ドイツのフライブルク市などと姉妹都市関係にあり、松山市内の通りに「サクラメント通り」、「フライブルク通り」の名前が冠されています。台湾の話に戻りますが、台湾には世界最大手のスポーツ自転車メーカー・ジャイアントがあり、海峡を横断できるサイクリングロード「瀬戸内しまなみ海道」に力を入れている愛媛県にとっては関係性の深い共通点も多く、今後も観光、文化、スポーツなど様々な分野での両都市の交流が期待されています。 |
| そういう地盤があって、松山と台湾の相互理解と交流を深める拠点としてのコミュニケーションスペースとして『168 PLACE(いろはプレイス)』さんが開設されました。2014年のオープン以来、弊社も商品を出品させていただいています。ちなみに『森のかけら』は『夢的碎片』、『森のしるし』は『森林的徽章』、『誕生木』は『森林誕生樹』と訳したいただいています。まだまだ台湾の木材マニアの琴線に触れるには至っておりませんが、手に取って見れるものがそこにあるというのは相当な強みです。 |
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今回のセミナーは、これから台湾に進出しようとか、台湾の企業とビジネスを始めたいという方向けだったようで、台湾で女性初の総統になった蔡英文政権の課題など台湾の現状についてかなり時間が費やされ、168 PLACEの現状と展望については時間が足らず駆け足での紹介となってしまい、松本総経理のディープで生々しい台湾ビジネスの裏側ネタを期待していた私としては物足りなかったのですが、公の場では喋れないようなダークサイドについては、お酒の席で個人的にご教示いただこうかと考えております。 |
| それにしても海外ビジネスについてはこの数年で環境が激変。最後のフロンティアとばかりに、日本国内の本社を畳んでまで意気揚々と中国に進出した企業の悲惨な末路を見るにつけ、中国は恐ろしい国であると思わざるを得ません。更に大統領の弾劾、相次ぐ財閥の経営危機でもはや死に体の韓国、暴走止まらぬ北朝鮮と、混迷の続くアジアにおいて、残された聖地は親日の台湾しかありません。数年前には想像もしなかった台湾とのご縁が、それぞれ違う土壌から幾つか生まれ始めいずれ1本に繋がりそうな「胸騒ぎ」が・・・。 |
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| 少し前に弊社の南隣の会社の事務所兼倉庫が解体されることになって工事が始まったという話をアップしましたが、その後工事は順調に進み工事は完全に終わりました。大きな重機の爪が勢いよく鉄骨をもぎ取って、地面のアスファルトを砕くこと数日、自宅に居た子どもがすわ地震かと慌てて家から飛び出したほどの振動に、うちの会社でも低周波振動のように揺れがずっと続いていました。大きな解体音と揺れで、否が応にも「建物が取り壊されている」という事実を実感せずにはいられません。 |
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事務所の勝手口を開けた目の前2、3m先が解体現場で、自宅は会社のすぐ裏にあるので、自然と解体現場を毎日眺めることになります。なので、工事の進捗状況が手に取るように分かるのですが、私がここに移り住んだおよそ30年前から在った建物が解体されていく様子は、なんだか複雑なものがあり、毎日昼に食事をとるために自宅に戻った時に2階の窓から、その記録を収めておこうという気分になって、それから数日は同じ構図で、隣の会社の最後の姿をカメラに収めるのが私の習慣になりました。 |
| それと、今まで決してその角度からは見ることのなかった風景が突如見えるようになるというのが妙に新鮮で、小さな男の子が電車の窓からいつまでも飽きずにずっと無心で外を眺めているように、およそ30年目にして初めて見る風景に見入っていました。その会社と弊社を区切っていたブロック塀も完全に取り壊されると、いよいよその全貌が見えて、お隣さんってこんなに広かったんだと軽い驚きもあり。工事もいよいよ最終工程に移ると、現場から1台また1台と重機も撤収されていきます。 |
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もっと日数もかかると思っていたのに建物が崩されてからは、最終的に整地されるまであっという間でした。日頃は、モノを造る仕事をしているので、モノが壊されていく仕事を目にすると、それが別に自分と関わりないものであっても切ない。解体は、その後にまた新たなモノを生み出す『再生のための儀式』ではありますが、直接的な意味での作る仕事と壊す仕事のモチベーションってどんなんだろう、なんてことを解体現場で働く作業員の方たちの背中を見ながら考えたりしたのでした・・・。 |
| 松山市西垣生(にしはぶ)町にある愛媛における木材産業の集積基地・松山木材団地。外材製材、プレカット工場、問屋、防腐工場などの木材関連産業が多数集まっていて、弊社もわずかながら2日と間を空けず木材を積みに寄らせていただいています。私自身は最近あまりトラックで材料の引き取りに行くことは少なくなったのですが、先日たまたま木材団地に行く用事があったので、ついでに団地周辺ををグルリと回ってみました。大きな丸太には無条件に心惹かれます。 |
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かつては木材関連業者で占めていた(木材団地なので当然のことながら)木材団地にも木材産業以外の会社が軒を連ねるようになり木材団地の風景も随分と変わってきました。ここには丸太を積んだ本船が着岸するバースがあるので、荷降ろしされた大きな原木がズラリと並べられるのですが、私は買うわけでもないのにその光景を見るのが好きで、撮影も兼ねて時々見に来ていました。まだ大五木材に就職する前は、材木屋ってこういう丸太を挽くのが仕事なんだろうという漠然としたイメージしかありませんでした。 |
| 一般の方は、木材屋と聞くと恐らく大きな台車で丸太を製材しているイメージなのかもしれませんが、実際にはその仕事は細分化され、丸太を扱うのは商社、原木問屋、製材所で、製材された製品を扱うのが弊社のような小売りの材木屋や製品市場などです。台車を持っていない弊社では丸太を挽くことはありませんが、最近は地元産の丸太を買って、製材所で賃挽きしてもらうことはあっても基本的に外材の原木に手を出すことはありません。 |
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いや、外材というと語弊があって、北米針葉樹についてはまず手を出しませんが、それがアフリカ産の広葉樹などになると可能性はあるかも。同じ丸太といっても、針葉樹、広葉樹、径級、長さなど条件次第ではうちのような零細弱小材木屋が手を出しても商機がある場合があります。その場合はもちろん数本の小さな話で、毎日こんな丸太を挽くという世界とはまったく別次元。掌に収まるようなモノを作っていたりしますが、その大本はこんな丸太だったりするわけで、大きな仕事も小さな仕事と背中合わせ。 |
| 1月は好む好まざるに関わらずお酒を飲む機会が多く、結構な酒量が体内に入っていきました。最近お酒にまつわるネタも多いことから、飲みすぎをご心配いただくこともあるのですが、年末年始の1月が特別なだけで、普段はめっきりとお酒の量は減りました。独身時代の若い頃はもうそれは給料のほとんどが二番町や三番町(松山市内の繁華街)に消えていったものですが、今では街まで飲みに出る回数も激減しました。かといって自宅でもほとんどアルコールは飲まないのでかなり健康体。 |
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普段は月に1、2回街に飲みに出るかどうかのペースですが、普段控えめな分だけそういう場面では、日頃の反動から必要以上に(!)大量に痛飲してしまうので、それもどうだか・・・。特別に奮起して節制しようとしているわけではないのですが、夜遅くにこのブログを書いたりしているので、晩酌とかしてしまうと眠たくなってしまうので控えるようにしていたら習慣化した感じです。それでも老眼で文字が見づらくなったり、眠気に襲われたりしますが、まだまだ続けていくつもりです。 |
| 新しいホームページに切り替わったりして、昨年の6月からブログが幾らか歯抜けになっているのですが、書きかけて仕上げていなかったり、写真がアップできていなかったり、更新がずれて時系列的におかしくなったものなどを、週末にまとめて書き直して空白を少しづつ埋めていっています。計算では延べにしてあと80日ぐらい空白期間があるので、なるべく早く埋めて、今年に追いつかれないようにしなければと思っています。なにしろ昨年の木青連の全国大会(6月開催)が未だ道半ばですから・・・。 |
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という長い前置きがありまして、1月最後のお酒の話。私の住む地区では、年明けの第三日曜日に地域の人が集まって神社でお祓いを受ける『御祈祷』という行事があって、その後は各組で集まって年次報告やら今年度の人事などを話し合って最終的には飲みます。昔は昼から延々深夜まで宴が繰り広げられたものの、最近は太陽に沈む前にお開きになるという極めて健全な集まりとなっています。その会に皆が手に手にお好みのお酒をお持ちになるのですが、そんな席で今年初お披露目されたのが、『れんこん焼酎 卯三郎(うさぶろう)』。 |
| 作っているのは松山の隣の今治市農業協同組合。私の住む平田町は、宮内伊予柑の産地ということもあって柑橘農家やJA、行政などの農業関係者が多く住んでいらして、町内の人が顔を合わす席では農業に無知な私にもいろいろな裏話を教えてくださいます。今治市は、松山の隣の市で松山に次ぐ人口を誇り、造船やタオルに代表される工業都市です。そのイメージが強かったのでレンコンと結びつきにくかったのですが、今治市鳥生(とりゅう)地区は、80年の歴史を持つ四国第二位のレンコン産地でした。 |
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大正時代に導入され、低湿地帯の経済物産として根付き、それ以来地元の特産品として盛んに栽培されるようになったのですが、更にレンコンをPRするために作り出したのが、地元のレンコンを原料とした『レンコン焼酎』でした。穴が開いていることから、先が見える、見通しが効くという縁起担ぎで正月には欠かせない料理です。アルコール度数が40度もありましたが、癖がなくて飲み口もさっぱり。あっという間に飲み切ってしまいましたが、酒も木もその背景が分かれば一層味わい深くなるということ。 |