森のかけら | 大五木材


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昨日に続きて地方の木育の話・・・こういう活動が広まれば広まるほど、形式化され全国どこでも同じような木育が実施されるというのは味気ないし、面白くもない。偏屈材木屋としてはそういったマニュアル施策が大嫌いなので、木育はこうあらねばならない、こうあるべだなんて意見を大上段から振り下ろされると引いてしまいます。商売も同様ですが、撒いた種から翌日芽が出るような即席栽培のモノなんてすぐに飽きられてしまう。そこは時間をかけて改善や改良をしてコツコツとファンを作っていくしかない。

西予市が木育に取り組まれる姿勢は素晴らしいと思うのですが、これってすぐに効果が現れたり、その成果が目に見えて分かるようなものではないだけに、やり始めたからには是非とも気長に粘り強くやっていただきたいと思います。この政策の肝は、ひとです。木の楽しさ、面白さ、素晴らしさを知っていただくためには、その魅力を伝えるひとがいてこそ。いわゆる「作り手」と「広め手」の関係。西予市には学生時代の同級生や先輩・後輩など頼もしい人材が沢山いますので、『木の語り部』の育成にもご尽力いただきたい。

里山カフェ イソップ物語』では木育の翌日に演奏会も開催されそちらの方も好評だったそうですが、その場では地元で採れた食材で作った料理も出されました。そこには『吟醸牛 山の響』の肉を使った料理も!家内の実家は牛の肥育農家で、独自路線で販路を広げており、一昨年作った新ブランド『吟醸牛 山の響』も地域の方々の後ろ支えもあり少しずつ認知度が広がっている様子です。大きな道には大きな明かりもありますが通る人も多くて、小さき者はその中に埋没してしまいます。

小さき道には小さな明かりしかないものの、通る人も少なく目を凝らしてゆっくり進めば歩けないわけではない。足元は決して暗くない。これだけ木育が認知され、広がってきたのなら、中には皆が驚くような規格外のアプローチの木育があってもいいのではないかと思うのです。日当たりの悪い山で細くて曲がりくねって育ってた木にだって、好事家に愛される『変木』という出口があるのです。マニュアルの木育よさらば!ぜひ振り切れたような、エッジのきいた、変木のような木育を期待しています!!




先月告知させていただいていた、西予市野村町横林の『里山カフェ イソップ物語』で開催された『木工教室』の様子(2月24日開催)がえひめ新聞に掲載されました(2月27日掲載)。私は参加出来ませんでしたが、家内によれば沢山の親子連れが参加してもらい大いに盛り上がったようです。私と家内の故郷でもある野村町は平成16年の市町村大合併で、旧東宇和郡の明浜町・宇和町・城川町と西宇和郡の三瓶町との五町が合併して西予市になりました。その西予市は、今年の4月1日に「ウッドスタート宣言」をしました。

ウッドスタートとは、日本グッド・トイ委員会が開催している『木育』の行動プランのことで、簡単に言うと、子育てや子供が育つ環境の中に『木』を置いて、市民がもっと木に親しめるように環境を整えようという取り組み。具体的には自治体が生まれた赤ちゃんに地元で作った木の玩具を誕生日の記念品として贈ったり、木に関するイベントや体験事業を行ったり、子供たちの集う建物の木質化などです。言葉は今風ですが、決して珍しいものではなく、生かし切れていない林業資源を抱える日本各地の地方で命題でもあります。

今回の出前木育もそういう取り組みの一環で、材木屋としては大変ありがたい話ではあるものの、こういうことって一朝一夕で出来るものではありません。結婚してから家内と取り組んできて、およそ20年あまり。いろいろと紆余曲折はありましたが、最近になってようやく撒き続けてきた種から芽が出始めて、これから少しずつ『収穫』出来そうな環境になりつつあるように感じていますが、その年月は相手を育てる以上にこちらが育つために必要な時間であったようにも感じています。特に偏屈な私にとって。

大きな木を育てるためには深いところに種を撒かねばなりません。今では当たり前のように『木育』という言葉がどこでも語られるようになりましたが、北海道で木育が提唱されて20余年、その手段や人材の育成プログラムなどが整いマニュアル化されてきましたが、本来はその地域地域の特性や事情、林業との関わり方や距離感に合わせた独自のスタイルがあるはずだと思います。北海道には北海道に適した樹が育ち、四国には四国に適した樹が育ち、その中に多様な種類の樹があってこそ健全な森の姿。明日に続く・・・




20161126-1今年の『えひめ・まつやま産業まつりwithメディアパーティー・すごいもの博2016』(以後、すごいもの博)、1日目は天候にも恵まれて、昨年にも増して大勢の方がブースを訪れていただきました。イベントでは無双の『木の玉プール』には開始時間前から子供たちが群がってきて、閉会時間まで一瞬たりとも無人になることなく、子供たちの笑い声が絶えませんでした。だからといって商品が爆発的に売れるというわけではありませんが、ここは木育、啓蒙の場と割り切ってます。

 

 

20161126-4それでも毎年熱心にブースに立ち寄っていただく木のファンも沢山いらして、県外からお越しになった常連さんに「1年ぶりですね」なんて挨拶もこのイベントならでは。木育、啓蒙の場と頭では理解していても、商売人の性で何か思いがけないものが売れたりするのではと、毎年下心丸出しでオリジナル商品に中から何点か見繕って持ってきていたのですが、今年はそれも封印してほぼPRに徹して、家内の木のおもちゃの店番をすることに。そしたらそういう時に限って、「あれないの?」

 

 

20161126-3なんて声がかかったりするもの。だからといって持ってきていたら必ず売れるというものでも無いことは百も承知。「残念ですね、さっき売り切れました。」なんて悔し紛れに言えるわけもなく、「お店の方には置いているんですけどね~」と愛想笑いで残念がってみせるのが精一杯。モノが売れるタイミングって本当に難しい・・・。「あれば買ったのに」なんて言葉に何度騙されたことか。そんな肩透かしを何度も経験して、辿り着いたのは「(商品がそこに)なくても買わせる」洗脳。

 

 

20161126-2あくまでも『木のファン』にさせるための洗脳であって、謎の壺を売りつけたりするような怪しい洗脳ではありませんのであしからず。「モノを売るな、人を売れ」というのは商売の鉄則ですが、弊社の場合は「木のモノを売るな、木の物語を売れ」ということをテーマに掲げてきました。話し方の技術や言い回しよりも(まあそれも大事ではあるものの)要は熱量が問題。ふと、昔の時代に言葉も通じぬ異国の地に布教活動にやって来た宣教師ってこんな気持ちだったのかなって頭に浮かんだり・・・。




中学生の職場体験の続き。いつもはこのパターンが多いのですが、今年は4人いるので作業の早いので、短時間で考えながら創作的な何か形あるものを仕上げさせてあげて、うまくいけばそれをこちら仕事にもきちんと活かさせてもらおうという思惑から、『モザイクタイル』で実例を製作してもらうことに。これは以前から考えていたのですが、最近少しずつ問い合わせの増えてきているDIY商品『モザイクタイル』なのですが、今まで小さな実例しかなかったので大物に挑戦!!

 

 

3✕6のコンパネ1枚にモザイクタイルをビッシリと並べてもらうことに。つまり約半坪分ということです。中学生たちには、仕様やサイズについての最低限の情報だけを与えて、面白い感じに作ってみて、と初めっから全部任せました。このモザイクタイルは、自分で裏面にボンドや協力両面テープなどを使って壁面を自由にアレンジできるという商品で、評判もいいものの、大きな面積に貼った実例が少ないことから、いずれ大き目の実物サンプルを作らねばと思っておりました。

 

 

4人の中学生に数種類のモザイクタイルだけを与えて、好きなように作ってみて、と一切を任せてみました。3✕6のコンパネ1枚にビッシリ並べて作り上げてくれたのがこちら。何のアドバイスも与えずに、なるべく面白い感じに作ってご覧というだけの指示でしたが、想像以上に面白い感じに仕上がり、「発注者」としては大満足!!体を使う仕事が続いた中で、頭を使う仕事を楽しみながら頑張ってくれました。4人がそれぞれに四方から作り始めたため最後はかなり苦戦しました。

 

 

最後の1ピースはどうしても収めることができずに、カットして帳尻を合わせましたが、恐らくひとりでコツコツ作業すれば綺麗に収まったのではないかと思います。このモザイクタイルは主にフローリングなどのB品を利用して作っていますが、着色しているわけではありません。クリアの植物性オイルを塗っているだけですが、結構カラフルな風合いになるので驚かれる方もいらっしゃいます。今回はサンプル写真が欲しかっただけなので、もったいなかったんですが完成後に回収。

 

 

小さなサンプルだとイメージしにくい施工後の様子がこれで少しは分かってもらえるようになったのではないかと思って、子供たちには感謝しています。今回は現在在庫にあるものの中から、子供たちがランダムに取り出して並べたものなので、このサンプルと同じ仕様で、この組み合わせで販売しますというわけにはいきませんが、どういう木柄でどういう色合いになるかも含めてオリジナルの壁面が作れるというのがこの商品の魅力です。




昨日に続いて『トークカフェ』の話ですが、卒塔婆ならぬ木の看板(イエローポプラ)の評判が良かったので、愛媛大学伊藤先生にも自分の看板をお持ちいただいて写真を撮らせていただきました。この演題からお分かりかもしれませんが、以前に紹介した『森のかおり(仮称』は、伊藤先生からのご依頼でした。大学正面には耳付きのイチョウの木を看板に使いましたが、看板という具体的な『出口』もこうしてリアルな形として存在するとそこから話も広がりやすいものです。

 

さて、今回は3人がそれぞれの話題について30分ほど喋らせていただいたのですが、私は『NO WOOD, NO LIFE』というタイトルで、小さな材木屋が実践している古くて新しい木の出口の話をさせていただきました。この言い回しは、『NO MUSIC, NO LIFE』とか『NO COFFEE, NO LIFE』などと最近よく使われたりしていますが、「木の無い人生なんて考えられない」という意味。それぐらい木のモノって実はもともと身の回りに溢れていたはずなのです。

 

それが非木材にドンドン取って代わられましたが、原点に戻りましょうということ。なので決して新しい出口ではないのですが、今風にちょっと楽しくなるような、面白くなるような味付け(例えば誕生木とか、種類を増やしてコレクションさせるとか)を施して暮らしの身近なところで木に触れる機会を作りましょうよって話です。そのためには沢山の『木の物語』が必要になってきます。こういう話をすると、それでどれぐらいの木を消費するの?なんて無粋な事を言う輩が現れるものです(今回は無かったですが)。

 

情緒的な話ばかりしても、もっと現実的な話をしないとダメだと仰られますが、誤解を恐れず言えば、木をマテリアルとして捉える話にはほとんど興味が湧かないのです。もし木が情緒の無いプラスティックや金属などのような無機質な素材だったら、私は材木屋なんてやっていません。命宿る素材だからこそ、同じものがない無二の存在だからこそ面白いのに、数字ばかりで木を語るなんてモッタイナイ。いろいろな木があるから山も豊かなんであって、いろいろな考えがあっていい。




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