森のかけら | 大五木材


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200種類以上の木を扱っていれば(あくまで種類というだけで量は微々たるものですが💦)、同じ日に全然違うところから同じ木に問い合わせが来るということも確率的にはなんら不思議な事でもないのでしょうが、『ムー世代』のロマンチスト材木屋としては、「こ、こ、これはシンクロニシティ!木の神の見えざる力が発動された~!」などと勝手に盛り上がって、その邂逅を授けていただいた「かけらの神」に手を合わせて感謝しています。今回の巡り合わせは『カイヅカイブキとシラカシとサッチーネ』です!

まずは、街路樹として御馴染みのヒノキ科ビャクシン属の木、『カイヅカイブキ(貝塚息吹』。普段からその立ち姿を見ることは多いのですが、通常木材市場に出材されることは稀なのと、貴重な出口であった「和室の意匠」もほぼ壊滅状態にあって、改めてこのブログを見直してみても、6年目に触れて以来まったく取り上げてもいませんでした。以前は床の間の落とし掛けとか、田舎の大きな家の玄関の飾りなどにも使われていたのですが、出番が無くなりずっと倉庫の奥の方に幽閉状態にあったのです。

それではいかんという気持ちから、この木を使って『森のりんご』も作ってみました。それがこの『イブキのりんご』です。削るとその木肌は淡いピンク色をしていて惚れ惚れするような美しさなのですが、経年変化でその美しさはみるみる失われていき、写真のようなくすんだ赤茶色に落ち着いてしまいます。色止めが出来ればなあと切望する木の1つです。このりんごだって、仕上がった当時はそれはそれは美しゅうございました。しかしこのうつろいやすさの中にこそ、本当の美があるのかもしれません。真実の美は儚さの中にありて目の見えぬものなり。

カイヅカイブキはその立ち姿からも分るようにかなりいびつな樹形をしているので、板に挽いても平面が得にくいので、使いどころに工夫が必要になります。それが「りんご」の曲面の中では、心材の赤身と辺材の白身が混ざり合って得も言われぬ表情を醸し出してくれます。遊び心のある人にはそこがたまらない木でもあり、通好みの木とも言えます。イブキは油分も多くて、「かけら」に加工しても持つと小口がねっとりとする事があります。昔はどうにかしなければとも考えましたが、歳とともにエイジングに寛容になってきました。明日に続く・・・




ひと削りしてすっかり綺麗になったキリ(桐)ですが、今回はこれを使ったノベルティのご注文を受けており、桐材を適サイズに木取りしていきます。帯鋸でザックリ荒割して、プレーナーで削っていくのですが、ここで取り上げるのはその主となるノベルティグッズではなくて、それを作るために挽き割った残りの端材。通常ならばこのまま焼却炉の灰となるペラペラの薄板。さすがにこれからは【森のかけら】も『モザイクボード』も作れません。この段階で十分に採算は取れていますので処分しても問題はありませんが、

木材の製麺線について私はこう考えています。例え立派な材があったとしても、こちら側にアイデアがなく活かしきれなればそれはゴミであり、有効なアイデアが見いだせればそれは原料となると。それは端材についても同様で、使える原料にするのか、処分すべきゴミにしてしまうのかは、こちらがどれだけ引き出しあるいは出口を持っているか次第。このサイズだと『ストラップ』として有用ですが、現在その在庫はたっぷりとあるので、別の出口に使ってみようと思います。これを集めて丁寧に小割してサイズを揃えていきます。

それで作ったのがこちら。幅40㎜、厚み5㎜、長さは80~150㎜の8種類。小割した端材で取れるだけ取りました。ここまで短いものまで取り切ると、さすがにこれで残ったものには未練はありません。キリは非常に軟らかい木なので、建築用材としてはなかなか使いどころが少なくて、家具だと引き出し内部などに用途はあるものの、それもある程度のサイズ感が無ければ、あまりに小さな材だと使いづらい。有名な用途である下駄や琴は専門性が高すぎて弊社からは結び付かないので、軟らかい性質を活かせるキリならではの出口が見いだせるかどうか。

それでもヒントとしたのは、やっぱり。音楽はもとより楽器についてもまったく知見を持ち合わせはいませんが、昔からその素材に選ばれているぐらいだから音の響きが素晴らしいのでしょう。よく「それぞれの木の特徴を活かした出口を見つけたい」と言っていますが、それは決して斬新なものということだけでなく、昔から親しまれてきた使い道を今風にブラッシュアップさせたり、少し何かを付け足したりするということでもあります。なにしろ先人たちはもうこれ以上は出ないだろうと思われるほど材の特性を絞り出していますから。続く・・・




大五木材の狭い倉庫の中にはぎゅうぎゅう詰めに木材が押し込まれていて、スーパーマーケット並みにスペースの奪い合いが日々繰り広げられています。限られた空間を有効に活用するため、いったん鋸が入って割り返された残りの材のような木材は「指定席」から「自由席」に移っていただかねばなりません。天井窓から光が差し込み、いつも明るい場所で目につきやすく木製の台座に上に並べられるVIP待遇から、雨風の影響を受けやすい入口付近、次に差し掛けの屋根の下へと移されていきます。

それまでに早く『出口』を見つけてあげるのが私の仕事なのですが、200種以上もあるとすべての材に目が行き届きません。この木も以前に注文が入って、鋸で大割してあるものに活用したのですが、残った部分が長い年月、差し掛けの屋根の下で過ごしてきました。屋根があるといっても雨や風には晒されているので、すっかり表面は日焼けと汚れで灰褐色になってしまっています。一見すればもうこれは使い物にはならないレベルと思われるでしょう。しかし、私にはまだ勝機がありました。この木ならばまだ使えるはず!

幸いにも、この木の上にも少しだけ違う木材が乗っていたので、壊れかけた雨どいから落ちる雨水に穿たれて朽ちるという状況にはありませんでした。その木を削ってみると、綺麗な木肌が復活!写真では何の木なのか分りにくいかもしれませんが、これは『キリ(桐)』の木です。キリは伐採後そのまま使うと、後からアクが滲み出すので、水に浸してアク抜きをしてから使わなければなりませんが、それが出来るのは桐箪笥などそれなりの出口に利用されるごく一部のエリートのキリだけで、この辺りから出材される小径木のキリにまでその処置がされることはありません。

なので、後からアクが滲み出したりして評価が下がり、やっぱりキリを使うのは止めておこうという悪循環が発生したりするのですが、どこまで手間をかけれるかというのは難しいところ。それがこのキリは、たまたま長い間雨に晒される場所に放置晒されていたことで、いい感じにアク抜けが出来たみたいで、削ってみると以前よりもいい感じの美白。まさに怪我の功名ですが、たまたま素材がキリで、ほどほどに雨風に晒される場所で、運よく出番が巡った来たというだけで、そのまま朽ちていく木も多いので、失意のまま陽の目を見ることがなかった彼らへのこれがせめてもの罪滅ぼし。




昨日の森林火災で思う事の続きです・・・何十年、何百年と生きてきた大木がただ灰となってしまい消滅するのは虚しい事ですが、この山火事の件で思う事がありました。樹木は大きく育ったら伐って家や家具など何かに使わねばモッタイナイと考える人間の思い上がりなのかもしれないという事。人間が生まれる遥か太古の昔より、自然のシステムの中で世代更新は繰り返されてきました。いかに立派な大木といえども無限の命があるわけでなく老木は幼木に席を譲ってきました。そのタイミングはそれぞれの木によってさまざま。

落雷による火事、寒波や熱波などの急激な気候の変化、虫害、菌などさまざまな理由で、本来神から与えられた寿命を全う出来なかった木は沢山あったはずです。そこにモッタイナイという感情などは存在せず、ただ淡々と命の世代更新は繰り返されていました。焼かれたり、朽ちたり、老いたりしては、幼木にバトンを引き継ぎながら樹木という『種』が受け継がれてきました。そのサイクルの中に人間が割って入って来て、朽ちる前にそれを再利用しなければモッタイナイという感覚を持った。それを人工的に進めたのが植林であり木の産業化。

私もその中に身を置く者ですが、毎年世界中で発生する大規模な火災を見ながら、モッタイナイといつも思っています。100年生きた木は、伐採して100年使えるものにする、というのは木を使う者にとっての命題ですが、それは命をいただく木への免罪符のようなもので、人間側からの勝手な解釈に過ぎません。木からすればいかなる理由であろうと、いかに高邁な理念であろうと、わが身を切り倒されバラバラに鋸を入れられ鉋で削られ釘を打たれることなど許せる話であるわけないのです。

炎に包まれ灰となってしまうおうとも、そこに次に種が育ち新たな命が継承できるのであれば、それは種として立派に目的を遂げたのであり、100年残る家具にされたとしても、種が継承されなければ意味がないことなのかもしれません。いやむしろ、人間に役に立つ素材としてわが身を提供してやるから、植林して一族を絶やすなと、花粉を運ぶ虫と花のような共存関係を狙った献身的で高度な戦略なのかもと思ったりしたら、『人間よ、もっと大きな俯瞰で見よ!種の継承のためなら個の犠牲など厭わぬわ。だからわれら種族は今まで地上で繁栄したきたのだ!』なんて笑われそう。




北米原産のニセアカシア(ハリエンジュ)は、1873年に日本に渡来すると、街路樹や公園樹、砂防・土止めなどに植栽され全国各地に広がりました。愛媛でもその姿はよく見られ、伐採された数本をいただきました。そこから【森のかけら】も作ったのですが、その際に頭を悩ませたのが、この木を日本に入れるか、世界に入れるかという事。この木に限らず、原産地は海外で名前も英語名で定着しているものの、日本で育ちそこで伐採された木は沢山あって、何を基準に国を分けるかというのが難しいところ。

漢字の名前の木がズラリと並ぶ中にカタカナの名前の木が並ぶという違和感はあるものの、すっかり日本に溶け込んでいて、その土地で育った木は日本産でよし、という事にしました。そのニセアカシアの英名がBlackLocustで、アカシアの英名がLocust tree。ローカスの語源はもともとラテン語の焼け野原という意味からきていて、大群が通り過ぎると全てが食い尽くされ焼け野原のような状態になるバッタにもその名がつけられています。アカシアとバッタにも何か関連性があるのかどうか、調べてみてもよく分りませんでした。

これはあくまでも私の推論ですが、アカシアの仲間の『フサアカシア』という木はオーストラリアが原産ですが、火災で焼け野原となった場所にすぐに定着して育つ樹種のひとつで、急速に成長して群落を形成して、もとの自生種が回復するのが難しくなることもあり、南アフリカやインドなどでは悪影響を与えているほどであるという話を目にしたことがあります。アカシアもそういう開拓地におけるパイオニア的な性質があるので、焼け野原で急速に勢力を拡大するということからローカスツリーの名がつけられたのかもしれません

そのオーストラリアでは大規模な火災が起きて多くの野生動物が被害にあいました。私がいつも通っている散髪屋さんがよくホームステイを受け入れられていて、以前に来日してお世話をしたオーストラリア人の方が現地の様子を撮った写真を見せてもらったのですが、驚愕の後継でした。その人は、火災の現場から100キロほど離れたところに住んでいるそうですが、そこからも真っ赤に染まった空が不気味に広がっています。想像を絶する規模の森が一瞬のうちに失われてしまいました。明日に続く・・・




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