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嗚呼、知らなんだあ・・・マイケル・チミノが亡くなられていたなんて・・・。 ベトナム戦争を描き、アカデミー作品賞を受賞した1978年の傑作「ディア・ハンター」で知られるマイケル・チミノ監督が7月2日、米カリフォルニア州ビバリーヒルズの自宅で死去した。享年77歳。亡くなった事に驚きでなのすが、晩年の写真も衝撃!すっかり痩せこけられて、まるで憑き物がすっかり取れたGACKTのようになってしまっていた姿にも困惑。晩年の不遇に胸が痛くなります。
私の中のチミノは、パーマをかけて肉づくがよくて目つきの鋭い若かりし頃のままのイメージだったので、あまりのギャップに「誰?」と思ったほどでした。私にとって、監督名で映画を観ようと思わせ、観終ったら必ずDVDも買おうと思わせる数少ない映画監督の一人でした。後は勿論リドリー・スコット、フランシス・コッポラ、ウォルター・ヒル、ジョン・ミリアス。こうして並べると相当にタカ派的であり、スコット以外はほとんど休職状態というのも笑えますが。
好きな映画を並べれば必ずその名前がある私好みの監督でありました。晩年はほとんどお休み状態でしたが、もう一度スケールの大きな映画を撮って欲しかった。もう新作が永久に観れないと思うと残念。マイケル・チミノほど浮き沈みの激しかった映画監督も珍しかったのではないでしょうか。監督第2作目となる『ディア・ハンター』で、当時はまだタブー視されていたベトナム戦争の悲惨で不条理な現実や帰還後の人間喪失などを描きアカデミー賞の作品賞、監督賞など5部門を受賞。
スター監督の道が約束され、将来を嘱望されたものの続作では隠されていた完璧主義者&芸術家の側面が顔を出し、結果的に栄光の極みから地獄へと真っ逆さまに堕ちてしまうしまうのです。ひと昔前のハリウッド映画のランキングの1つである、「もっとも製作費を回収できなかった映画は?」、「史上最大の失敗作は?」の答えとして挙げられていたほどに汚名を着せられ冷遇された映画が『天国の門』。原題 Heaven’s Gateの直訳なのですが、皮肉を込めて『地獄の門』とまで呼ばれることも。
才の木(さいのき)の設立10周年の記念事業の松山でのトークカフェの打ち合わせの続編。京都大学の高部先生㊨と愛媛大学の伊藤先生㊧と、久万造林井部健太郎君と私たち夫婦の5人で、健太郎君の『Waiwaiwaiカフェ』で、内容などを詰めます。最終的には、伊藤先生と健太郎君と私の3人が、地元・愛媛側からそれぞれの立場で、お話をさせていただくことになりました。トークカフェの大枠は決まっていたので、この日は会場に設営やら備品の準備やらの細かな話をまじめに話し合い。
打ち合わせが終わったら、久万の山の実情を見ていただくべく健太郎君の山へ。本当は森の奥までお連れしたかったのですが、その日のうちに帰られるという事で、時間の関係もあって、山登りは断念して、健太郎君の案内で道路から見ることの出来る久万林業を象徴するような伐採現場へ。急な傾斜地に生えるヒノキを伐採した直後の現場でしたが、いろいろな山を訪ね歩かれた高部先生をして、「こんな急峻な伐採現場を今まで見たことがない」とまで言わしめたほど厳しい環境。
材木屋というと、一般の方は山の伐採現場まで行って、伐採された木を見ながら買うか買わないかを決めていたりするのではなんて想像される方もいるかもしれませんが、基本的に弊社では直接木を伐採する事はありませんし、伐採現場に立ち会うってこともありません。ここで伐採された木は原木市場に運ばれ、そこで競りにかけられ、購入したそれぞれの製材所が自社の工場に持ち帰って製材して柱などの角材や板材などに挽きます。それを弊社は仕入れさせていただくという流れです。
なので、高部先生をお誘いしておいて言うのも何なのですが、こうして改めて久万の急峻な現場での伐採の様子を見ると、いかに林業が危険と背中合わせの仕事であるのかということを思い知らされます。愛媛でも毎年何人もの方が山での作業中に命を落とされていますが、そういう危険な作業を経て材が私の手元にあるということは常に考えておかねばならない事。山の作業も機械化が進んだとはいえ、人の手があってこそ。こういう所に来ると、虫食いとか傷なんて話がちっぽけに感じます。
だからそんな事はどうでもいいというわけではないのですが、子細にこだわりすぎると文字通り「木を見て森を見てない」状態に陥って、今そこにあるものが大型プラントで作り出されたアルミやプラスティックのような工業製品であるかのごとき錯覚をしてしまいそうになりますが、それは紛れもなく虫や昆虫たちが命を育んでいた巨大なる生き物です。そういう自覚は常に持っておかないと大事なことを勘違いしてしまいます。世の中にはいろいろな考えの材木屋がいます、材木屋万流!
7月の某日、京都大学の高部圭司教授が松山にお越しになられました。高部先生と私と家内の3人で向かった先は、愛媛を代表する林産地・久万高原町。そこで待ち受けるは、盟友・井部健太郎君。高部先生ご来県の目的は、今秋に松山市で開催を予定されている、特定非営利活動法人・才の木(さいのき)のトークカフェの打ち合わせです。才の木の設立10周年の記念事業として、今年地方でのトークカフェの開催が検討され、岩手(盛岡)と愛媛(松山)の二か所が選ばれました。
才の木については以前にも紹介しましたが、日本木材青壮年団体連合会の大先輩である岩手の日當和孝さん(マルヒ製材・専務)が所属していらっしゃる関係で、家内が木の玉プール等の木製玩具の木育の実践(出張木育)でも大変お世話になっています。そちらは保育園や幼稚園の先生などを対象とした木の玩具等を通じて木とふれあおうというものですが、今回のトークカフェは、木や森の事に関心のある大人や学生たちを対象として開催されるもの。松山は9月の10日開催予定。
聞くところによると、盛岡では日當さん主導でかなりアカデミックな木の勉強会のような内容で実施されるということでしたが、愛媛においては私に話を持ってこられたのが運の尽きと諦めていただき、郷に入っては郷に従えで、「愛媛流の材木屋のおもてなし」を体感していただかなければなりません。松山では、3人の話題提供者がそれぞれのネタをご披露させていただくことになっていてその3人というのが、愛媛大学農学部の伊藤和貴教授と井部健太郎君、そして私の3人。
松山でのトークカフェ当日の内容に関しましては後ほどご案内するとして、その日は打ち合わせのために高部先生にはわざわざ京都より足を運んでいただきました。井部君は、適任者と思って私から推薦したのですが、高部先生が一度直接会ってお話をしておきたいということだったので、それなら是非愛媛の山の実像も見ておいてもらおうと久万までお連れしたのです。それに合わせて従来とは少し違った方向に舵を切ろうとしている材木人の姿もみていただきたいという思惑もあり。
北信越のブログを書き始めて今日で40日目。実時間にしてようやく1日目(正味でいうと夜遅くに金沢駅に到着していたので、2日目)の工程が終わり。全体の工程でいうと、この後は兼六園、金沢城、21世紀近代美術館、そこからようやく福井県に移ってあわら市のエンドウ建材、金津のアートコア、そしていよいよ日本木材青壮年団体連合会の全国大会。懇親会等を経て、翌日は恐竜博物館、そして再びのもく遊りんと続きますので、全体の約1/3が終わったところ。
外に出て多くの刺激を受けてインプットしたものをしっかり咀嚼していかに自分なりの言葉としてアウトプットできるかという事が重要だと考えています。少人数で会社を回していることから、そういつでも長期間の出張に行けるわけでもないので、こういう機会があった時にはなるべく時間の許す限り貪欲に回るようにしています。私はいつものことなので慣れているものの、こんな強行スケジュールに1日中お付き合いいただいた村本兄貴には本当に感謝の気持ちでいっぱい。
その日の夜は、その村本さんと能登から四住さんにも来ていただいて金沢の片町でご飯をご馳走になりました。お酒や料理が美味しいのもさることながら、日頃は電話やメールでしか会話の出来ない尊敬する両先輩とこうして盃を交わせながら木の話が出来る喜びが何よりも美味な酒の肴。村本さんの弟分にあたる角永君も含めて、こうして近くで思いを共有できる仲間が居るってことが何よりも心強くて素晴らしいことだと思います。
ありがたいことに愛媛でも私を挟んで2歳上から1歳下ぐらいまでに、思いを共有できる木材仲間が7、8人揃っていて、その仲間たちと一緒に木青連の活動も出来たことが自分にとっては最大の財産です。卒業後もその関係は不動です。ただ、木の仕事といっても職種ががそれぞれ微妙に違っているので、向いている大きなベクトルは一緒でも、具体的な形で連携させるのは個別の企業単位となるため、村本さん達のように住宅資材での連携プレイは羨ましく思います。
石川県の話を初めて20日目ですが、実際には石川県で動き始めておよそ4時間が経過したところ!このままのペースでいけば石川の旅の全貌を伝えるのに2ヶ月ぐらいは必要になりそうなので、さすがにここから多少はスピードを上げていくつもりですが、心に残る旅だったのでスルーしてしまうには勿体無くて勿体無くて。『能登ヒバ』の原木市場を見た後は、四住さんの会社・鳳至木材に移動して能登ヒバの製品を見せていただいくのですが、その前に食事をしようということに。
能登は、能登半島の北岸に位置し、古くから港町として栄えてきた歴史があり、輪島の朝市が有名ですが、新鮮な海の幸に恵まれていて、寿司も有名。四住さんの会社の近くの寿司屋さん、寿司処 伸福さんで能登の旬の魚介類を堪能させていただきました。地元の牡蠣も半端ではない大きさ、肉厚でプリプリしていて美味でした。ここで食事をしながら四住さんと村本さんにいろいろ能登や輪島の話を伺ったのですが、その地の歴史や文化を知ることもその地の木や森を知ることの第一歩。
ということでなるべく地のものにも挑戦しておかねばと思い、有名な『魚醤(いしる)』の味見をさせていただいたのですが、もともと魚介スープとかは得意でない私の「お子様舌」には、ちょっと味が濃厚すぎました。能登はその地理的条件ゆえ、古くから日本海側の物流の要所として繁栄してきましたが、それは江戸時代の「北前船」に依るところが大きいようです。江戸時代に鎖国が行われていた当時でさえ、能登では海外との交易もあって人々の暮らしは今では考えらえないほど豊かだったとか。
かつては花街もあったそうで、往時の繁栄が偲ばれます。能登ヒバもその北前船によって能登にもたらられたモノのひとつですが(最近の調査ではもともと能登にもその種は存在していたとされていますが)、当時は禁木として厳しく管理されていた『青森ヒバ』が当地では環境に順応してうまく根付いて成長した事と、その名を秘するための隠語として『档(アテ)』と呼ばれるようになったのです。その档の字も最初は読めませんでした。全国いろいろな産地を廻ると新たな出会いがあります。
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