森のかけら | 大五木材


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宇和島の天赦園、徳川、島津、樹木つながりでもうひとつ気になるものがあります。それが学校などによく植えられている『ソテツ(蘇鉄)』。以前にもこのブログで取り上げましたが、ソテツは枯れかかったり弱ったりすると、釘を刺しておけば復活するので、鉄で蘇るから蘇鉄なのだとう伝承がまことしやかに囁かれていますが根拠はないようです。西日本だけかもしれませんが学校などによくソテツが植えられています。昔からなぜ学校に南国情緒溢れるソテツが植えられているのか不思議に思っていました。

どうやらそれっぽい理由が2つほどあるようです。そのうちの1つが、ソテツそのものが九州や南西諸島など南国に自生しているのですが、明治維新後に薩摩出身のひとたちが政府の役人として全国各地に赴任した際にソテツを広めたという話。明治維新時に薩摩がどれほど力を持っていたかを示すエピソードです。その真偽は定かではありませんが、天赦園にも立派なソテツがあって、もしかしたらこれも薩摩が広めたソテツのひとつなのかもと考えると、思い起こされるのが徳川家と薩摩の島津家に関わる蘇鉄問答

徳川11代将軍・徳川家斉が薩摩藩第10代藩主・島津 斉興(テレビの『西郷どん』で、鹿賀丈史が演じている、島津斉彬の父)にある日こう言った。「そちの家の庭にはたいそう立派なソテツがあるそうじゃな。」斉興は「それは三田(江戸)の屋敷のことですか?」と聞き返すと、「いやいや三田ではなく薩摩の屋敷のソテツの事だ。」「ご冗談を・・・」と笑う斉興を遮って、家斉は続けた。「疑うならば国元に人を遣って調べてみよ。一番大きなソテツの根元を掘ってみるがいい。葵の紋を彫った小柄(こづか)」が刺してあろう。」

斉興は慌てて国許に早馬を走らせて、薩摩の庭のソテツを調べてみると確かに家斉の言う通り葵の小柄が見つかって斉興は恐れをなしたというもの。つまり当時徳川が使っていた公儀隠密がいかに有能で、江戸から遠く離れた薩摩の地でもし何か企てようともすべてお見通しだぞという徳川の力を示すエピソードです。あまりよく出来過ぎていて、作り話っぽいですが、木にまつわる話ってこれぐらいがちょうどいいんです!一方で、もっと現実的でドライな理由としては以下のような話もあったりします。

公立校の学校の植栽については、文科省から「日本の心を学び、また入学、卒業時の記念とすることを目的に桜を植栽すること」とか、地域の気候や環境を鑑みながら「教材用となる裸子植物を一種以上植えること」と指導がされているそうで、その中で成長が遅いので将来大きくなりすぎて困らない、手間がかからず育てやすい、根腐れを起こしても幹と新芽が生きていれば再生できるほど生命力が強いなどの理由でソテツが全国各地の学校や官庁に広まったというものですが、あまりに味気ない。やっぱりソテツは薩摩の志士か隠密が広めてくれないと!




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