森のかけら | 大五木材


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前に来た時にも見ていたはずでしたが、人が多くて写真に撮らなかったのか、目には映っていながら気に留めていなかったのか、天守閣から降りたところに1本の大きな『エノキ(榎)』がありました。「榎 定年齢100年」と書いた紙が取って付けたように掲げられていましたが、もしかしたら以前はそれがなくて、エノキかどうか自信が無くて撮影しなかったのかも?もしかしたら私と同じような人間がいて、樹種名が分かるようにして欲しいとの投書でもあった結果なのかしら?

ところで、なぜに姫路城にエノキがあるということで興奮しているのかというと、ニレ科の広葉樹エノキの学名はCeltisといって「甘い果実をつける木」という意味があります。私は実際にその実を食したことはありませんが、昔飢饉の時にはエノキの実を食べて飢えを凌いだそうです。そのため非常食として全国各地に植えられ、人の命を救ってくれる救荒植物として重宝され、信仰の対象ともなっていきました。そのため城造りの名人と謳われた加藤清正公は城の中にエノキを植えたといわれています。

籠城して食料の調達が困難になった時には、エノキの実を食べてでも生き抜く、またその樹皮は燃えやすいので薪として燃料にも使えるということで、築城の際には城内にエノキムクノキを植えたというのです。まあ城内にはいろいろな種類に樹が植えてあるので、もしかしたらこの話も後付けかもしれませんが、エノキという木の特性をしっかり捉えて彩りを与えている話だと思います。そういう事もあっていろいろな城に行って、城内にエノキを見つけるとひとりで勝手に納得してしまうのです。

まあしかし推定年齢100年という事ですから、既に時代は大正。まあ推定年齢ですからザックリですが、救荒植物としてというよりも植栽の一部として樹形のいい樹として植えられたのかもしれませんが、そういってしまっては身も蓋もない。やっぱりそこは戦に備えた植えたのであって欲しい。立派な枝ぶりのエノは、観光客に大きな日陰を与えてくれていました。大木あるところに人は集まる。さまざまなに思いを馳せながら、ミスター会の研修旅行はこれにて終了。バスは一路、松山へと向かうのでした。




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