森のかけら | 大五木材


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20151015 1 少し前の話になりますが、北海道の紋別市で体重400キロになろうという巨大な羆(ヒグマ)が駆除されたというニュースが報道されました。同時期に紋別市内の別の町でも推定350キロの巨大羆の足跡が発見されていて、地元の猟友会が警戒していたそうです。冬眠に備えてデントコーン畑に侵入して畑を荒らされているという農家からの被害を受けて、残ったデントコーンを刈り取って羆が潜んでいそうなエリアを絞り込んだところ、突然羆が現れハンターが猟銃で仕留めたという事。

 

20151015 2その腕利きのハンターは10年前にも310キロの羆を仕留めたそうですが、今回仕留めたヒグマをユニックで吊り上げたところ400キロもあったという事で新記録だったとか。巨大ヒグマといえば思い起こされるのが、国内最大の野生動物の獣害とされる『三毛別(さんけべつ)羆事件』。胎児を含めた7人が死亡し、3人が負傷するという悲惨極まりない事件でしたが、吉村昭の筆によるノンフィクション『羆嵐(くまあらし)』は、自然の厳しさを冷徹なほどに描写した渾身の一作です。

 

20151015 3この報道に対して、殺さなくてもよかったのではとか、射殺以外の方法はなかったのかなどとコメントが寄せられていましたが、そういう人はまず『羆嵐』を読むべきでしょう。三毛別事件が起きたのは今からちょうど100年前。そこに暮らす住人たちは、東北の貧しい農村から移住してきた人々で、北海道にしかいない羆についての情報は皆無。銃どころか掘っ立て小屋のような暮らしの中、わが身を守る者がほとんどない暗闇の中で、いつ現れるやもしれない巨大な獣に怯える恐怖。

 

20151015 4私は巨大生物マニアですので、その存在には心が躍る反面、射殺された事に胸は痛むものの、当事者にしてみれば生きるか死ぬかの修羅場。自分が生き延びるのに必死な局面で理屈など意味がありません。羆の獣害としては、2011年にシベリア東部のペトロパブロフスクで起きた食害事件(羆に襲撃され2名の親子が死亡。娘が羆に食害されている最中に母親に電話で助けを要請した凄惨な事件)も有名ですが、弱きものが喰われるという自然界の厳しく残酷な掟の前に人間の倫理感など不毛。

 

20151015 5三毛別に現れた羆は体重340キロだったので、今回撃たれた羆は更にそれを超える巨大さで、日本にも陸上でいまだにこれだけの巨体生物が存在するのかと興奮したものです。銃で武装していたとはいえ、これだけの巨体が突然目の前に現れたとしたら、どれほどの衝撃であったことか。これだけの獣がいて、人命が失われていなかったことが不思議なくらいですが、自然界にて大きなるものが命を永らくつなぐという事がいかに難しいことか。ゆえに大きなるものは、それだけで尊い。獣も樹木も 




本日は和歌山県からお客様がご来店。一度も行ったことがない私が言うのも何ですが、材木屋としては一度ぐらいは行っておくべき、木の神様を祀る神社が和歌山県和歌山市にあります。その名は『伊太祀曽(いたぎそ)神社』。『日本書紀』には、沢山の樹を植えて緑豊かな国土を作った五十猛命(いたけるのみこと)という神様の事が記されているそうですが、伊太祁曽神社にはその五十猛命をお祀りされています。ご来店されたのはその伊太祁曽神社の神主・奥重貴(おく・しげたか)さん。

 

今年の6月に松山市で開催された日本木材青壮年団体連合会の全国会員大会で久しぶりにお会いして以来の再会ですが、不思議と奥さんは愛媛にご縁があって、今回で今年3回目の松山だという事。『ムー派』な私としては、こういうご縁っていうのは偶然とかではなくて、何か必然性があって引き付けられているのではないかと思うのです。事務所が大リフォーム中で片付けもままならない雑多な中で、まずは木のおもちゃで頭の体操に取り組んでいただきます。

 

20150917 3奥さんとは木青連とのご縁で知り合って、かなり早い段階で【森のかけら】もご購入いただき、参拝者の方の待合所に置いていただいています。奥さんの家系は代々神主で、直接的に材木屋の仕事をされているわけではありませんが、木の神様を祀る神社という事で、木の仕事を生業とする材木関係者の会である日本木青連の大阪会団の扉を自ら叩いて飛び込んできたという行動派。ハード面の話ばかりが先行する業界において、木と日本人の関わりや由来などを語れる稀有な存在

 

木を語る熱情は材木屋以上!材木屋が木の特性を語る際の鉄板ネタに、『素戔嗚尊(すさのおのみこと)の話』(スサノオノミコトが抜いた髭はスギになり、胸毛はヒノキに、尻毛はマキに、眉毛はクスノキになり、スギ・クスノキは舟の材料に、ヒノキは宮殿の材料に、マキは棺桶にするようにと木の適性を説かれた)がありますが、伊太祀曽神社ではその話を子供にも分かりやすいように絵本、にして木の啓蒙にも努められていますが、絵本をそのプレゼントしていただきました。

 

20150917 5そのような伝承などからも、スサノオノミコトは紀伊の国(木の国)の地方神であったのではという話もあるなど、和歌山県は今も県土の77%を森林が占める森林大国であり、その豊かな森からは『紀州材』などのブランドを生み出しています。今回、奥さんがわざわざご来店いただいたのは、木にまつわるあるプロジェクトの打ち合わせのためです。今はまだ詳細は紹介できませんが、ミカン大国として比較される事の多い両県で、次は木にまつわるモノづくりが出来ないか思案中〜♪




20150115 1小説の人物たちは一部名前が替えられているもののほぼ史実通りで、吉村昭の綿密な取材による描写は、まさにその場で逐一見てきたが如く生々しい!羆の体長は、九尺(およそ2.7m)、体重百二貫(383キロ)という恐るべし大きさ。憎い敵を倒したものの村民たちはやがて村を捨てました。そこに勝者はなく厳しい現実があるだけ。最後に銀オヤジは村人を罵倒する「きさまらはずるい。ペコペコ頭を下げたりおべっかを使ったりするな。それですませようとするきさまらのずるさがいやだ!」

 

20150115 2自然には決しておべっかやお世辞は通用しない。生きていくという事は真摯な事なのだ。そこに、たった独りで山に入り巨大羆と戦うマタギの矜持を見る思いがします。小説では風景描写にも一切の手抜きが無く、トドマツエゾマツ、ニレ、ナラという風に固有名詞で樹木が描き分けられています。実はそこにも『網走番外地』の囚人使役の森林伐採とも絡みが出て来るのです。小説では冬眠する穴を見つけそこなった『穴もたず』のクマが空腹で凶暴化した事が原因ではと村民は推察しています。

 

20150115 3しかしその後同じようなケースの事件が発生していない事から、江戸時代後半からこの地方で頻繁に行われている沿岸部での鰊粕(にしんかす)の製造用に薪を得るための大規模な森林伐採と、明治以降の内部開拓によって野生動物と人間の生活圏が重なったことが原因だったのではと検証されているようです。小説においては、当時鰊が豊漁で、痩せた耕地を耕す貧しい山の民との対比として、豊かな漁村の姿が描かれるのですが、それが一層三毛別の村民の置かれた境遇の悲劇性を増すのです。

 

Exif_JPEG_PICTURE北海道の広大な大森林を伐採して開拓するという現実が、一方では脱獄を拒む天然の監獄という舞台背景として傑作映画を生み出し、一方では貧しい開拓者に更に過酷な獣を遣わせることになります。魚を捌く時の血にすら拒否反応を覚える情けない男としては、捉えた熊を捌くなんて卒倒ものの場面ですが、わずかながらも北海道の木を扱わせていただく者としては、読んでおかねばという使命感で凄惨な場面の文字も追いました。「羆にすればただ胃袋を満たすだけの餌なのだ!」これぞ自然界の真理、半端モノは生きられません。

※ ラジオドラマ『羆嵐』・・・https://www.youtube.com/watch?v=wEcIcPx7Wz0




20150114 1本日も『羆嵐(くまあらし)』の話の続きです。日本獣害史上最大の羆による大参事『三毛別羆事件』では、先に3人の被害が出て、住民たちは死者を荼毘に付すために埋葬し弔いをしますが、その行為を作者はこう描写されています・・・「土との融合は、植物の種子が地表に落ちる様に死体を土に帰すことによって深められる。家々で行われる死者を悼む行為が、人々の生活に彩と陰翳(いんえい)を与え、死者を包み込んだ土へのつつましい畏敬にもなる。彼らは土との同化に手を染めたばかりで、村落を囲繞(いにょう)する常緑樹や雑草が逞しい根を張って土の養分を思うままに吸収しているのとは異なり、地表からおずおずとわずかな恵みを拾い上げているにすぎなかった。かれらは、死者を土に帰すことによってその地に生活の根を深々とおろすことができると考えた。」

 

20150114 2しかし、その後更に4人の被害が出ると、「彼らは、自分たちの生活が土に根づくこともなく、自然は過酷な姿を変えてはいないことに気づき、土に対する甘えに似た感情を捨て」るのです。その決断は、同胞を惨劇のあった家に放置して、羆を呼び込む囮とするという非人間的な行為としても示されます。そうしてでも羆を倒さねば自分たちの明日はないという切羽詰まった状況は、飽食の時代に生きる我々には計り知れるものではありません。

 

20150114 3

巨大な羆は警察の手にも負えず、羆撃ちの老練な猟師・銀オヤジの手によって見事に羆は仕留められます。すると突然気象は激変します・・・「羆嵐だ。クマを仕とめた後には強い風が吹き荒れるという。」その描写も実に淡々とした写実的なもので、ドラマチックな盛り上がりはありません。麓の村に運ばれた熊は、銀オヤジの手によって捌(さば)かれ、肉は鍋で煮られます。当然のようにそれを食すことをためらむ村人たちに銀オヤジは言います「お前らは仕来りを知らないのか。」

 

20150114 4 「人を食ったクマの肉は、出来るだけ多くの者で食ってやらねばならぬのだ。それが仏の供養だ。」アイヌの宗教的な儀式の1つに、羆の肉を食わなければ被害者の埋葬も行えないという習慣があるそうで、村落の者にとっても「それに従うことが、村落の者にとって土により深く根をおろすための必要条件だと思」い、彼らは沈鬱な表情で羆の肉を口に運びます。貧民が武力のある者を雇うという流れは、『七人の侍』に通じますが決して史実をドラマチックに仕立てたヒーロー物語ではありません。

 

20150114 5作品は昭和52年に出版されたもので、作者が吉村昭以外で現在上梓されていたとすると、自然との共存やら環境問題など鼻白む逸話が添えられるでしょうが、敢えて事実を誇張もせずに当事者の目線で淡々と描いた事で、その事件の背景にある開拓民の過酷な現実や抗えない野生動物との共生の恐怖などが冷酷なまでに浮き彫りにされます。この小説は、のちに倉本聰がより抒情的に脚色してラジオドラマ化されていますが、なんと銀オヤジ役の声役は高倉健!おお、ここでもつながります。明日に続く!




20150113 1その吉村昭氏の書いた作品という事でかなり期待があったものの、タイトルからも分かるように北海道で実際に起こった羆(ヒグマ)による惨事という事で、リアル動物の苦手な私としては、氏の筆による精緻な惨事の表現に多少腰が引けていたのです。それでも読んでみようと思ったのは、『網走番外地』の中にも囚人たちの脱獄を断念させる自然の脅威として『ヒグマの足跡』のエピソードが出るのと、実際の使役も険しい地形と羆との戦いが行く手を阻んだとあったため羆への興味が勝ったため。

 

20150113 2また少し前に、ハリウッド版ゴジラが公開された時、ゴジラのテーマ作曲家として名高い伊福部昭氏の事を調べていて、若い頃に北海道帝国大学で林学を学び、卒業後は北海道庁で林業に携わるお仕事をされていたことを知り開拓時代の北海道の林業に興味が湧いていたことや、久万高原町の木の出口を考えていた時に「久万=熊」という短絡的な発想で、熊と木が結びつくネタがないものかとに探していました事なども、この本を読んでみようと思う動機づけになりました。

 

20150113 3この惨事は、大正4年(1915年)12月9日に北海道苫前郡苫前村(現/苫前町古丹別)三毛別(現/三渓)六線沢で発生したもので、開拓民7人が死亡、3名が重傷を負ったという日本獣害史上最大の羆事件で、『三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)』と呼ばれています。小説では、羆の惨事そのものよりも獣害の危険もあったその地に住まわねばならなかった開拓民たちの不遇や暮らしぶりなどに力点が置かれ、残酷なまでの北海道の大自然の凄味を丁寧に描写されています。

 

20150113 4 被害に遭った三毛別六線沢の住民たちが羆に対して過剰に恐れを抱くのは、貧しさゆえに羆と戦える鉄砲を買う事が出来ないため(戦うための武器は鎌や鍬といった農機具しかないという心もとなさや)、もともと彼らが東北地方で度重なる水害に苦しめられ、餓死寸前に陥った事から政府の移民奨励政策に従って土地・家屋を捨てて北海道の地に移り住んできた貧しい開拓民であるため、本州には生息しない獰猛な羆に対する習性や食性に対してほとんど知識が無かった事にも拠ります。

 

20150113 5更に彼らは5年前に入植した地が蝗(いなご)の害にあって壊滅状態に陥り、その地を廃棄してこの地に移り住んだことから、もう移り住むだけの財力も体力も残っていない事。ひとを襲う獣と背中合わせに暮らす危険を冒してでも、ここを終の棲家とせねばならない悲惨な事情などもあります。まだ入植して日の浅い彼らは、まだこの地で一個の死者も埋葬する事をしていませんでした。それゆえに羆による大量の被害(七人の死亡)は悲劇性を増すのです。更に明日へ続く・・・




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