森のかけら | 大五木材


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Exif_JPEG_PICTURE世の中には不思議なご縁というものがあるもので、それは何かをやり遂げさせるために遣わされた見えざる力のような、あるいはあうキーワードに触れる事で次々と過去の事象が連鎖し、その物語を風化させないために誰かの口を通じて語らせ記憶させようとする意思の力に拠るモノ・・・なんてことまで考えさせられたのが最近身近で起こりました。先日までこのブログで、年末に亡くなられた高倉健さんへの哀悼を込めた言葉を綴っていましたが、その中に出てきたのが北海道の網走刑務所

 

20150112 2北海道という土地は材木業を営む私にとって、広葉樹の産地、木工クラフトの聖地としてとりわけ神聖な意味を持つ場所でもあります。実際に行った回数こそ少ないものの、北海道産材は数多く弊社の倉庫にも並べられており、日頃から身近に接している感覚もあります。その健さんのブログを書いていた時、『おとなの部活動』でお世話になっているyaetco高瀬英明君が、フェイスブックで1冊の本について触れていました。それが、吉村昭著の『羆嵐(くまあらし』という小説です。

 

20150112 3たまたま私も、健さんの主演した映画『八甲田山』の森谷司郎監督が、極限状態に追い込まれた人間を描くのが好きという事で、無人島に漁夫が漂流する話『漂流』の事を紹介していたのですが、その著者が同じ吉村昭氏だったこともあり、目に留まりました。また、「自然とは。動物とは。人間とは。生命とは・・・真理と向かいあう一冊」という高瀬くんならではの煽りの言葉にも惹かれ、早速Amazonで購入。220ページほどの中編でしたが、届いたその日に一気に読破。

 

20150112 4著者の吉村昭氏は、菊池寛賞はじめ多くの文学賞にも輝くフィクション作家の第一人者で、「彼ほど史実にこだわる作家は今後現れないだろう」とも言われるほどその周到な取材と緻密な構成には定評があります。決して大風呂敷を広げない淡々として筆致と、場面の詳細な状況説明や風景を現わす記述がとても視覚的で、大好きな作家のひとりです。読んだ作品の中でもっとも好きだったのは、四度の脱獄を実行した囚人・佐久間清太郎の生涯を描いた『破獄』でした。明日に続く・・・




20150105  1 遭難こそしなかったものの翌日は凍傷ならぬ筋肉痛に・・・。『八甲田山』は1977年度の日本映画の興行成績で日本一に輝いたものの、豪華出演者、長期ロケといった撮影規模の割には、製作費が三億円という低予算で、現場では『ひとでなし逸話』も数多く残されています。中でも、鬼カメラマンの異名を取る撮影監督木村大作にまつわるエピソードは凄まじく、あまりの寒さに動きの鈍った俳優たちを鼓舞するために、極寒の十和田湖に自ら飛び込んだ!という自殺まがいの無謀な行動。

 

20150105  2その狂気は、スタッフたちにも伝染していき、俳優たちは連日撮影前に衣装に水をかけられ、凍った軍服を着せられた上に、更に雪をかけてリアルな寒さを演出したとか・・・。以前このブログで、突き抜けた狂気の監督と役者という事で、ヴェルナー・ヘルツォークとクラウス・キンスキーの事を書きましたが、あちらは、熱帯のジャングルの灼熱の熱さの中で身も心も狂ってしまいましたが、『八甲田山』は正反対に極寒の寒さの中で思考回路が凍りついてしまったのでしょう。

 

20150105  3現場の狂気を、映画というフィルターを通して観る事に観客にしてみれば、その狂気が凄まじければ凄まじいほどに興奮し熱狂するのです。フィルムに記録され編集された時点ですべて虚構のドラマを盛り上げるための演出でしかないのです。だから本来私としては、NGシーンをサービスのように付けるのは興醒めでナンセンスだと考えています。さて、この映画で極限状況に憑りつかれてしまった人々は、懲りることなく何度も同様の危険で狂おしい現場へと導かれていきます。

 

20150105  4その後監督の森谷司郎は、大正時代に木曾の駒ヶ岳で実際に起きた学生と生徒の遭難事故を描いた『聖職の碑』を撮ります。こちらも小説化したのは新田次郎ですが、この本は昔保母をしていた母親に薦められて読んだ記憶があり、しばらくは、先生は職業を超越した聖職なんだと信じてやみませんでした。その後も森谷監督は、漁夫が絶海の孤島に流される『漂流』(原作は吉村昭、その主役もこれまた狂気が伝染した北大路欣也!)、健さんと組んで青函トンネル工事を描いた『海峡』・・・

 

20150105  5などなど追いつめられた環境での骨太の人間ドラマを描かせれば右に出るものはいない『極限状態映画の巨匠』の地位を確立したのです。なにせその前には『日本沈没』を撮り、最後は『宇宙からの帰還』(立花隆の原作(ノンフィクション)は、私を宇宙浪漫に開眼させ、〔神=創造主〕の存在を信じるようになったバイブル!)の映画化を準備中にお亡くなりになった方ですから。そのため映画『宇宙からの帰還』は、原作の面白さがまったく反映されないただのドキュメントフィルムになっていたのは返す返すも残念。もし森谷司郎が生きていれば、きっと原作を大幅にリライトして、『ゼロ・グラビティ』や『アポロ13』のような息づまる壮大なドラマに仕上げた事でしょう。究極の極限映画を撮りあげてほしかったものです。当然その時は、実際に宇宙ロケが行われ、宇宙ステーションでのドラマを、宇宙空間に飛び出した木村大作がカメラに収めていたはず・・・収拾つかず更に明日へ。




20141229 1昨日に続いてスティーブン・キングジョン・カーペンターによる『クリスティーン』の話です。映画の赤い車はプリズマ(主人公の少年がクリスティーンと名付けます)、消防の車はランドクルーザーで、何の関連性もありませんが、普段街の中でそうそう目にすることのない全身真っ赤なボディーを見ると、私の頭の中でこの二つが結びつかづにはいられないのです。しかも闇の中でライトに照らし出されて、無機質なはずの車の赤色が妙に艶っぽく輝いて妖しい雰囲気が漂うのです。

 

20141229 2小説、映画ではその名前からも分かるように車は女性に見立てられます。強烈な赤いボディーを舐めまわすように捉えたカメラワークは、被写体に恋した少年の眼。車がこれほど艶めかしく映された映画を私は他に知りません。さすがは変態カーペンター!そして主人公アーニーは、クリスティーンを大切にするがあまり車に恋心を覚えるのです。木フェチがいるように、車フェチがいるのも分かります。ただし問題なのは、恋した車が呪われた殺人車であったという事!クリスティーンはアーニーを独占しようとし、彼の精神も次第に蝕んでいかれるのです。

 

20141229 3有機物である木と無機物の車を同列で比較するのは乱暴かもしれませんが、モノには心があるという点では同じこと。強い愛情で結ばれたモノに対する恋心は、初期段階の所有欲から次第にエスカレートして、独占欲、支配欲、それが高じて不信、妬み、嫉妬、憎しみへと変わっていく事があります。木フェチとしても、ほとんど知られていないマイナーな木がテレビなどで紹介されてみんなに知られてしまうと、途端に興味が失せてしまうというひん曲がった愛情を強く感じていますので・・・

 

20141229 4モノに対する深い愛情がそのものに宿るという事について言えば、家についても何世代にもわたり長年住み続けた古民家などにはその家のひとの思いが宿っているというのが私の持論。それういうとすぐにネガティブなイメージで捉える人がいますが、決してクリスティーンのような殺人車でひとに悪さをするとか祟りがあるとかいう怖いイメージのものではなく、モノをただのモノ以上の存在にしてしまう事。キズや汚れを味わいやワビ・サビに変えていくのは、ただ時間の積み重ねでなくひとの思い。

 

20141229 5何世代にもわたって人の暮らしを支えてきた古民家には、ただのモノ以上の不思議な力が宿ると思うのです。日本には昔から、長く生きたモノ(動植物)や長年使った道具には神が宿り、慈しみを持って接すれば幸運をもたらし、邪険に扱えば荒ぶる神となって禍をもたらすという『九十九神(つくもがみ)信仰』があります。例えば九尾の狐唐傘小僧などで、それは妖怪として今にも伝えられますが、それはモノに対する接し方や大切さを教えた戒めであり、ものづくりに対する日本人としての心の在り方だとも思うのです。




20141228 1毎年恒例の消防団の夜警に参加。辺りが暗闇に包まれる中、車庫の奥に鎮座まします赤いメタリックボディーを見ると、いつも思い出す1本の映画があります。それが、モダンホラー小説の巨匠、スティーブン・キングの作品の中でもひときわ異彩を放つ、車が意思を持って人を襲うという『クリスティーン』。のちに、これまたホラー映画の鬼才、ジョン・カーペンターが映画化して、両巨頭のマニアの圧倒的な支持を受けてカルト化した作品で、私も何度も何度も繰り返し観ている大好きな作品です。

 

20141228 2  スティーブン・キングとの最初の出会いは、子どもの頃、深夜にテレビで放送していた映画『キャリー』です。一切何の予備知識もないままに、独り夜更かししてリビングで観ていたのですが、冴えない主人公のキャリーが、華奢で挙動もおどおどしていて、常におびえた表情をしていて(いじめられっ子という設定なので)、これはちょっとやばいぞ~という雰囲気を醸し出していました。私は決してホラー好きではなくむしろ苦手だったので、途中で何度もスイッチを切ろうか悩みながら・・・

 

20141228 3後半、キャリーが豚の血を頭から大量に浴びるという場面も何とか乗り越え、最後まで観終えたぞ・・・と思ったラストに!!ビクッとなって本当に床から飛び上るほどの恐怖を感じるシーンがあって、しばらくはそれがトラウマになって、他の映画を観ても最後まで安心する事が出来ませんでした。ちょっと話が脱線しましたが、学生の頃の一時期、ホラー小説は苦手ではあるものの、日本のホラー小説のようにドロドロした因習のある暗さと違った乾いたキングのホラー小説にはまりよく読んだものです。

 

20141228 4主人公が超能力とか未知の能力などを持っているという、ちょっと現実感の少ない設定もあって、横溝正史や江戸川乱歩などの湿った感じの生活感溢れまくりの日本の小説よりも安心して読むことが出来ました。ところで、話をクリスティーンに戻しますと、映画に出て来る車は廃車寸前の58年型のプリマス。車に疎い私にはそれがどういう価値を持つものなのかさっぱり分かりませんが、主人公のアーニー(こちらもいにめられっ子という設定)は、えらくこのプリマスに惹かれます。これが赤い悪魔だとも知らずに・・・明日に続く。




昨日に続いてシラカバの木の話です。四国においては、その名前に比べて実物を見たことがないという『知名度だけは高い木』ですが、それは学生時代に習った『白樺派』などの影響も強いと思います。白樺派というのは、明治時代に創刊された同人事『白樺』を中心として起こった文学思想のひとつで、主な作家としては武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、里見弴などが知られています。小・中学生の頃はよく本を読んでいて、「小説の神様」とまで言われた志賀直哉の作品はよく読みました。当時は、白樺派がどういうもののかなんて気にもしませんでしたが今気になるのは名前の由来。

同人誌「白樺」の名前の調べてみると、志賀直哉説と武者小路実篤説の2つがあるようで、志賀直哉はよく日光や赤城などの山に登っていて、白樺の木の雰囲気が好きだったのでそうしたと主張していますが、実篤はシラカバの木の白と黒の色の配色が面白いから名づけたのだと主張しています。創刊のメンバーからして主張が違うので、恐らく先に「白樺」という名前が出て来て、それぞれが違うイメージでよいと捉えて納得したのかもしれませんね。確かに名前の響きも色のコントラストも印象深い木です。

そのシラカバは、35㎜角のキューブになっても「個性」が際立ちます。それはあまり歓迎すべき個性ではないのですが、シラカバには『ピスフレック』と呼ばれるカバノモグリバエ(樺の潜り蝿)という虫の幼虫が、木を食害した穿孔跡が、木の年輪に沿って褐色の帯、斑点となって現われるのです。これは決してシラカバだけに起こることではないのですが、特にシラカバには多く見られる特徴で、【森のかけら】が他樹種と混じってしまった時にシラカバを見つける時のてがかりのひとつにもなります。

店舗のディスプレイなどにも使われるシラカバですが、せいぜい【森のかけら】に使うぐらいでシラカバの大きな材や板を購入した事はありません。用材としては軟らかく、せいぜい割り箸や氷菓の匙(さじ)や棒、パルプ材などあまり用途が確定していません。むしろ板としてよりも丸太(そのまま山小屋風の内装に使ったり、輪切りとして花台や飾り台などに使う)や樹皮細工、あるいは観賞用としての方が有用視される珍しい木です。本日は名前や文学の話が中心でしたが、その用途については明日・・・




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