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まだ梅雨はあけないものの、スコールのような突然の大雨と30度を超える猛暑が繰り返すこの頃。既に川や海で遊ぶ子どもたちの姿もTVで見かけるようになりましたが、心配なのは水難事故。幼い子どもたちが犠牲になったニュースには人の親として胸が締め付けられます。私は山の子どもでして、海が苦手なのはもちろんですが、生来のインドア派でしたので、他の友多くの達が向かった川へと足が向く事もなかったので泳ぎはまったく上達しませんでした。
同じ兄弟でもアウトドア派の兄は、泳ぎも釣りも得意でしょっちゅう川に出かけていましたので、その血を受け継ぐように兄の子どもたちは川遊びも万能。夏になると海水パンツと肌の色の見分けがつかないほど真っ黒に日焼けしています。泳ぎも達者で、お盆に帰省したときには、わが子たちも一緒に川に連れて行ってもらうのですが、勝手の分からぬ私は借りてきた猫状態でぽつんと監視するばかり。スイミングクラブで泳ぎを習った息子は、兄や従弟たちと一緒に上流へ上流へ・・・
私が子どもの頃に進んで川に行かなかったのは、小さな頃に溺れかかった事がトラウマにもあるのですが、もうひとつは小さな頃から大人の言う事、本に書いてる事を信じ込む(今では信じられないほどに)けがれの無いピュアな心を持っていた少年時代の私(!?)にとって、川や海の危なさを教える大人の戒めすらも『戯言(たわごと)』、『作り話』などとは到底思えなかったのです。情報量の少ない時代、少年誌におどろおどろしく描かれた海や川に棲む『未知なる生物』!
そこには、大人の「川にひとりで行ってはいけない」、「遅くまで川で遊んではいけない」、「お盆を過ぎては川ではばない」などという注意を聞かないと「河童にしりこだまを抜かれる!」なんて話もあり、事実しりこだまを抜かれた!という体験談(!)や目撃談(!)も恐怖のイラスト入遊りで描かれていて、少年時代の私の心胆寒いからしめたのは言うまでもありません。川には河童様がいる!そして大人の言いつけを守らない子どもはしりこだまを抜かれてしまうのだ~嗚呼、川恐るべし~!
竜串の海底館を堪能した後は、グラスボートで海底観光。半潜水型のグラスボートもありましたが、時間の関係で旧型の箱ガラス型のグラスボートに乗船。乗船時間30分で、竜串から対岸の『見残し』周辺の海底を覗いて、見残し海岸へ上陸しました。資料画像で見ると、もっと鮮明に写っているのでやや濁っていたのでしょう。それほど水深は深くないので目視では、珊瑚もかなり鮮明に見えました。同乗していた小さな子供たちは、小魚の姿にも奇声歓声。ああ、そんな微笑ましい頃もありました・・・。
以前にテレビで、『海の森』の事を取り上げている番組がありました。海の森、つまりホンダワラなどのいろいろな海藻類が群生している藻場の事です。藻場は、海藻類を食べる生き物にとっては命を育む大切な餌場であり、小生物たちの産卵場でもあります。陸上の森と同じような大切な役目を持っています。海の森については改めて触れますが、その「海のゆりかご」の一面を垣間見田思いがしました。さて、海底観光した後は対岸の『見残し海岸』へ上陸。船の時間の都合で30分だけの上陸。
さほど大きな島ではないのですが、ゆっくり風景・奇岩を楽しみながら島を1週しようと思うとおよそ1時間もかかるとか。それを理解できるほどの足元の悪さ。一応、人が歩ける最低限の道幅は確保していますが、自然の景観をなるべく壊さない配慮があって、小さなお子さん連れだとスリル満点!さて『見残し海岸』というこの変わった名前の由来は、あまりに険しい難所のために、かの弘法大師すらも「見残してしまった」という伝承からその名前がつけられたそうです。
島内の至る所にエイリアンや恐竜の足跡があって、もはや意匠的に作り込んだ映画のセットとしか思えません。悠久の時間が作り上げた芸術作品をしかと拝ませていただきました。時間のスケールは違いすぎるとはいえ、海岸付近の住宅現場では海風や塩分対策が肝心ですが、こういうモノを見てしまうと何もかもがささやかな抵抗のように感じてしまいます。そこに住むという事は、そこの環境に抗う事ではなく受け入れる事なんだろうなと感じさせられました。ドラゴンも串刺しにされるほどの絶景に偽りなし!!
★ドラゴン(竜)つながり・・・ドラゴンの名のつく木「ドラゴンツリー」のブログはこちら!
さて、この竜串の珍名の名前の由来については、文字通り「竜を串刺しにしたような景観」から名付けられたという説の他にも諸説あるそうですが、個人的には断然その説を支持します。さて、竜串ではその奇勝とともに有名なのが、海から突き出した十字架のような建物・海中展望塔『海底館』です。この海底館、開業は昭和47年1月1日という事ですから、およそ40年前の建物。螺旋階段で海底まで降りると、そこは水深7mの世界。16個の展望窓から海の世界が覗けます。
私的にはド・ストライクの施設でしたが、そのDNAはしっかり受け継がれ、平成の子供の心も響かせたようです。一心不乱に海底を見つめる息子・・・嗚呼、40数年前私も「来るべき未来」に純真無垢な夢を描いていました。昭和51年には、皇太子殿下同妃殿下(現天皇皇后両殿下)の視察も賜った由緒ある施設だそうですが、私が幼き日に開業した当時、科学創造秘密要塞のようなSFチックな外観と色使いは、さぞ昭和世代の少年少女の冒険心をときめかせたことでしょう!
更に昭和レトロの香りがプンプン漂う「普段着のままで海底散歩が楽しめる!」というコピーは泣かせます。螺旋階段を降りるたびに、海底まで「あと何m」という案内板や、ややくたびれ感の目立つ館内の掲示物にも、同世代を生きた同胞のようないとおしさを感じるのです。「ちょっとチープ過ぎる!笑える~!」なんて陰口を叩く平成世代の若いカップルの声を聞くと、なぜだか妙に腹が立つのです。溢れるほどの情熱を持って、何の迷いもなく海底に思いを馳せた、ひたむきな昭和の冒険心まで馬鹿にされたようで。
夢を語らない人は、いつも他人の夢を笑う・・。昭和レトロと笑わば笑え!「巨人の星」を口ずさみながら(阪神ファンですが、梶原一騎先生だけが別格です)、ただただひたむきに情熱を傾けた昭和40年代の同胞として、まだまだこの先も活躍してもらいたいものです。当日は透明度が7mという事でしたが、それがどれぐらいの数値なのか分かりませんが、窓ガラスに接近してきた魚の姿はよく見えました。海が荒れているとかなり濁りがあって透明度が悪くなるそうですが、子供たちは十分に楽しんでいました。これで入場料¥900が高いとか、たったこれだけかと散々な感想を書かれている人もいましたが、昨今のテーマパークの上げ膳下げ膳の過剰サービスに慣れてしまい、何かを与えられなくては楽しめない受け身体質の若者には物足りないのかも。初めてここから海底を眺めた当時の人々の感激や遥か昔・・・。
今年のゴールデンウイーク後半の連休は、珍しく子供たちの部活やイベントが入ってなかったので、家族で帰省する事に。そして部活の練習などが入ってない甥や姪たちを含む総勢八人で一路高知へ向かうことになりました。この数年、3連休などがあると子供たちで高知方面に行くことが定例化しています。それで今回目指した先は、高知県の竜串(たつくし)。高知県の西部・土佐清水市は足摺岬の近辺に位置し、波食、風食の影響で削り取られた奇勝・竜串海岸が有名です。
その名はよく知っていたものの実際に行くのは私も初めて。松山からだと高速無しでおよそ4時間半ほどかかる距離。実家からだとおよそ3時間半。長時間車の運転をすると目と腰が痛くなる私としては、歓迎したいコースではありませんが、こうして家族で小旅行が出来る時間もそう多く残されてはいません。共働きで忙しかった両親に連れて行ってもらった家族旅行の経験は、大人になっても決して忘れるものではありません。かつて自分がそうしてもらったように今出来ることは精一杯してやらねば。
ついでに自分は自分の趣味で楽しもうということで、行く先々で木やら植物、自然の風景の写真撮影。牧野植物園をはじめ、高知には『今日のかけら』などで使いたい樹木の撮影スポットが数多くあります。また嬉しい事に観光地が多い高知では、随所に木のネームプレートも掛けてあったりして、私のような人間には非常にありがたい撮影ポイントなのです。撮り溜めした画像は、随時『今日のかけら』などで公開させていただきます。
同じ樹木でも、荒々しい日本海側と穏やかな瀬戸内では表情の険しさが違うように感じられます。また各地の観光地や土地の名前のについても、高知のそれは随分ロマンチックだったり、センスが感じられるように思うのは「他人の芝生」でしょうか。四万十川、桂浜、魚梁瀬(やなせ)、龍河洞(りゅうがどう)、宿毛(すくも)、足摺、御厨人窟・神明窟(みくろどしんめいくつ)、はりまや橋、天狗高原、竜串・・・思いつくままに書き連ねてみてもそれだけで何だか心が惹かれてしまうのは私だけでしょうか・・・。
実家に帰省した時、『木材屋の看板を失うと』ほとんど役に立たない私の務めは、その時実家に居る兄弟たちの子供たちをどこかに遊びに連れて行く事。といっても車で往復1時間前後が目安となりますので、そんなに遠くに行くことは出来ません。しかもテーマはなるべく自然系。おのずと行動範囲は狭くなり、同じ所もNGとなると、年々行く場所も限られてきます。いつも大体6,7人程度の集団行動となるのですが、そんな事に悩むのはせいぜいあと数年の事。その間せいぜい楽しく悩みます。
それで今回、目をつけたのがお隣の県・高知県梼原町。実家からは車で20分も走れば梼原に入ります。隣県とはいえ、梼原町からは本業の木材も仕入させていただいているだけでなく、兄嫁の里であり、昔からよく訪れていましたが、この仕事をするようになって改めて梼原町の魅了を知る事になりました。山間部の自然豊かな町ですが、実家に居た頃は田舎にとってそれは当たり前の見慣れた日常の光景で、何も無い事が不満にしか感じられませんでした。
それが、木の仕事を始めてからようやく木の面白さが分かってきて、それから更に10年経って広葉樹の魅力にはまりました。そこから更に数年を経て、建築材や家具材以外の広葉樹の出口を知るに至って、広葉樹の無限の可能性を知ってからは、地元の山々がまったく別のものに見えてきたのです。嗚呼、なんと50年近くもこの素晴らしい宝物に気がつかなかったのかと、悔いいるばかり。それは『素材』としても魅力だけでなく、美しい花や葉を咲かす『樹』としての素晴らしさ。
広葉樹は山にあっても輝きを放ちます。そんな広葉樹の里が、梼原町にありました。『雲の上ホテル』に隣接した『太郎川公園』です。 太郎川公園は、山の斜面に13.2haの敷地を持つ公園で、散歩が出来るほどの広さがあります。その中に競うように広葉樹が植えられ、今まさに芽吹きの季節。また、アスレチック、ジャンボ滑り台などの木製遊具、草スキー場、キャンプ場などもあって、我々家族にはまさに理想郷だったのです。こんな近くに理想郷があったとは・・・灯台下暗し!
所在地・・・ 高知県高岡郡梼原町太郎川3799-3
連絡先・・・梼原町役場(産業振興課)0889ー65ー1111
コテージ・・・雲の上ホテル 0889ー65ー1100
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