森のかけら | 大五木材


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UFOやUMA(未確認生物)、古代文明などは大好物なのですが、昔からなぜかオカルト的なものだけは苦手で、これはたぶんに子供の頃に見た漫画「恐怖新聞」や「エコエコアザラク」、「魔太郎がくる」などの影響があると思われます。それらのおどろおどろしい絵のタッチや呪殺とか黒魔術の儀式などすべてが、まだ健康的でピュアだった私の心には受け入れがたく、それらは忌むべき非日常的なものとして映ったのです。それから年月が流れ、すっかり屈折した大人になったもののやっぱりまだ少し苦手。

どうにかそういうものも正視は出来るようになったものの、むしろその背景などを考えるようになって妄想が広がるようになりってしまいました。なので、今回の釘なんていうのも内心ドキドキ。これは決して呪い釘とは限らないぞ、祭事などで提灯を吊るすために打った釘の抜き忘れかもしれないじゃないかと自分に言い聞かせながらも、出てきた釘を捨てる気にはなれず、人知れず会社の神棚にそっと置いた小心者です。そしたら数日後のこと、板になったホルトノキを桟積していた私に悲劇が!?

日本では、道具なども古くから使われたものには、「九十九神(つくもがみ)」と言って神や精霊が宿ると信じられていますが、200年生きたホルトノキも色合い等が変容していて、木目がうねり、何か別のモノに変容したかのよう。厚み45~55㎜程度の耳付きで挽いてもらったのですが、挽きたてという事もありますが、その重たいこと!木がうねっていたこともあって短めに玉切りしていたのですが、とても一人ではひっくり返せないほど重たい板に遭遇。ちょっとこれは手伝ってもらおうと思ったその時、

芯に近いひときわ重たい板がズズズッと滑って私の足元に!鉄のように重たい板が弁慶の泣き所付近に落下。一瞬の事だったので痛いというよりも痺れて状況がよく分かりませんでした。ズボンをめくってみると両足の脛から大量に血が・・・!幸いにも板が大きく内側に曲がっていた方から落下したため、足の指とかは無事で(直撃なら複数の指骨折は間違いなかった)、血は溢れたものの、当たった角度が緩かったため皮膚が少しえぐれた程度で軽い打撲で済んで大事には至りませんでした。続く・・・




さて昨日触れたホルトノキですが、神社で200年も鎮座ましまして人々の暮らしを見守った木ということで、私なりに敬意を払ってはいたものの、ちょっぴり怖いところもありまして、その不安が少しだけ的中。神社の木というのは今までにも何度か扱ってきたことがありますが、何が怖いかといいますと、ご神木や鎮守の木を伐採したというその行為でなはなく(そういう木は朽ちたり枯れたりして危険とか災害で倒れたなど何らかの致し方ない事情があるわけで)、もっと実務的な事です。

それは「」。木に釘が撃ち込まれているケースが多くて、製材中にそれに当たってしまうと鋸の刃が一発でダメになってしまいます。金属探知機で下調べしたりもするものの、大木となると釘が中に取り込まれていたり、錆びていて探知出来ない事も多く、しばしば釘を挽いてしまう事があります。案の定、ホルトノキにも釘が打ち込まれていて(しかも何本も!)、鋸の刃がお釈迦になってしまったと連絡が・・・。部分的な腐食もあって赤身が変質していて、見た目では釘の存在も分からないほど。

そもそもなぜ木に釘が打ち込んであるのかという事ですが、考えられるのは「丑の刻参りの呪い釘」!憎い相手の藁人形を作り、憎い相手へ恨みの念を送りながら、五寸釘を打ち込んでいくというもの。これを7日続けると願いが成就するという。その行為はかなり古くからあるものの、人形を使って相手を呪殺しようというシステムは江戸時代辺りに確立されたとか。果たしてその行為が実際どれほど世間で行われてきたのか知る由もありませんが、業界では「呪い釘」とされ忌み嫌われてきました。

余談ながら今でも「丑の刻の呪い釘」は行われているそうで(神社にその痕跡が残っている)、それは日本の刑法では「呪術では人を殺しても殺人罪に問われない」からだとか。殺意を持ってその行為をしたとしても、科学的な因果関係が証明できないため殺人罪としては捕まらない。ただし、相手にその行為を行ってることを告げるなど、相手に精神的な強い恐怖感を与えたりした場合は脅迫罪が成立することもあるそうで、他にも悪質だと不法侵入罪器物破損罪で捕まる事もあるので、呪い釘はやってはいけません!




以前にこのブログでも紹介した『樹齢200年のホルトノキ』ですが、製材所で板に挽いてもらって弊社に戻ってきました。それがなかなか結構なボリュームでして、これはまた「ホルト祭り」開催の予感!?木材市場に並ぶことのないような木を扱ったりすると、同業者からよく「こんな木どう使うの?」なんて質問を受けますが、そんな質問をすること自体私には理解不能。明確な目的があるから仕入れたり、受け入れてるわけではなくて、いろいろな木を見てみたい、触れてみたいという一途な気持ちのみ

 


木との出会いも一期一会だと考えているので、とりあえず受け入れてから使い道を考えればいいと思っています。とはいえ、まったく出口も見えない中で勝負に出ているわけでは無くて、小さなところでは【森のかけら】や『モザイクボード』という小さな出口も持っていますし、別口に現在取り組んでいるノベルティなどにも使います。それこそ究極は『森の砂』という新たな出口も出来ました。大きなモノは、大きいなりにテーブルや座卓などの家具からカウンターなどにも利用します。

 

規格の建築材の枠の中で考えると、利用が難しい材もありますが、エンドユーザーに近いところで、建築以外の用途でも考えれば『使えない木』などありません。前例が無いからやらなかったり、造っても売れないからやらないというだけで、道を切り開けば新たな市場も生まれます。「どう使ったらいい?」なんて聞かれることもありますが、そんなの私とて試行錯誤中で、明確な答えなど持っていませんし、持っていないからこそやってみたいのです。逆に決まっていたらオモシロクナイ!

 

眠れる魅力を見つける楽しみこそが多種多様な木を扱う醍醐味であり特権だと思っています。そういう意味ではこの200歳のホルトノキなどは、板になって帰って来た姿を見るだけで胸が躍ります。さあ、どう使おうか!どう木取りしようか!どういう形で活かそうか!そんな一番美味しい部分を他人に委ねたりするなんてあまりにもモッタイナイ!失敗を繰り返しながら時間をかけて木と向き合って自分なりの答えを探していく・・・それは私にとって誰にも邪魔されたくない至福のひとときなのです




弊社としては珍しくこの数日はスギの造作材を加工中。この数年間はこういう造作材については圧倒的に広葉樹が多いので、スギを削るのは久し振り。普段は硬質な広葉樹を削ったり磨いたりしているので、その感覚でスギに接すると、軟らかすぎてつい削りすぎたり磨きすぎたりしてしまいます。ベルトサンダーで仕上げ磨きをするのですが、ホワイトオークハードメープルなどに対応していると、どうしても余計に力を込めているのですが、それだとスギには強すぎ。

ボコンとへこんでしまったりして何度もやり直す始末。例えが分かりにくいかもしれませんが、長時間高速道路に乗っていて一般道に降りると速度感覚が麻痺して、対向車がゆっくり動いているように錯覚しますが、そんな感じでスギってこんなに軟らかかったのかと、感覚を修正するのに少し時間がかかってしまいます。その逆で、針葉樹を長く加工していると、広葉樹の硬さに手こずることになるのですが、最近は広葉樹が多いので力加減の切り替えが難しい。

スギやヒノキなどの針葉樹がどうこういうわけではないのですが、小さいものになればなるほど針葉樹と広葉樹の差が顕著になる気がします。特に戸当たりや見切り材など小さなサイズになると、目の粗い針葉樹の場合、年輪が1,2本しか入らないこともあって、夏目部分が多いので尚更軟らかく、気を付けないと加工中にもすぐに寝てしまう(加工機のローラーの圧に負けてこけてしまう)ので、加工も慎重になります。以前は造作といえばスギ、ヒノキばかりだったのに・・・

今ではスギの鴨居すら1本も在庫していない状況で、昔はあれほど売り余していたのに我がことながら隔世の感。逆にスギの造作に声がかかると困ってしまうことも。スギ、ヒノキと同様にこのあたりでは『造作の雄』であったベイツガウエスタン・ヘムロック)が急速に衰退したこともあって(こちら側が広葉樹を薦めた事もあり)、弊社の周辺では大部分が造作に広葉樹を使っていただくようになりました。ロシアのアカマツも入荷しずらくなってその傾向はますます強く・・・。




業界の先輩から分けていただいた『スプルース』の端材。丸太を板や角に挽いて、残った耳の部分ですが、魚の骨のまわりの身みたいなもので、そこが結構美味しかったりします。木なのでさすがに食べるわけにはいきませんが、そんな耳まわりにわずかに残った「身」までしっかり使ってこそ、文字通り『骨までしゃぶって味わう(使い切る)』。アップして撮影しているので大きく見えるかもしれませんが、実際には極端なテーパーの三角形で、建築材としては使い道が無く、通常ならばチップ材。

普通の材木屋であれば焼却炉行きのサイズですが、『小さな出口』を持っている(小さな出口しか持っていないとも言う)弊社にすれば、これも貴重な商売のタネ。写真だと分かりにくいかもしれませんが、実際のサイズは長さ300~400㎜程度。もともと長かったものを、肉づきのいいところで短くカットしています。これを手押して削って直角を出して、帯鋸で厚み40~45㎜に挽き割っていきます。まずこれが【森のかけら】となります。写真の左側にあるのが、挽き割った残り。まだ使えます!

【森のかけら】用に割った方はこの後1本ずつ桟を入れて時間をかけて乾燥させていきます。問題は残った方ですが、「かけら」にするには肉厚がたりませんが、もう少し薄いものなら取れます。残り具合を見ながら40☓20~30㎜程度に挽き割ります。これが『誕生木ストラップ』などになります。あるいはもう少し肉が残っていれば30☓30㎜にして別の商品の原料になります。とにかく肉(身)が残っている限りは、取れるギリギリのサイズまで使う、というのが基本的な考え方です。

それでいよいよ残った切れ端ですが、これはこれで焚き物で欲しいという方がいらっしゃるのでキャリーに溜めていきます。そこまでするか~!と思われるかもしれませんが、木を無駄なく使うということは綺麗ごとではありません。製材や加工を経て変わっていく姿かたちに合わせて、こちらが『出口』を考えて、無駄なく『出口』に合った形にしていく。そうすることで限りなく捨てる部分は無くなります。貧乏性と思われようがケチと思われようが平気、これぞ『骨までしゃぶって使う』の真骨頂!

とはいってもすべての樹種に対していつもいつもこういう事をしていたらいくら時間があっても足りません。特に毎日のように発生するスギやヒノキ、米松(ダグラスファー)などの樹種については、ここまで手をかけてやれないので申し訳ないなあと思っています。それでも【森のかけら】という多樹種の出口を見つけられた事で、多くの種類の端材が活用できるようになりました。焼却炉の灰となるはずだったこのスプルースにもまだまだ働いて(輝いて)いただきます。そこにある端材、灰とするもダイヤモンドとするも「ひと」次第!




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